竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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使節団(法国)

 魔導国――

 

 

 リ・エスティーゼ王国との戦争に大勝したアインズ・ウール・ゴウン魔導国は王国の都市、エ・ランテルを占領。魔導国の首都とした。そして都市長の邸宅及び貴賓館を事実上の王城としている。

 

「予定通りにナザリックを表舞台に出すことが出来た。皆もよくやってくれたな」

 

「ありがとうございます、アインズ様。至高の御方のために働けて、我ら一同これ以上ない喜びでございます」

 

 代表してデミウルゴスがシモベたちの気持ちを代弁する。

 

「さて、建国が成り、都市と領土を手に入れたことで、次のステップに移る。アインズ・ウール・ゴウン魔導国はあらゆる種族が平等に繁栄を謳歌できる理想郷を目指す。そのために各国と友好関係を築く必要があるわけだ。アルベド、例のものを皆に」

 

「はい、アインズ様」

 

 守護者統括――対外的には宰相――の地位にあるアルベドがシモベたちに二国の国璽が押された書類を見せる。

 

「これはエ・ランテルを首都とした魔導国の建国宣言を、竜王国とバハルス帝国が認める旨の文書です。ここまでは想定通りでしたが、さらにもう一枚あります」

 

 アルベドが別の国璽が押された書類を取り出す。

 

「これはスレイン法国からの宣言文です。内容は竜王国やバハルス帝国と同じで、魔導国の建国を認めるというもの」

 

「これに何か質問はあるか?」

 

 アインズがシモベたちを見渡すと、ハイと手を上げるダークエルフのアウラ。

 

「法国というのは人間以外を敵視している国ではなかったんですか?」

 

「その通りだ、アウラよ。あそこは人間至上主義を掲げている。その法国がさっそく我が国に文を寄こしてきた。通常であれば建国を認めないとの宣言かと思うだろうが、実際は真逆」

 

「つまりそいつらはアインズ様に怯えて下手に出てきたわけでありんすね!」

 

 シャルティアがそういうことかと声を上げ、アウラたちも納得して頷く。

 だが、そこに一人だけ別の理由で頷きを見せる眼鏡の悪魔。

 

「素晴らしい。アインズ様はここまで計算して戦争で人間を殺さなかったのですね」

 

「え?」

 

「(え?)」

 

 デミウルゴスの発言に疑問の声を上げるシモベ(とアインズ)。

 

「アインズ様。皆にどういうことか説明してもよろしいでしょうか?」

 

「うむ。許すぞ、デミウルゴス。わかりやすく説明してあげなさい」

 

「ありがとうございます。畏まりました」

 

 いつものデミウルゴスの解説が始まる。

 

 

ーーーー

 

 スレイン法国――

 

 

「では人類の未来に……乾杯!」

 

「乾杯!!!」

 

 人類の守り手を自負するスレイン法国の首脳部はバハルス帝国によるリ・エスティーゼ王国の併呑が確実となったことで、祝いの宴を開いていた。もっとも、清貧を美徳とする彼らなので、国家の上層部が開く宴としては質素なものだったが。

 そして彼らが浮かれている理由はもう一つある。

 

「人類繁栄の妨げへと堕落した王国。それを排除してくれた偉大なる存在――アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に感謝を」

 

「感謝を」

 

 人類至上主義を掲げる法国首脳陣がアンデッドの王に深い敬意を払っていた。

 

 

「やれやれ。ようやく悩みの種が一つ消えるか」

 

「これで帝国が人の救いの国としての道を歩んでくれればよいな」

 

「鮮血帝は野心的な男だが、話の分からぬ愚者ではない。人類の現状を正しく理解して我らに協力してくれよう」

 

 彼らの顔は一様に朗らかだ。

 

「魔導王陛下に直接接触した番外席次の“穏やかで理知的なアンデッド”という報告に、何の冗談かと思うたが、スルシャーナ様と同じ種族と聞けば納得じゃわい」

 

「王国との戦争で“占星千里”が神の魔法たる第十一位階らしきものを確認している。まず間違いはないだろう」

 

「神の魔法であれば王国軍にとてつもない被害を与えられたはずだ。だが、実際はわざと外し、直接的な死者は出していない」

 

「強大な力を見せつけることで、戦争による犠牲者を減らしたのじゃ。生者を憎むアンデッドとしてはありえない行動。この思慮と慈悲深さはやはり神。それも善神じゃな」

 

 本来の歴史では別の魔法で膨大な死者を出しているなど当然彼らは知る由もない。

 

「伝説級アンデッドの軍団を従えていると聞いた時には肝を冷やしたけれど、悪神ではないようでほっとしているわ」

 

「出来れば法国にお招きし、現世に降臨した神として人類の守り手となっていただきたいものじゃが」

 

「残念だが自身の国を持たれたとなってはそれは難しいだろう」

 

「竜王国のオーリウクルス殿や帝国皇帝が早々と友好関係を結んでいるのは幸いじゃな」

 

「我が国も建国を歓迎する旨の声明文は送ったが、祝いの使者も派遣してはどうじゃ?」

 

「うむ。賛成だ」

 

「素晴らしい。人類の未来に希望の光が見えてきた」

 

 こうして周辺諸国で真っ先に友好の使者を送ることになったスレイン法国。この決定は後世の歴史家たちから英断であったと評価されることになる。

 

 

ーーーー

 

 バハルス帝国・皇城――

 

 

 皇帝ジルクニフは捕虜にした王族や貴族の処遇を決めるべく、彼らの統治内容を確認しているが、予想以上の酷さに頭を抱えていた。

 

「王国貴族の腐敗は知っていたが、流石にここまでとは思わなかったぞ。ランポッサのことは愚鈍な貴族どもを放置する無能と蔑んでいたが、確かにこれではどこから手を付けていいかわからんな……」

 

「むしろガタガタの王国を何とか保たせていたとの見方も出来ますね」

 

 秘書官のロウネ・ヴァミリネンも同意する。

 

 敗戦国の王は処刑させるが定め。当然、ランポッサⅢ世の処刑も考えていたが、彼の苦労の一端を知って、鮮血帝と呼ばれる男も思わず同情してしまっていた。

 

 

「……で、お前は何故勝手に私の執務室にいるんだ?」

 

 ジルクニフが目をやるとソファーで寛いでいる少女の姿があった。

 

「え!? ド、ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下!?」

 

 あまりにも自然に溶け込んでいる竜女王に、気が付いていなかったロウネが驚愕の叫びを上げる。

 

「私のことは気にせず、遠慮なく話し合いを続けてくれ」

 

「は、はあ……」

 

「いや、お前が気にしろ。皇帝の執務室で勝手に寝転がっているなど前代未聞だぞ」

 

「前代未聞どころか、私はちょくちょく寛いでいるぞ。この金のかかったソファーの寝心地がお気に入りでな」

 

「……ああ、うん。そうか」

 

 もはやどこから突っ込めばいいのかわからないジルクニフ。

 

「オーリウクルス殿。陛下の護衛としては困るんですが」

 

 たぶん言っても無駄だろうなあという雰囲気を滲ませながら、騎士バジウッド・ペシュメルが苦言を呈する。

 

「すまんな、騎士殿。騒ぎにならないように、寛いでいるときも完璧に気配を消しておくよ」

 

「いや、そういうことじゃないんですが」

 

 謝罪の方向がずれている竜女王に四騎士筆頭も苦笑い。

 

「それに今日は寛ぎに来たのではなく、ラナーからの助命嘆願を届けに来たのだ。ランポッサやザナック王子に対してのな」

 

「ほう。国を見限って捨てたあの女にも親兄弟への情はあったのか」

 

「辛辣だな。まあ、その通りではあるが、ラナーの亡命は私から提案したことだとフォローしておくぞ」

 

「どっちにしろ、やつ自身が悪いとも思っていない時点で薄情だろう」

 

「まあな」

 

 

 二人の話が一区切りついたと見たロウネが、ジルクニフに方針を確認する。

 

「陛下。ランポッサⅢ世たちは生かして利用する方向にいたしますか?」

 

「うむ……。そちらも検討してみるか。その方がガゼフ・ストロノーフなどの心証もよくなるだろうしな。魔導王から捕虜の扱いは帝国に任せると言われているので、反対されることはないだろう」

 

 ちなみにナザリックを侮辱した王国の人間は戦死したと見せかけて、すべて五大最悪のところに送られている。

 

 先のことを考えれば元王族など根絶やしにするのが一番と考えるジルクニフだが、予想以上に使える王国貴族の少なさや、数名の有力者からの助命嘆願、それと少しの同情もあり、即断でのランポッサⅢ世の処刑は思い留まった。

 

 第二王子のザナックもラナーから助命嘆願されているが、今はまだ王都リ・エスティーゼの王城に健在であり、捕まってはいない。だが、王都を陥落させることは容易いことであり、実質的な生殺与奪権はジルクニフが握っているといえる。

 

「ところで、ドラウディロン。お前のことだから王国との戦争は直に見に行っていたのだろう?」

 

「何のことかな? 私は表向きあそこにいないことになっているが」

 

「表向きって隠す気がないな……。どうだったのだ? アインズ・ウール・ゴウン魔導王の実力は」

 

「やはり凄いものだったぞ。あえて直撃は避けていたが、やろうと思えば一発の魔法で万単位を葬ることも可能だろう」

 

「……それほどなのか」

 

「万単位ですか!? いくらなんでもそれは……」

 

 あまりにも常識外れの話に優秀なロウネもすぐには信じることが出来ていないが、ジルクニフは受け入れている。

 なんだかんだで竜女王のそういう話には信を置いているのだった。

 

「よかったな、ジルクニフ。友好関係を結んだことは完全に正解だぞ」

 

「どうやらそのようだな」

 

 椅子に深く座りながらフウと溜息をつく皇帝。

 

 

「そういえば法国や聖王国が魔導国に使者を派遣するらしいが、大丈夫なのか?」

 

「法国は問題ないだろうが、聖王国は大丈夫じゃないかもしれん」

 

「おい?」

 

「なにせ使者に聖騎士団団長のレメディオス・カストディオがいる。うっかりとナザリックの地雷を踏み抜いてえらいことになる可能性大だ。だから、私は各国の使者が来る前に魔導国に入っておくよ」

 

「……案外、お前も大変だな」

 

「ふ……。これからのお前の苦労に比べたら大したことはないさ」

 

「はっきり言うなよ……」

 

 魔導国が隣国になることの影響、ガタガタの王国領土の立て直しなど、ジルクニフが心休まる日が遠いのは、本人が一番よく理解しているのだった。

 

 

ーーーー

 

 魔導国――

 

 

「おおお! 貴方がアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下!」

 

 スレイン法国からの使者は感動のあまり、アインズの姿を見るなり叫び出していた。

 

「――はっ!? し、失礼しました! 魔導王陛下のあまりの神々しさに我を忘れてしまいました」

 

「う、うむ……」

 

 法国使者のいきなりのハイテンションにやや引き気味のアインズ。

 周囲のシモベたちは当然の反応だと不思議にも思っていない。

 

「よくぞ参られた、スレイン法国の使者殿。私がアインズ・ウール・ゴウンだ。魔導国は諸君らを歓迎しよう」

 

「歓迎に感謝いたします」

 

 法国からの使者は信仰心の厚い男である。

 アインズを神の一柱と教えられている彼からすれば、拝謁することを許されている現在はまさに天にも昇る気持ちである。

 魔導国内のあらゆるものを信仰フィルターを通して見る彼である故、魔導王の横に控えている悪魔や吸血鬼にすら神々しいものを感じている。

 

 そんな彼は特段の問題を起こすこともなく、謁見は進んだ。

 

「我ら法国の上層部は魔導王陛下がアンデッドであると存じております。しかし、これを世間に公表すれば少なくない混乱が起きましょう。基本的にアンデッドは生者を憎むものですからな」

 

「うむ。そうであろうな」

 

 アルベドやデミウルゴスはそのことに不満気だ。愚かなことだと、内心で思っていることは想像に難くない。

 

「そこで、魔導王陛下はただのアンデッドとは次元が違う存在であること、そして慈悲深きお方であり、その統治に何の心配もいらないことを各国に知らしめたいと考えております。法国の名でそれを行えば混乱は最小限で済みましょう」

 

「ほう? それは助かるな。エ・ランテルの民たちも法国のお墨付きがあれば安心しよう。だが、貴国にそれをするメリットがあるのかね」

 

「偉大なるお方が世間から誤解されるなど我らにとって我慢ならないこと。それを解消するお手伝いが出来ることはスレイン法国にとってこれ以上ない喜びでありますゆえ!」

 

「そ、そうか」

 

 それって国としてのメリットなのかなあと思いながら、取り敢えず、ぐいぐい来る使者の言葉を受け入れるアインズ。

 

「ではお言葉に甘えるのも悪くないか。なあ? デミウルゴスよ」

 

「はい、アインズ様。人類の守り手とされる国がそのような声明文を出してくれるなら我らの統治がぐっとやりやすくなります」

 

「使者として訪問するにあたり、私は法国上層部から、その件の裁量を委ねられています。お許しいただけるのであれば、この後で魔導国の方と詳細を詰めさせていただきたく」

 

「うむ。ではこのデミウルゴスとすり合わせをしてくれ。彼は私の信頼厚い側近だ」

 

「よろしくお願いします。使者殿」

 

「ええ。このニグンにお任せください」

 

 陽光聖典隊長にして魔導国友好使節団団長、ニグン・グリッド・ルーインは満面の笑みで眼鏡をかけた悪魔と握手を交わした。

 

「後世では魔導王陛下は王ではなく神として崇められているかもしれませんな」

 

「ニグン殿はよくわかっておられる! その通りですとも!」

 

 

ーーーー

 

 

「ここが魔導国か」

 

 魔導国首都エ・ランテルの三重城壁を見据えながら一人の女性騎士が仁王立ちしている。

 彼女はローブル聖王国の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。

 

「団長。聖王女様や妹君のカストディオ神官団団長にも言われましたが、魔導国では言動に気を付けてくださいよ」

 

「わかっている。心配し過ぎだぞ」

 

 副団長グスターボ・モンタニェスの忠言に顔をしかめるレメディオス。

 道中、耳にタコができるくらい聞かされた話にうんざりしているようだ。

 

「竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルス様が先に来られているはず。早く、早く合流しなければ」

 

 ストッパーになり得る人物を求めてグスターボの気がはやっていると、聖騎士団長から疑問が飛ぶ。

 

「グスターボ。城門の前に巨大な像が建造中みたいだが、あれは何だ?」

 

「魔法詠唱者風の像ですので、おそらく魔導王陛下の姿を象っているのではないでしょうか?」

 

「ふーん。自分の銅像を建てさせるなんて見栄っ張りなやつなんだな。カルカ様の謙虚さを見習わせたいぞ」

 

「それ! 駄目なのはそういうやつですよ、団長!」

 

「ん?」

 

 何を言われているか分からず首をかしげるレメディオスに、これからの魔導王との謁見に不安しかないグスターボだった。

 




グスターボ「竜女王ー!!!!はやくきてくれーっ!!!!」


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