竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
バハルス帝国――
帝都アーウィンタールを背にした状態で帝国軍は布陣していた。
帝国の兵は全員が職業軍人である。更にその中で魔法を使えるものは騎士として採用される。
軍としての強さは平民の寄せ集めのリ・エスティーゼ王国と比較にもならない。
空には不可視化された鷲馬(ヒポグリフ)ライダーが飛行する。
彼らは
皇帝直轄の近衛隊の一角だが、状況次第で攻撃に参加するため待機をしている。
精強なる兵たちだが、どの顔からも緊張が窺える。
それも当然だろう。彼らの前にいるのは世界最強の種族――ドラゴンである。
それも一頭や二頭ではない。
霜の竜(フロスト・ドラゴン)を中核として火竜(ファイヤードラゴン)、緑竜(グリーンドラゴン)など多数の竜種を揃えた恐るべき軍団だ。
これらのドラゴンはすべて竜王国所属――つまりは女王ドラウディロンの配下である。
ーーーー
皇城――
帝国軍がかつてない緊張を強いられているころ、皇城では若き皇帝と(見た目は)幼き女王が和やかに挨拶を交わしていた。
「バハルス帝国皇帝として歓迎しよう。私がジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
「歓迎、感謝する。私が竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスである」
ドラウディロンは皇城でも最も豪華な部屋にて歓待を受けていた。竜王国女王への歓迎ぶりを表しているように見えるが、壁にある絵画に人が竜を討つものを混ぜているなど微妙な嫌がらせも伺える。
「オーリウクルス殿、入室させるのはその者たちだけでよいのかな?」
「ああ。我が国はこれで全員だ」
ジルクニフが護衛として近衛騎士を控えさせているのに対してドラウディロンの側には文官しかいない。本来、これは一国の君主としてありえないことだ。
――この見た目で相当な実力者と聞くが、なんと不用心な。よほど強さに自信があるか、もしくはあの文官が護衛も兼ねているのか。あるいは自身に何かあれば外のドラゴンたちが暴れ出すとでもいうのか……?
「どうした、エル=ニクス殿。私に護衛がいないのが不思議か?」
爽やかな笑顔を保ちつつ、内心で考えを巡らせるジルクニフだが、女王には気づかれたようだ。
「ははは。その通りだ、顔に出てしまっていたかな」
「生憎と我が国は人材不足でな。私の護衛が務まるほどの者がいない。半端な実力者ならいない方がマシだ」
「ほう。敵対国でないとはいえ、それを他国の王に教えてしまっても良いのかな?」
「構わない。それに、人間種の戦力が少ない反面、我が国には彼らがいる。今も帝都郊外で待機しているドラゴンの軍勢がな」
「なるほどな。……しかし、報告を聞いた時には耳を疑ったぞ。まさかドラゴンを引き連れて来るとは」
「はははは。驚かせてしまったようですまない。先程も言ったが、我が国は人材不足で竜の手も借りたいくらいなんだ。もちろん、ドラゴンたちが暴れ出すことはないから安心してくれ」
いくら何でも他国の首都にドラゴンの軍勢を連れてくるなど非常識すぎるだろう、と言いたいジルクニフだが、そこはぐっと堪える。
表向きにこやかに続く会談の側でじっと女王を目視している老人がいる。
彼こそがフールーダ・パラダイン。帝国の誇る大魔法詠唱者だ。
――やはり始原の魔法は通常の位階魔法とはまったく異なるものなのじゃな。儂の魔眼では彼女のチカラを見極めることが出来ぬ。
魔力系魔法詠唱者の実力をオーラという形で見ることが出来るフールーダだが、女王は位階魔法が使えないので、彼の目には何も映らない。
「それでそちらのご老人が、かのパラダイン殿だな」
「そうだ。フールーダ、オーリウクルス殿に挨拶を」
「は。フールーダ・パラダインと申します。お会いできて光栄です。ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下」
「うむ。こちらこそ名高い
女王が皇帝の目の前で主席宮廷魔術師を勧誘するという暴挙を始めた。バハルス帝国側の人間はぎょっとしているが、竜王国の文官たちに驚きはない。普段からドラウディロンの無茶な言動には慣れているのだろう。
「はははは。フールーダは我が国にとって最重要の人間だ。引き抜きは勘弁してくれ」
この程度のジャブは想定の範囲内、とジルクニフは軽く笑って流す――はずだったのだが、ここで空気を読まない魔法爺が邪魔をする。
「ふむ。竜王国には優れた魔法詠唱者はいないのですか? あのドラゴンの群れを従えているのは女王陛下の始原の魔法では?」
「ああ、訂正しよう。竜王国にはパラダイン翁と魔法談義が出来るほどの人間はいない……この私を除けばな」
「ほほう?」
魔法爺の目がキラリと光った。
「やはり。やはり、あの竜たちは女王陛下の御力なのですな。そこのあたりをもっと詳しく――」
「爺。いまは国同士の会談中だ。魔法の探究は今度にしてくれ」
フールーダの魔法スイッチが入りそうだったので、すかさずジルクニフが止めに入る。
「む……そうですな。失礼しました」
「すまないな、オーリウクルス殿。フールーダは誰よりも優秀な人間だが、魔法のことになると見境が無くてな」
「いやいや、構わない。私も魔道の探究者としてその気持ちは分かる」
「おお。それは」
「爺」
ジルクニフが再び止めた。
ーーーー
冒険者の頂点であるアダマンタイト級であっても、ほとんどの者が難度90以下とされる。その壁を超えれば英雄の領域へと至るが、フールーダはその英雄すら凌駕した文字通りの『逸脱者』。
いずれ来たる
――プレイヤーでも神人でもないのに自力で逸脱者となった超貴重な人材。これは私が鍛えるしかないだろう。おまけに魔法詠唱者として成長させることが出来れば、そのお礼に竜王国の運営も手伝ってもらえるかも。
ドラウディロンはフールーダがジルクニフに怒られるのを眺めながら、勝手なことを考えていた。竜王国は戦力の充実を最優先としてきたので、彼のような賢者は是非とも招聘したいようだ。
ーーーー
「オーリウクルス殿を案内して差し上げろ」
「は。では女王陛下、こちらです」
「ああ。よろしく頼む」
会談が終了したことで、ドラウディロンは与えられた部屋に移動しようとしていた。思いの外、初日は無茶を言われなかったことで内心で安堵しているジルクニフ。
しかし――
バサッ
「おや。女王陛下、本を落としましたぞ」
ドラウディロンが落とした本をフールーダが拾ってくれる。
そのまま女王に返そうとするが――
「――ん!? こ、これはあああっ!?」
【始原の魔法 ~深淵の章~】
「おっと、すまぬな」
タイトルを見て震える爺さんから本を取り上げる女王。
「あ、あああ……! 女王陛下! その……その本は!」
「おっと表紙を見てしまったか? そうそう部外者に教えるわけにはいかんのだが……まあ、仕方ない。こいつは名前の通り、始原の魔法について書かれた魔法書だ」
「お、おおお! そ、それをお借りすることは出来ませぬか!?」
「それはダメだ。この本は危険すぎる。ただ魔法を学ぶだけには収まらない。深淵に踏み入ることになるだろう」
「それが! それこそが我が望みでありまする!」
「ほほう。流石は名高き大魔法詠唱者。だが、すまんな。他国の者に貸すわけにはいかん。あなたが私の臣下なら違ったのだがな……」
そう言うと魔法書を持って部屋を出て行くドラウディロン。
「…………陛下」
「な、なんだ? 爺」
ゆっくりと振り向いたフールーダに不気味そうに問いかけるジルクニフ。
「長い休みをいただくことになりました」
「なりました!?」
いきなりの主席宮廷魔術師の長期休暇宣言である。
「普通そこは許可を求めるところではないのか!?」
「おそらく普通に許可を求めても陛下は拒否なさるでしょうからな」
「いや、場合によるが……というか分かっているなら言うなよ。――それで? 長いとはどの程度だ?」
「さて、1年……2年……もしくはそれ以上でしょうか」
「却下だ! そんな長期間、お前に抜けられてたまるか!」
「ご安心を。儂の心は常にバハルス帝国にあります。ほんの短期間だけ竜王国所属になるかもしれませんが、仮初のことです、ええもちろん」
いい笑顔で皇帝に告げるフールーダ。そこにはわずかの迷いもない。
「あのババアめ! 爺も騙されるな! 会談の場で都合よく貴重な魔法書を持っていて、更に都合よく爺の目の前で落とすなど、罠に決まっているだろうが!」
「む……」
深い叡智を持つ賢者だが、魔法のことになると途端に盲目になるフールーダ。
とはいえ、ジルクニフに指摘されて流石に話が出来過ぎていると察する。
「大体、あれは本当に魔法書なのか? タイトルだけそれっぽくした普通の本ではないのか」
「いえ、手に持った瞬間に分かりました。あれは相当な魔力を持った術者が作成した本物だと」
「手の込んだことをする女だ……」
するとそこへ、去ったはずの女王が戻ってきた。
「言い忘れたことがあった」
「な、なんだ? バ……オーリウクルス殿」
――こいつ今、ババアって言いかけたな?
内心で不機嫌になる女王。
皇帝として完成される数年後ならジルクニフは完璧に外面を取り繕うだろうが、現時点ではまだいくらか若さが窺えた。
「……詳細は明日以降に詰めようと思うのだが、貴国と我が竜王国で魔法詠唱者の人材交流などどうかと考えている。我が国はバハルス帝国の優秀な教育制度を学べ、貴国は始原の魔法という人間国家では未知の魔法に触れることが出来る。誰か我が国で学びたい者はいるかな?」
「はい!」
誰よりも真っ先に主席宮廷魔術師が立候補をした。ピーンと腕を上げ、完璧な角度を保っている。そこにはわずかの躊躇いも感じられない。
「いい返事だ。我が国に来る一人目はパラダイン殿だな」
「よろしくお願いしますぞ、女王陛下!」
「うむ。歓迎するぞ。我が国でも始原の魔法が使えるのは私だけだが、関係書物の数は人間主体の国家で随一だ。存分に研究することが出来るだろう」
言いたいことを言って再び去っていくドラウディロン。
フールーダがくるりと皇帝に向き直り宣言する。
「では陛下。そういうことになりました」
「認めるか!!!」
鮮血帝と恐れられるバハルス皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの災難は始まったばかりだ。