竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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最終章
大陸中央へ


 

 大バハルス帝国・辺境の地――

 

 

 その男は生まれながら王になることが定められていた。

 だが、国は彼が王位を継いだ時にはすでに止められない程に腐敗が進んでいた。

 民のため、国のために懸命に努力したが力及ばず、愛する祖国は隣国に併合され、彼は王ではなくなった。

 その男の名はランポッサ。

 

「ほっほっほっほ。今日はいい天気。絶好の収穫日和じゃわい」

 

 晴れた日は外に出て田畑を耕し、雨の日は家にこもってのんびりと読書をする。

 元国王は世俗から離れて、悠々自適の生活を送っていた。

 辺境の地であるが、当然ながら帝国からの監視も付いている。だが、その顔は国王だったときより、活力に満ちていた。

 

「まさかこれほど穏やかな日々を送ることが出来るとは、王をやっていたときには想像もしていなかったわい。儂の代でリ・エスティーゼ王国の歴史を終わらせてしまったことは無念ではあるが、儂も息子のザナックも生かしてもらえたのじゃ。これ以上を望むなど罰が当たるというもの」

 

 王国の終焉を無念と言いつつも、すでに彼の中で整理はついているようで、晴れやかな笑顔で収穫したばかりの果実を味見する。

 

「うまい! これはいい出来じゃ。今度、ガゼフが来たら食わせてやらねばな。誰の言葉じゃったか、命など陽と地と詩とで満たされるほどのもの――か。まったくもってその通りじゃなあ」

 

 かつて心労で実年齢より10歳以上は老けて見えた彼だが、晴耕雨読の生活により活力を取り戻し、明らかに見た目が10歳以上若返っている。

 皮肉でも何でもなく、彼は満たされているのだった。

 

 

ーーーー

 

 大陸中央――

 

 

 今日もドラウディロンとアインズは趣味と実益を兼ねた冒険に繰り出していた。

 すでに二人の冒険はかなりの回数になり、様々な場所に行き、謎の遺跡の攻略や未知の種族との邂逅などを楽しんでいる。

 現在は大陸中央部を旅しているが、その中でちょっとした揉め事が起こり、現在はその延長戦のようなものに巻き込まれていた。

 

 

「貴様らが我の配下を痛めつけてくれた連中だな?」

 

 二人を詰問するのは魂喰らい(ソウル・イーター)に騎乗するアンデッドの魔法戦士。背後には10体以上のエルダーリッチも従えている。

 たとえアダマンタイト級の冒険者チームであっても死を覚悟せねばならない大戦力である。

 

 思い当たることがあった竜女王はまずは確認をすることにした。

 

「もしかして遺跡の奥でマジックアイテムの取り合いになったエルダーリッチのことか?」

 

「そうだ。あやつを痛めつけて、マジックアイテムは貴様らが強奪したらしいな」

 

「違うぞ。あれは私たちとあいつが同時に見つけてな。それで、結局は勝った方のものということになり、ドラウに負けたあいつがすごすごと逃げて行ったというわけだ」

 

 情報に食い違いがあると思ったアインズが訂正するが、魔法戦士は耳を貸さない。

 

「どちらでもよいことだ。要は半端な実力を持つ余所者が身の程もわきまえなかったということだろう。この辺りでは我やその配下に逆らう愚か者などいないのだからな」

 

「半端な実力? 参考までに何故そう思ったか聞かせてほしいな」

 

 そう話すアインズはドラウディロンと同じく全身鎧姿だ。重厚な装備であり、この重量を身に着けて軽々動けることだけでも、相当な身体能力である。

 

「簡単な話だ。貴様らは我が使役するこの魂喰らい(ソウル・イーター)を見て何の反応も示さなかった。知識になくとも実力者がこいつを見ればその恐ろしさはすぐに理解できる。つまり、貴様らはその領域にないということだ」

 

「なるほど」

 

 魔法戦士の言葉にアインズは納得する。彼も相方の竜女王も魂喰らい(ソウル・イーター)の領域にないという意味では正解であった。

 

「我に楯突いた愚か者を見逃しては示しがつかない。ここで死んでもらうことになるが、我は慈悲深いのでな。特別に貴様らには好きな殺され方を選ばせてやろう」

 

 抜き放った剣を突き付けて、死刑宣告をする魔法戦士。

 

「Aコース、あっさり殺す。Bコース、じわじわ殺す。Cコース、激しく殺す。どれがよい?」

 

 そんな戯言を無視して、スタスタと魂喰らい(ソウル・イーター)に歩いて近づくドラウディロン。

 

「はっはっは。無知というのは恐ろしいな。この伝説のアンデッドに無造作に近づ」

 

 ゴッ!

 

 ドラウディロンに殴られた魂喰らい(ソウル・イーター)は騎乗する魔法戦士ごと、遥か彼方に吹き飛んで行った。

 

 

 

「すいませんでしたー! 大変、大変申し訳ありませんっ! つい調子に乗ってしまって! 今後はこのようなことがないよう十分に反省いたします!」

 

 先程までの態度はどこかに行き、清々しいまでの平伏を見せるズタボロの魔法戦士。

 

「Aコース、あっさり殺す。Bコース、じわじわ殺す。Cコース、激しく殺す。どれがいいと思う? アインズ」

 

「ナザリック的にはBコースだが、ここは慈悲をもってCコースでいこう、ドラウ」

 

「はうあっ!? ち、ちが、違うのです! さっきの言葉はただの冗談で、そんなつもりは全くなく!」

 

 己が言ったセリフをそのまま返され、必死に言い訳を重ねるが、竜女王はそれを無視してカパッと口を開く。その先には必死に命乞いする魔法戦士。ちなみに女王のヘルムは特注品で、被ったままでもブレスが吐けるような構造になっている。

 

 ゴゴゴゴ……

 

 ドラウディロンの口からチロチロと炎の息吹が漏れ出している。ここから激しい炎が吐き出されれば、魔法戦士は激しく殺されるだろう。

 その光景に顔を引きつらせながらも、全力のアピールは続く。

 

「待って待って待ってください! 取引をしたいのです! 決して損はさせないと誓います! 私たち……いや私だけでかまいません! い、命を助けてくださるならば、財宝でもマジックアイテムでも望む物を用意いたします!」

 

 どこかの時間軸の陽光聖典隊長のような命乞いが炸裂する。

 あっさり見捨てられたことと、かつて見たこともない醜態をさらす主の姿に配下のエルダーリッチたちはどうしていいかわからず、ざわめくだけだ。

 

「ふむ」

 

 ドラウディロンがブレスの構えをやめる。その態度に希望を見出したのか、魔法戦士は更に自分を売り込んでくる。

 

「実は私は深淵なる軀というアンデッドたちの組織に所属しておりまして! そこにはこの世のあらゆる知識が集積しています! 貴方たちが望まれるなら、可能な限りの情報を持ち出して参ります!」

 

 深淵なる軀の支配者たちは無意味に目立つことを嫌っている。加入後に運よく魂喰らい(ソウル・イーター)を支配できた魔法戦士は有名になってしまったため、普段は組織の証を隠しておくように厳命されていた。しかし、命乞いに必死な彼は秘密の組織の一員という立場も躊躇なく交渉のカードに使う。

 

「深淵なる軀。聞いたことがあるな」

 

「知っているのか? ドラウ」

 

「こいつの言った通りアンデッドの魔法詠唱者による集団だ。おそらく組織としては数百年前から存在している。溜めこんでいる知識やマジックアイテムは相当なものだろう」

 

「ほほう。興味深いな。だが、それほど古い組織なら実力者もいるんじゃないか?」

 

「たしかトップは数人のナイトリッチだったよな?」

 

「は、はい! その通りでございます! さすがはよくご存じで!」

 

「ただのナイトリッチであれば私たちの敵ではないはずだが……よし。まずは私がアンデッド支配でこいつを従属させよう。そして知る限りの組織の情報を吐かせる」

 

「なるほど。そうすればウソをつかれることもないな」

 

「え!? し、支配――」

 

 アインズが無造作に右手を突き出した瞬間、アンデッドの魔法戦士は意識のすべてを支配された。そして彼の知る深淵なる軀の情報をすべて吐かされることになるのであった。

 

 

ーーーー

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国――

 

 

 元リ・エスティーゼ王国の都市エ・ランテルを首都とする国家。

 属する都市は一つだけだが、北のトブの大森林と南のカッツェ平野を支配下に置いている為、人口の割には広大な領土を保有していた。

 その魔導国の王城で本日の謁見が行われている。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンは堂々と骸骨の顔を晒し、謁見を行っていた。バサッとマントをはためかせ、跪いている男に仰々しく告げる。

 

「よろしい、アインザックよ。この件は全てそなたに任せよう! 」

 

「はっ。ありがたき幸せ! 我らが陛下の望む真なる冒険者となれるよう、粉骨砕身、努力いたします」

 

「うむ。期待しているぞ」

 

 

 その後もいくつかの謁見があったが、魔導王は絶対的支配者としての姿を崩すことなく、すべてに問題なく対応するのだった。

 

 ――ご安心ください、父上! 御身の影武者という大役。このパンドラズ・アクターが見事に果たしてみせます。安心してリフレッシュの旅を満喫してきてくださいませ! 息子は何があろうとも貴方様の味方ですよ。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン――の影武者を務めるパンドラズ・アクターは創造主が自分を頼ってくれることがうれしかった。

 最近のアインズはナザリックや魔導国を不在にする頻度が増えてきているが、それも安心して影武者を任せられる自分への信頼であるとパンドラは確信している。

 あえて問題を挙げるとすれば、それに比例して守護者統括を務めるサキュバスが荒れてきていることくらいであろうか。

 

 

ーーーー

 

 

 ドラウディロンとアインズは大きな城郭都市で宿を取っていた。アンデッドであるアインズは寝ることが出来ないが、種族を隠しているので宿は当然二人部屋である。

 

 

 ドラウディロンはベッドに寝転がり、足をぱたぱたさせながらその日の探索で手に入れたアイテムの仕分けをしていた。自分のベッドに腰かけるアインズは、そんな彼女を見ながら何か言いたそうにしている。

 

「なあ、ドラウ」

 

「ん~?」

 

「いや……何でもない」

 

 何か言いかけてやめたアインズだったが、遺跡から手に入れたアイテムに夢中の竜女王はその態度を深く追求することはなく、会話は終わった。

 

「……」

 

 ――そう……。普段の言動から忘れそうになるが、相手は一国の女王だ。下手に誘っても迷惑になるだけだよな……。

 

 アインズは手の中にあったリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをそっとしまい込むのだった。

 

 





アルベド「嫌な予感がする――!」



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