竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
大陸中央――
ドラウディロンとアインズは今日も二人部屋に泊まっている。
アンデッドゆえに眠ることが出来ないアインズは夜に読み書きの勉強をしたり、冒険の戦利品を整理したりしている。
「なにを読んでいるんだ? ドラウ」
女王としての緊急の仕事だろうかと考えながら尋ねるアインズ。
「竜王国での革命計画書」
「は?」
ドラウディロンから渡された書面を見ると、確かにそんな題名が書いてある。
「……タイトルだけでなく、計画自体も詳細に書いてあるな。これをどこで手に入れたんだ? 首謀者は分かっているのか?」
友人の国でふざけたことを計画している者に対して、眼窩を紅く光らせ、怒りを向けるアインズ。
「おや、心配してくれるのか?」
「当たり前だろう」
予想以上の本気の言葉に少し目を見開いたドラウディロンだが、すぐに優し気な眼差しに変わり、ネタ晴らしをする。
「ふふ……。竜王国の自室の机の上に置かれていたらしい。書いたのは参謀のラナーだな」
「え? どういうこと??」
――まさかあの少女が革命の首謀者? しかし、机の上に置いていたとは?
混乱するアインズに竜女王は補足をする。
「要するにいつまでも遊んでないで、仕事しろというあいつからの抗議だよ」
危ない文書が机の上に置かれていたのを知った文官が、竜王国魔法省の高位魔法詠唱者に頼んで女王まで文書を転送。だが、その文官も事情は察しているので、特に騒動は起こっていない。
「抗議って。成功するかはともかく、本気で革命が起こせそうなほど、細かく書かれているぞ?」
「あいつにとっては暇つぶしみたいなものだ」
「凄いな、あの子……というか自国の女王に対してこれが許されるのか。仲いいな」
「まあな。――さて、そのラナーから抗議も来たことだし、一度帰国するか。そろそろアインズも魔導国やナザリックに顔を出した方がいいんじゃないか?」
「そうだな。だが……」
「ああ。深淵なる軀の件だな。謎を残したままではスッキリしない。すぐにここに戻ってくるとしよう」
「うむ」
一旦は帰国することを決めたが、すぐに大陸中央に舞い戻ってくるつもりの二人。一度でも訪れたことのある地には転移ですぐに来られるため、やろうと思えば毎日帰国できるのだが、冒険感が薄れるという理由からわざわざ宿を取っているのだった。
ーーーー
大バハルス帝国の東――
リ・エスティーゼ王国を併合して建国以来最大の躍進を遂げた大バハルス帝国だが、国が大きくなると多数の問題はあるもので、その中で外的な脅威もやはりあった。
それがビーストマンの侵攻である。
以前は竜王国を狙っていたビーストマンの国だが、数年前に竜女王ドラウディロン率いるドラゴン軍団に壊滅的な被害を受けて全面的に撤退した。
だが、数年の準備期間を経て力を取り戻した彼らは、再びその牙を外に向ける。ただし、相手は竜王国ではなく、北にある大バハルス帝国だった。
周辺国家で最大の版図を誇る帝国だが、国土が広大ゆえに、辺境には目が届きにくい。そこに目を付けたビーストマン国は竜王国を迂回して帝国の東側を荒らし始めた。
実際、この策は上手くいき、強襲を受けた辺境の村落はなすすべもなく、次々と壊滅していった。
だが――
ザンッ!
「ぎぃやあああああああ!」
「おおお! さすがはストロノーフ隊長!」
袈裟懸けに斬られ絶命するビーストマンチーフを見て、歓声を上げる帝国兵。
複数の村落と連絡が取れなくなれば、流石に近隣の街から調査隊が出る。それにより、ビーストマンの侵攻が明らかになり、ガゼフ・ストロノーフを中心とした討伐部隊が派遣された。
「あらかた片付けたな」
「はい! このあたりにいたビーストマンはすべて討伐しています」
皇帝ジルクニフにランポッサ三世の助命を願ったガゼフは、交換条件としてバハルス帝国所属としてその剣を振るうことになった。
立場上は皇帝直属の騎士にも関わらず、大きな権限は与えられていなかったが、今回の任務から部隊一つを任されている。
だが、彼と共に帝国所属となった王国戦士団の元部下たちは同部隊ではなく、バラバラに配属されていた。当然、反乱を警戒しての処置だが、信頼を積み上げていけば、かつての団員を部下にしてもよいとジルクニフは約束している。
「リ・エスティーゼ王国で最強と謳われた戦士と肩を並べて戦えるとは光栄ですな」
「やめてくれ。今となっては王国最強など恥ずかしい」
帝国兵の称賛に謙遜でなく、本気で恥ずかしそうにする元王国戦士長。
「少なくともブレインのやつは今の俺より遥かに強い。あいつを差し置いて最強などとても名乗れんよ」
「ブレイン・アングラウス殿ですか。かつての御前試合ではガゼフ殿が勝ったと聞きますが……」
「今ではあのときと比べて信じられないくらい腕を上げている。戦争で剣を交えたが完敗だったよ。――とはいえ、俺も負けっぱなしでいる気はない。いずれ再戦を申し込むつもりだ」
「それは是非見てみたいですね。まさに世紀の一戦です」
「大げさだな。――そろそろ斥候が戻ってくるはずだ。気を引き締め直せよ」
「はっ!」
実力に加えてその誠実な人柄から、早くも部下たちの尊敬を集め出しているガゼフ。強者ではあるが、常識の範囲内に収まる実力ということで、ジルクニフとしても使い勝手が良く、秘かに皇帝の胃痛を和らげる人間の一人になっていたりする。
そんな彼は、皇帝から出される勅命をきっちりとこなしつつ、時折、
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ナザリック地下大墳墓――
「二人とも、忙しいところをすまない」
ナザリックに帰還したアインズは自室にデミウルゴスとパンドラズ・アクターを呼んでいた。
「なにをおっしゃいます、アインズ様。御身からの呼び出し以外に優先すべきことなどありません」
「デミウルゴス殿の言う通りです! ち――アインズ様が我らに相談したいことがあると聞けば、何を置いても駆け付けますとも!」
「うむ……。では早速、用件に移ろう。我がナザリック地下大墳墓は私を含む四十一人のギルドメンバーにより運営されていたが、様々な理由があり、今では私一人だ」
「……」
二人は真剣に聞き入っている。
「四十人の仲間たちの捜索は続けるが、それとは別にこの世界で出会った者で、これはという人物であれば、新たなギルドメンバーとして受け入れても良いと考えている。これについて二人の意見を聞きたい」
アインズの考えを聞き、パンドラと顔を見合わせて頷いたデミウルゴス。片手で眼鏡を押さえてから主に確認する。
「竜王国のドラウディロン・オーリウクルス女王陛下ですか」
「むおっ――! ……流石だな、二人とも。予想がついていたか」
女王であるドラウディロンの立場を気にして、ギルドメンバーに誘うのを躊躇ったアインズだが諦めてはおらず、今でも機会をうかがっていた。そこで今日はナザリックでもトップクラスの智者である二人のシモベから意見を聞く体で、知恵を借りようとしている。
「それはもう我が神のことであれば、分からないはずがありません!」
両手を上げていつもながらのオーバーアクションで宣言するパンドラ。通常であれば、アインズから何か突っ込みや制止が入ったかもしれないが、今は新たな仲間という最重要な話をしているのでスルーする。
「アインズ様がお決めになられたことに、否を唱えるシモベなどおりません」
「それは理解している。私が言えば反対する者はいまい。だが、私はお前たちそれぞれの考えを聞きたいのだ。何を言っても罰しないと誓おう。――まずはデミウルゴス、どうだ?」
「それでは僭越ながら、考えを述べさせていただきますと、私個人としては歓迎いたします。あの方はこの世界独自の魔法を操り、実力もある。至高の御方となられることはナザリックの利になると思われます」
「私も歓迎いたします! 新たなる至高の御方が誕生されるとあれば、我々だけでなく、すべてのナザリックに属する者は大喜びですとも!」
――それに対等の友が傍にいることで父上の御心も満たされる。言うことはありません。
パンドラは自らの創造主の心の平穏を想うが口には出さない。
「うむ……。お前たちの考えは分かった。皆が歓迎してくれるのであれば嬉しい限りだ」
「すぐにでも招かれるのですか?」
そうであれば早急に歓迎の準備をしなければと思考を巡らすデミウルゴス。
「いや、彼女は一国の女王だからな。そう簡単にはいくまい。それに……」
「おや。なにか問題でしょうか?」
「いや、考え過ぎだとは思うのだ。別にまだ私が結婚するという話ではないからな」
パンドラの疑問に対して、歯切れの悪いアインズだが、それだけで二人は察した。
「なるほど。守護者統括殿ですか」
「アルベドがここにいないわけですね」
「私が誘った新たなギルドメンバーが女性となると……どうなると思う?」
「さすがに血を見ることはないと思いたいのですが、最近の統括殿は荒れてましたからね。デミウルゴス殿はどう見ますか?」
「アルベドも表向きの反対はしないにしても、内心は凄いことになりそうです。他の女性だと――シャルティアはまだ大丈夫でしょうか」
元々、ギルドメンバーには女性が三人いるのだが、いまの状況でアインズが直接女性を誘うというのは正妃の座を狙う者たちにとって特別な意味に受け取られかねない。
「そういうわけで、焦らずゆっくりとことを進めていくつもりだ。この話はお前たち二人にしか教えていない。しばらくは内密にな」
「ははっ! 我らに頼っていただき恐悦至極でございます」
「我が神のお望みとあらば」
本当は“Wenn es meines Gottes Wille”と言いたいパンドラだが、ドイツ語は禁止されている。
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竜王国――
「人に仕事を丸投げしておいて自分はのんびり冒険ですかそうですか」
「すまんすまん。悪かったよ」
ドラウディロンは仕事を放り出してずっとアインズと冒険していたことを、参謀のラナーから怒られていた。
「レエブン侯がいて助かりました。彼がいなければ私も仕事を放棄するところでしたよ」
「ほう。お前が素直に認めるとは、流石は王国で最も有能だった貴族だな」
「だいたい、ドラウ様が集める人材は強さに寄りすぎてるんですよ。王国が併合されたときに有能な人材を招聘したようですが、まだ文官が足りません」
「ふむ――そうだ。魔導国からエルダーリッチを借りるか? 文官としても有能だぞ」
「確かにこの国の民はパラダイン翁のおかげでアンデッドにもそこそこ慣れていますが、いきなり他国に人材を頼るのはどうかと」
「帝国だとジルクニフが借りているらしいが」
「あんな人口1600万人以上の超大国と小国の竜王国を一緒にしないでください。皇帝は減らない政務で髪を減らしているはずですよ。どこかを切り捨てるなら別ですが、すべてを破綻なく治めるにはアンデッドぐらい借りないと、流石の鮮血帝も過労死してしまいます」
無能や逆らうものを粛清したジルクニフだからこそ、自分の統治が至らないことで切り捨てられる者が出ることは我慢できなかった。そんな男だから多くの優秀な人材が集っているのである。
「わかった。まずは自国だけで何とか回るよう手を打とう」
「それがよろしいかと」
頷くラナーにそれはそれとして、と前置きしてからドラウディロンが再び話を戻す。
「だがそう時間を置かないで、再び大陸中央に戻ることになる」
「……」
無言だが般若のような形相で女王を見つめるラナー。当然、そんな反応が返ってくることを理解している女王は苦笑しながら続ける。
「どうも不穏な気配があってな。これに関してはアインズも同意見で、現地で配下にした連中に探らせている。その結果を確認しに行かねばならん」
「仕事をさぼる口実ではありませんよね?」
「違う違う。この件が終わったら、しばらくは冒険を控えて政務に集中するさ」
「むう……。仕方ありませんね」
そこまで言われて、竜女王の頭脳はしぶしぶ納得した。