竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
大陸中央――
突如として二人の前に出現した二体の竜王。
朽棺の竜王はアインズと対峙するが、この場にはもう一頭の竜王と竜女王の姿はない。
七彩の竜王は曾孫たるドラウディロンを【世界移動】によって連れ去った。
結界内のどこかに転移したと思われるが、強制転移が成功したということは、七彩の竜王の魔力は竜女王の半竜半人形態を上回っていることになる。
「探したぞ、忌々しき竜帝の汚物」
「……私のことを知っているのか?」
「ふん。やはりブラフが好きな奴だ。理解している――いや、
「――そうだよ、キュアイーリム。思い出した。お前のこと、そして仲間のことを」
観念したように返答するアインズだが、それを見る朽棺の竜王は特に感慨にふけるでもなく、1秒でも早く目の前の存在を消し去りたいとばかりに動き出す。
「さて、長々と語ってやるつもりもない。すぐに滅んでもらうとしよう」
「おいおい。出会うはずもなかった二人の奇跡的な再会なんだ。そう焦らずに、今までどうしていたのかくらい語ってくれてもいいんじゃないか?」
「言ったであろう。貴様らにかける慈悲などないとな」
わずかも会話を楽しむつもりもないキュアイーリムは、躊躇なく巨大な腕で薙ぎ払うが、アインズは咄嗟に身をかがめることでやり過ごす。
「ちっ――!」
アインズが会話で時間稼ぎをしつつも、切り札である、
「させんぞ、道化! 貴様の手口は分かっている。相変わらず姑息な奴だ」
「うおっ! 初対面なのにやり口がバレているとか反則だろうが!」
一切の油断も容赦もない竜王の連撃に徐々に追い詰められていくアインズだが、戦闘モードに入った彼の頭は冷静だった。攻撃を躱しながらもこの場をどう乗り切るかを考えている。
――始原の魔法に対抗できるのは同じ始原の魔法の使い手か、ワールドアイテムによる世界の守りを得ている者だけ。出来ればドラウと合流したいが、こいつも七彩の竜王もそれを許さんだろう。<
「ふははは! 考え込んでいてよいのか? 竜帝の汚物よ」
その言葉と共に、キュアイーリムの全身を覆う無数のゾンビの中からいくつもの強力な魔法が飛び出し、アインズに命中する。第六位階以下の魔法を無効化する彼にダメージを与えるほどの高位魔法であった。
「これは――位階魔法? だが、こいつは死霊系以外の位階魔法は使わなかったはず」
疑問に思うアインズが目を凝らすと、ゾンビの中に明らかに毛色が違うアンデッドがいくつか見える。それはこの世界では最高位に位置するアンデッド、ナイトリッチたち。知性のないゾンビではなく、高位アンデッドとしての能力を残したままキュアイーリムに取り込まれていた。
「深淵なる軀の構成員たちか。なるほど、連中がいなくなったのもお前の仕業か。一人ずつは脅威にならないが、多少でも私にダメージを通せるとなると厄介だな」
かつての――存在しない記憶のアインズは竜王が油断している間に多くの情報を収集し、万全の準備を整えて勝利を掴んだ。だが、今は互いに手の内を認識している上、相手だけが自身を強化しての戦闘だ。状況はアインズにとって最悪であった。
しかし、それでも彼の目は諦めてはいない。
――信じているぞ、ドラウ。そして、キーノ。せっかく思い出したんだ。何としてもお前にもう一度会う。
この世界で新たに得た頼れる相棒への信頼と、ここではないどこかでの相棒への想いを胸に、オーバーロードは宿敵たる竜王に立ち向かう。
ーーーー
アインズとキュアイーリムが激闘を繰り広げる場所から数キロ離れた平地にて、ドラウディロンと曾祖父である七彩の竜王は互いに相手への説得を行っていた。
「もう一度言おう、ドラウディロンよ。そなたも我が血を継ぐ者なら協力せよ。竜帝の汚物を処分することこそ、我らの為すべきこと」
「こちらこそもう一度言うぞ、爺さん! プレイヤーの全てがこの世界に害をなす者というわけではない! それどころかアインズは私たちに友好的だ。今後、新たに悪しきプレイヤーが現れるなら、その対処に協力もしてくれるだろう」
そこまでを聞き、やれやれと首を振る七彩の竜王。
「そうではない、奇跡の子よ。“悪しきプレイヤー”という認識が間違っておる。連中は例外なく世界にとっての害悪なのだ。やつらの中にはこの世界で天寿を全うした者もいる。だが、それは我らが見逃したのではなく、脅威度が低く、後回しにしていた個体がたまたまそうなっただけだ。本来はすべからく滅ぼすべき者たち」
「なんだと……。では200年前の口だけの賢者などもそういうことなのか」
「八欲王によって世界は歪められ、真なる竜王はもはや増えることはないと考えていた。だが、そこに現れたのがそなただ、ドラウディロン。今後、我はそなたのように他種族に子を産ませる。その中でそなたに続く者も現れよう。そうして同胞を増やしていけば、竜帝の汚物などもはや脅威ではなくなるのだ」
人間と子を成した彼は一般的な竜王からすれば、融通が利き、他種族にも寛容な穏やかなドラゴンである。
だが、それでもあくまでプレイヤーは滅ぼすべき者であり、それに対処出来るのは真なる竜王のみという考えは同胞と同じであった。
「余計なことは考えるな、我が血を継ぐ者よ。あのアンデッド一匹ではキュアイーリムには勝てん。決心がつかぬなら何もせず、ここで見ているがいい。それだけで世界を蝕む汚物を除去できるのだからな」
「ふざけるな!!!」
もはや曾祖父を言葉で説得することは諦め、どのようにぶちのめすかを考え始めたドラウディロンだが、彼方に何かを見つけて動きが止まる。
「あれは――まさか……。は、ははははは! これが、これが運命のチカラなのか!?」
「なに? いったい何を言っている、ドラウディロンよ」
訝しむ七彩の竜王に何も答えずに竜女王は笑う。
ーーーー
キュアイーリムに強力な攻撃魔法が直撃した。それにより、身を覆うゾンビが何百体も滅んでいく。その威力は朽棺の竜王といえど、無視できぬものであった。
「なんだと!?」
忌まわしき竜帝の汚物は目の前にいる。ならば七彩の竜王の曾孫か、と視線を巡らせると、高速飛行で迫ってくる小柄な人影が見えた。
「アインズ――――!!!」
キュアイーリムを横切り、オーバーロードの前で停止したのは一人の少女。
いつもの仮面は外し、吸血鬼の素顔を晒している。
「イビルアイ……いや、キーノ」
「その呼び方。やっぱり悟も思い出したんだね」
どこか今までと口調が違うイビルアイ。これこそが、亡国の姫である彼女本来の口調なのかもしれない。
予定外の闖入者に驚き、動きを止めていたキュアイーリムだが、すぐに憤怒の形相に変わり、咆えかかる。
「何故この領域に侵入できる!? 貴様如きが始原の魔法の使い手とでもいうのか!」
「始原の魔法か。確かに私は一つだけそれが使える」
「なに!?」
「だが、ここに入れた理由は別にある」
彼女が取り出したのは独特な意匠が描かれた図。
そのアイテムを見てアインズはハッと気が付く。
「それは
「そうだよ」
「なんだその薄汚れた布は! そんなもので世界断絶障壁を突破したというのか!? たかが、吸血鬼風情が!」
「ただの吸血鬼じゃないさ。私を呼ぶときは、こう呼ぶといい」
激高する竜王にイビルアイは静かに、だが堂々と宣言する。
「私は新生アインズ・ウール・ゴウン第二席、キーノ・ファスリス・インベルンだ!」