竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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鮮血帝は静かに微笑んだ

 リ・エスティーゼ王国――

 

 第三王女であるラナー(とクライム)が竜王国に亡命したことで、宮廷会議が荒れていた。

 

「ラナー王女が亡命などありえぬ! いかに利発とはいえまだ10歳だぞ!」

 

「こんなもの考えるまでもなく竜王国の陰謀だ!」

 

「そもそもラナー王女はどうやってあの国まで移動したのだ?」

 

「王国内に竜王国に内通する貴族がいるのだろう。そうでなければ不可能だ」

 

「愚かな! 誇り高きリ・エスティーゼ王国の貴族でありながら、あのような小国に寝返るとは!」

 

 ブルムラシュー侯が憤りもあらわにして叫ぶ。ちなみに彼はバハルス帝国に王国の情報を売り渡している裏切り貴族筆頭である。

 

「まずは即座のラナー王女の返還。そして賠償金の支払い。これらが聞き入れられぬなら討伐の兵を送ることもやむなしだ!」

 

「陛下! いかがいたしましょうか!?」

 

 貴族の一人が王冠を被った白髪の男に判断を仰ぐ。

 彼がリ・エスティーゼ王国国王、ランポッサⅢ世だ。

 

「うむ……竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルス殿からラナーの亡命を受け入れたとの正式な連絡があった。あの子がかの国にいるのは事実だろう」

 

「なにが受け入れただ! 自分たちが攫ったようなものだろう!」

 

「陛下はラナー王女から何か聞かれていないのですか?」

 

「娘の直筆の置手紙があった。『愛するクライムと結婚するため、竜王国に行きます』とのことだ」

 

 ランポッサは疲れたように告げた。

 

「クライム? 誰ですかそれは?」

 

「ラナーの従者だ」

 

「は? それはもしや、あの平民の小僧では!?」

 

「そうだ」

 

「ば、馬鹿な。黄金と称えられるラナー王女が平民と駆け落ちなど……」

 

「ありえん! やはりこれは竜王国の陰謀! 即刻、姫を取り返さねば!」

 

 政略結婚の駒に、または自分の妻にと勝手に考えていた貴族たちは激怒して再び騒ぎ出す。

 

「ラナー……これはお前の意思か……? それとも、貴族たちの言うようにかどわかされただけか……?」

 

 本来の歴史では平民のクライムに貴族位を与えてから第三王女(ラナー)を嫁がせても良いとするなど度量の大きさを見せるランポッサだが、この時代の二人はまだ子供。

 10歳の娘が完璧な将来設計の下、出て行ったとは理解できるはずもなく、頭を抱えるのだった。

 

 ただ一人、それらの騒ぎを離れたところから眺める貴族がいる。

 彼は王国六大貴族の一人、レエブン侯。

 

 ――馬鹿どもが。兵を送る? ドラゴンの軍勢を使役するあの国にか? 強がっているならまだよいが、中には本気で勝てると考えているアホもいる。自殺なら勝手にやっていろ。国の規模や歴史しか見れぬ愚か者が。

 

 レエブン侯は独自に雇っている元冒険者たちに竜王国の内情を探らせていた。それにより、あの国が数頭どころではない数のドラゴンを従えていることを知っている。そんな彼にとって、竜王国との戦争などただの自殺だった。

 

 ――頭脳の怪物とも呼べるラナー王女が自分の意思で出て行ったなら、この国を見限ったということ。だが、その場合は帝国を頼ると思っていたが……。竜王国によほど好条件を提示されたか……?

 

 王国でもっとも優秀な貴族というだけあって、ラナーの行動をかなりのところまで推察するレエブン侯。とはいえ、さすがの彼も竜女王が単独で勧誘に来たとは分かるはずもなかったが。

 

 ――なんにしても竜王国を今まで以上に探る必要がある。場合によっては私の身の振り方も考えなければならない。

 

 

ーーーー

 

 竜王国――

 

 竜王国魔法省の封印の間に一体の怪物が鎮座している。

 黒色の鎧で全身を覆い、フランベルジュと大盾を装備する騎士。

 伝説のアンデッド、デスナイトである。

 

 この個体はドラウディロンとフールーダがカッツェ平野での修行中に捕獲したものだ。

 ちなみに竜王国では10年前に女王の発案で魔法省が設立されている。

 国に属する魔法の研究機関だが、言うまでもなくバハルス帝国のパクリである。

 

第7位階死者召喚(サモン・アンデッド・7th)。儂に従え――!」

 

 フールーダの詠唱に合わせて空間に魔法陣が現れ、鎖につながれたデスナイトを包む。

 途端に死の騎士は動きを止めた。

 

「――!」

 

 驚きに目を見開く老魔法詠唱者。

 

「み……右手を上げよ」

 

 続けて声を震わせながら指示を出す。

 

 ガシャ

 

 それを聞いたデスナイトは素直に右手を上げる。鎖につながれているため挙動は小さいが、間違いなく命令を聞いた。

 傍で見ていたドラウディロンは満足気に頷いている。

 

「やったな、フールーダよ。第7位階に到達――」

 

「やったぞおおおおおおおー!!! デスナイトの支配に成功した! 儂はかの十三英雄、リグリット・ベルスー・カウラウをも超えたのだ! わははははははははー!」

 

 祝福の声がかけられていることにも気づかず、歓喜に叫ぶフールーダ。

 枯れ木のような身体のどこにそんな元気があるのか、激しく喜びのダンスを踊り始めた。

 知らない人間が見たら狂ったと思われそうな動きに、笑みを浮かべながらも一歩引く女王。

 

 

「はあはあ……醜態をお見せしました、女王陛下」

 

「本当にな――と言いたいが仕方ない。個人では到達不可能とされる位階に達したのだからな」

 

「ええ。これも女王陛下のおかげです。まさかこんな短期間で……」

 

「やはり実地訓練が一番だな。強敵との戦いこそが己を上の存在に引き上げるのだ」

 

「ははあっ! 勉強になりまする。儂は比重を研究に置き過ぎていたわけですな」

 

「当然、そちらも大事だが、実戦も欠かせないということだ。これからも共に魔法の深淵を目指そうではないか」

 

「一生ついて行きますぞ!」

 

 この言葉もウソのつもりはないし、本気で感謝もしている。だが、もっと良い環境があればあっさり鞍替えしそうなところが、フールーダがフールーダたる所以である。

 

 

ーーーー

 

 バハルス帝国・皇城――

 

 

 フールーダがドラウディロンに一生ついて行くと宣言しているなど知らないジルクニフだが、かの女王が原因で不機嫌になっていた。

 

 竜王国とバハルス帝国は一か月前から人材交流を行っている。

 結局、ジルクニフはフールーダがそれに参加することを認めた。拒否すれば勝手に行ってしまいかねなかったからだ。

 その決定を伝えたときの、にんまり笑うドラウディロンの顔を思い出してイラつく皇帝。

 フールーダ以外の人員は皇帝の不興を買うのを恐れて誰も参加に手を上げていない。

 

「よいではないですか、陛下。フールーダ様が始原の魔法に触れてさらなる高みに上ることは帝国にとって間違いなくメリットです」

 

 ジルクニフの不機嫌の理由を察した側近が宥めにかかる。

 

「まあ、そうだがな。あの女の思い通りになっているのが腹立たしいのだ」

 

「あの女……ドラウディロン女王ですか」

 

「元々、弱小国だった竜王国があいつのせいで法国に続く二つ目の目の上の瘤となった」

 

 いずれは周辺国家に覇を唱えるつもりであるジルクニフにとって、強大な軍事力を持つ二国は厄介以外の何ものでもなかった。

 

「いっそのこと女王に縁談を持ち掛けては? あの国の戦力が手に入りますよ」

 

「絶対に嫌だ。あいつは私の嫌いな女ランキングで単独一位だぞ」

 

「そんなものがあるのですか……」

 

「陛下。人材交流の件で竜王国から連絡がありました。帝国にやってくる人員を増やしたいとのことです」

 

「ふむ。出来る限りの人間に我が国で学ばせたいと思うのは当然だな。人数はどれくらいだ?」

 

「一人のようです」

 

「一人? それはずいぶんと遠慮したな。どんなやつだ?」

 

「名の知れた人間ではなさそうです。『ヘジンマール』という名前です」

 

「たしかに聞かぬ名だな」

 

 そもそも人間ですらないことにこの場で気付いている者はいない。

 

 

 ここで皇帝に新たな報告が入った。

 

「陛下」

 

「なんだ? その様子だと予想外の出来事か」

 

「はい。リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ殿下が竜王国に亡命しました」

 

「はあ!?」

 

 寝耳に水の報告に思わず大きな声を上げてしまうジルクニフ。

 

「たしか第三王女は10歳……ならば亡命というのは建前で竜王国側から誘ったはず。しかし、王国と関係を悪化させてまで幼い王女を招く理由がわからん。あの女、特殊な趣味でもあるのか?」

 

 このときのラナーはまだ国政への画期的な提案などは行っておらず、他国のジルクニフではその異常性に気づけていなかった。

 

 

「あ、あの……陛下……報告がありまして」

 

 悩むジルクニフに別の文官が遠慮がちに皇帝に話しかける。

 

「なんだ? いまは竜女王の意図を探るのに忙しいのだ。よほど重要な案件でなければ後にしろ」

 

「その……重要な案件です……」

 

「なにがあった?」

 

 聞きたくないが聞かないわけにはいかないと、嫌な顔をしながら問いかける。

 

「竜王国に行っているパラダイン様から手紙が届いておりまして。もちろん中身は分かりませんが、緊急とのことです」

 

「爺から緊急の手紙……。まさか、あの女に軟禁でもされているのではあるまいな」

 

 緊張しながら手紙を開封するジルクニフ。そのまま内容を確認する。

 

 真剣な顔で手紙を読む皇帝だが、しだいにその表情が変わっていき、最後にはすべてを悟ったような賢者のごとき面持ちとなる。

 

「へ、陛下……?」

 

 見たことのない皇帝の表情に困惑して声をかける側近たち。

 無我の境地に至っているのか、主から反応はない。

 

 手紙は長々と書かれているが、要約すると内容はこうなる。

 

『魔法の研究がはかどり過ぎるのでしばらく帝国には帰りません。

         竜王国魔法省特別顧問フールーダ・パラダイン』

 

 鮮血帝の苦難は続く。

 

 

ーーーー

 

 ???――

 

 

「さて、各国の最重要人物にはあらかた顔をつないだな。次はそれ以外で有能なタレント持ちを取り込んでいくとするか。一番、ぶっ飛んでいるのはンフィーレアか? あいつのタレントはやばいだろ。条件を無視してあらゆるマジックアイテムを使えるなど……」

 

 ひとりごとを言いながらどこかを歩いていくドラウディロン。

 

「他には魔法適性のニニャ、フールーダと同じく魔力を見通す魔眼のアルシェ、集中力のキャパシティが増えるブレインあたりか。どうやって勧誘するか悩むな。ブレインは決闘でもすれば割と簡単かもしれないが」

 

 そこはどこかの建造物の中。

 天井が破壊されているため、夜空に浮かぶ月がよく見える。

 

「……いかんな。行き詰ったらつい、腕力で解決しようとしてしまう。密かな私の悪癖だ。そう思わないか?」

 

 建物の最奥にある玉座の間、もしくは祭壇のような場所まで来た女王は誰かに語りかける。

 

「密かも何も評議国のドラゴンはみんな知っているよ、ドラウ」

 

 呆れたように返答するのは一頭の巨竜。

 アーグランド評議国永久評議員、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツァインドルクス=ヴァイシオンである。

 

 


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