竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか 作:Amur
10年ほど前のアーグランド評議国にて――
会議場に様々な亜人種族の代表が揃っている。この国の議会を構成する評議員たちだ。
また、中央の演壇に竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスの姿があった。
「竜王国の小娘よ! 何やら重要な話があるそうだな。よかろう、ここで話すがよい」
一人のオーガが尊大に言い放つ。
筋力の高さに反比例するように知能が低い種族だが、この個体は確かな知性を感じさせる。おそらく上位のロード種だろう。
「それは有り難いが、私は永久評議員に会談を申し込んだのだが」
ドラウディロンが困ったように返答する。
「生憎とあの方々は忙しいのだ。そこで我らが話を聞いてやるというわけだ」
アーグランド評議国にはここにいる各亜人種族から選ばれた評議員に加えて、ドラゴンの永久評議員たちが存在している。
「すまないが、まずは永久評議員にだけ話したいのだ。その後、彼らが他者に広めるかまでは分からないが」
「竜王国の女王殿。それは我らに失礼ではないかね?」
シー・リザードマンの長が指を立てて告げる。口調は丁寧だが、そこには隠しようのない不快感があった。
「シー・リザードマンの族長よ、あなたの言う通りだ。評議員たちの頭を飛び越える無礼は承知しているし、謝罪もする。だが……」
「あまり調子に乗るなよ、小娘! 貴様が
「そうだ! あんな弱小国の王が我ら栄光の評議国議員と対等に話せるなどと勘違いするなよ!」
「くっ……!」
あちこちから罵声が飛ぶ。
彼ら評議員からして見れば、軽んじられていると感じても当然のこと。
だからこそ女王も耐える。
「大体、なんだこのガキは! 人間でいえばまだ子供ではないのか!?」
「時間の無駄だ! 衛兵よ、この無礼者をつまみ出せ!」
「食われないだけ感謝することだな、貴様!」
「ああああああ! うるさい! こっちが下手に出ていれば好き勝手言いおって! さっさと永久評議員に取り次げと言っているんだ!」
我慢していたドラウディロンだが、とうとう爆発して怒鳴りつけた。
「な、なんだと貴様っ!」
「人間ごときが誰に口をきいている! 殺されたいのか!」
「文句があるならかかってこい!」
「ほざいたな! 取り消しはできんぞ、ガキめが!」
売り言葉に買い言葉の応酬で殺気が高まっていく会議場。
「わっはっはっは! 面白い小娘だ。我輩たちにかかってこいとはな!」
激怒する評議員が多い中で大笑いするのは最初に女王に話しかけたオーガ。
「オーガ王……」
他の亜人たちも彼には一目置いているのか途端に静かになる。
「我輩はオーガ族を束ねるオーガウォーロード。小娘よ、我らは種族で最強の者が評議員に選ばれる。そして我輩はそれを10期連続で務めている。この意味が分かるな?」
「戦闘種族でも別格の強者というわけだ」
「そういうことだ!」
ひと飛びで女王の前に降り立つオーガウォーロード。
「もし我輩に勝つことが出来たら、永久評議員との会談の場を用意しよう。……かかってこいと言ったからには逃げはせんな?」
「当然だ。このドラウディロンに二言はない」
3mを超える巨体が見下ろしてくるが、女王はわずかも怯まずに睨み返す。
「よくぞ言った!」
挨拶代わりに右拳で殴りかかるオーガ王。
「むんっ!」
ドラウディロンはあえて避けずに攻撃を左手で受け止める。
衝撃で演壇は吹き飛び、クレーターが出来上がる。
「はあ!? あのオーガ王の拳を片手で受け止めた!?」
「嘘だろ、あんな小さい人間が……」
ありえない光景に絶句する評議員たち。
「今度はこちらの番だ!」
「グオオオ!?」
軽く飛び上がり右拳で相手の頭を殴り飛ばす女王。
オーガウォーロードは激しく吹き飛び、議員席に突っ込んだ。
「……頑丈だな」
「わははははは! なるほど、口だけではないな!」
周囲の席を吹き飛ばしながらオーガ王が立ち上がった。その顔にはまだまだ戦意が満ち溢れている。
「ここからだぞ、小娘――いや、ドラウディロンよ。 我輩の力を思い知るがよい!」
「望むところだ!」
オラアアアアアアアアアア!
ーーーー
その光景を会議場の奥から見つめる複数の影があった。
「話し合いに来たはずの彼女はなぜ殴り合っているの?」
私困惑していますという顔のドラゴンはスヴェリアー=マイロンシルク。森祭司の力を有し信仰系魔法を行使可能な
「あれではどちらがオーガか分かりませんな」
呆れているのは
「だが強い。白兵戦では
「おやおや。次はトロールの評議員が出てきたぞ。まるでお祭りだな」
「どうしますか? ツアー」
スヴェリアーが最も上座にいるドラゴンに伺いを立てる。
ツアーと呼ばれた彼こそが評議国の――いや、この世界のドラゴンの頂点。
「……このままだと会議場がなくなってしまうね。彼女にはチカラを見せてもらった。話を聞いてみよう」
この五頭のドラゴンがアーグランド評議国を支配する永久評議員。
各々が最低でも難度140以上という化け物たちである。
ーーーー
そして現代――
「当時のスヴェリアーたちは呆れていたよ。なぜか乱闘を起こしている君にね」
「いや~、申し訳ない。私もあの頃は若かった」
いまも大して変わってないだろと思いながらも面倒なので口には出さないツアー。
「それで今日はどうしたんだい?」
「少し前に法国に行っていたんだが、あと6年で時期のようだぞ」
「百年の揺り返しか……そろそろだとは思っていたよ」
「知っての通り、私はそれに備えて各国との繋がりを強化している。ツアーにもそのあたりを再確認しておこうと思ってな」
「分かっているよ。百年の揺り返しに対して評議国は竜王国、法国と連携を取る。協力者にぷれいやーの血を覚醒させた者がいたとしても見逃す――これでいいだろう?」
「うむうむ。話が早くて助かるな」
「実際、そのあたりどうなんだい? 私の見立てでは法国には数人いそうなんだけど」
「う~ん。私の口からはあまり言えないが、流石は白金の竜王だと言っておこうか」
「ふー……。やれやれ、あの国にも困ったものだ」
「まあそう言うな。弱小たる人間種を守るために必要なことだったのだ」
「その考えは分かるんだけど、これが数十人とかになると流石に見逃せないよ」
「神人が数十人か……確かに驚異的な戦力だな。そのあたりはバランスを崩し過ぎないように私も見ているよ」
「頼むよ。人間であり、ドラゴンでもある君を信用しているんだ」
「ああ、ありがとう。その信用を裏切らないようにするさ」
「周辺国家とはすべて繋がりを作ったのかい?」
「いや、まだだ。次はローブル聖王国に行こうと考えている」
「あの国か。評議国とはかなり離れているから私もよく知らないな」
「名前の通り宗教色が強い国で、英雄級の実力者が複数いるらしい」
「英雄級ねえ。君からしたら大したことないだろう」
「ん~。戦闘力は置いておいて、
「へえ。なるほどね」
「プレイヤーの話はまだしないが、友好関係を作っておくに越したことはないからな」
ぐっと拳を握ってやる気を見せるドラウディロンだが、ツアーは胡乱な目で見ている。
「……? なんだ、ツアー」
「いや……聖王国ではどんな騒ぎを起こすんだろうと思ってね」
「お前は私を何だと思っているんだ? そうそう騒動になるはずもないだろう。バハルス帝国で友好関係を結んだときの知性派ぶりを見せてやりたかったぞ」
「ふ~ん」
先程、ドラウディロンを信用しているといったツアーだが、今は明らかに胡散臭いものを見る目をしている。
「ふ、まあいい。次に来るときは聖王国での華麗な交渉の話を聞かせてやるさ」
「楽しみにしているよ」
ーーーー
ローブル聖王国――
「どうしたあ! もう降参か!?」
相手を投げ飛ばし、余裕で腕を組む竜王国女王。
「そんなわけがあるか! 勝負はこれからだ!」
仰向けに倒されたが即座に起き上がり、猛然と向かっていく一人の女騎士。
ドラウディロンは聖王国にて腕力型外交を始めていた。
それは彼女が竜王国の女王として正式に聖王国を訪れた日から始まった。
竜女王はローブル聖王国の国王カルカ・ベサーレスに歓待を受けていた。彼女は聖棍棒聖王女と呼ばれ、敬愛される若き女王である。
ちなみに聖女王でなく聖王女なのは『聖王』+『女』という意味だからだ。
「竜王国は長年悩まされていたビーストマンによる被害が、ドラウディロン・オーリウクルス殿のご活躍で大幅に減ったとか」
「そうだな。国内に侵入していたビーストマンはあらかた排除しただろう」
「素晴らしいです。我が国もアベリオン丘陵の亜人による襲撃に悩まされています。是非、ドラウディロン・オーリウクルス殿のお知恵をお借りしたいものです」
「ふむ、そうだな。――ああ、私のことはドラウでいいぞ。親しいものはそう呼ぶ」
「あら……ふふ、ではお言葉に甘えましょう。私のこともカルカと呼んでください」
「うむ。よろしく、カルカ。……それでビーストマン対策のことだが、話は単純だ。戦力を増強して各個撃破していっただけだ」
「言うのは確かに容易いですが、並の戦力では人間の10倍の強さとされるビーストマンに太刀打ちできないのでは?」
「私を含むドラゴンの軍勢なら問題にならなかった」
「ドラゴン……竜王国の女王はドラゴンロードの血を引くという話は本当だったのですね。残念ながら、それは他の国では参考になりませんね」
「突出した強者がいれば戦況は覆る。この国の実力者――九色だったか。彼らをより強くするというのはどうだ? なんなら私が鍛えてやるぞ」
「それは有り難いですが……ん? すみません、ドラウ。聞き間違いかしら。私が鍛えると言いましたか?」
「そうだ。先ほども言っただろう。“私を含む”ドラゴンの軍勢だと。竜王国で最も強いのはこのドラウディロンだ」
「え……。しかし、複数のドラゴンがいるのですよね? それらより強いと?」
「その通り。……お前はどう思う? 騎士殿」
話を向けられたのはカルカの護衛として控えている一人の女性騎士。
彼女は聖騎士団団長レメディオス・カストディオ。
英雄の領域にまで到達しているこの国最強の聖騎士だ。
「……えー。そ、そうですね」
明らかに困っているレメディオス。実は竜女王に失礼がないように前もって極力口を開くなと釘を刺されている。
「何を言っても私は怒らないから正直に思うところを教えてくれ」
「……では正直に言わせてもら、います。嘘は言ってない――と思います。立ち振る舞いも素人ではないです。ただ、本当にドラゴンより強いかは戦っているところを見ないと分からな――分かりません」
たどたどしい敬語で頑張って自身の見立てを話すレメディオス。
「なるほど。では一度、私と団長殿で模擬戦はどうだ? 長々と話すより一番早いと思うが」
「む……」
「ドラウ!? レメディオスは聖王国最強の騎士なのよ。いくらなんでも無茶だわ。そもそも、他国の王とそんなこと出来るわけないでしょ」
カルカが焦って止めようとするが、ドラウディロンは気にしない。
「大丈夫だ。仮に私に何かあっても国際問題にはしない。神に誓おう」
「なるほど。神に誓うのなら大丈夫だな」
「話が早い」
あっさりと口車に乗せられた聖騎士団長は竜女王と共に訓練場に向かって行った。
「ちょっと、二人とも! ……ああ、ここにケラルトがいれば!」
神官団団長にして親友のケラルト・カストディオ(レメディオスの妹)は多忙によりこの場に来ていなかった。
他の側近たちに自由過ぎる竜女王と団長を制止できる者はいない。
そして時間は最初の模擬戦に戻る。
「でやああっ!」
模擬剣を力任せに振りかぶるレメディオス。
真剣でないとはいえ、並の戦士であれば骨ぐらい簡単に砕ける一撃である。彼女は少し打ち合っただけで相手が並ではないと理解していた。
それを竜女王は左手の鉤爪で受ける。
「たしかに力は大したものだ」
「余裕ぶっていられるのも今の内だ……!」
強引に上から押し潰そうと剣を両手で持って力を込めていく。
「だが、私の武器はこれだけではないぞ?」
それを聞いてハッとしたレメディオスはフリーになっている右手の鉤爪を警戒するが――
ゴウッ
突如としてドラウディロンの口から凍りつく息が吐き出された。
「なっ!?」
予想外のブレス攻撃に避ける間もなく、冷気が直撃する。
全身が凍りつき立ち上がることが出来ない。
「ぐっ……!」
「私の勝ちだな」
「大丈夫!? レメディオス!」
ハラハラしながら模擬戦の様子を見ていたカルカが駆け寄る。
「心配ない」
そう言うとドラウディロンは威力を抑えた火の息を吹きかけた。
「熱っ! ああ熱い!!」
少し焦げながらも全身の氷が溶けるレメディオス。体が動くことを確認した彼女は勢いよく立ち上がると、竜女王に食って掛かった。
「おい、竜女王! 氷を吐くなんて卑怯だぞ!」
「何を言っているのだ聖騎士団長殿は。亜人たちが正々堂々と戦ってくれるとでも? この程度は対処できるようになってもらわんとな」
「なっ! ……くうっ……!」
歯噛みするレメディオスだが、その言葉自体はもっともだったのでそれ以上何も言えない。
「さて、カルカ。これで私の腕前は分かってもらえただろうか?」
「ええ……そうですね。まさかブレスを使うとは予想外でしたが」
「終わったみてえだな。なら、次は俺の相手をしてもらえないか、竜王国の女王殿」
筋骨隆々で太い眉に無精ヒゲと野性味あふれる男がドラウディロンに話しかけてきた。
聖王国九色の一人、オルランド・カンパーノだ。
この国でも一、二を争うほど強さを求める彼は模擬戦が終わるのを待ち構えていた。
「カンパーノ班長! 何を言っているのです。相手は他国の王ですよ!」
「けど、聖王女様。聖騎士団長殿は相手をしてもらってるじゃないですか。俺だけのけ者ってのはひどいですぜ」
――聖王国も評議国と戦士のサガは変わらないな。私としてはやりやすくて助かる。
「俺はオルランド・カンパーノ。聖王国九色が一人だ」
「ほう、私は構わないぞ。他の九色とも是非、手合わせしたかったのでな」
「ヒュウ。竜女王殿は話が分かる方だね。けど、今の模擬戦を見ていた俺に奇襲のブレスは通用しませんぜ?」
「ふ……なら試してみるか」
竜王国女王の外交(物理)は続く。
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リ・エスティーゼ王国 エ・レエブル――
エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵は自身の館にて、親衛隊である元オリハルコン級冒険者チームから竜王国での調査報告を受けていた。
「バハルス帝国に続いて、ローブル聖王国とも友好関係構築の動きか。両国から申し出たなら見る目がある。竜王国側からの要請ならば、リ・エスティーゼ王国に声がかからないのはその価値なしと判断された……?」
竜王国の女王が帝国、聖王国を訪問したことは各国に広まっている。だが、法国や評議国とも交流があることは両国の首脳陣にしか知られていない。
「もう一つ信じられない情報があります」
考え込むレエブン侯にリーダーのボリス・アクセルソンが告げる。
「なにかな?」
「竜王国に帝国の主席宮廷魔術師、フールーダ・パラダインの姿がありました」
「はっ!? ちょっと待ってくれ。フールーダ・パラダインと言ったのか?」
耳を疑うような報告を聞いて、思わず聞き返すレエブン侯。
「はい。かの
「な、何故、帝国の誇る大魔法詠唱者が竜王国にいるんだ?」
「帝国では情報が完全に封鎖されていたので分かりませんでしたが、竜王国は隠していないようで、すぐ分かりました。どうも人材交流の一環のようです」
「人材交流?? 意味が分からんぞ。そんな理由で皇帝が国からパラダインを出すはずがない」
「申し訳ありません。それ以上の情報は掴めませんでした……」
――どういうことだ? 何が起こっている? 帝国、聖王国は竜王国と手を組んだ。ラナー王女があの国に亡命した。そして今度はパラダインまで。我が王国だけ大きな動きから取り残されている……? リ・エスティーゼ王国は私が考える以上に沈みゆく船だというのか……?
「……ボリス」
「はっ!」
「竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルス殿と秘密裏に会談を持ちたい。可能か?」
「そ、それは……。本人以外に気づかれずに手紙を届けるくらいは可能です。ですが、かの国の女王陛下が応じてくれるかは分かりませんが……」
「構わない。これは賭けだ。だが、ここで動かなければ泥船で沈んでいくだけに思えてならないのだ」
「侯……」
「やってくれるな?」
「は! お任せください!」
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ツァインドルクス=ヴァイシオンは語る。
プレイヤーとの接触において、人間側で最も頼りになるのはドラウディロンだが、最大の不安要素もまた彼女である、と。
ツアー「起こすなよ、絶対問題起こすなよ!」