竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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竜女王の頭脳

 竜王国――

 

 首都にある黒竜城(ドラウディロンの居城)近くにその館はあった。

 入り口には屈強な門番、中庭には高価なゴーレム(魔法生物)が配置され、侵入者を警戒している。

 噂ではリ・エスティーゼ王国から亡命してきた王族が住むとされるこの館。

 

「はい、クライム。あ~ん」

 

「ら、ラナー様。従者の私にそんな……」

 

 スプーンで手ずから料理を食べさせようとしているのは、リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ(10歳)。遠慮しながらも顔を真っ赤にしているのが従者のクライム(9歳)。

 館の厳重な警備はこの二人のために配備されたものである。

 

「もう、まだそんなことを言っているのですか。あなたは私の正式な婚約者であると、ドラウディロン様にも認めていただいたのに」

 

 頬を膨らませて不機嫌アピールのラナー。

 

「それとも私が妻では不満ですか?」

 

「い、いえそんな! ありえないほど嬉しい話ですが、私では身分違いで分不相応だと……その……」

 

「この国では王国の身分など関係ありませんよ。私はただのラナー――いえ、あなたのラナーです。そうでしょう? 私のクライム」

 

「ら、ラナー様……」

 

「クライム……」

 

 甘い雰囲気に包まれた二人はそのまま近づいていき――

 

 コンコンコン

 

「ラナー様、クライム様。よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい!」

 

 クライムがメイドに応対するため部屋を出て行く。

 

 閉じた扉を見つめるラナーだが、先程まで浮かべていた慈愛溢れる笑顔は消えている。婚約者にはとても見せられない鬼のような形相をしていた。

 

 ガチャ

 

 扉が開く直前にラナーの表情が穏やかな笑みに変わる。

 

「ラナー様。ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下がお二人で内密の話があるとのことです」

 

「女王陛下が? わかりました。……ごめんなさいね、クライム。身分など関係ないと言ったそばから貴方を除け者にするようなことをして」

 

「いいえ、やはり王族にしか出来ない話はありますから。それに女王陛下は恩人です。文句などあるはずもない」

 

「ありがとう、クライム」

 

「私は隣で待機しています。何かあればお呼びください、すぐに駆け付けます」

 

「女王陛下との会談で何かあるはずもありませんよ」

 

 くすりと笑うラナー。

 

 

 

「突然の訪問ですまないな、ラナー」

 

 約束無しでの来訪を詫びながら入室してくるドラウディロン。

 

「いいえ。大恩ある女王陛下のお話とあれば、他に優先すべきことなどありません」

 

 文句のつけようもないほど殊勝な言葉と共に出迎える黄金の姫。だが――

 

「おい、顔! お前表情の選択を間違ってるぞ!」

 

 女王を出迎えるラナーは先程も浮かべていた鬼の形相だった。

 

「いいえ、女王陛下。これが正しい表情です」

 

「わかった、わかった。どうせ旦那とイチャイチャしていたんだろ? 邪魔したのは悪かったよ」

 

「そんな……旦那だなんて……まだ婚約者ですわ」

 

 照れて顔を両手で覆うラナー。

 

「こいつ……見せつけおって」

 

「申し訳ありません。独り身の女王陛下に配慮が足りませんでした」

 

「うるさいぞ。……まったく、お前いよいよ取り繕わなくなってきたな」

 

「今更、女王陛下に取り繕っても意味がないので」

 

「いや、少しは……はあ、まあいい。本題に入るぞ」

 

「はい」

 

 ラナーも表情を真面目なものに変えて、話を聞く態勢に入る。

 

「王国のレエブン侯が私に内密な会談を申し込んできた。それについて、お前の意見が聞きたい」

 

「なるほど、レエブン侯が。流石にクズ揃いの王国貴族で一番マシなだけありますね」

 

 口が悪いラナーだが、瞬時に状況を理解したようだ。

 

「いまだ国家規模ではバハルス帝国を上回るリ・エスティーゼ王国の侯爵殿だ。こんな小国の女王にいったい何の用だというのか」

 

「わかって言っていますよね」

 

「そりゃあそうだが、王国に見切りをつけるのが早すぎると思ってな」

 

「完全に陛下のせいですよ」

 

「……そんなにやり過ぎたか?」

 

「はい。帝国に続き、聖王国との友好関係構築。私の亡命。それとフールーダ・パラダインがいることも隠していませんよね」

 

「ふーむ。改めて整理されると確かにな。ま、仕方ない。必要なことだったのだ」

 

「……女王陛下。一つ質問してもよろしいでしょうか」

 

 ラナーが今まで以上に真剣な顔をする。

 

「いいぞ。なんだ?」

 

「貴方ほどチカラのある方が何を警戒しているのですか?」

 

「……わかるか」

 

「はい。陛下は明らかに何かがやってくるのを確信していて、それに備えています。ビーストマン対策というなら現在の竜王国の戦力でも過剰です」

 

「……」

 

 ドラウディロンは目を閉じて、しばし考えてから結論を出した。

 にやりと笑い、ラナーに向き直る。

 

「こうなればお前も深いところまで巻き込んでしまうか」

 

「……あの、やっぱり聞くのをやめてもよろしいでしょうか」

 

「ダメだ。その頭脳を私のために役立てるという契約だろう」

 

「……そうですね。それにこれでも私は貴方に感謝しているのですよ? だからこそ、危険な話題にも踏み込んだのです」

 

「契約としてだけでなく、自らの意思でも私に協力してくれるのか?」

 

「はい」

 

「ふ……それは心強い」

 

 歴史が違えば己の野望のために、自国を滅ぼすことも厭わないラナーだが、この時点であれば、そこまでの歪みには至っていない。

 思いがけず夢をかなえてくれた竜女王のために働いてもよいと思う程度には彼女の精神はまだ人間だった。

 

「だがその秘密を話すには一人、立会人を連れてくる必要がある」

 

「どなたでしょう?」

 

「そいつの名前は“白銀”」

 

「白銀……まさか十三英雄!?」

 

「そう、本人だ」

 

「伝承では人間の騎士とされていますが、200年前も生きているならエルフか、もしくは異形種だったのですね」

 

「そういうことだ」

 

 ――ツアーが自分の正体まで明かすかは分からないがな。

 

「まあそれはまた後日だ。いまはレエブン侯への対応について協議するぞ」

 

「はい」

 

 

 これが、後の世でラナーが『竜女王の頭脳』と呼ばれることになる始まりであった。

 

 

ーーーー

 

 ラナーが正式にドラウディロンの側近となってから一か月後――

 

「ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下。このたびは私のために貴重な時間を割いていただき、恐悦至極に存じます」

 

 エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵は黒竜城を訪れていた。

 後ろには護衛として元オリハルコン級冒険者チームが控えている。

 

「構わん。それにこれは非公式の会談だ。もう少し、肩の力を抜いていいぞ」

 

「は……」

 

 そう言われても緊張を解くことなど出来ないレエブン侯は、女王の隣の人物に視線を移す。

 

「お久しぶりです、ラナー王女。お元気そうでよかった」

 

「レエブン侯も壮健でなによりです」

 

 思った以上に元気なラナー――それどころか、王国にいたときより活力に満ちた姿に安堵するレエブン侯。

 

「ホッとしたか? レエブン侯」

 

「はい。それはもちろんです。敬愛する王女が元気な姿に安堵せぬ者などおりませぬ」

 

「ラナーの現状を見て、自分がここに来た判断が間違っていなかったと理解したが故の安堵だろう?」

 

「! ……それは」

 

「構わない。元より私も侯のことは買っているんだ。回りくどい話はやめて、単刀直入にいこう。王国を見限って、私の下に就くんだな?」

 

「……!」

 

「女王陛下。本当に単刀直入すぎますわ。回りくどさや駆け引きに慣れないと、今後の外交で苦労しますよ」

 

 ラナーが直球過ぎるドラウディロンに苦言を呈する。

 

「そういうのはお前に任せるさ。それに私は外交は得意なんだぞ? 今までいくつもの交渉を知略を駆使して成功させてきた」

 

「知略(物理)ですね。分かります」

 

「おい、今なんか発音が変じゃなかったか?」

 

「気のせいでしょう」

 

「……仲が良いのですね」

 

 やや意外そうに呟くレエブン侯。互いが利害のみで結びついていると考えていたからか、それとも宮廷での王女の姿を知るが故か。

 

「まあ、こいつは私の参謀だからな」

 

「あっ」

 

 ぐいっとラナーを片手で抱き寄せるドラウディロン。

 

「……ラナー王女を招いたのはやはりそういう趣味もあるからですか?」

 

「いや、何を言っているのだ。そんなわけないだろう」

 

「いえ……我が親衛隊が帝国での情報収集の中、そのような噂を聞いたので」

 

「なんだと? いったい誰だ。そんな根も葉もない噂を流したのは」

 

 女王はイラッとしながらラナーを離して席に座らせた。

 ちなみに噂の発信源は帝国皇帝ジルクニフである。

 

 

 

「――ではレエブン侯は我が家臣として竜王国に移住するということで決定だ。この国でその政治手腕を振るってもらおう」

 

「ははあっ! 速やかに我が領地であるエ・レエブルをヴァイセルフ王家の直轄領とする手はずを整えます。それが完了次第、家族や直臣と共に竜王国に移住させていただきます」

 

「うむ。亡命するとはいえ、領主が領民を放り出すわけにはいかぬからな」

 

「おっしゃる通りで」

 

「これからは亡命仲間ですね、レエブン侯。改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いいたします、ラナー王女」

 

 

 本来の歴史であれば、国の崩壊を防ぐため誰よりも尽力しているレエブン侯だが、それは息子の『リーたん』が生まれてからの話。

 いまは子供が生まれる直前のため、王家簒奪を狙っていた野心家の面が色濃く残っている。

 それゆえ、驚くほど迅速に王国に見切りをつけ、亡命を決意するのだった。

 

 

ーーーー

 

 レエブン侯との交渉が無事に終わり、ドラウディロンはラナーに人材集めの相談をしていた。

 

「それでラナーよ。王国に是非スカウトしたい魔法詠唱者がいるのだ」

 

「どんな方でしょうか?」

 

「名はセリーシア・ベイロン。評判の悪い領主に姉を無理矢理、妾にされた村娘。救い出すチカラを求めて魔法詠唱者となったという経歴だ」

 

「前半は王国ではよくある話ですね。すでに名の知れた方なのですか?」

 

「いや、大器ではあるがまだ10代前半だ。ニニャという偽名で冒険者見習いをやっている」

 

「そんな方の経歴をよく知っていますね……いつもながら謎の情報網」

 

「まあ、この程度はな」

 

「ふむ……」

 

 わずかに思考してすぐに考えを述べるラナー。

 

「恩を売って竜王国に招くならドラウ様のいつものやり方が早いでしょう」

 

「いつものやり方?」

 

「バカ領主から力づくで姉を解放、竜王国で保護をするのです」

 

「力づくって……別に私は何でも暴力で解決する女ではないぞ」

 

「ははは!」

 

「いや、冗談ではなく……」

 

「流石に女王として王国貴族の館を襲うのはマズイので、裏の仕事を任せられる手駒の冒険者かワーカーはいないのですか?」

 

「ん~。それならば我が国に一人いるな」

 

「おや、誰でしょう」

 

「竜王国のアダマンタイト級冒険者。“黒鱗”のドラウ」

 

「黒鱗のドラウ……それって」

 

 

 黒鱗の竜王ドラウディロン・オーリウクルス → 黒鱗のドラウ

 

 

「一人いるというか自分自身じゃないですか……しかも正体を隠す気がない」

 

「いやいや、ちゃんと顔はヘルムで隠しているぞ。それに、99%そうだと思っても1%くらい別人の可能性があれば、それでいいんだよ」

 

「私は100%確信しています」

 

「あと勘違いするなよ。権力で手に入れた地位ではなく、ちゃんと銅(カッパー)から始めてアダマンタイトになったのだぞ」

 

「そのあたりはどうでもいいです」

 

「むう……」

 

 興味がないと切り捨てるラナーに不満げな女王。

 

「“黒鱗”はソロの冒険者なのですか?」

 

「ソロのときもあるし、先の“白銀”とコンビを組むときもある」

 

「十三英雄がメンバーとはとんでもないチームですね」

 

「まあ、バカ貴族の館程度なら私一人で十分だがな」

 

「そうでしょうね」

 

 ラナーはドラウディロンが単騎でも竜王並みに強いということを教えてもらっているので、驚きはない。

 

 

ーーーー

 

 

 リ・エスティーゼ王国――

 

 ある地方領主の屋敷にて人知れず騒動が起こっていた。

 屋敷の主は女たちを玩具のように弄ぶと悪評がある王国貴族である。

 

「う……うう……」

 

 寝室のベッドの上で一人の女が横たわっていた。

 よほど手酷く扱われたのか全身に痣が見られる。

 彼女は領主の妾の一人、ツアレニーニャ・ベイロン。

 

「そなたにもそろそろ飽きたのお。例の娼館に売り飛ばすかな」

 

 下着のみ身に着けた男――領主が冷酷に告げる。

 

「そ、それはまさか八本指の――!?」

 

「おや、知っておったか。妾どもの噂話で聞いたか? そなたの知る通り、あの裏組織が経営する娼館じゃよ」

 

「お、お許しを! そんなところに売られては生きてはいけません!」

 

「安心せよ。領民などは放っておいても勝手に増える。そなたが死んでも代わりはいくらでもいるのじゃ。ふぁっほっほっほ」

 

「そ、そんな……」

 

 たるんだ頬の肉を震わせて笑う領主。

 彼女はそのあまりの物言いに愕然として言葉が出なかった。

 

 ドバンッ!

 

 ツアレが己の未来に絶望していると、寝室の扉が乱暴に開かれた。

 

「何事じゃ!? 誰も入れるなと言っておいたじゃろうが!」

 

「邪魔をするぞ」

 

 怒鳴り散らす領主とは正反対にその人物は落ち着いていた。

 全身を包むのは黒竜鱗の鎧(黒竜の鱗を模したハード・レザー・アーマー)。

 ヘルムで顔は見えないが、子供のように小さな体。

 正体は当然ながら竜王国女王ドラウディロンの冒険者バージョンである。

 

「な、なんじゃ貴様! ここを領主たるわしの寝室と知って入ったのか!?」

 

「豚貴族が狼藉を働いていると聞いてな。義憤にかられた冒険者が成敗に来たというわけだ」

 

「このわしを……ぶ、豚だと!? しかも冒険者? そんな下賤な人種が」

 

「ああ。お前の口上は無用だ。さっさと用件を済ませて帰るとしよう」

 

 黒い冒険者は一歩近づく。

 それに身の危険を感じた領主は大声で叫ぶ。

 

「皆の者侵入者だっ! すぐに来い!!」

 

 領主はしもべを呼んだ。

 しかし誰も来なかった。

 

「な、なぜ……あいつらは何をしている!?」

 

「この屋敷にいた者は全員、気絶させたからな」

 

「ぜっ……!? 嘘をつくな! いったい何人いると思っている!」

 

「さあな。……さて、そろそろ、愚かな豚を黙らせるか」

 

 さらに一歩近づくドラウディロン。

 

「それ以上近づくな! 冒険者ふぜっ!?」

 

 黒鱗は無造作に頭を殴り飛ばす。

 その一発で領主はあっさりと気絶した。

 

 ツアレはその一部始終を見ていたが、脳が状況を理解できないようだ。

 

「……」

 

「あ……」

 

 ドラウディロンは何も言わずに優しくシーツをかけた。

 

 

 この日、一人の王国貴族が行方不明となった。

 小柄な戦士に襲撃されたという守備兵の証言をもとに、王国は全力で下手人を捜索したが、それだけの情報ではついぞ見つかることはなかった。

 屋敷から領主の妾が全員いなくなっていることについて、人々の間で様々な憶測が流れたが、その貴族家が没落すると共に、事件は忘れ去られていった。

 

 

ーーーー

 

 

 竜王国――

 

「お早いお帰りですね、ドラウ様」

 

 帰還する女王を出迎えるラナー。

 

「ツアレだけ救出するというのも不自然だし、寝覚めも悪い。妾は全員解放したぞ。それと、クズとはいえ急に領主がいなくなると混乱が起こる。後始末はレエブン侯に任せるとするか」

 

「さっそくの無茶振り。侯も大変です」

 

「これでニニャを竜王国魔法省に招く準備が出来たな。次の予定は……よし。帝国にフールーダと同系統の魔眼を持った娘がいる。こいつをスカウトしてくる」

 

「あらあら……有能な人材ばかり取られて皇帝も大変ですね」

 

 竜王国と帝国の人材交流が始まって半年以上経過するが、フールーダは一度も帝国に帰っていない。

 

「だが、その前に例の“白銀”を交えた話し合いだ。やつの都合がついた。私が戦力を集めている理由について教えることが出来る」

 

「……よほど大きな話のようですね」

 

 王族として感情を表に出さない術を心得ているラナーだが、話の大きさを再認識して流石に緊張を滲ませる。

 

「そうだ。一部の実力者は知っているが、世間には秘されている。世界を揺るがす秘密ゆえにだ」

 

 

 ドラウディロンは人間種最高の頭脳の協力を得て、着々とプレイヤーの来訪に備える。

 果たして国家がいくつも滅ぶような大災厄は回避できるのか。

 残された時間は約5年。

 




次話から一気に時間が飛びます。

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