竜の群を束ねる女王がドラゴンより弱いとでも思ったか   作:Amur

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世界を滅ぼす魔樹を滅ぼした者たち

 竜王国――

 

 

「……は!? ここはどこだ……?」

 

「帝都の館……ではないようよ、あなた」

 

 アルシェの両親であるフルト夫妻。

 知らぬ間にどこかの部屋で縄に縛られていた二人は現状を把握しようとあたりを見回す。すると、すぐ側に見知った姿を発見した。

 

「ありがとうございます。お師匠様」

 

「気にするでない弟子よ。こやつらを連れてくる程度、我が魔法にかかればちょっとした散歩よりも早く済むのでな」

 

 目の前で会話を交わしているのは娘であるアルシェとまさかのフールーダ・パラダイン。

 

 バハルス帝国皇帝ジルクニフによって貴族位を剥奪されたフルト家。長女のアルシェから日々を暮らすだけのお金は毎月送られてきていたが、元々の贅沢な暮らしを忘れることが出来なかった両親は借金を重ねてとうとう帝都の館を差し押さえられることになる。

 館から追い出される前にアルシェに窮状を知らせる手紙と共に援助を要請したところ、いつの間にか竜王国魔法省の一室に夫妻揃って転がされていた。

 

 状況を完全には理解できないが、娘がいるからにはこれ幸いと手紙に書いたことと同じ内容をまくし立てるアルシェ父。母親は混乱して声も出ないようだ。

 

「――まるで成長していない……」

 

「アルシェ。ご両親の説得は私に任せてください。貴方はその間に執事さんたちに事情を説明しておくといいでしょう」

 

 父親の変わらなさに頭痛をこらえる彼女に、ニニャが優しく声をかける。

 

「――しかし、私の親のことで貴方にまで迷惑をかけるのは」

 

「姉妹弟子でしょう。迷惑はかけあうものですよ」

 

「――ありがとう。けど、あまりやり過ぎないで」

 

「もちろん。妹弟子のご両親ですからね」

 

 両親を心配するアルシェだが、姉弟子が満面の笑みで頷くのを見て一緒に連れてきたフルト家の執事や使用人たちに話をしに行った。その間も騒ぐ元帝国貴族は誰からも無視されている。

 

「では儂も退室するとしよう。――ほどほどにな、ニニャよ。近々、例の作戦が開始される。前線に出ないとはいえ、そなたらも参加するのだ。最優先と心得よ」

 

「承知しています。お師匠様」

 

 フールーダも出て行くと、部屋にはニニャとフルト夫妻しかいなくなった。

 

「アルシェ! 親を縄で縛ったままどこに行くんだ!」

 

「申し訳ありませんね、アルシェのお父さん。彼女は忙しいので私が対応します」

 

「……誰だ? 君は」

 

 意外と冷静に問いかける父親。

 皇帝には無能の烙印を押された彼だが、仮にも貴族だった者として感情のコントロールはそれなりに出来るのだろう。

 

「申し遅れました。私はニニャ。アルシェと共にフールーダ・パラダイン様に師事している者です」

 

「君もあの大魔法詠唱者の弟子か。それは分かったがまずは縄を解いてくれ。そしてこの状況も説明してほしい」

 

「ええそうですね。ですが、その前に誓っていただくことがあります」

 

「なんだ?」

 

「貴族としての暮らしを諦めて平民として生きていくということをです」

 

 それまでは大人しく会話していたアルシェ父だが、その言葉を聞いた瞬間、爆発した。

 

「ふざけるな小娘!!! 我がフルト家は百年以上も帝国を支えてきたのだぞ! それが断絶するなどありえんのだ! 解け! この縄をすぐに解かんか!」

 

『貴族でなくなる』。

 

 すでにフルト家はそうなっているのだが、それだけは認められない男は狂ったように暴れ出す。

 

「ふー……」

 

 その姿を冷ややかに見下ろすニニャは“説得用”と書かれた杖を手に取り、男に近づいていく。

 

「貴様では話にならん! アルシェをここに呼」

 

「歯を食いしばれ!」

 

 ニニャは説得用の杖を思い切り振りぬいた。

 

「べええええっ!?」

 

 顔面を殴られたアルシェの父親。容赦のない一撃にうずくまるが、すぐに血走った目で眼前の少女を睨みつける。

 

「きさっ、貴様っ! 私を誰だと思っている!」

 

「バハルス帝国の元貴族でしょう」

 

「元ではない! 現状はジルクニフ(あの愚か者)のせいで一時的に貴族家としての名が抹消されているにすぎん。我が家は今でも帝国貴族! あの馬鹿が死ねばすぐに正しき地位へと戻るのだ!」

 

 唾を飛ばし熱弁するが、その態度はニニャを余計に苛立たせるだけだった。

 

「おらおら!!!」

 

「げっ! ぐっ! ごっ!」

 

 倒れたまま杖で滅多打ちにされる元帝国貴族。

 

「年端もいかない娘に養ってもらってなにが貴族ですか!」

 

「や、やめ……ぎゃああああっ!」

 

 

 竜王国式説得はアルシェ父が動かなくなるまで続いた。それを母親は震えながら見ていたが、飛び散る血に精神が耐えられなくなり、気絶してしまった。

 

 

「ふう……なかなか強情な男です。これは説得には時間がかかりますね」

 

 

ーーーー

 

【トブの大森林】

 

 アゼルリシア山脈の南端に沿って広がる森林地帯。

 様々な種族が生息するが、東の巨人、西の魔蛇、南の大魔獣の三体がこの大森林の頂点とされる。だが、限られた者だけが知る秘密として、その最奥には世界すら滅ぼすことが出来る災厄が眠っているという。

 

 その災厄――魔樹ザイトルクワエが近いうちに復活するという情報を、トブの大森林の探索中に入手したドラウディロンは各国と連携を取り、魔樹討伐作戦を実行に移していた。

 

 

 見渡す限りの枯れ切った森。

 封印された魔樹が自身を復活させるために木々の命を吸い上げているのだ。

 

 その枯れ木の森を遠くから見る位置に展開する竜王国、法国、評議国、帝国、聖王国の部隊。王国や都市国家連合からは一部の高位冒険者が参加している。

 だが、彼らはあくまで見届け役に過ぎない。

 

 枯れ木の森の中心にて、直接ザイトルクワエと戦うことになるメンバーはたったの四人。

 

 一人目は竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルス。

 二人目は竜王国魔法省特別顧問、フールーダ・パラダイン。

 三人目はスレイン法国漆黒聖典、番外席次。

 四人目はリ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のイビルアイ。

 

 本来の歴史では番外席次以外はザイトルクワエと戦える実力にないメンバーだが、転生竜女王の影響で他の者たちもここに立つ十分な強さを得ていた。

 

「お前は手伝ってくれないのか? ツアー」

 

 ドライアードと一緒に後ろに下がっている白銀の鎧に文句を言う仮面を被った小柄な少女。蒼の薔薇のイビルアイだ。

 

「君たちだけで十分だと思うからね、キーノ――いや、イビルアイ。私が来たのは戦力的な意味ではなく、監視だと思ってほしい」

 

 そう言うとツアーは一人の少女を見る。

 

「はじめまして、ツァインドルクス=ヴァイシオン殿。出来ればあなたの本体と会いたかったわ」

 

 余裕の笑みを浮かべて挨拶をする番外席次。特殊部隊の一員であるからか、一応顔の上半分は仮面で隠している。

 今回の話を聞いた彼女は法国上層部に無理矢理に参加を認めさせていた。

 また、番外席次やフールーダは白銀の鎧がツアーの遠隔操作であることを竜女王に事前に教えてもらっている。

 

「私は会いたくはないね。あの魔樹も異世界からの災厄だから今回は見逃すけど、本来であれば君の存在は世界盟約違反であることを理解してもらいたい」

 

「お堅いわね。大昔に決めた盟約でしょ。そろそろ改定したら?」

 

 やれやれと身振りで示す番外席次。

 

「一理あるな。年月が経てば情勢も変化する。盟約の中身を修正するのはありじゃないか? ツアー」

 

「む……まあ、それはそうだけど」

 

「あら。あなた……イビルアイだったわね。なかなか話が分かるじゃない」

 

「一般論としてどうかと提案したまでだ」

 

 思いがけないところから同意が得られて嬉し気な番外席次だが、イビルアイはクールに返す。

 

「それについては後日、私が間を取り持とう。まずは目の前の脅威をどうにかしてからだ」

 

 ドラウディロンが話を締めると、それまで黙っていたドライアードが騒ぎ出す。

 

「君たち、なんでそんなに余裕なの!? 分かってるの! 相手は世界を滅ぼす怪物なんだよ!」

 

 あまりの余裕の会話に思わずツッコむドライアード。このピニスンという森の妖精が魔樹の復活を教えてくれたことで今回の作戦が計画された。

 

「わかっている。ところでピニスン。魔樹の位置はもう近いのか?」

 

「え? ……そうだね。あの枯れ木の森の中心にいるよ。今は封印されて姿が見えないようだけど」

 

 ドラウディロンがピニスンが指差したあたりを見ても、話に聞くほど巨大なモンスターの姿はない。見渡す限り、枯れた木が広がるだけだ。

 

「周囲に枯れ木しかないのは好都合だな」

 

「そうですな、女王陛下。普通、森の中で戦う場合は火炎系の魔法の使用を控えますが、今回はそのような配慮は無用のようです」

 

「え……ちょっと、君たち一体なにを言っているのかな……?」

 

 不可解なことを話し始める女王と老魔法詠唱者だが、何となく不穏なものを感じて恐る恐る問いかける。

 

「やれやれ……。ずいぶんと乱暴な作戦だが、いつものことか」

 

 呆れるイビルアイだが、彼女も魔法を放つ準備に入る。

 

「うふふふ。楽しませてもらうわよ」

 

 嬉し気に微笑む番外席次。滅多にない実戦を心から楽しんでいるようだ。

 

「さて、下がるよ」

 

 ツアーがピニスンを連れてその場から移動を開始する。

 

 

「では儂がお先に行きますぞ。――<焼夷>(ナパーム)

 

 先程、ピニスンが指差した地点を中心に巨大な火柱が立ち昇り、複数の枯れ木をまとめて焼き尽くす。

 

「うわっ、凄っ!」

 

 いきなりの森を焼き尽くさんばかりの大規模魔法に思わず叫ぶドライアード。

 ドラウディロンたちは今の一撃の結果、何が起こるか油断なく観察している。

 

 

 ゴゴゴ……!

 

 

 フールーダの魔法で周辺の枯れ木が焼き尽くされる中、大地が鳴動を始めた。

 地を引き裂き現れたのは長さ300メートルを越える触手。6本あるそれが敵を威嚇するように振り回される。そして、それに続いて魔樹本体がゆっくりと身体を起こす。触手ほどではないが、高さにして100メートルはある超巨体だ。

 

「あ、あああ……あれが……魔樹。無理だ……あんなのに勝てるわけないよ」

 

 恐怖と絶望に震えるピニスン。

 

「心配ないよ。あのメンバーなら勝てる……どころか一人の犠牲も出ないだろう」

 

「え? 冗談……だよね? こんなときにそんな冗談は……」

 

 白銀鎧の言葉をとても信じられない彼女だが、あまりにも落ち着いたその姿に少しだけ冷静さを取り戻す。

 

「……ホントに? 相手はあの大きさだよ?」

 

「まあ見ているといい」

 

 

「な、なななにあれ! 番外席次や女王様はあれに勝てるっていうの!?」

 

 ピニスンと同じような反応をしているのはスレイン法国漆黒聖典第九席次。疾風走破の二つ名を持つクレマンティーヌだ。

 ここには漆黒聖典の隊長、第八席次の巨盾万壁と共にカイレの護衛として来ている。

 

「心配ありませんよ、疾風走破」

 

「……隊長はずいぶんと落ち着いてますね」

 

「あのメンバーが負けるような相手なら周辺国家は終わりですからね。慌てても仕方ありません」

 

「……勝ちを確信してるんですか」

 

「そうですね」

 

 非常に高レベルの戦士である隊長はザイトルクワエの大まかな強さが理解できていた。竜女王や番外席次に死ぬほど鍛えられた今の自分なら正面から戦っても打ち負けることはないだろうと。その程度の相手にあのメンバーで挑むのは明らかな過剰戦力だろうとも考えている。

 

 

『グオオオオオオオオーーー!!!』

 

 木でありながら口がある魔樹が咆哮を上げる。知性はないはずだが、その声からは己を傷つけた敵への怒りが感じられる。

 

「まずはうっとうしい触手を落とすか。――<二重最強化(ツインマキシマイズマジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>」

 

 飛行するイビルアイの両手から二本の雷撃が迸る。

 龍を模した魔法の雷撃は空中を走り、触手の一本に巻き付いていく。

 

『ギシャアアアアアアーーー!』

 

 命中した触手を通して、本体や他の触手にも雷撃が浸透する。

 

「効いてはいるようだがさすがにあの巨体だ。体力の底が見えんな」

 

 煙を上げる魔樹を冷静に観察するイビルアイ。

 

『――!』

 

 魔樹がその大きな口をもごもごさせて何かをしようとしている。

 

「ブレス……いや、種でも吐くのか? どちらにしろ黙って見ている手はないな」

 

「なら私がやるわ」

 

 相手の行動を予測したドラウディロンと番外席次は先手を打って潰しにかかる。

 

 番外席次はパチリと左手の指を鳴らす。

 

「黒白(ニグルアルブム)」

 

 ザイトルクワエの巨体の動きが徐々に鈍っていき、ついには完全に停止してしまった。

 

 ――番外の時間停止スキル。耐性のある魔樹にも多少の効果はあるか。

 

 ドラウディロンの見立て通り、時間対策手段のある魔樹も完全無効ではないため、短時間であれば動きを止めることが出来た。

 

 

 

「魔樹の動きが止まった……。え? なんで?」

 

「時間停止……あれが法国の神人のチカラか」

 

 目を見張るピニスンとツアーだが、それぞれ注視している点が違っている。

 

 

「85点といったところね。この一撃で終わったりしないでね――!」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら跳躍する番外席次。

 一跳びで魔樹の頭頂付近まで達すると、戦鎌を振り下ろす。

 

 ズガガガガガガガ――!

 

 禍々しいオーラを纏った戦鎌がまるでスカスカの枯れ木のようにザイトルクワエを頭から口まで切断していく。

 

「所詮は木ね。脆いわ」

 

 つまらなそうに呟く番外席次だが、魔樹はズタボロになりながらも活動を続けている。

 

「それでもまだ健在だ。破壊された口はしばらく使えないだろうがな」

 

「あの程度で竜王たちが封印を選んだのは解せないわね。タフ過ぎて面倒になったのかしら」

 

「相手をしたのが若い竜王だったのかもしれんな。――さて、私も見ているばかりでなく働くとするか!」

 

 ドラウディロンは全身を震わせ、冷たく輝く息を吐いた。

 極低温のブレスの直撃を受けて高さ100メートル以上あるザイトルクワエの全身が一瞬にして凍りつく。

 

「再び動きが止まりましたな。では儂もいかせていただきましょう――<獄炎>(ヘルフレイム)

 

 三体のデスナイトに自身を守らせているフールーダが前に出る。

 指先から放たれた小さな炎がゆっくりとザイトルクワエに向かっていき、着弾すると魔樹の高さをも超える黒い火柱となり、氷漬けの全身を焼き尽くす。

 

『……ガ……ガ…ガ………』

 

 黒炎が止んだ時、そこにいたのは、大幅に弱ったザイトルクワエだった。6本あった触手も雷、氷、炎の連撃でボロボロになり、牙の生えた口は切り裂かれて使い物にならなくなっている。

 

「急激に冷やした直後の獄炎はやはり効いたようですな」

 

「とはいえ、さすがに体力だけは規格外だ。まだ生きてはいる」

 

「おい、ドラウ。あいつに生えている薬草を取るんじゃなかったのか?」

 

 飛行して様子を見ていたイビルアイが女王の側に着地して確認してくる。

 

「あ、しまったな。そうだった」

 

「あれだけやったら薬草なんか塵になってるんじゃないの?」

 

 すでに勝敗が決したと見ている番外席次は魔樹に興味なさげだ。

 

「ないなら諦めるが、とりあえず見てこよう」

 

 勝利ムードの彼女らは戦利品の確認をし始める。

 事実、それからほどなくして世界を滅ぼす魔樹は滅ぼされることになる。

 

 見届け役として派遣された各国の者たちは、四人のあまりの人外の戦いぶりを帰国後、大いに喧伝するのだった。

 彼らが言うには最初はザイトルクワエの威容に震えていたが、途中からあまりの袋叩きぶりに可哀想になったという。




番外さんが某ハンターのヒソカみたいなことしてますが、
100点の席はドラウディロンが座っているという拘りから
どれだけ強くても最高で99点になります。

ドラウディロン…100点
ツアー(本体)…?
ツアー(白銀鎧)…85点
ザイトルクワエ…85点

イビルアイたちの点数は秘密です。


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