俺に懐いた猫女が最高の狙撃手だった。   作:じぇのたみ

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急造コンビ

 やった。

 やらかした。

 やってしまった。

 似たような意味合いの言葉が無限に脳裏を巡り続ける。

 GGOで最も栄えた街、SBCグロッケン。その地下には、危険に満ちた巨大な古代迷宮がある。

 終末戦争の終結した遥か未来が舞台のこのゲーム。そこから古代と言っても、現実世界とは大きくかけ離れたSFチックな技術のオンパレードだ。そんな未知のお宝を求めて、プレイヤー達は死亡による装備消失リスクを背負って迷宮に足を踏み入れるのだ。

 その奥地ともなれば、狼と鰐を掛け合わせたかのような巨大なクリーチャーが我が物顔でところ狭しと走り回り、主無き無人戦闘機が巣をつつかれた蜂のように騒ぎ立てる。

 それぞれがアタッカー一人程度ならものの数秒で光の粒子に変えることの出来る恐ろしい敵だ。

 そんな場所に、俺は一人で放り出されていた。

 

 

「落とし穴あるなら事前に教えてほしいのである」

 

 

 誰に言うでもなくつぶやく。知り合いの情報通から仕入れた話を頼りに、実入りのいい最新のソロでも行ける稼ぎ場所を歩いていたところ、シュートトラップ、所謂落とし穴に吸い込まれてしまったのだ。

 最高効率のMOB狩りというのは、余裕を削ぎ落とした先にある。下層までプレイヤーを送るトラップは考えようによっては前人未到の領域に送ってくれる便利な代物だが、さっきまでいた階層ですら安全マージンは無いに等しかった。

 最下層まで叩き落とされてしまっては、はっきり言って生存は不可能に近いだろう。

 

「さて、こっからどうしたもんであるかね」

 

 溜め息をつきながら、手持ちのアイテム群を確認する。俺のビルドの関係上、残弾も投げ物も潤沢だ。過剰とすら言える。

 だが、その程度でソロクリアできるほどヌルい場所ではないのだ。信条を優先して単独行動をしたのが裏目に出た。

 俺はギリギリ索敵範囲外に位置する状態の良いコンテナから膝立ちになって双眼鏡を覗き、聴覚を研ぎ澄ませ、MOB共の行動パターンを分析していた。

 ドローンの風切り音。クリーチャーの規則的な足音。それらが近付いては遠ざかっていく。

 そして十分ほど観察を続けて、なんとなく察する。

 こいつら、ボス前の前座だな。

 一見移動ルートは不規則だが、決して広間に繋がる通路からは離れようとしない。

 他のMOBを引っ掛けないように誘導してから戦えば、たった一戦でボスへの挑戦権が獲得出来るわけだ。

 未踏地区。最深部。ボスの情報だけで一儲け出来るのは間違いない。それにあわよくば……

 

 

「倒せる、か?」

 

 

 嗚呼、欲に目が眩む。それ以前に、ゲーマーの血が騒ぐ。

 とにかく突っ込むと決めた以上、鰐モドキが二体にドローンが五、六機を一人でどうにかしなければならない。

 一手の間違いは死を意味する。無駄死にだけは避けねばなるまいと思案を巡らせていく。

 冷静に、冷徹に。どのリソースから切り捨てていくか。

 しかしそれは、全く予期していなかったノイズに掻き消されることとなった。

 十時方向。何かが高い場所から落ち、ドローンが騒ぎ立て……銃声と、忙しない足音。

 聞こえた瞬間脳からアバターに下された指令は、

『走れ』

 ただそれだけ。俺は愛用のLMGを抱えて、今も鳴り響く銃声の下に、ずっしりとした装備の重みが許す限りの速度で駆け出した。

 残弾が心許なくなってきたのだろう。戦闘音のうち、銃声が占める割合がどんどん少なくなっていく。

 あと少し。十数メートル先の曲がり角。ここさえ曲がってしまえれば……

 いた! 

 遮蔽物に身を隠す蒼髪の少女と、近付いてくる三機のドローンを視認した瞬間、ろくに構えもせず一機に的を絞ってトリガーを引いた。

 花火のように激しいマズルフラッシュと共に吐き出されるエネルギー弾は六割ほどが見当違いの方向に散っていったが、それでも赤い濁流はちっぽけな機械を磨り潰す。

 そして、入れ代わるように視界に映る二本の弾道予測線。流れ弾が掠めたドローンのヘイトが、余すところなく自分に向けられた証拠だ。

 狙い通り。これでもう一人の不運なスカベンジャーは、とりあえず死ぬことはないだろう。

 今度はゆっくり狙いを定める。一機は撃たせる前に破壊できるだろうが、流石に二機同時に仕留める火力を愛銃は持ち合わせてはいなかった。だが、多少の被弾は俺にとって何の問題もない。

 極限まで絞られた予測円は点となり、初弾が眼球のような深紅の熱源センサーへと吸い込まれる。

 弱点を射抜いた褒美に与えられたコンマ数秒のスタンボーナスの間に、敵はすっかり穴だらけのスクラップへと姿を変えていた。

 最後のドローンに視線をやると、本体下部に備えた立派なエネルギーライフルはもうチャージを済ませているようだった。

 間違いなく引き金を引く前に、俺に熱線が照射されるだろう。予測線から銃を逸らす。

 熱線が放たれる、その瞬間。無機質なレーザー粒子の加速音ではなく、原始的で焼けつく熱を持った火薬の爆発音が通路に響いた。

 機関部に風穴を開けられたドローンは、地に落ちることすらなく爆発し、ドロップアイテムと、撃破を示すパーティクルだけを残して消えていく。

 状況終了。目の前の危機は凌いだ。

 

「なかなかやるであるな。そっちの損耗はどんな具合であるか」

「……残弾が、心許ない」

 

 ゆっくりと声のした方向に振り返り、ところどころ溶解して黒ずんだ深緑色のコンテナを見やる。

 先程は装備を気にする余裕もなかったが、蒼髪の彼女は軽く眺めても素肌の占める割合が大きく、相当な軽装であることが窺えた。胸元もへそも隠さない着こなしは正直眼のやり場に困るが、隙間一つないフルフェイスのおかげで気まずい雰囲気になるのは避けられるだろう。

 それはともかく。

 

「腰のそれ、『G18C』? 丁度今日はエネルギー弾しか使ってないから、9mmは余り放題であるな。ほい、2マグ。お代わりが欲しかったら都度言って欲しいのである。ライフルの方は……そいつ、使うの338ラプアであろう? 今日は大口径弾はないのである、許してほしいのであるよ」

 

 彼女はその華奢な体には似合わない程の銃身長を誇る『M700』スナイパーライフル──狙撃銃の中でも比較的入手しやすく、性能も優秀と聞いたことがある──を背負っていた。腰のマシンピストルと合わせて考えると、GGOでは希少である狙撃手で間違いないだろう。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 投げ渡される二本のマガジンを慌てて受け取りつつも、少女は警戒心を剥き出しにしながらサンドカラーのマフラーに口元を隠し、水晶で形作られた刃のような曇りなく、鋭く、冷たい視線を送った。

 

「……何が目的?」

「何ってそりゃあ、ボス攻略」

 

 そして、静寂。

 彼女は受け取った弾丸を意図的に強く銃に叩き込んだが、こちらに向けていないあたり、一応話は聞いてくれるつもりでいるらしい。

 

「ここはMOBの巡回ルートだから、話は安全地帯でするのが得策である。先導するであるよ~」

 

 のっし、のっし。ゆっくりと、しかし淀み無く歩みを進める。地響きのような俺の足音に、軽い足音が続く。

 先導役のいる安全な道だというのに彼女のサブアームが抜かれているのは、気付かないフリをした。

 

「さて、到着である」

 

 ボス前、モブの感知範囲外、頼れる遮蔽の穴無しコンテナ。ここが現状一番安全なのだ。頭上にある安全な酒場が懐かしくなってきた。

 

「ここからは音量抑えめで頼むであるよ」

「……」

 

 口元はマフラーに埋めたまま、しかし微かに頷いたのを確認してから、俺は今何をしようとしているのかの説明を始めた。

 救助の決断こそ反射であったが、物資の受け渡しに関しては熟慮の末の選択だった。

 ここは未踏破遺跡の最奥部。マトモに攻略するならば少なくとも四人、万全を期するなら八人は必要だろう。

 それで一人でも生存する確率が、大きく見積もって五分。ここはそういう場所だ。一人で攻略など自殺でしかない。

 だが、先ほどの数秒の共闘で彼女の狙撃手としての腕前が申し分ないことは分かった。

 

「一人なら自殺でも、二人なら蛮勇ぐらいにはなるだろう、ということである! わっはっは!」

「ちょっ! 声が大きい!」

 

 ここで初めて少女が、慌ただしく周囲の状況を確認し始めた。だが俺は微動だにしない。動く理由がない。

 

「感知されてないであるよ」

「……なんで」

「あいつら、視覚オンリーで索敵してるのである。色々試したから確かであるよ」

 

 そこらの金属片を投げた。発煙筒を投げた。指笛を吹いた。

 他にも様々な検証をしてデータとして手元に記録をしてある。

 

「ドローンもワニモドキも、動体と熱源には反応したが、スタングレネードの爆音と閃光には何の反応も示さなかった。結果として、奴らは音と光には極度に鈍感なことは調査済みである」

「……じゃあなんでさっきはあんなことを?」

「いや緊張をほぐそうと思って」

 

 瞬間。彼女の視線が水晶から氷に変わった。

 

「……ふざけてる」

「なははー、不快にさせたなら謝るであるよ。それで……腕の震えは?」

「……ッ!」

 

 彼女が極度の緊張状態に陥っているのは、一目瞭然であった。適度な緊張は時として実力以上の結果を引き寄せるが、手が震えるような有り様では、先程のような至近距離ならまだしも、中距離以上の精密狙撃など出来るはずもない。

 

「……お陰様で、止まったわ」

「よし。それで……俺の案に乗って臨時PTを組んでは貰えないか? 質問はいくつでも受け付ける。幸いにして時間だけは腐るほどあるからな」

 

 切り替える。努めて真面目な口調で、俺は彼女に話しかけた。取引に重要なのは信用だ。こいつになら自分の資産を賭けてもいいと思わせられるほどの、確固たる信用。

 さっきまでの軽口は、彼女の心を開く第一手に過ぎない。交渉の本番はここからだ。

 いきなり口調が変わり、その落差に驚いていた彼女だったが、すぐに落ち着きを取り戻し口を開いた。

 

「まず一つ。勝算はあるの?」

「二人ならば、可能性を探るくらいはしてもいいだろうと考えている。何せ、リターンが巨大だからな。最悪撤退も視野に入れて行動すれば……まぁ運が良ければお互いに死にはせずに済むかも知れん」

「……それは、負けるつもりで戦うってこと?」

「冗談。戦うからには勝つ。まぁ心構えの話だが」

「……二つ目。どうして私を誘ったの?」

「腕のいい狙撃手だからだ」

 

 脳裏に過る、致命的な違和感。先程から、彼女の表情は全く変わっていない。

 矢継ぎ早に紡がねばならない次の言葉で、全てが決まる。許された数瞬の猶予で迷い、迷い、迷った末に、全力で言葉を紡ぎ出す。

 

「スナイパーというクラスはピーキーだ。それなり以上に優秀なSTR(筋力)AGI(素早さ)、それに命中系スキルは片っ端から取らなきゃならない。だから、引き換えにVIT(体力)を全く上げられない。紙装甲の代名詞」

「それで?」

「シュートトラップはダンジョン内にしか存在しない。ということは、君は一人で、それなりに危険なダンジョンを歩いていたことになる。……好きなんだろ? 死線を潜るのが」

 

 ここで初めて、マフラーに埋まっていた顔が興味ありげに話の続きを促した。食い付いたようだ。

 

「俺も似たようなものだ。目の前の苦難から逃げるような真似はしたくない。……これが全てである。もう何もないのであるよー」

 

 もう言えることは本当にない。後は彼女の機嫌次第なのだが。

 品定めをするように俺を眺めていた彼女の返事が返ってくるまでには、さした時間はかからなかった。

 

「分かったわ、あなたの案に乗る」

「ひゃっほーい! 百人力である!」

「……私、貴方のことが分からないわ……」

 

 彼女は右手では淀み無くメニューコンソールを動かしているが、左手は大仰にこめかみを抑えていた。案外彼女も、本当はコミュニケーションが嫌いではないのかも知れない。

 程なくして飛んできたPT勧誘を即座に承諾する。今この瞬間、たった二人の初見最難関ボス討伐隊が結成された。

 

「それじゃあ、よろしくであるよ、シノン、殿?」

「シノンで合ってるわよ。そっちは……トーレント? って読むのかしら?」

「そう、トーレントである。さて、作戦立案と装備の点検だけ済ませたら早速行くである」

 

 数多ある荷物入れの中から、メモ帳代わりの情報端末とタッチペンを取り出す。戦地における会議では、意外とバカにならないのだ。

 如何にして目の前のMOB群を最低限の損耗で処理するか。未知のボスに対してどのような保険をかけるのか。簡単な図を書きながら討論する。

 決まった後は念入りに、念入りに、装備の点検。万全以外は許されない。だからこそお互い無言で、それこそ戦闘中もかくやという集中力で行う。

 そして、それら全てが済んだ時。

 

「じゃ、行くである」

「了解」

 

 戦士二人の、決死の戦が始まった。

 

 トーレントとシノンが広場に躍り出たのは、完全に同時だった。敵が徘徊状態から戦闘状態に切り替わる数瞬。誤差とすら言える刹那の間に、シノンの芸術的なまでのQS(クイックショット)で、ミュータントのグロテスクな頭部からポリゴンの鮮やかな紅が迸った。

 

目標成功(ターゲットクリア)

「了解。次は我輩であるな」

 

 次弾を薬室に装填するシノンを庇うように、トーレントが立ちはだかる。彼が構えたのは、《ヘルファイアG2》サブマシンガン。大型のハンドガンほどのサイズでありながら、千発もの装弾数とそれを十五秒で吐き出す化け物染みた連射力を誇る、MOB狩りのサブウェポンとしてはそれなりに人気の代物だ。

 トーレントに向けられる大量の弾道予測線。彼はそれを完全に無視し、おぞましい牙で自らを食い千切らんとする大鰐の口内に向けてトリガーを三秒ほど引く。

 毒々しいまでの赤いマズルフラッシュに隠れて、あっという間に骸へと変わった。

 敵の排除を確認したトーレントは、自らに対して射撃を続けている防衛ドローンに対して、害虫に殺虫剤を吹き掛けるかのような気軽さでトリガーを順に引いていく。

 次々と穴だらけになって落ちていく機械達。それらがトーレントに対して行った必死の抵抗は、防具の表面を少々焦がしただけであった。

 

「打ち合わせ通りだけど……本当に使い捨てていいの、その銃」

「このじゃじゃ馬、単発火力に欠けるであるからして、ボスの装甲を抜くなんて期待は出来んのである」

「なるほどね……」

「だから、シノン殿のM700がマジで生命線である。こっちも手は尽くすであるが、正直今日の主役はシノン殿であるよ」

「そんなにおだてなくても、仕事はこなすわ」

「頼むであるよホントに……よっこいしょっと」

 

 俺はストレージの底から愛銃を取り出し、バッテリーパックを叩き込んで乱暴に叩き起こした。次第に大きく鮮明になる駆動音と共に、捻れた銃身がゆっくりと回転を始める。

 

「よーしよし、バジリスクの機嫌もいいである」

「バジリスク?」

 

 聞き慣れない名前。当然だ。こいつは光学銃で、しかも相当なレアモノなのだから。

 

「そう、《PLCバジリスク》。銃身自体を捩ることでライフリングと同じ効果を云々。まぁ、威力と精度に長けた光学LMGであるな」

 

 その実銃では絶対にあり得ない幾何学的なフォルムに興味が抑えきれないのか、シノンはちらちらとバジリスクを横目で観察していた。

 

「申し訳ないけどこれ、レアドロの上に相棒だからあげられないのである」

「いらないわ、そもそも扱えないし。珍しい形だから、眺めていただけ」

 

 盗み見がバレたのが恥ずかしかったのか、早口で捲し立てられた。そんなに気にすることもなかろうに。

 ともかく、と。シノンは弛緩しかけた雰囲気を今一度締め直した。

 

「作戦は覚えてるわね?」

「我輩が防御スキル全開にしてLMG設置。耐えてる間にシノン殿が狙撃ポイントを探し、決まったらそっちに誘導して後は流れで」

「O.K」

 

 結局会議までして決められたのは、ここまでだった。本来ならばこういったダンジョンボスの攻略は情報収集専門のPTを組んで、フィールドの間取り、攻撃毎の安全地帯、危険な行動や増援の有無等々を集め、そこからスコードロンの面子で会議が行われるのだ。

 未知の相手、未知のフィールド。立てられたのは、ダンジョンの所々にある毒ガスを噴き出すパイプから、ボスは毒系統攻撃を使うのでは、程度の予測だけ。

 だが、俺もシノンも心構えだけはしっかりと定まった。

 仕掛けるのは俺達。狩られるのはボスの方。

 出会ったばかりのシノンと組めるのは、互いにこの認識を固く、固く持っているからだ。ここまでの戦意を持って戦いに臨めるプレイヤーは果たして、全体の何割だろうか。

 彼女との出会いは、もしかしたらとんでもない大当たりかもしれない。

 左手に銃身を出す穴の空いた黒鉄の楕円形の盾を、背にバジリスクを装備した俺は、軽く屈伸をしながら尋ねた。

 

「シノン殿は? いけるであるか?」

「いつでも全速力で走れるわ」

「おお頼もしい。それじゃあ我輩も……走ってくるである」

「……グッドラック」

 

 その言葉に軽く手を上げて答えつつ、躊躇無くボスのねぐらに踏み込んだ。

 コロセウムにしか見えないこの場所は、元は実験動物の性能試験場だったのだろうか。全体の作りは綺麗な円形を描いているが、見事に荒れ果てたおかげで、瓦礫などの遮蔽物には事欠かない。

 監視席とこちら側を隔てるガラスは割れ、その奥には大小様々なパイプが張り巡らされていた。

 そして、円形の中央。そこに鎮座していたのは、足がまるで馬のように発達している灰色の巨大な鰐。いや、恐竜と言ってもいいかも知れない。

 四対ある橙色の瞳は、全てがこちらを見据えて、いやに煌めいていた。

 

「よっしゃ来い!」

 

《挑発》でヘイトを取って、《開戦の硝煙狼煙》で攻撃力と防御力、移動速度を底上げする。このスキルは戦闘開始直後の十秒間しか発動出来ないが、その分ステータスの倍率と持続時間が優秀だ。これから長期戦になることを見越して開幕に使う強化スキル(バフ)を絞った結果、選ばれたのがこの二種類。

 聴覚をつんざくようなボスの叫びと共に、盾を両手で、下半身を隠すように構える。もし片足でも傷を負って走れなくなったら、それは、死と変わりない。

 縦に四本ずつ、合計八列のビームが縦横無尽に暴れた。

 そのうち俺に向かったものが盾に弾かれ、あるいは体を貫いていく。

 仮想の痛みは、心臓と脇腹が撃たれたことを伝えていた。

 残りHP六割。急所に絞って仕込んだ特別製の装甲板が功を奏した。

 熱線を撃った直後だというのに大した隙も見せず、恐るべき速度で突進してきたボスを転がって避ける。大層な足の割にはブレーキが下手らしく、ボスエリア入り口の仕切りに頭をぶつけてスタンしていた。

 

「じゃあ我輩も、バジリスクの設置をせねばなぁ……」

 

 交戦前にボスフィールド全体をざっと眺めたが、残念ながら銃座を展開して安全に射撃できるような場所はなかった。

 だが、いくらM700の威力が優れていようとバジリスク無しではおそらく討伐は不可能だろう。しかも、シノンはVITを捨てている。もし彼女があの爪で袈裟斬りされたら、その瞬間彼女のHPが全損するのは確実だ。

 やるしかない。壁に頭をぶつけてスタンしているボスの横を駆け抜けた俺は腹をくくって、バジリスクの銃座をコロセウムの最深部、本来ならばボスがプレイヤーを待ち構える位置に設置した。

 ボスの姿を見せるためだろう。入り口から再奥部まで、射線はしっかり通っている。

 ストレージからバジリスク用のエネルギーパックをありったけ床に落とし。

 弾丸の形をした捩じくれた火花の群れが、ボスの巨体を食い破った。

 撃つ。撃つ。撃つ撃つ撃つ撃つ撃ちまくる! 

 弾切れの瞬間を見計らって、背後から正確無比な狙撃支援が飛んでくる。彼女が陣取ったのはおそらく、この研究所が正常に稼働していた頃には研究者達がふんぞり返っていたであろう監視席だ。

 結果として、ボスは身動きが取れないまま撃たれ続ける。

 行動させたら死ぬのなら、動けないようにしてしまえばよいのだ。

 とはいえ、ボスのHPゲージを見る限りダメージこそしっかり通ってはいるが、時折硬直を無視して繰り出される毒ガスブレスと熱線によって俺のHPは既に四割を下回ろうとしていた。

 

『ねぇ、本当に大丈夫なんでしょうね!?』

『やるしかないであろう!』

 

 シノンとしても必死だろう。なにせ、俺が死んだら次は彼女の番である。最悪撤退も~などとほざいていたが、実際そんな余裕はない。分かりきっていたことだ。

 だから俺は、銃身が修復不可能寸前になるまで撃ち続けるつもりでいた。

 このままダウンを取り続ければ、勝てる! 

 ──奴が起き上がったのは、そういった微かな希望を打ち砕くためだったのだろう。ただのHP減少がトリガーとなっている行動だとしても、俺にはそうとしか見えなかった。

 明らかに力を溜めているその動作は、突撃の前兆。真正面から食らえば、如何に耐久力自慢の俺と言えどHPバーを丸々一本持っていかれる。

 

《トーレント、回避ッ!》

 

 無線が飛んでくる。ああ、そうだ。それが最適解だ。だというのに。

 俺はストレージを開き、バジリスクをその中にしまい……

 

「ああっ……ぶねぇ!」

「あなた何考えてるの!?」

 

 紙一重で左に飛んだ。勢いのまま転がって起き上がる最中、嫌がらせに《ブレイサー》光学ショットガンを空いた右手で数発撃ち込むが、怯む様子はまるでない。

 ボスはシノンのいる監視席の下段に頭を突っ込んでいる。本来ならばここからの立て直しは不可能に近いが……俺には一つだけ案があった。

 

『シノン殿、三秒でいいからヘイト取ってくれんであるか』

『自分勝手な行動の後は自分勝手な指示?』

 

 彼女の語気は当然、非常に強かった。たかが銃一本、見捨てればもっと安全に回避できただろう、と。それに対しては反論したい気持ちもあったが、今は飲み込む。話している時間すら惜しい。

 

『やらなきゃこのまま二人とも死ぬ』

 

 そう言った途端に罵声は止み、代わりに呻き声が通信機のノイズ混じりに聞こえてくる。

 

『……取り分、七:三』

『オーライ! 合図は任せたである!』

 

 了承の言葉を聞いた途端に、俺はアーマーのポケットから発煙筒と焼夷グレネードを取り出した。

 毒ガスで削れ続け、遂にレッドゾーンに達したHPバーを、横目で捉えつつ。

 ボスの頭が瓦礫から抜かれ、四本の眼光の予測線が俺を捉える。

 

『3』

 

 光が強まる。お守り代わりに懐からメディキットを取り出し、首に刺した。遅々とした速度で、しかし確実にHPバーが伸びていく。

 

『2』

 

 遂に放たれた閃光を、散開する前に盾で受ける! 

 

『1』

 

 最後のカウント。それと同時に一発の弾丸が空を裂き、ボスの体力をごっそりと削り、この鉄火場でこれでもかと存在を主張した。ボスは既に俺の方を向いていない。

 装甲を全くといっていいほど装備していないシノンが、何秒も持つはずがない。俺は出来る限りの速さで入り口までたどり着き、発煙筒に火をつけ、ヘイト操作アビリティ《挑発》を使った。

 

「こっちを向くであるよ、デカブツがぁ!」

 

 スキルの効果で即座にターゲットを変えたボスは、突進の構えを取る。無論、直撃を耐えるつもりなど毛頭ない。

 この遺跡の主はきっと、今から起こることを認識できないだろう。

 散々おちょくってくれた獲物を一撃で肉塊に変えるべく、突進し……その視界は、文字通り、灼かれた。

 そこら中を歩き回っていたボスの下位種は動くものと熱源に強く反応を示した。つまり、サーモグラフィーと同じ目にをこいつらは持っているのだ。熱そのものである火炎をばらまく焼夷グレネードを顔面に投擲されれば、視界はホワイトアウトするだろう、という推測を立てた。

 無論ボス個体が同じ性質を持っているとは限らない。これは分の悪い賭けだった。

 悶え苦しみ暴れるボスに踏まれないように気を付けながら横を通り抜け、シノンのいる監視席によじ登る。

 ビームで無惨に破壊され、未だ毒ガスのエフェクトが残る瓦礫群。その物陰に、シノンはいた。

 脇腹と右頬を撃たれたようだ。毒気の影響で、たった今彼女のHPバーは赤色へと変わった。

 

「すまない、無理をさせたであるな」

「あなたこそ……よくあそこから逃げ延びたわね」

「二人でボス討伐するんだから、相応の無茶は必要であるよ」

 

 メディキットを彼女の首筋に注射し、同時にストレージから虎の子の救急パックを取り出して、シノンに手渡した。これは三分でHPを三割回復させる通常のメディキットとは違い、五分で瀕死であろうと全快させる強力な代物だ。無論その分値段も跳ね上がる上に、使用中は移動に著しい制限がかかるデメリットもある。これを渡すということは、つまり。

 

「……ここまでやらせておいて、私に帰れって?」

 

 そう取られてもなんらおかしくはなかった。

 しかし、それを即座に否定する。

 

「いや、最後まで戦ってもらうである。でないと我輩、確実に無駄死にするであるからして」

 

 今二人で隠れている瓦礫から見える通気孔。その入り口を指差し、

 

「ここから」

 

 移動ルートをなぞっていく。

 

「こう通って」

 

 戦場全体を一望出来る、金網の位置を終点とした。

 

「あそこまで。匍匐で移動して、今渡した救急パックで毒に耐えながら撃ちまくって欲しいのである。ここで狙撃して貰ってたら、回復アイテムが尽きるであるからな。というか、もう尽きているのでは?」

 

 言われて、視線を微妙に背けた。図星なのだろう。

 そして彼女は、当然浮かんでくる疑問を投げ掛けてきた。

 

「あなたは? 私が移動している短くない時間、どうするつもり?」

「ここで撃ちまくる。依然変わりなく。我々の勝利は、ダウンを取り続ける以外ないである」

 

 ややあって、シノンは頷いた。彼女の瞳は冷たい印象しかなかったが、今の彼女のそれはまるで、青く燃える業火のようであった。

 

「了解。全弾ぶっぱなしてやるわ」

「こっちも銃身がイカれるまで撃つであるよ」

 

 焼夷グレネードの効果はとっくに切れている。もう話す時間は残されていなかった。故に。

 

「「グッドラック」」

 

 手早く拳を打ち合わせて、それぞれの戦いに赴くのだ。

 シノンの体が通気孔に潜り込んだのを見届けてから、銃座を展開する。ボスが好き放題破壊してくれたおかげで今度は遮蔽物には困らなかったが、念のため足元には盾を差し込んである。

 彼女は今全速力で狙撃地点に向かっているが、それでも何分かはかかるだろう。

 

「上等である。そうであろう、バジリスク」

 

 既に鈍く赤熱した銃身。その光はまるで、煮えたぎる怒りを思わせる……というのは、少々気取り過ぎだろうか。

 だが、そもそもバジリスクとは、古来より視線だけで生物を見ただけで死をもたらすとして恐れられた怪物の名らしい。

 

「お前も大層な名前をしているのなら……その名に恥じない戦いをしてみせろ!」

 

 滾る思いを乗せるかのように、トリガーを力強く引いた。

 即座に吐き出される灼光は、紅から金へ、金から白金へ、耐久値(デュラビリティ)が減る度に姿を変えていく。

 色が変わるにつれ、予測円も広がっていく。ボスの巨体を狙ってなお外れが目立ってきた。

 薄くなる弾幕と入れ替わるように、ボスの攻撃は激しさを増す。

 八本のビーム。爪の袈裟斬り。突撃。毒ガスブレス。こいつの攻撃はこれだけだ。

 しかし、エリア全体を侵す吐息はともかくとして、残りの攻撃は全てが並のプレイヤーなら直撃せずとも瀕死に追い込まれる。先程の、シノンのように。

 

最後の最後まで頑張ろう(till the last gun is fired)、ってのは確かにいい言葉であるな。強固な意志に満ちているである」

 

 愛銃の、赤を通り越して白く輝いている銃身は、遂にうんともすんとも言わなくなった。

 先の言葉に則るならば、弾丸を撃ち尽くした時点でおしまいということになる。

 しかし、俺はそれが少しばかり気に入らなかった。

 足元を守っていた盾を引っこ抜く。三割ほど削れた耐久値を見る限り、それなりに仕事はこなしていたようだ。

 もっとも、酷使するのはこれからなのだが。

 半壊も間近の盾だけを頼りにコロセウムに飛び降り、その盾を足元に突き刺し、両手でしっかりとグリップを握りしめた。不動の構えだ。

 残念ながら、ボスの装甲を抜いて有効打を与えられるような貫徹力の高い銃は、今日はバジリスクしか持ち込んでいなかった。

 ボスがじろりと俺を睨み、短くもおぞましい黒々とした爪を振り上げる。負けじと睨み返した。

 

「我輩としては、最後の銃弾を吐き出しても出来ることはあると思うのであるな……ッ!」

 

 地面に突き立てた分厚い盾が、ボスの爪牙で歪む。穴の空いた部分からは、光の塵が導かれるように天に昇っていく。

 そして遂に、四対の眼から放たれた熱線に耐え切れず、完全に破壊された。

 残されたのは己の身だけ。それでも、それでも。

 勝ち誇ったように雄叫びを上げるそいつの上顎と下顎を、閉じないように全身全霊で押さえつける。これで弱点はがら空きだ。

 

「タンクの根性を舐めたら痛い目見るであるよ……!」

 

 俺に出来るのはここまで。後は狙撃手に託すのみ。

 腕に仕込んだ装甲板が軋む。毒の呼気で雀の涙ほどしか残されていないHPがじわじわと削れていく。俺の装備の中で一番値の張るヘルメットが破壊され、その勢いは更に増した。

 こんなものは自殺だ。それ以外の何物でもない。しかし、それでも。

 シノンはやる。やるべき時に、やるべき仕事をやる。あれはそういう人種だ。

 彼女を信じる。己の経験を信じる。俺は、その二本の足でなんとか立っていた。

 しかし……いくらなんでも限界が近い! 遂にHPはレッドゾーンへと達した。

 

「ああもう! この金網、邪魔くさいわね!」

 

 狙撃銃にそぐわない連射音。次いで、ガコン、と、重たげな何かが近くに落ちた。

 

「待たせて悪いけど、LAボーナスは貰っていくわ」

 

 ドス黒い口の中を狙った、バジリスクと比べても凄まじい火力を誇る弾丸。

 火薬の炸裂音は咆哮を塗り潰し。

 次いで、ポリゴンの破砕音が夕立のように降り注いだ。

 STR値にものを言わせた命懸けの抵抗から解放された俺は、恥ずかしいことに、ボスの撃破演出を見ることなく倒れこんでしまった。

 

「ぬお~……」

 

 みっともない呻き声まで出して。

 

「ちょっと! トーレント、あなた大丈夫なの!?」

「お高い装備は壊れたけど、そのおかげでギリギリ生きているであるよ」

 

 バーチャル世界のいいところは、どんなに激しい戦闘の後でも、肉体的疲労感には襲われないことだ。淀みない動作で起き上がり、さっきから気になっていた落下音の正体を確認した。

 

「ああ、金網の目が銃身より細かかったから、G18Cでぶっ壊して蹴破ったのであるな! いやぁ、流石の機転! さっき弾を渡しておいたのは正解だったである!」

 

 拍手しながらシノンの方に振り替える。そこには、予想していたような自慢気な顔ではなく。

 

「あ、あ……」

「あ?」

「あなた、女の子だったの……?」

 

 ただただポカンと口を開ける、クールな印象とは真逆の姿。それはかなり滑稽だったが、笑ったら本気で怒られそうな気がするので、そこには触れないでおくことにした。

 

「ああ、ヘルメットが壊れたから顔が見えたのであるな。M9000番系アバター。そいつらはこういう中性的なデザインになってるらしいのである」

 

 分かりやすいように、ストレージを操作し装備を変更。姿を変えて見せた。

 これまでの人間戦車のような装甲服は消え去り、代わりに、ボディラインのくっきりしたアーマーに外套を纏った軽装になった。

 見た目が分かりやすいように外套も脱ぐ。そこには、おそらくシノンが想像していたような力強い軍人めいたアバターはない。

 白銀の髪を短く切り揃え、紫紺の眼はあくまでも自然体に、しかし自らを誇示するかのように美しい光を放っている。古来紫は高貴な色として尊ばれたようだが、このアバターはそれを体現したと言っても許されるだろう。

 

「ま、鏡を見るのも楽しいけど、面倒事も多くて」

「あ、それはあるわね」

 

 しみじみと頷くシノン。彼女のアバターも相当の上物だ。

 

「お互い大変であるな~」

「本当にね……って、それどころじゃないわよ!」

「おっと、そうであったな」

 

 美形アバターあるある話で盛り上がりかけたが本題は、現時点において最新で、最深のボスをたった二人で撃破した莫大な報酬だ。

 

「念のため言っておくけど! 私が七だからね!」

「分かってるであるよ、ささ、箱を開けるである」

 

 ゲーマーとしての心が猛り狂い、暴れているのが分かる。

 シノンと俺の指が宝箱の開封ボタンを押したのは、ほぼ同時だった。

 その途端、濁流のように溢れ出るレア演出の山と恐ろしく長いドロップ報酬の欄が頭上高くまで伸びていった。

 

「レア素材がこんなにも!? これはしばらく装備代には困らんであるな」

「私もこれは流石に予想外だわ……」

 

 二人揃って眼光鋭く、ドロップアイテムリストをチェックしていく。

 一際輝くレア銃を見つけるのに、そう時間はかからなかった。

 

「何これ……うるてぃ……」

「《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》」

 

 この銃の名を知らないのであろう。たどたどしく名前を読み上げるシノンに、被せるようにその名を呼んだ。

 

「アンチマテリアルライフルだ。今シノンが背負っている物よりも、ずっと強力で、比べ物にならないほどレアな」

「ちょっと、M700だってそこそこの値が……」

「日本円にして二十万の値が付いたんだぞ」

 

 メインウェポンをコケにされて不機嫌になりかけていたシノンだったが、俺が値段を宣言した途端に、息を呑んだ。

 

「それはシノンが持っていくといい」

「え!? いやありがたいけどこれは……七対三どころじゃないんでしょう!? もっと公正に……」

 

 二十万という具体的な金額が出てからシノンはずっとしどろもどろになっている。金銭に困っているのだろうか。そこまで考えて、金銭に困るような人間は月額三千円もするGGOには手を出さないだろうと思い直す。

 

「シノン殿~」

「な、なに?」

「さっきのボス戦、我輩がバジリスクを命懸けで回収したであるな」

「え、ええ。あの時は一体どうしたのかと思ったわよ、本当に」

「きっと、その銃を使い込んだら、我輩の気持ちも分かって貰えると思うのである」

 

 口調は軽妙に。されど中身は誠実に。

 シノンというプレイヤーは、土壇場の度胸といい、腕前といい、文字通り並みではない。そんな彼女が、一心同体の武器を持っていないというのは、俺にはあまりにも勿体ないと、そう思えてしまったのだ。

 

「と、言う訳で、ヘカートはシノン殿に差し上げるのである。その代わり他は譲って欲しいな、と……」

「あなた、さてはそれが目当てだったんじゃ……」

 

 ジトリ、とまるで蛇のような眼光に曝される。まるで戦闘前の交渉の時のような緊張感だ。

 

「いやいやそれは誤解であるよアンチマテリアルライフルなんて鯖に十本もない代物に勝るドロップアイテムなんて無かったし何より我輩の方が装備の損壊多いしマジで頼むであるよこんな苦労して赤字は嫌である」

「分かってる、分かってるわよ」

 

 シノンがくすりと笑いながらそう言った時、既にあの底冷えする気配はなかった。

 ようするに、からかわれたのだ。

 

「あー、びっくりした。心臓に悪いであるよ、ほんと」

「ごめんなさい、でもまぁ……今日はお互いよくやったと思わない?」

「そこは全面的に同意するである。ナイスガッツ、シノン殿」

「ん」

 

 パァンと、銃声とは異なる破裂音が山びこのように残響を残しつつ消えていく。

 勝利を祝うハイタッチ。幾百の言葉を交わすよりも、こうした方が伝わる情が、人にはあるのだ。

 そしてドロップアイテムの分配は終わり、後はボスを撃破した際に発生したワープゲートで帰るだけなのだが。

 

「じゃあ我輩はこれで……」

「ねぇ」

 

 帰還ボタンを押す直前に呼び止められる。

 

「ん? 今度はなんであるか?」

「も、もしあなたのフレンド人数が上限じゃないなら、登録、どうかな、と思って」

 

 修羅場を共に潜った仲だ。彼女がいわゆる姫プレイヤーではないのは、とっくのとうに分かりきっている。

 それでも、軽く俯きながら爪先で地面をつつき、慣れてない様子でフレンド登録を持ちかけるのは……有り体に言って、凄まじい破壊力だ。

 動揺をなんとか表に出すことなく、口を開く。

 

「その心は?」

「今日みたいな戦いになりそうだったら、また呼んで。その時は、今度はヘカートで敵をぶち抜いてあげるんだから」

 

 先程とは対照的な、獰猛な笑みと共に届くフレンド申請通知。

 俺はそれに、快く応じた。

 今度こそパーティを解散し、先に離脱した彼女の名を反芻する。

 

「シノン。しのん。詩乃。……いやいやまさかあいつに限って」

 

 見た目も似てはいる。しかしこのゲームのアバターは現実とは性別以外は何も一致しないのが当たり前だし、何より彼女にとって銃とは存在そのものがトラウマだ。こんな世界にいるはずがない。

 頭を振って妄想を振り払い、後を追うようにダンジョンから急いで離脱し、グロッケンに戻った瞬間ログアウトした。

 そのまま爆睡した俺を責めることの出来る者などいまい。絶対に。

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