とっ捕まえた兎の武装を解除させ、手足を縛り、布を噛ませ、目隠しを巻く。
出てきたのはスコーピオンが二丁だけ。本当に奇襲による暗殺だけに特化していたのだろう。
「これだけ尖った戦法を取るのなら、通用しなかった場合の対処法まで考えておくべきであったであるな?」
「むー! むー!」
芋虫に教導めいた話をしながら、俺は相方の到着を待った。
このゲームで奇襲をするならステルススキルをもっと向上させ、武器も小口径の拳銃弾ではなく、アーマーを貫通出来る小口径高速弾を発射出来る銃を使うべし。
逃げる時の為に、事前に簡易的な代物で良いので罠を張るべし。
狙撃手に狙われたら安易に屋根の下に逃げ込むのではなく、ジグザグに走って逃げるべし。
そのようなことを返事も聞かずにクドクドと語っているうちに、後ろから砂を踏みしめる音が聞こえてきた。おそらくマスケだろう。
この話を締めたら、件のスコードロンとの商談に移ることにしよう。
「であるからして、GGOにおいて狙撃手が本当に嫌がるのは遮蔽物に隠れられることではなく、ちょこまかと動くことにより狙いを定めさせず、距離を稼いでそのまま逃げられる事なのである。それをふまえてこの状況ならどうすれば良かったのかというとであるな……」
「メトル! 縛り上げた人間にウンチクを語るのは悪趣味なんじゃないかな?」
「マスケ。これは次回に活かせってことなのである。このまま何も分からずに引き渡されたらGGO引退しちゃうかもしれないのであるよ?」
「メトルってやっぱり変な人だね」
「カワイイ狂いに言われたくはないのであるが」
俺の反論に思い出したかのように手を叩き、彼女は話題を大きく切り替えた。
「そうそう、そこのおチビちゃんの顔が気になるんだ。サーモグラフィーだと輪郭しか分からないからね。目隠しを外しても?」
「構わんのである」
待ち切れないと行った様子で目隠しを剥ぎ取ると、煮られる直前の兎のような眼を潤ませて微かに震えている賞金首の姿を、マスケはようやく至近距離で視認した。
「
急な叫び声に、俺と賞金首は同時にビクリと体を震わせた。
「メトル! こんなプティな子を縛り上げるなんて最低だよ!」
「は、はぁ……申し訳ないのである」
「いい仕事してるね!」
「は?」
遂に狂ったのだろうか。それともあまりの衝撃に日本語を忘れ去ったのだろうか。
そんなことすら思えてしまうような痴態。
しかしこれがクールビューティーで高いプレイヤー人気を誇るソロプレイヤー、銃士Xの本性であると知っている俺は、日頃から完全に共感することを放棄していた。
「まぁとりあえず、こいつをさっさと引き渡して金を少しでも多くかっ剥ぐであるよ」
「むぐぅ……」
観念したように、兎がもう一度呻いた。
「はいはい、仕事は忘れてないよ。さっさとクライアントのところに行こうか」
「うむ。ちょっくら街から四駆を持ってくるである。マスケはその賞金首を頼んだであるよ」
「任せて! いくらでも見てるから!」
引っ掴んでいた兎はマスケに引き取られた。おそらくそのまま愛でられながら、俺が帰ってくる時を待つのだろう。
その予測は当たっていたようで、四駆でマスケと兎を拾った時、色々と拘束を緩められていた。
再度拘束し直す時に見た顔も緩んでいたのだが、一体マスケは何をしたのだろうか。
問いただしても、彼女は普通に愛でてただけ、と言い張った。
小さくて可愛いと褒めちぎっていただけだ、と。
そう答える間も、彼女はひたすらに賞金首のほっぺたをぷにぷに、ぷにぷにと触り続けていた。
「マスケ……そろそろやめないとハラスメントコードに引っかかるんじゃないのであろうか」
「大丈夫。引き際は弁えてるから」
「戦場で聞きたかったであるなぁ、その言葉」
言いつつ、四駆のエンジンを止めた。
取引場所に着いたのだ。
相手方には交渉役とおぼしき身なりの良い非武装の男が一人、タバコをくゆらせている。
その側にAKの類を握る護衛が二人。彼等の装甲車を見る限り、いざ戦闘となれば、どう少なく見積もっても後四人は出てくるだろう。
だがそれはあくまでも戦闘になれば、の話であり、この商談には関係のないことだ。
片手に件の賞金首を抱えて車から降りると、男が口を開いた。
「それが例の蠍ですか?」
「応とも」
そう答えると、彼はサングラスの奥の鋭い目を細めて愉快そうに笑った。
「これが素性の全く知れないアサシンとして恐れられた蠍か! いや傑作だなぁ! 百五十センチもないんじゃないか? はっはっは……」
笑い声だけが木霊すらすることなく砂の海に消えていく。
一頻り笑った後、唐突に彼は侮蔑の笑みからビジネススマイルに表情を変え、慣れた様子で話を始めた。
「あぁ、挨拶が遅れて申し訳ありません。私スコードロン《デュース・デュース》渉外担当をさせて頂いてます、いのっちと申します。以後お見知り置きを」
「トーレントである」
「ええ、存じております。第一回BoBの覇者にして、隠者達のスコードロン《ナインボール》の構成員……」
「うちのスコードロンは関係ないであろう」
こいつ、この取引に俺の所属するスコードロンまで巻き込もうとしてきやがった。
隙あらば戦争を仕掛けようとしてくる危険な集団という評判に違いはないらしい。
人好きのする笑みを浮かべているが、この男、かなりの狂犬だ。
「そうですか、いやはやこれは失礼。では早速商談の話に移りましょうか!」
パン、と拍手を一つして、話題を切り替える。
「その賞金首の身柄、十五万クレジットで引き取りましょう。どうです?」
「論外であるな。それは元々提示されていた額。本来の囮としての役目どころか、ここに傷一つなく生け捕りにしているのだから、その分ボーナスを要求するのである。三十」
「いえいえ、我々としては囮などとは一度も言っておりません。実行するあなた方がどう感じたか、までは契約の外です。とはいえ、傷一つなく、というのは誇張表現では無いようですね……致し方ありません、二十出しましょう」
このあたりが潮時だろう。これ以上長引かせたら、交渉が破談となり銃を向けてくるやも知れない。
「あい分かった、交渉成立なのである」
「おや、私としてはもう少し話していたかったのですが……」
「そうやって誰でも口車に乗せられると思ったら大間違いであるよ」
「はは、手厳しい」
俺はそう言いながら、最速の操作でクレジット取引を済ませた。
なおも毒気の抜けた笑みを浮かべる男だが、こいつのペースに乗せられたが最後、デュース・デュースの構成員共と思いっきりドンパチやる羽目になる。
リアルでアメリカ人が庭で安い22口径弾をじゃんじゃん撃つのと同じように、ヴァーチャルでも弾丸を撃ちまくりたい。リアルでは空き缶や壊れたパソコンが関の山だが、システムが許容するのであれば人を撃った方が楽しいに決まっている。
そうと決まれば、あちらこちらで好き放題撃ちまくろうじゃないか!
そんな過激な思想を持つスコードロン、デュース・デュース。
彼等は自然な振る舞いで殺し、奪い、戦争をし、当たり前のように嫌われた。
GGOではPvPが推奨されてはいるが、狂犬が人気者になれるほど狂った場所でもないのだ。
そんな連中とは関わりを持つ事自体がリスク。奴が何か次の能書きを垂れる前に踵を返し、四駆に向かう。
その判断はあまりにも遅く、或いは、交渉役の男が巧かった。
「そうそう。あの賞金首ですがね、しばらく我々で玩具にしようかなと。もちろんこのゲームは様々な倫理コードが存在しますから、それらに抵触しない範囲でね」
「……は?」
それを耳にした途端、足に回す血液が頭に全て集中したかのように足が止まり、激情が湧いた。
なおも不快な声は続く。
「装備を見る限りアレは相当足が早いようですから、うちの者の作った迷路の中に放り込んで、上から射撃でもしましょうか。或いはちょっと古風ですが、金網に電流を走らせて逃げられないようにした上でうちの者と延々戦ってもらう、とか。嗚呼、武器はもう貴方に奪われたんでしたっけ? 彼女もお可哀想に……」
分かっている。こいつの身振り手振り、口調は、俺に手を出させる為に、わざと苛立ちを誘うようにしているのだ。こいつらが実際にそのような凶行に及ぶ事はないだろう。
如何に倫理コードが頼りない代物とは言えど、そこまで悪質な行為は即座に取り締まられるはずだ。
理解はしている。だがしかし、脳裏にどうしても朝田詩乃がちらつき、震える兎娘と重なっていく。
泣く声が、嘲笑う声が、罵倒の語句が、脳内で反響する。
そんな時、俺は何時だって、暴力による解決が何を引き起こすか分かっていながら手を出した。
「あぁ失礼、話題が逸れました。何が言いたいかと申しますと、意外に思われるかもしれませんが、これ、両方共に通常の戦闘行為扱いなんですよ! いやぁ、面白いですねぇー!」
高校になってからとんとやらなくなったそれを、俺はまた繰り返す。
相手の掌の上であることを理解しながら、それでも踊らなければ、自分を保てない時がある。
俺にとっての激情とは、まさにそういうものであった。
「言いたい事はそれだけか?」
「ええ、それだけの話です」
レンはそのまま商談が進むものだと思っていたので、双方が同時に銃を抜いて心底驚いた。
彼女を拉致した全身鎧の人、トーレントの光学式マシンガン、PLCバジリスクは重く、既に構えられていた護衛のライフルに先んじて動かせない。しかし、それに動じた様子はなく、実弾を全身で受けながらマシンガンの引き金を引いた。
豆鉄砲の憐れな程に微かな鳴き声を掻き消すかのように、バジリスクが唸りを上げる。
爆発音と勘違いしそうになる発砲音が戦場を支配し、無数の捻くれたレーザーで戦場が薙ぎ払われた。
だが、音の激しさに反して敵は健在だった。ボロクズのように破壊された車両だけが、先程の咆哮の証となっていた。
「陣を組め! 急げ!」
「作戦通りに行動しろよ!」
「了解!」
その鉄屑から、何人もの精兵が蜘蛛の子を散らすように散開した。その腰に輝いているのは、高級光学防御フィールド。
対人戦で光学銃を使う奇人はそうはいない。光学銃の対策なんて、適当な防御フィールドを買えば済んでしまうからだ。
だが、彼等の腰にあるのは、それらとは比較にならない程値段と性能の高い機種。
明らかに、始めからバジリスクを持ったトーレントと戦うことを想定した装備だ。
「クソッ……メタられたのである」
非常に不利な戦況だが、彼に作戦を練る時間は残されていない。
レンはそんな彼等の迫力に圧倒されて半ば放心していたが、土煙が晴れないうちに、車両の残骸から乱暴に拾い上げられたので、意識を取り戻した。
その瞬間、全身鎧の男に向けられたライフルの掃射に巻き込まれたので、レンはひたすら、ただひたすらに私が撃たれませんように、と祈り続けた。いくら撃たれても平気そうにしているこの男とは違って、彼女の装甲はぺらっぺらの紙なのだから、当然の思考だろう。
岩場に逃げ込む間、幸いにしてレンに弾丸がジャストミートすることはなく、帽子を掠めた程度で済んだ。
「むんーっ! むー!」
トーレントの腕から開放され、レンは何とか自力で脱出しようとごろごろ転がっていたが、そんなことでそんなことで外れるようなら拘束の意味は無い。
トーレントが猿轡と縄を外してやると、深呼吸して束の間の自由を喜んだが、彼の姿を見て現実に引き戻され、体が石のようになってしまった。
「トッ……トーレントさん!? 今度は私をどうするおつもりですか!?」
「いや〜、正直ここまで大事になるとは思ってなかったのであるよ。いや、ホント」
トーレントの大きな手で体から土を払われる度に、心なしか大きな手から優しさを感じて、怯えと震えが段々と落ち着いていくのが、レンには分かった。
「あ〜、いつまでも兎さんでは不便であるな。お名前は?」
「あ、えと、レンです。レンって言います」
考えてみれば、レンのことを小さい可愛いと褒めちぎってくれたマスケという女性とも、目の前のトーレントとも、一言も言葉を交わしていないという事実に気付いて、彼女は、改めて名乗った。
「よーしレン殿。今から我輩と、君と、マスケ……君を猫可愛がりしてた奴であるな。その三人で、アイツらを皆殺しにするであるよ」
「皆殺しって……状況が分かって言ってるんですか!? 向こうには六人もいるし……」
「そのうち増援で十二は増えるであろうなぁ」
「合計十八人!? ちょっと! トーレントさん、私丸腰なんですよ! どうしろって言うんですかぁ!」
止まない銃弾の雨に狼狽えるレンに、やっぱり全く動じていない彼は一丁の銃とマガジンを数本、それと、真っ黒で小さなカーボンナイフを手渡した。
「『PP-2000』サブマシンガン。これはさっき説明した、アーマーを貫通する為の弾を使うサブマシンガンなのである。スコーピオンと重さは変わらず、装甲貫徹力は高く。……お値段も高く。今ならナイフもつけるであるよ」
「えっ、これ高いんですか? いいんですか?」
「我輩、他にも色々持ってるのである。それだけが取り柄であるからして」
「じゃあ……お言葉に甘えます」
それは、アサルトライフルの前半分をちょん切って、ピストルみたいな形にしたように見える奇妙な形の銃だった。
本当にこんな変な銃が頼りになるのだろうか。そんな不安がたちどころにレンの胸中で膨れ上がったが、素手よりはマシである。
彼女にとって見慣れない、光学銃と言われても納得してしまいそうなPP-2000をあちこち触って、なんとか射撃とリロードする方法を理解しようとしていたその時、トーレントは、岩陰からMP5Kで応戦しながら、もう一人の仲間に無線を飛ばしていた。
「ヘイ、マスケ! 聞こえるであるか!?」
『感度良好! オーダーをどうぞ、メトル?』
「こっちに目を引き付けるから、遊撃で数を減らして欲しいのである! 得意であろう!?」
『そりゃもう、一番!』
レンにとって聞き覚えのある声が無線の先から聞こえたが、あっという間に切れてしまった。
GGOの熟練プレイヤーとは皆が皆こうも決断力に優れているのか。レンはそれなりにプレイヤーを倒し慣れたつもりだったが、本物を見ると、自分が物凄くちっぽけに感じた。
「レン殿」
「あ、はい!」
彼の咳払いで現実に引き戻され、背筋をピンとする。
「敵はレン殿が、最初の乱痴気騒ぎで廃車の下敷きになって死んだと思っている確率が非常に高いのである。ましてや、武装して潜伏しているなんて考えてもいない。なんならレン殿の高いステルス能力のからくりにも気付いていない」
「そんな都合良くいくかな……」
「都合良くいかせるのが、我輩の仕事であるからして。そこは任せてほしいのである」
ドンと胸を叩くトーレント。どうしたって彼に頼るしかレンに選択肢はなく、異論を唱えようもない。
「我輩が砂埃を徹底的に舞い上がらせながら戦いつつ、敵陣を崩す。そこでレン殿が行けそうだな、と思ったところからさっき渡した銃とナイフで始末する。当然敵は大わらわ、並行してマスケが処理して勝ちである。何か質問は?」
「はい!」
「はいレン殿、時間切れ。ほら、行くであるよ〜」
「お、横暴だー!?」
レンとしては色んな不安と疑問が山程あったのだが、それを聞くことなく彼は彼女を背負うようにして、射線の雨の中に躍り出た。
「おい、亀がやっと出てきたぞ!」
「撃て、撃て!」
「わわわわわ……! これ本当に大丈夫なんですか!?」
「小雨であるな」
レンは自分の耳を疑った。こんな量の弾に晒されたら、自分なら1秒足らずで死んでしまう!
「よし、敵陣を自陣にひっくり返す、である」
結局彼は全身で弾丸を受け止めながらもピンを抜き、敵陣ではなく、砂の積もった場所に手榴弾を纏めて数個放った。
「おいおいトーレント、あんまりメットがデカいもんだからグレネードも投げられねぇのか?」
「なぁにお前等の弾よりゃ良く当たるであるよ」
「死ね!」
「はっはっは」
発破した途端言葉の応酬は遮られ、この辺りに吹き続ける風が宙に舞う砂を空に連れて行く。
そしてこの辺りで常に吹いている風、つむじ風というには少し大袈裟だが、それに巻き上げられ、一帯を砂で視界を遮るようにしてしまった。
「よし、レン殿。出番であるよ」
「ええい、ままよー!」
レンは背中から飛び出して、砂塵の中に飛び込んだ。慣れ親しんだ、身を隠してくれる心強い風だ。
これなら、いける。
彼女は一番近い敵の背中目掛けて引き金を引いた。すると、想像していたよりもずっと早く、それこそ相手がやっと撃たれた事に気付くかどうか、という速度で、ポリゴンの体が消し飛んでしまった。
「うわぁ……この子、強いんだ。トーレントさんが高いって言うだけはあるなぁ……私にはとても買えないんだろうけど」
彼女の小さい片手でも扱えてしまうのに、固そうなボディアーマーを物ともしないのだから、徹甲弾の実用性たるや大したものだ。燃費については、考えない事にした。
加えて、他の敵に気付かれそうになった時には、その敵の頭が吹っ飛んでしまう。きっとあの長い銃を持った、何故かビキニを着ている人の仕業だ。トーレントさんは確か、マスケと呼んでいたか。
周りを見ると、倒した覚えのない敵の倒れた痕跡が既にいくつかある。
「うん、決めた。あの二人の敵にはならないようにしよう。そうしよう」
レンはそう誓いつつ、次の獲物に忍び寄る。
そういえば、自分はどうにかなりそうだけれども、トーレントさんの方はどうなのだろうか。
心配するだけ無駄と思いつつ、彼女はつい目線を寄越した。
見えたのは、二人の男が目にも留まらぬ格闘戦をしている光景。片方は勿論全身鎧、もう片方は、さっき恐ろしげな事を言っていたリーダー格の男だ。
軽装を生かした機動力での突進。その勢いを生かして、トーレントは男の服を引っ掴んで弧を描きながら地面に叩きつけていた。
「どっせい」
「うおっ……!」
だめだ、まだ早い!
マウントポジションを取るトーレントを見て、レンは、そう叫びそうになる声をなんとか殺した。
「いやぁ、流石ですね……私程度では到底叶いそうにない。ですが、これなら?」
さっきまでなら、下手に横槍を入れればどっちに攻撃が当たるか分からなかった。しかし、馬乗りになっている今なら別だ。
合図も無しに、丁度増援に来た数人がトーレントに向かって撃ち始める。
一刻も早く止める為、レンはまず目の前の敵を仕留めて、増援の処理に向かった。実際の増援は十人もおらず、あれはあくまで最悪を想定した数だったということを、安堵しつつ理解した。
一人、また一人と、銃を使ったり、時に飛び掛かってナイフで首を掻き斬ったりして、確実に数を減らしていく。
「おい! 誰かいるぞ!」
「狙撃手以外にか!?」
「構うな! トーレントを殺さねぇとどうにもならねぇぞ!」
ここまでしてやっと注意を逸らせたが、それでもトーレントを狙う敵がいるという事実に、レンは寒気が走った。一体何がそこまで駆り立てるのか。
しかし、こちらを警戒している敵がいるのも事実。それを気にしてレンが攻めあぐねているうちに、あっという間の三連続の狙撃で、遂に増援が残らず消えてしまった。
「ふぅ、やっと静かになったであるな」
トーレントは損耗激しい鎧をインベントリにしまい、銀の髪を風に靡かせ、熟れた葡萄を思わせる深い深い紫の瞳を爛々と輝かせた。
「さて、これで我輩の餌としての仕事は終わりなのであるが……貴方がまだ生きている」
「いやぁ、ここまでされては私もどうしようもありませんよ。文字通り、手も足も出ませんからね」
「指先だけでも自由にしたら、メールでもなんでも飛ばしてまた増援を呼ぶであろう?」
「いやはや、違いない」
打って変わって風の音だけが響く場所で、二人の声が良く通る。
殺し合いの最中にニコニコしながら話し出す二人の心境が、レンには理解できなかった。敵を倒す楽しみなら、共感出来る。彼女だって、卑怯ともとれる待ち伏せで何人も屠ってきたのだから。
しかし、笑えるほどの余裕を持っての戦いは、レンにとって想像の埒外だった。
「さて、私が死ぬ前に一つ教えて頂けますか? なぜ貴方があれほどの銃弾を受けても、反射的にすら怯まないのか」
それはレンにとっての疑問でもあった。
この問答の最中にマスケさんが狙撃をしませんように、と祈る。先程の神業を見てしまったら、今にもそれが再演されそうでならなかったのだ。幸いにして今は、その様子はない。
「所詮偽の体力が削られるだけ、と言えば、簡単に聞こえる。しかし誰だって実際に敵意がぶつけられるのを目で見て体で感じれば、本能が警鐘を鳴らすのです。私だってそう。なのに貴方はそうじゃない」
「なんだ、頭では理解しているではないか」
「というと?」
「所詮偽の体力が削られるだけ」
ここで初めて、男の微笑みが消えた。言うは易し行うは難しを地で行く目の前の存在に、心底驚いている様子だった。
数瞬で仮面を取り戻した男は、また舌を回す。
「なるほど、私も大概だと思っていたが、貴方の方が一回りイカれているらしい。負けるのも当然か」
話は済んだと言わんばかりに、天を見上げて脱力する男に向かって、バジリスクがもう一度唸りを上げた。
「一通り片付けたであるな」
わざと最後まで生かしていた男にトドメを刺して、辺りを見回す。索敵スキルには何も検知されていない。光学迷彩でも使われていない限り、この辺りに敵はいないということだ。
「おーい、レン殿ー。無事であるかー?」
「あっ、はーい。こっちですー、無事です!」
「マスケ、そっちは?」
『良くないかな、ニ、三発外しちゃったから』
「随分元気そうであるな」
砂嵐で姿は見えないが、大事は無さそうなレンと、姿は見えないが随分余裕そうなマスケの声を聞き取った。
『そういうメトルが、一番撃たれてるでしょ? どうせケロッとしてるんだろうけど、分かってても不安なんだから』
そうは言うが、VIT極振りの恩恵で、体力には相当の余裕がある。装甲服も歩く戦車と揶揄される程の堅牢さだと、彼女は知っているはずだ。
それを口にすると、そうじゃなくて、と彼女は返した。
『メトル、本当にあれだけ撃たれて怖くないの?』
確かにGGOはこと射撃に関しては異様に拘っているが、撃たれる衝撃や音が完璧に再現されていたりはしない。そんなことをすれば、PTSD患者続出で即発売禁止だろう。
それでも爆竹に体ごと突っ込むようなものではあるけれど、リアルのそれには程遠い。
本当に、本当に程遠い、左手も疼きすらしない紛い物。
もちろんそんな事を説明する訳にもいかないから、いつものように曖昧に笑った。そうする以外の選択肢を、俺は選んだことが無かった。
圧倒的人数不利の戦場で勝ったにも関わらず、儲けとしては結局、消耗が少ない分素直にモブを狩っていた方がマシという、まさに骨折り損のくたびれ儲けの有様だった。
レンに貸したPP2000は返して貰ったし、見かねたマスケから投げ銭までされたが、莫大な最新式装甲服の代金には届かない。
「どうしたらいいんであろうなぁ、パッチィ」
「ワタシ様に聞くなよな……」
行きつけだったバーにはもう顔が売れてしまっているので行く気にならず、パッチィの店にいつものラムネより一等上等な奴を仕入れてもらって、その辺の椅子とテーブルで一杯やる、というのが、すっかり習慣になってしまった。
銃砲店で酒飲んでダラダラしている俺にパッチィはいつも怪訝な目を向けるが、俺がほぼ唯一のお得意様であるという事実や俺の知名度、その他諸々を鑑みて、仕方無しに咎める事をやめたらしい。
ゼクは目立ちたがり屋なので相変わらず俺と合う場所を変えようとしないのだが、ゼクのいないあの酒場に行く事はもう無いだろう、否、絶対に行かない、そういう決意を固めていた。
「しかし、あと三日であるか」
第二回BoBの開催も間近だというのに、正直なところ、ゼクシードに勝てるビジョンが全く見えない。
俺が持っているレアで強力な銃はバジリスクぐらいしかないのだが、プロ同士の戦闘は光学銃だけで勝ち抜けるほど甘くはない。
かと言って俺の実弾式銃の中で最高クラスのレアリティを持つ銃であるMP5Kカスタムでは、流石に押し負けてしまう。
最新式のアーマーを纏うからこそ活きる被弾を前提とした武器達が、アーマーが買えないせいで腐っている。
どうしようもない状況に二人でため息をついた、丁度その時。
「装甲服を脱いで戦えばいいんじゃないの?」
店の戸が開き、日光と風が飛び込んだ。眩さに目をやると、夕日を背にマフラーを靡かせる影が一人。
「あら二人共、いつものニコニコ顔が台無しじゃない」
パッチィの店の数少ない顧客、シノンだ。
「あぁシノンか、いらっしゃい! カスタムでも新調でもワタシ様に任せな!」
「いや、今日はそういうのじゃないのよね」
「なんでぇ、やあっと銃目当ての客かと思ったのによー……まぁ、分かってたけど」
彼女は床に転がった丸椅子の埃をパタパタと払って、パッチィから投げ渡されたラムネの封を開けつつ、俺の隣にそっと座った。
「ん、ここのラムネ、結構いい味してるわね。居住区のプレイヤーメイド品みたい」
「であろう?」
「うちは飲食店じゃねぇんだけどな!」
こちらにずかずか向かってくるのを見て、遂にあの偏屈が今日の営業を諦めたかと思ったが、同卓してラムネを飲み始め、一気に飲み干し、地面に投げ捨てる。
そして豪快にも、机の上の空き瓶だとか小物だとかを全部薙ぎ倒し、机の上を更地にして、その上に膨大な量の銃とスキルのデータの並んだ巨大なホロスクロールを広げた。
「さぁて、ちと真面目にシノンのプランを検討してみようぜ。どうしたってそれしかないって、お前も薄々分かってたろ」
「分かってたけど、やっぱりゼクの土俵で戦うのは……」
「いい加減腹くくんな」
それは二人共思い浮かべてはいたけれど、思考の外に追いやっていた作戦。
背を押した彼女の名を関したそのプランを、三人であーだこーだと夜が更けるまで語り合った。
「""シノンになれる""まで、会わないんじゃなかったっけ?」
リアルならば朝焼けの見える時間帯でも、GGOの空は黄昏色だ。それを見ていると、なんだかセンチメンタルな気分にさせられてしまう、と思うのは俺だけだろうか。
俺の問いにシノンは意外にも元気そうに、すらすらと言葉を綴った。
「あら。今は完璧にシノンなんだから、何も問題はないんじゃない?」
それは詭弁だ、と切って捨てるべきなのだろうが、本来は未だ会えるはずのない好きな女と会えるという都合の良い状況を目の前にすると、それを受け入れるのに全く抵抗が無かった。
「まぁ、私も本来はち……トーレントに会うつもりは無かったんだけど。我慢するつもりだったんだけど。約束だったから」
気のせいだろうか。段々言葉が棘を帯びて圧を増している気がする。
「それが分かっているなら……」
「銃士Xって、誰?」
振り向いた彼女の顔は微笑んでいる。そのはずだ。だってあんなに愛らしい。それなのに、本能が危険を叫ぶのは何故だろう。
「な、なぜそれを……あ、あいつはただの知り合いで……」
「へ〜。警戒心の塊みたいな貴方が、背中を任せる、女の、スナイパーの、知り合い?」
まずい。具体的に何がまずいのか全く分からないが、シノンの瞳が深く深く光を吸い込む闇を堪えつつあるこの状況は、かなり危険だ。
それなのに、口が凍りついたように動かない。
「確かに私、まだ恋人じゃないけど。まだ。でも、予約済みみたいなものよね?」
「は、はい」
「それなのに貴方は嬉々として別の女と狩りに行ったのね。いいご身分ですこと」
「い、いや、あれはシノンの代打を頼んだだけだから!」
絞り出すように叫ぶと、暫くの沈黙の後、彼女の表情から険が取れ、代わりにため息を吐いた。
「……分かってたのよ、会わないって約束を破らない為だって。でも、我慢出来なくて」
今にも泣きそうな彼女を、壊れてしまわないように抱きしめた。
仮初の肌。体温。それすらも愛おしいと思ってしまう。
俺にとってシノンとは、既にそういう存在だった。
「また今日みたいに屁理屈こねて会いに来てくれよ。俺、待ってるから。俺も、会えたら嬉しいから」
シノンは何も言わず、ただ、抱き返す力を強めた。