俺に懐いた猫女が最高の狙撃手だった。   作:じぇのたみ

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事後処理

「お前から金払って聞いたダンジョンで、お前から聞いてないトラップに殺されかけたのである。慰謝料寄越すであるよ、ゼク」

 

 シノンと共に死線から生還して数日後。俺はなんとか手持ちの金で最低限の装備の修理を施し、全損したヘルメットの代わりに安物を被り、行きつけのバーで長らく唯一のフレンドであった男とサシで向かい合っていた。

 

「いやまぁ……確かに売ったよ、情報。でもさ、それ自業自得だろ? ギリギリのライン攻めた挙げ句に罠踏んだんだから。それで金出せはあり得ないっしょ、トール」

 

 ゼクはナンセンスと言わんばかりに頭を振った。こいつのブルーシルバーの髪は揺れる度にギラギラと輝くので、個人的にかなり嫌いだ。

 

「まぁ半分冗談である」

「半分も本気なのかよ」

「わはは」

 

 乾いた笑いが、ゼクの眉間に皺を寄せた。

 

「その愚痴の為だけに呼んだのか? だったらこっちが金取るぞ」

「いやまぁ本題は別なのである」

 

 事前に用意しておいた画像ファイルを二枚オブジェクト化。それを表は見せず、ゼクの目の前でヒラヒラと背を見せつけるように揺らした。

 

「これは?」

「グロッケン地下新層のボスのドロップと、ボスフロアのマップ」

 

 告げた途端に、ゼクは俺のフルフェイスのバイザー越しでも分かるほどに目の色を変えた。脳波でアバターの表情が変わってしまうVRゲームの世界では、ポーカーフェイスは超高等技術だ。

 

「もしかしてお前、逃げたんじゃなくて、踏破したのか? たった一人で!?」

「もしかして、この数日誰も突破してないのであるか?」

「八人で凸った先行攻略専門のスコードロンが全滅して、そっからは皆及び腰よ」

 

 スコードロンとは簡単に言えば、プレイの目的や時間帯が同じ人間同士が組む長期的なチームのようなものだ。他のゲームで言うところのギルドに近い。

 詳しく聞けば、そのスコードロンは日本鯖でも有数の強者揃いで有名な連中だった。

 なるほど、俺があそこで相棒を見つけられたのは本当にラッキーだったらしい。

 

「その辺ひっくるめて、ゼクはいくらの値をつけるので?」

「……お前のバカ高ぇヘルメット、壊れたな?」

「うむ」

「五割持つ」

「今日はご縁が無かったということで……」

「待て待て待て!」

 

 席を立った俺を、ゼクが必死に引き止める。こんなに本気で焦っているこいつを鉄火場以外で見るのは初めてだ。

 

「俺だって限界まで出すつもりだよ、出しゃいいんだろ……ただ、お前のヘルメット高過ぎるんだよ」

「まぁヘルメットだけは宇宙戦艦の装甲板をふんだんに使って作ったであるからな。局所に仕込んでるだけの他の部位より値が張るのは当然である。七割」

「ななぁ!?」

 

 ゼクの百面相が、面白いくらいに赤くなったり青くなったりしている。流石に吹っ掛け過ぎたようだ。

 

「無理なら六でもいいであるよ、お友達価格である」

「ふざけやがって……五割五分。これが嫌なら俺以外の奴に売れ」

「まいどあり~」

 

 二枚の写真と、ヘルメット新調の見積書のコピーをゼクの手元に滑らせる。

 見積もり額を見てあからさまにうへぇ、という顔をしていたゼクだったが、ドロップアイテムのスクショコピーを見た瞬間、空気が凍てついたかのような剣呑さを纏った。

 

「お前……対物ライフル拾ったのかよ」

「うんにゃ、その時のPTメンが持ってったである」

「マジかよ、お前運ねぇなぁ……」

 

 わざとらしい大きなため息。それを尻目に、琥珀色の液体で満ちたグラスを傾けた。

 煙臭い甘みが喉を焼く。当然だが、VR空間での飲酒では、思い込みを除いて酩酊しない。

 別にダイス目勝負で負けて渋々差し出した訳ではなく、自分から押し付けたので何の悔いもないのだが、それを言うとこの男はまたピーチクパーチクと喚くだろう。

 面倒くさいことこの上ないので、黙っているのが正解だ。

 

「かーっ、惜しいなぁ……お前が持ってったならよぉ、試射データをうちのサイトで載っけてもっと稼げたっつーのによぉ」

「ま、そうそう出回るもんでもないし、諦めるである。というかお前も自力で出せばいいのであるよ」

「それな」

 

 ゼクは攻略情報をWEBで公開し広告収入を得ているタイプのプレイヤーだが、同時に、最前線に身を投じるトップ勢の一人だ。

 AGI寄りのバランス型であるこいつがいれば、昨日の戦闘もかなり楽になったに違いない。

 

「しっかしあれだな……これからはAGI特化型は厳しいかも知れねぇな」

「ほう」

 

 グラスを置き、身を乗り出す。真剣に聞く構えだ。

 

「いやお前が分かってねぇのかよ! いいか脳筋、このドロップアイテム見て気付くことがねぇか!?」

「脳筋は流石に心外である」

 

 突き返された一枚の写真に記された、先日嫌というほど眺めたアイテム名を一つ一つ吟味していく。

 GGOの素材アイテムは型番だけが表示されていることも珍しくなく、レアリティ以外を区別するのは骨が折れる。残念ながら俺には、彼の辿り着いた答えが分からなかった。

 だが、AGI型に不都合である、という発言を前提に考えれば、ある程度推測は出来る。

 

「ゼク、この素材達、何の材料なのであるか?」

 

 俺の発言に、彼は機嫌良くニヤリと笑った。

 

「全部重量級のアサルトライフル、ショットガン、極めつけにはLMGだよ。お前が大好きな装甲服もある」

 

 なるほど、どいつもこいつもSTR要求値の高い装備ばかりだ。彼はこの先、どんどん要求STRの高い装備が追加されると読んだのだろう。

 AGI特化型の一強と化している現状の是正と考えれば、何らおかしくはなかった。

 しかし真に驚くべきは、最新素材の派生先を諳じられる情報把握能力と、そこから時流を読む予測力。それこそが目の前の悪友の強みなのだ。

 

「という訳で、俺もこれからはSTRとVITに振っていくことにするわ。今度そういうビルドの動き方教えてくれよ」

 

 後腐れがない辺り、ゼクも自分の眼力には自信があるのだろう。だがしかし、一応友人である身としては、彼に忠告しなければならないことがあった。

 

「いやそれは構わんのであるが……お前、散々自分のサイトで『卍AGI特化最強卍』とかやった後始末はどうつけるつもりなのであるか?」

 

 実は、ゼクは今まで散々AGI型を持ち上げ、テンプレ装備の記事を作り、動き方講座なんて気合いの入ったコーナーまでやっていた。

 それをここに来て真逆のステータスに振れと言うのは、いくらなんでも反感を買うだろう。

 

「いや、あれはあのままでいい。仮にこれからSTR型が台頭したとして、AGI型が弱い訳じゃねぇのは分かるだろ?」

「まぁ『闇風』辺りはバケモンみたいな強さであるからな……特化型にしか出来ない戦法もあるし、精々一強環境が二強環境になって終わりそうである」

「そゆこと。だからうちのサイトもAGI型最強論は崩さずいく! そんで俺が情弱共を出し抜く!」

 

 段々とボリュームの大きくなってきたゼクの話に冷や汗をかきつつ、周囲の様子を伺う。

 幸いにして今の発言は、酒場の喧騒とBGMの狭間に消えていったようだ。

 とはいえ生き馬の目を抜くGGO、どこで聞かれているか分かったものではない。

 そう考えると、俺の方が小声になってしまう。

 

「お前それでリスキル部隊組まれても文句言えないであるからな」

「そんときゃ助けてくれよな親友」

「嫌であるが?」

「けっ、薄情モンが」

 

 ぶーぶーいうバカを尻目に、酒代を払う。VRゲームの酒は未成年でも飲める……が、味が好きで飲んでいる奴を俺は見たことがない。過半数が俺と同じで雰囲気を楽しんでいるだけだろう。

 

「じゃ、我輩はこの辺で失礼するのである。リアルで先約があるもんで」

「あー、ちょっと待った」

 

 ゼクの引き留めに、首だけを向ける。

 

「ヘルメット代、十割出す。俺もここ周回するから、このボスの情報全部吐け」

 

 その瞬間、ヘルメットの代金ぴったりのクレジットが俺の所持金に加算され、瞠目を禁じ得なかった。

 フルフェイスヘルメットを被っているとはいえ、動揺は丸分かりだ。

 ゼクのニヤケ面に拳を叩き込もうか悩んだが、じゃれている時間が惜しいので、腕に込めた力をため息に乗せて吐き出した。

 

「一日以内に文書ファイルに映像添付して送るである。お前の誠意は見せて貰ったであるからな」

 

 そう言い残し、俺は不満げなゼクをその場に残してねぐらに帰り、ログアウトした。

 内心、かなり焦りながら。

 

 

 ログアウトした瞬間、俺はアミュスフィアを外し、キッチンへと急いだ。

 菓子は作り置きしてある。むしろ熱を逃がし終えた今が食べ頃だ。

 問題は、彼女の好きなミルクティー。あれは中々手間のかかる飲み物だ。

 時間ギリギリにやっと連絡のついたゼクに恨み言を言いつつ、ポットとカップに熱湯を注ぎ、温める。ミルクは既に常温だ。

 彼女の来る気配はない。これは間違いなく間に合っただろう。

 時計を見ると、現在時刻は16時36分。

 約束の時間を既に数分過ぎていた。

 だが、どうやら俺よりも彼女の方が準備に手間取っていたらしく。

 たった今、鍵の開く音がした。

 

「遅れてごめんなさい、待った?」

「いや、今来たとこだよ、朝田」

「そりゃあ、あなたの家ですものね」

 

 八月ともなると外は地獄の暑さだ。

 冷房って最高ね、と言いながら手で顔を扇ぎ、安物の椅子に朝田詩乃は腰掛けた。

 

「それで? 今日は何を食べさせてくれるのかしら?」

 

 期待に爛々と目を輝かせる詩乃に苦笑いしつつ、洒落た花柄の皿に、黒々としたクッキーを乗せて出した。

 

「これ……チョコクッキー?」

「うん。菓子作りはあんまりやったことないけど、これは多分上手く焼けたと思う」

「研究熱心ね」

 

 そう言って微笑む彼女の顔には、どこか影がある。その色は、ここしばらくで大分濃くなったように思う。

 だがそれも、クッキーを口にした途端に消えていった。

 

「……ん! これ美味しい……」

 

 サクサクと食べ進めていくあたり、感想に嘘偽りはないようだ。

 紅茶やコーヒーと合うよう甘めに作ってあるのだが、それが朝田には丁度良かったらしい。

 

「これならそのまま店にも出せるわよ。というか、高校生に料理の特訓とプロゲーマー、これだけ忙しそうなのに、よくもまぁここまで専門外のお菓子を美味しく作れるわね……」

「帰宅部だからギリギリなんとかなってるけど、部活なんかやってたら不可能だろうな」

 

 料理人とプロゲーマー。双方共に楽な稼業ではない。

 楽な稼業というものがこの世に存在するかという問題はこの際横にやるとして、そうまでして片田舎から出てきたのには、情けない理由があった。

 養父とギクシャクした毎日を送っていた俺は、なんだかんだと言い訳を並べて東京の高校に逃げてきたのだ。

 未だに仕送りを欠かさず送って貰える辺り勘当されてはいないのだろうが、やっぱり気軽に帰る訳にもいかず。

 進路なんて全くわからない状況で、ぼんやり生きていた。

 本気で洋食屋を継ぐ気ならば料理の修行に専念すべきなのだろうが、GGOでのRMTによる収入がバカにならないのだ。

 自炊で最低限手を錆び付かせないようにしながら、RMTで金を稼ぐ。

 GGOでの戦闘くらいしか取り柄のない俺が悩みに悩んだ末に行き着いた、俺なりの精一杯な生き方だった。

 

「料理に関しては五年間みっちり仕込まれたからな。まぁまだ修業中の身だけど……」

「もっと精進するように」

「へーい」

 

 冗談めかした詩乃の言葉に、気の抜けた返事を返す。

 彼女の微笑みからは、今度は影が消えていた。

 

「それで……今日は、泊まっていくのか?」

「勿論。パジャマだって持ってきたんだから」

 

 見てみれば、確かに詩乃は事前に聞いていたお茶をして解散という予定にはそぐわない大荷物を持ち込んでいた。

 

「まぁどうせ朝田の部屋は真下の階だしな……好きにしなさい」

「うん、好きにする」

 

 そういうと彼女は鞄の中から文庫本を取り出し、そのままゆったりと読書を始めた。

 ミルクティーの注がれたカップをそっと彼女の前に置く。おかわりは勝手にするだろう。

 俺はベッドに腰掛け、自分の本棚を眺めた。そこには、ダークファンタジーを中心とした陰惨な描写の多い物語が多数納められている。

 詩乃は無類の本好きだが、ダークファンタジーは好きではない、と昔言っていた。

 それが最近になって俺の棚から勝手に抜き取り、俺と感想戦をするほどにまでになっている。

 最近の詩乃はどうも""心も力も強い主人公""が好きらしいが、これも過去の事件を乗り越えようとする彼女の努力の一環だろうか。

 彼らを見習い、胸を張って自分のやったことを誇ることが出来れば。

 このままトラウマを克服し自立してくれれば、兄貴分としては安心である。

 

「朝田も頑張ってるし、俺も頑張ってメール書くか」

 

 ノートパソコンのメーラーを立ち上げた、その時。

 

「メールって誰に? 女の人?」

 

 そう言いながら彼女は隣に座り、俺の顔を覗き込むようにして視線を交差させた。

 香水でも付けてるのか、いい匂いまでする。兄貴分としては、理性を揺さぶるような仕草はやめて貰いたいのだが。

 

「いや、男。仕事相手だよ」

 

 そう告げた後も、彼女は俺を見詰める。何の色もない瞳は、一体何を見ているのだろう。

 ややあって。

 

「そう、それならいいわ」

 

 とだけいって、朝田は読書を再開した。

 今度は、俺に背中をぴったりくっつくように位置を変えて。

 

「……あの」

「大丈夫、モニターは見ないから」

 

 そういう問題じゃないんだけどなぁ、と思いつつ、せっせとゼクに送らなければならないテキストを作る手は止めない。

 貴重素材をふんだんに使用した特別仕様のヘルメット、それを新調する代金をゼクには丸々肩代わりしてもらったのだ。

 ミスの許されない、大事な作業なのだから、緊張感を持って行うべきなのである。

 けれど、朝田とこうして過ごす時間は、ミルクティーより甘くて暖かかった。

 どこかふわふわした心地で殺伐とした文章を書き上げ、ゼクのチャットソフトにファイルを送る。これで俺の仕事は終わりだ。

 凝り固まった体を伸ばしながら時計を見ると、既に六時を回っていた。

 朝田はちょっと前から眠りに落ちていたはずだ。この時間の昼寝は夜の睡眠に悪影響を及ぼす。軽く揺すると、手にじっとりとした感触があった。

 違和感。

 朝田の様子を良く見てみる。呼吸は浅く、全身は汗まみれ、顔には苦悶の表情を浮かべている。

 間違いない。魘されているのだ。

 

「朝田! 起きろ! 起きろって!」

 

 思いっきり体を揺すりながら、隣人に怒られない程度の音量で覚醒を促す。

 かなり強引に起こしたからか、朝田の目覚めは早かった。

 目を開いた瞬間、朝田は俺を固く抱いた。振りほどけたかもしれないが、震える彼女にそんなことをする気にはならなかった。

 

「……千晃くんよね……?」

「ああ、俺だ、千晃だよ。怖かったな、もう大丈夫だからな」

 

 何を見たのかは容易に想像がつく。

 数年前から彼女を蝕み続ける、郵便局強盗事件。

 彼女は人生が狂った瞬間を、何度も何度も見ているのだ。

 

「……千晃くんは、昔私としてくれた約束、覚えてる?」

「勿論。朝田がもういいって言うまで、俺は側にいる」

 

 朝田はそれを境に、言葉にならない声を漏らしながら泣き続けた。

 俺はそんな彼女に、背中を擦りながら抱き締めてやることしか出来ず。

 彼女の泣き声が安らかな寝息に変わることには、すっかり日が暮れていた。

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