俺に懐いた猫女が最高の狙撃手だった。   作:じぇのたみ

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誇り、あるいは執念

 見渡す限りの木、木、木。

 赤茶色の土煙を巻き上げながら、でこぼこだらけの道を駆ける。

 銃声は既に止んでしまっている。潜伏に徹されては、こちらからの発見はほぼ不可能だろう。

 だからこそ居場所の露呈も気にせず急ぐ。かくれんぼに自信がない訳ではないが、それでは相手の土俵に上がることになる。

 隠れたと思った途端に首をナイフで切り裂かれるビジョンまで、俺にははっきりと見えていた。

 

「クソッ、来るなら早く来やがれってんだ」

 

 小声で悪態をつくゼク。その気持ちは痛いほどに解る。

 居場所がバレているのは分かっている。後はいつ撃たれるか、それだけなのだ。

 急所を切り裂かれて即死するよりは、弾丸の一発でも貰った方がマシだという判断が間違っていたとは思わない。

 だが、見られている。それだけで、まるで相手の掌の上で踊らされているかのような錯覚に陥る。

 突如、ポケットの端末が鳴り響いた。

 サテライトスキャン。

 

「ゼク、横に飛べッ!」

 

 俺が叫び、ゼクが端末に伸ばしかけていた手を止めて飛び退るのと、弾丸がゼクの居た位置を通り過ぎ、俺の腕の装甲に弾かれたのは、ほぼ同時のことだった。

 伝わる衝撃と、減ったHPゲージの長さからして、そこそこ口径の大きな銃らしい。

 銃声の元を辿ると、そこにはスマートなシルエットのボディスーツに身を包んだ細身の男が、黄昏た木漏れ日の中、あくまでも自然体で立っていた。

 ゼクがトリガーを引き撃鉄が落とされる瞬間、男は隠れ、俺はバジリスクを取り出した。

 丁度いい岩がないので、足への射線をバリケード代わりの盾で遮り、愛銃の三足を展開する。

 

「ゼク、展開完了である!」

「おけ!」

 

 合図を皮切りに、ゼクは一気に加速した。

 彼自身のビルドは現在進行形でAGI特化型からSTR-VITのバランス型に変化させている最中であり、理想とは程遠い。

 それなりの速さに中途半端な頑健さがおまけのように付与された、見るも無惨なステータスだ。

 だがそれでも彼は予選を勝ち上がり、本戦においても最終盤まで生き残るほどの動きを見せつけた。

 それを支える根幹が、三次元軌道だ。

 STRを上げる最大の利点である装備の最大重量の上昇を敢えて無視し、身軽な体で障害物から障害物へ、走るというよりは跳躍する。

 上から下へ、下から上へ。

 そして敵の視界から外れた瞬間、鉛弾を叩き込む。反動は高めたSTRで押さえ付け、かすり傷もVITが上がったおかげでさして気にはならない。

 閉所で猛威を振るいつつ、中距離の撃ち合いも可能とする、理論上は強力、しかしてなかなか難しい動きだ。

 それを実践出来るのが、ゼクシードというプレイヤーだった。

 持ち前の情報量と頭脳で新たな理論を導き出し、トライ&エラーの果てに実戦で運用可能なレベルまで磨き上げる。

 それが彼を一介のまとめサイトの管理人ではなく、GGOのトッププレイヤーたらしめる要因だろう。

 木々は太くしっかりとした枝を伸ばしており、足場には事欠かない。

 目で追うのが非常に難しい動きをしながらも、ここぞという時に引き金を引くことは欠かさない。

 それを僅かに体をずらす、たったそれだけで擦らせもしない男は、ある種悪魔的でさえあった。

 無論俺のバジリスクも、目の前の生意気な小物を潰さんと言わんばかりに爆音で唸り続けている。

 それでも、当たらない。

 十字砲火、否、四方八方からの銃弾の嵐に曝されながらも、その中心で死の舞踏(ダンス・マカブル)を踊り続ける男が居た。

 その舞踏家は、愉快そうに笑いながら、合いの手を入れるように大型拳銃の引き金を引く。

 戯れであると言わんばかりに、急所をわざと外しながら。

 俺の理性が弾け飛び、本能が目の前の畜生を決して許すなと叫び吼える。

 

「嘗めるのも大概にしとけよ、本職様がよ」

 

 休むことなく灼弾を吐き出し続けていたバジリスクを即座にインベントリに格納し、SRM1216を抱えて遮二無二突撃した。

 選ぶチューブは三本目。コストパフォーマンス度外視の、目の前の敵を殺すためだけの弾丸。

 現実には存在しない、小さな榴弾の弾幕が火を吹いた。

 先程の静寂とは一転、銃声と爆発音、硝煙と爆炎が場を支配する。

 姿も見えぬ舞踏家に向かい、俺は全力で掴み掛かる。

 左手の指先に、手応えあり。そのままひっ掴んで倒し、マウントを取って首を掴んだその手で握り潰す体勢だ。

 

「俺達を嘲笑った事、後悔して死んでいけ……!」

 

 ふと気付く。間違いなく命に手をかけているのは俺だ。言葉が分からぬとも伝わる憎悪をぶつけているのも俺だ。

 なのにどうしてこの男は、どこまでも冷めた目付きをしている? 

 疑問の答えは、首の側まで迫っていた。

 

「トールッ!」

 

 飛んだ。

 その瞬間見えたのは、あと数瞬逃げるのが遅れていたら飛んでいたであろう俺の首、それを取り損ねた死神の鎌。

 刃を漆黒に染めた大ぶりのサバイバルナイフが、このいけすかない男の主武装のようであった。

 立ち上がろうとする男に、とっさに左の腰に差した銃を抜き撃ちした。

 このブレイサーという銘の光学ショットガンは、そのカテゴリーに似合わず、二発毎にリロードが必要だ。射程も短い。威力も高いかと言われれば微妙なところだ。

 だが、一発に込められた散弾の数では、他の追随を許さない。

 このゲームにおいて、被弾によるノックバックが発生する条件は単純明快。威力か被弾数が一定のラインを上回ることだけだ。

 つまり、近距離でブレイサーの咆哮を食らった者は、まるで漫画のように豪快に吹っ飛ぶのだ。

 もう一度榴散弾で面の爆撃をすれば、よりダメージを与えられたかもしれない。しかし、爆煙に身を隠される方が、余程恐ろしかった。

 

「ゼク! いっぺん退くである!」

「おう!」

 

 ギリースーツの男の仕掛けていた罠を再利用して作った罠だらけの道を駆け抜ける。

 にやけ面の舞踏家が追い付くのはもう少し先だろう。

 爆音が一度だけ聞こえたが、まさかあの程度の罠で殺せるなどとは思っていない。

 なんとか森林中央部、一応陣地として利用可能な程度に整備された安全地帯に駆け込み、肩で息をしながら相棒と言葉を交わす。

 

「ゼク、怪我の具合はどんなもんであるか」

「遊ばれてたからな、帰りに治療出来た。そっちは?」

「余裕である。見向きもされなかったであるからな」

 

 そう、俺達は二人がかりで襲い掛かり、軽くあしらわれたのだ。

 まるで子供の喧嘩に割って入った大人のように、容易く、気軽に。

 その姿勢が、実力が、何もかもが癇に触る。

 

「なぁゼク、ここは確かにゲームかもしれない。お遊びの世界かも知れない。だけど、それでも俺達は、誇りを賭けて全身全霊で戦っているんだ」

 

 握り拳に思わず力が篭る。ここが現実だったなら、血管の一つや二つ浮き出ていたかもしれない。

 

「あんな嘗め腐った野郎に、俺達の頂点に立たれてたまるか」

 

 怒り狂う俺とは対称的に、ゼクはあくまでも冷静だった。

 

「いやまぁ、つええよ、あいつ。最強だ。疑う余地もねぇ」

 

 残りの弾倉のチェックを行いながら、彼はあくまでも落ち着いた声音で言う。

 

「だが、心底ムカつく」

 

 あくまでも、落ち着いた声音で。

 

「だからよトール、ここは二人、死んでもあいつを殺すしかねぇよな?」

 

 しかし、矜持を傷つけられたのは、彼もまた同じであった。

 考えてみれば簡単なことで、ゼクシードはあの舞踏家に幾度となく見逃されているのだ。狙撃のタイミング全てが、完全に読まれていたというのに、致命打にならない肩やふくらはぎばかりを撃ち抜かれたのだから。

 

「ここから先、俺達は優勝の栄誉を捨てる。俺達の縄張りでイタズラして遊んでるクソ野郎をぶっ殺すためなら、命も使い捨てる。いいな、トール」

「当たり前だ、やるぞゼクシード」

 

 そう言うと、ゼクの真一文字に締められた口が、突然緩んだ。

 

「口調、取れてるぜ」

「信頼出来る人間の前で取り繕う意味がないだろ、ゼク」

 

 今度は、何も言わなかった。その必要がなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男にとって、これは兎を狩るのと何も変わらない行いのつもりだったのだろう。

 乱雑に撒かれたクレイモア地雷も、鼻歌混じりに避けながら歩んで来る。

 そんな中を山猫のように飛びかかったのは、ゼクシードであった。

 またも木々を飛び回りながら、《SIG MPX》サブマシンガンの吐き出す弾丸を当てていく。

 MPXはサブマシンガンとしてはかなり重いが、吐き出す弾丸が拳銃弾であるということ以外はほぼアサルトライフルと言っても問題ない機構を備えた銃だ。

 問題の重量も反動吸収を手伝うというメリットを持つので、命中精度は相当のものだろう。

 足元が地雷まみれであるのも幸いし、先程よりも明らかにクリーンヒットが増した。

 確実に、着実に、悪魔は死に近付いている。

 男が本気を出したのは、それを認めた瞬間だった。

 ゼクシードが枝に着地した瞬間を狙い、右手に構えた拳銃──おそらく《M1911》のカスタム品だろう──で、両膝を撃ち抜いた。

 慣性の働くままにゼクシードが落ちたのは、クレイモアの感知範囲内。

 そのままポップコーンのように飛び出すベアリングに全身を穴だらけにされ、ゼクシードは光の粒子となり会場から消えていった。

 その一部始終を見届けながらも、俺は至極楽しそうな男に体当たりをかました。

 大したダメージもなく、地雷の感知範囲手前で急制動をかけてピタリと止まる。

 こいつがクレイモアの有効射程を知っているのは、一度だけ聞こえた炸裂音で察していた。

 おそらく、自分でクレイモアを銃撃し、射出されたベアリングがどこでオブジェクトとしての役目を終えて消失するのか、距離を目で測ったのだろう。

 そしてそれは、極めて正確であった。

 こいつの吸収力は異常だ。後一ヶ月もGGOにいれば、こいつは手も付けられない怪物と化していただろう。

 だが、未熟で手負いの今なら勝てる。

 互いにじりじりと間合いを探りながら、俺の左手にはマチェットが、男の右手にはナイフが、消されたはずの艶を殺気の中で取り戻し、夕闇にてらてらと輝いていた。

 銃など無意味、むしろ吊るしていたところで敵に使わせるチャンスを与えるだけだと、全てインベントリの中に収納してきた。

 だがそれでも、盾だけは背負っていた。背後からの首絞めはこれで出来まい。

 一歩、一歩と縮まる距離。

 先に仕掛けたのは、得物の長い俺であった。

 様子見の袈裟斬りを、身を低くして避けられた。

 閃光。左の手に痺れが走る。

 視界の端では、中指、薬指、小指。それぞれの第一関節より先が切り飛ばされ、マチェットが何処かへと飛んでいくのが見えた。

 爆音。ついで鋼の球体がおぞましい速度で飛来するのを、これまた互いに無傷で避ける。

 ここまでは、計画通り。

 かけられた足払いを身を引いて避け、その勢いのままがら空きの顔面にフックを叩き込み、俺の右手首から先が無くなる……

 悪魔のシナリオでは、そうだったはずだ。

 俺が実際に放ったのは、フックではなくラリアット。

 そのまま二人共に勢いよく転がり、マウントポジションを得たのは、俺ではなく、舞踏家の男の方。

 間抜けめ、と、そう目が語っていた。あるいは、俺の思い込みかも知れないが。

 無感動にナイフが心臓めがけて振り下ろされる、その瞬間──身をよじり、僅かに狙いを逸らす。

 そして、凶器を抜こうとするその手を、右手に込めた有らん限りの力で押さえ付けた。

 

「お前は確かに強いよ」

 

 だがお前は、自分の専門に近く、しかしとても遊びにしか見えないテリトリーに生きる猛者達を嘗めた。

 

「だからこれは、お前が払う代償なんだ」

 

 俺は、ポケットの中に入れていた旧式の携帯電話のような形の起爆装置を左手で握り込み、腹に仕込んだC4の起動ボタンを起爆した。

 長くこのゲームをやっていて、体験したこともない轟音。閃光。衝撃。

 仮想空間だというのに、体だけじゃなく意識まで吹っ飛びそうになる。それを堪えるので、精一杯だった。この戦いの結果が緊急切断など洒落にならない。

 耳鳴りから解放され、ようやく起き上がる。

 真っ先に視界に入ったのは、僅か一メモリほど残されたほぼ透明のHPゲージ。

 

「ば、VIT一番に振っててマジで良かった……のである」

 

 一息ついて見上げると、そこには優勝者を告げるホログラムと、いくつかの撮影用ドローンが、中継中を示すピカピカと赤のランプを光らせながら俺の周りを漂っていた。

 俺がここにいるのはゼクのおかげだ。

 彼がいなければ、炸薬の量を減らした自爆用C4ではあの悪魔の体力を削りきれなかっただろう。あれは二人で成し遂げた偉業なのだ。

 だが、一応優勝者になってしまった以上、観客の期待に答えねばならない。

 俺は全身ボロボロになったアーマーを脱ぎ、本日右の腰に提げてはいたが一発も撃つことのなかった《M1ガーランド》をカメラに向かって掲げ、満面の笑みを見せた。

 視界の端で白銀の髪が日光できらきらと輝き、まるで沈みゆく陽が祝福しているかのようだった。

 後日、死闘の最中よりも素顔を晒したこの瞬間の方が視聴率が高かった事を知り、少しだけ凹んだ。




やっとプロローグが終わりました。ひぃひぃ。

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