俺に懐いた猫女が最高の狙撃手だった。   作:じぇのたみ

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KA-BOOM!(前)

 ゼクシード曰く。

 数日前、『磁気嵐の吹き荒ぶ地の廃墟、そこにある核シェルターの中には秘密の研究所に繋がっている隠し通路があり、中には戦争当時の宝が残されている』というNPCの意味ありげな発言と共に、それに準ずる内容のサブクエストが見つかった。

 しかしこれがなかなかの曲者らしく、マップに表示される通りの宝箱を開けると、ちゃちな報酬を与えられただけでクエストが終了してしまうらしい。

 流石に怪しいので詳しく調査したいが、正直手が足りないので手伝ってほしい。金は出す。

 

「そんなこんなでやってきました、カレント研究所跡地! 拍手!」

 

 ぽふぽふぽふ、とグローブ越しに手を叩くが、誰もそれに追従することはなく。

 なんとなく、気まずかった。

 本日のPTメンバーは、前日に約束していたシュピーゲル──新川のハンドルネームだ──と、暇そうだったので呼びつけたシノンだ。

 シュピーゲルはアバターの爽やかな見た目とは裏腹に人見知りで、シノンに至っては交流そのものを好まない。加えて言えば、今日は何故か機嫌が悪い。

 

「あの、お二方共……折角の宝探しであるし、もう少しテンション上げて欲しいのであるが……」

「そ、そうですね、はは……よろしくお願いします、シノンさん」

「ええ、今日はよろしく、シュピーゲルさん」

 

 勇気を振り絞ったシュピーゲルの挨拶は意外にも好意的に受け止められ、なんとなく雰囲気が柔和なものとなった。

 シノンはシュピーゲルには怒っていない。となると、怒りの矛先はおそらく俺なのだが、残念ながら心当たりが全くない。

 結局のところ、俺はいつも通り、道化を演じて盛り上げていくしかないだろう。

 

「それじゃ早速核シェルターを探していくとするであるか。民家の床に入り口があるらしいので、見つけたら報告してほしいのである」

 

 俺が話し終わった瞬間に、矢継ぎ早にシノンから提案が飛んできた。

 

「それだったら、手分けした方が早いんじゃないかしら。MOBの量も大したことないみたいだし」

 

 彼女の言う事にも一理ある。

 今回の目的はあくまでもシェルター内部の詳細調査であり、シェルターそのものを見つけるために時間を割くのは効率が悪い。

 危険になったら通信を飛ばすように伝え、散り散りに個性のない家の群れの中を探っていく。

 この家も、元々は核実験か何かをする研究者達の家だったのだろう。

 雨風凌いで眠る事が出来ればそれでよい、という効率のみを追求する思考回路が、コンクリートそのままの色の立方体という味気ない外観からも感じ取れる。

 内装も、寝床として使われた形跡はあるが、あまり生活感を感じない作りだった。

 それがいくつもいくつも、判を押すように並べられている。

 正直、退屈である。

 だが、シェルターを見つけなければ話にならない。注意深く床を調べていく……

 

「ねぇ……シュピーゲルさんとはどういう関係なの?」

 

 散開しようと言い出した張本人が何故俺の背後に立っているのか、と聞きたい気持ちはあった。

 しかし、このシノンという女はかなり面倒な性格で、機嫌を損ねようものならあちらこちらの戦場に引きずり回される羽目になる。

 その姿からはなんとなく、元気な時の妹分が思い出され、じんわりと心が暖まるので、俺は基本的に、彼女にされるがままになることを選んでいる。

 それは、今回も例外ではなかった。

 

「後輩である。丁度金策に人手が欲しかったからPT組んでくれって言ったのであるよ」

「……ひょっとして、私を誘ったのも?」

「人手不足であるな」

「このっ……!」

 

 刹那、後頭部に衝撃が走り、勢いのまま壁まで転がり激突した。

 天地がひっくり返った姿勢は長くは持たず、重力に従ってずるりと地面に滑るように落ちる。

 

「ご……ごめんなさいトーレント、まさかここまで飛ぶとは思ってなくて」

「……シノン殿、いつも我輩がどんだけ重い装備をつけてるのか、よく分かったであろう? 今後ドロップキックをするのはVIT型だけにするのである」

「……あなたにしかやらないわよ」

 

 まぁそれはそうだろう。彼女のSTRが存分に発揮されたドロップキックを軽傷で受け止められるのは、GGO広しと言えどもきっちり防具を装備した俺くらいだろうから。

 

「ほら、さっさと立ちなさいな。手を貸してあげるわ」

「助かるのである」

 

 しかし、さっきの壁は、些か固過ぎではなかったろうか。

 コンクリートではなく、何か……そう、金属のような感触だった。

 助け起こされた俺は、すぐさま自分のぶつかった壁を調べる。

 

「ビンゴ。お手柄であるな、シノン殿」

「は? 言ってる意味が……あっ……!」

 

 さっきの衝撃で偽装が剥がれたようだ。

 何の変哲もなかった壁にノイズが走っている。

 もう一度拳で殴り付けると、偽装装置は完全に破壊されたらしく、その真の姿を明らかにした。

 合金の扉はまるで金庫のようで。

 巨大で複雑な電子錠は機密を守るに相応しく。

 そして何より、その大きさたるや! 

 

『こちらトーレント、シェルターの入り口を発見。速やかに集合せよ』

『こちらシュピーゲル。すぐ向かいます』

 

 無線機を仕舞い、肩を回した。

 

「さて……大仕事である」

「あの、トーレント……これ、開けられるの?」

 

 不安、というよりは疑わしげにシノンが聞いてくる。

 確かに彼女と組む時は、VITに任せた生きた盾のような戦法を取るので誤解されてもおかしくはないが、俺のビルドなら鍵開けはむしろ本職なのだ。

 

「我輩はVIT、STR、DEX(器用さ)にばっかり振ってるであるからして、鍵開け罠解除爆弾作りその他諸々、人並み以上には出来るのである」

「AGIは?」

「聞かないで欲しいのである!」

「ふふっ……そうね、高い訳がないものね」

 

 低いも何も、ほぼ初期値だ。

 

「でも、そうね。本職がいるなら、私は邪魔にならないように外で見張りでもやってるわ」

 

 そういうと彼女は、窓から屋上へと音もなく登っていった。

 全く以て羨ましい限りの俊敏性である。

 さて、のんびりこの立派な鍵と格闘するか、と思ったのも束の間。

 

『敵、二部隊! 挟まれてるわ!』

『せ、先輩、その……合流地点に行けば、確実に接敵してしまいます……』

 

 無線が鳴り響く。

 俺は今まさに使おうとしていた二番目に高いピッキングツールを乱雑にポケットに突っ込み、USBメモリにも似た奥の手を迷いなく鍵穴に捩じ込んだ。

 かしゃかしゃかしゃん、と軽妙な金属音。

 

『シノン、一発撃って引け! もしかしたら帰ってくれるかも知れん! シュピーゲルは何も考えずこちらに走れ!』

 

 一拍おいて、大きな声で。

 

『鍵は既に開いている!』

 

 電波に乗って届く戸惑いの声に追われるように、俺は恐ろしく分厚く鉛のように重い扉を一息に開け、中に飛び込んだ。

 中にあるのは、宝箱一つ。

 部屋の中央にある異様な太さの柱が気になるが、少なくともあのような形のエネミーは見たことがない。

 

「安全!?」

 

 至近にいたシノンは、もう金属扉まで辿り着いたらしい。

 

「ひとまず敵影はないである!」

「オーケー! それじゃあ入るわね! シュピーゲルさんの援護は任せたわ!」

「任せろ、である」

 

 防具を切り替え、《MP5K》を二丁握る。

 シュピーゲルのための血路を開かねばならない。

 再度民家に駆け戻り、窓を割って転がり出る。

 

『シュピーゲル! 後何秒かかる!?』

『はっ……はっ……分からないけど……三十秒あれば、逃げ込めます!』

『オーケー!』

 

 今は機動性を重視し、身軽な装いをしている。

 腕こそいつものように装甲板に守られてはいるが、それ以外は紙っぺらのような金属板と光学武器用プロテクターしか身につけてはいない。

 威嚇射撃に苛立った面々が俺の姿を見た瞬間、親の仇だとでも言わんばかりの速力で突っ込んでた。

 瓦礫に隠れつつ、断続的に、それでいて足止めに最適な位置に銃弾を吐き出していく。

 音が止んだようだ、さて突っ込むか、というタイミングで撃ち。

 辛抱だ、リロードを待つんだと隠れる相手を銃声で脅し。

 今度こそリロードに違いない、と突っ込んできた相手を穿つ。

 

「クソッタレ、あいつのリロード技術はどうなってやがんだ……!?」

 

 唐突に耳元で慣れない男の声がしたので大層驚いたが、どうやら無線が混線しているらしい。

 

「兄貴、やっぱりあのトーレントを仕留めるなんて無茶だったんですよ……」

「じゃかぁしい! 奴を見ろ、案の定予備の装備で戦ってるじゃねぇか! 今やらずしていつやるってんだ!」

「あの……その予備にやられてるんですけど……」

 

 正直言って、こういう会話を盗み聞くのは気分がいい。自分の強さで盛り上がられて喜ばないGGOプレイヤーなどいない。

 しかし残念ながら、じっくり聞いている時間はない。

 無線のノイズの走り方から大体の距離を計り、合致する物陰にグレネードを投げる。

 残念ながら人の吹き飛ぶ赤いエフェクトは見えなかったが、威圧程度にはなるだろう。

 

「先輩!」

 

 背後からの聞き慣れた声。そして、一人分にしては多過ぎる足音。

 

「すみません、小隊を引き連れてきちゃいました……」

 

 心底申し訳なさそうにしているシュピーゲルはまるで灰色ウサギのようだったが、このまま狐共に狩られると困る。

 とは言えども、二個小隊を相手にするのは大変に面倒だ。さっさと退いてしまおう。

 

「いや、上出来である。さ、いくであるよ」

「は、はい。で、でもどうやって……」

「着いてくれば問題なし!」

 

 言うや否や、立ち上がって二方向に引き金を引く。

 如何にシュピーゲルのAGIが高かろうと、残念ながらこの場は俺の鈍足に合わせてもらうしかない。

 しかし、問題はない。

 無尽蔵の弾丸の雨が、二人を隠してくれるから。

 

「クソッタレ、そういうことか……! トーレントの野郎、Cマグ使ってやがる!」

 

 ドラムマガジン、という種類の弾倉がある。

 円形の、ぎっちり弾の敷き詰められた弾倉で、かさばる代わりに容量がびっくりするほど大きいのだ。

 Cマグとは言ってしまえば、そのドラムマガジン二個を合体させてしまったようなものだった。すると入る弾数は当然、倍になる。

 そうして俺の《MP5K》に装填されたのは、一丁につき百発。

 本来ならば軽さと取り回しの良さが売りのサブマシンガンに装着することは絶対にあり得ないのだが、俺のビルドと戦闘スタイルには、この奇妙な銃が合っていた。

 

「我輩、リロードがド下手であるからな! そもそもやりたくないのである!」

「クソッタレ! 待ちやがれ!」

「わはは! 待たない!」

 

 悠々と小屋に逃げ込み、三人とも中にいるのを確認してから金属扉を閉め、施錠する。

 外から足音が聞こえるが、このロックを破るのはそこそこいい鍵師がいても十分はかかるだろう。

 いないだろうから、おそらくもっとだ。

 

「はぁ……はぁ……なんとかなりましたね、先輩」

「うむ……とりあえず、ここにいれば三十分くらいは安全であろう。全員お疲れ様である」

「私は何もしてないけれどね」

 

 シノンが茶々を入れてくる。しかし、俺が思うに、先の遭遇戦、彼女こそがMVPではなかろうか。

 

「いや、狙撃手がいると思うだけで動きは単調になるのである。あの威嚇射撃のおかげで全員無傷で逃げ込めたのだと思うのであるな」

「あら、じゃあ誉めてくれてもいいのよ?」

「はいはい」

 

 一転して胸を張る彼女の頭を乱雑に撫でて、本命のトレジャーボックスの開錠に取り掛かる。

 先程使ったズルい道具、オートピッカーは確実に開錠を成功させることが出来るが、一度使えばなくなる消耗品だ。

 今度こそ、手作業で開けるためにロックピックを取り出す。これも十分に上等な代物だ。

 

「これからちょっと集中するから、二人で仲良くしてて欲しいのである」

「ええ、分かったわ。そっちは任せる」

「えと、その、了解です」

 

 シュピーゲルは外が気になって仕方がないようだったが、シノンとの会話に必死になっているうちに、外のことなど忘れてしまったようだ。これなら、雰囲気の悪化する恐れはないだろう。

 安心して指先の感覚に意識を集中させる。

 彼女らの会話の内容は分からないが、女同士(・・・)だからこそ話せることもあるだろう。

 まともに他プレイヤーとの交流を持たない二人にとってはいい機会のはずだ。

 念のため念入りに鍵の内部構造を探ってはみたが、事前の情報に違わず何の細工もないようで、開錠作業自体はスムーズに終わった。

 中に入っていたのは……

 

「……四万クレジットぽっち、ですか」

「骨折り損のくたびれ儲けってレベルじゃないわね」

 

 およそ四百円なり。大掛かりな仕掛け扉にしては、この箱の中身はショボ過ぎるのだ。

 

「さて、ここからが依頼の本番……うおっ!?」

「きゃっ! ……な、何!?」

「ひゃあっ……!」

 

 突如として鳴り響くブザー。

 それと比べるとあまりにもささやかな駆動音で、柱の中央が観音開きになる。

 中には、見たことのない装置が埋め込まれていた。

 装置の液晶画面に大きく表示された十五分を示すタイマーは、刻一刻とカウントを進めている。

 端っこには、小さく原子力のマーク。

 ここまでくれば間違いない。

 核爆弾だ。

 GGOでは放射線の影響は受けないが、凄まじく強力な爆弾であることには変わりない。

 本来ならば一旦部屋の外に退避、いや、数キロ離れて爆発を確認してから調査を再開したいのだが。

 

「先輩、外は多分見張られてますよ! 出る訳には……」

「全員吹っ飛ぶより二チームと戦う方がマシよ! トーレント、行くわよ!」

「嫌であるが?」

 

 血気盛んなシノンは血みどろの戦いがお望みのようだが、俺は別にそんなことはなかった。

 おそらく、既に外の二チームは組んでいる。

 銃声が聞こえないのだ。

 俺達を確実に殺すために一時休戦をし、戦利品を争って改めて戦う。そのような取り決めをしているのではないだろうか。

 

「そういう展開だと我輩は予想しているのであるからして、この部屋から出る気はないのであるよ」

「……臆病風に吹かれた?」

 

 鼻で笑われる。この場面でも焦りに支配されず、かつ戦意を漲らせているのは称賛に値する。俺もいざとなれば、彼女に背中を任せて戦うことに異存はない。

 しかし、俺のプランと彼女のプランが合致しなかった。それだけのことだ。

 

「十分で爆弾解体。やるしかないであろう」

「……正気?」

 

 静まり返った室内に、タイマーの刻む音が流れ続ける時間の存在を告げる。

 タイマーには、赤いデジタル表記で、残り十三分と書かれていた。




このためだけの性転換タグ。

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