俺に懐いた猫女が最高の狙撃手だった。   作:じぇのたみ

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KA-BOOM!(中)

 なんなんだ、この錠前は。

 俺の目前には今、この核爆弾の解除鍵の迷宮のような内部構造が、仮想ディスプレイという形で存在している。

 ロボットアームを利用した最新の外科手術を行う医師を以前テレビで見たが、これはそれと瓜二つだ。

 俺はこれでもGGOのプロとして、罠のついたトレジャーボックスをそれなりの量開けてきた。

 起動したら即死する罠を解除したのも一度や二度ではない。

 それでも、理解不能だった。

 ゴールは見えている。ただ、そこまで辿り着く唯一の道が分からない。

 縦横無尽に敷き詰められたレッドゾーンは、ロックピックの先が少しでも触れてしまえばその時点で核が起動する。

 

「ちょっと、そっち行ったら行き止まりよ」

「うおっ、あぶねっ……」

「先輩、こっちのルートなら……」

「……ああ、いくらか進めるであるな」

 

 作業を開始して五分ほど経過した頃だろうか、ついに死を待つのに耐えきれなくなった二人が、手元を覗き込んで作業を手伝い始めた。

 集中が乱されるが、変に喧嘩されるよりはマシだろうと特に何も言わなかった。

 しかし、実際のところ、既に何度も二人の助言に助けられている。

 

「ねぇ、罠付きの宝箱って全部こんな目に悪い作りをしているの?」

「んなわけねー、である。今まで見た中で最高クラスに悪辣なやつをいくつも連結したようなもんであるよこんなの」

 

 悪態をついている間にも、刻一刻とカウントは進む。

 残り五分。それが我々三人の現時点での寿命だ。

 

「あ、あの、先輩」

 

 不意にシュピーゲルが、震える指で、ディスプレイに煌めく青点を指した。

 解錠画面に置ける青点は、そこに辿り着けば解錠は成功である、というゴール地点を示す。

 

「ここ、行けますよね?」

「むぅ……」

 

 確かに彼女の言う通り、そこに辿り着くためのルートは、既に俺の脳内で克明に光輝いて見えている。

 が、しかし。青点は三つある。

 俺の見立てでは、そのうち二つは偽物だ。

 これが並の罠の偽ゴールならば俺の罠解除スキルで看破出来るのだが、ここまで高度な罠となると、俺のスキルが通用するとは思えない。

 その怪しい三つのゴールの中で唯一解法が分かっているのが、シュピーゲルの指したそれだった。

 そのルートは、他の二つと比べ、あからさまに簡単だ。

 

「行ける……行けるのであるが……」

「はっきり言いなさいよ」

「最悪辿り着いた瞬間全員死ぬ」

 

 シノンにせっつかれて、俺は端的に結論を伝えた。

 ルートを示したシュピーゲルは可哀想なくらいに動転していたが、シノンは凪がごとき冷静さを見せていた。

 

「それで、貴方はどうするつもり?」

「……時間が足りなさ過ぎるのである。一か八か、突っ込んでみるしか無かろう」

 

 五里霧中だったピックの先を、今度は淀みなく動かし始める。

 

「一分で開ける。覚悟を決めておくのである」

「分かったわ」

 

 明瞭な返事。シノンのこの土壇場での度胸の源泉は一体なんなのだろうか。

 

「あの……シノンさん」

「何?」

「流石にヘカートは仕舞っておいた方がいいんじゃ……ストレージの中に入れていれば、ランダムドロップの抽選で外れるかもしれませんから」

 

 シュピーゲルの言葉は正論だ。

 もしこの狭い部屋で核が爆発したら、アイテム化しているもの全てが消し飛ぶだろう。

 かく言う俺も脱げる限りの服を脱ぎ、インナー一枚で作業をしていた。

 

「まぁ、あなたの言うことにも一理あるわね」

 

 息をつく音が聞こえる。あまりにもいつも通りのそれは、自らの手元しか見えない俺に彼女の仕草までもを克明に想像させた。

 

「確かにこのヘカートは今となっては、私にとって命にも等しい思い入れがあるわ」

「それなら……」

「でもね」

 

 弱気な声を、力強い声が遮る。

 

「これが私の手元にあるのは、そこのでっかいのかちっちゃいのか分からない彼のお陰なのよ」

 

 声色から笑みが伝わる。ひょっとしてバカにされているのだろうか。

 それでも手は止めない。役割は全うせねばならない。

 

「その彼が命を懸けて私達のために罠を解除しているの。だったら、私も彼から貰った命を懸けるべきじゃない?」

 

 命。

 命、か。

 プロゲーマーの身で言うのもなんだが、俺は仮想世界にそこまで入れ込んでいない。故に、ここで死ぬことになったとしても、精々算盤を弾いてげんなりする程度だ。

 だが、共感できる言葉だった。

 対等であるために、賭けるべきもの。

 現実の俺が、昔々に取り零したもの。

 それを、彼女は既に両の細腕に抱えている。

 何より、それを失うことを躊躇わない精神性。

 強い、と。そう思ってしまった。

 無論狙撃手としての力量ではなく、心の在り方が、だ。

 

「そういう、ものでしょうか」

「私にとってはね」

 

 シノンが話を切り上げたのと同時に、ぶしゅっと圧力の抜ける音と共に、爆弾そのものが鉄柱からすっぽ抜けた。

 

「よおっし! とりあえず生きてるであるな!」

「先輩、カウントは止まってないです!」

 

 それはそうだ。俺が先ほどこじ開けたのは、鉄柱との接合部のロックだった。

 爆弾そのものは、自由に動かせるようになっただけで、相変わらず起爆カウントを止める気配はない。

 

「だけどまぁ、取り外し出来るならこっちのもんであろう!」

「はぁ……私、すっかりあなたのやりたいことが分かるようになってしまったわ」

 

 いそいそと着替え始める俺、銃身の軽いクリーニングを始めるシノン。

 爆弾が取り外された瞬間に俺とシノンの頭の出したアイデアは、おそらく同じ物なのだろう。

 

「我輩は扉の開閉をやるので、シュピーゲルは援護を頼むである。しくったら全員死ぬからそのつもりで気軽にやってほしいのである!」

「気軽に出来る訳ないじゃないですか! というか、お二人とも、何をするつもりなんですか?」

「「外の奴等に爆弾押し付ける」のである」

 

 小部屋に、ずっしりとした爆弾の重苦しいカウントに加えて、重厚なボルトが引かれて生じる金属音が鳴り響く。

 その音色は、この小部屋に閉じ込められてから聞いた中で、最も頼もしい音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エメラルドの絹が、肌を刺すような風に舞う空。

 それに見下ろされながら、狩人達は爛々とした目で鉄扉を見つめていた。

 やたら頑丈な扉の先に引きこもった獲物は、人数差をものともせずこちらを蹴散らすかも知れない危険な存在だ。

 一度GGOの頂点に立った男──それをみなが認めているかは別として──と、最近になって急に頭角を現した女狙撃手、それにもう一人は……分からないが、この面子と行動を共にしているのだから、只者ではあるまい。

 既に要塞化されている可能性すらある扉の先に、雄叫びを挙げて突撃するほど、彼等は愚かではなかった。

 こうなると面倒だ、お互い、見なかったことにして引き上げるしかあるまい。

 そう言外に伝える空気が、その場にはどんよりと漂っていた。

 しかし、それを誰とも知れぬ、場に似合わない明るい声が破った。

 

「あれ確かやべー爆弾付きの宝箱のある部屋で、生き残るためには部屋から出ないといけないやつじゃありませんでしたっけ?」

 

 なるほど確かに、この扉の異常なまでの対爆性なら、その爆弾とやらの威力も殺せるだろう。

 扉のロックは異常に頑丈で、突撃を強行することも出来ないようだし、奴等が出てくるまでゆっくり待つとしよう。なぁに、獲物を待つのは慣れっこだ。

 突如として、扉が勢い良く開いた。

 それに怖じ気付くようではPvPなぞやっていられはしない。

 優れた人狩りである彼等は、現れた巨漢に銃を向け──その後ろから鋭く射し込んだ弾道予測線を見て、反射的に伏せた。

 

「どっせい!」

 

 どこか間の抜けた声と共に飛び込んできたのは、重々しい、円柱状の、規則正しい音を鳴らす物体。

 これは、件の爆弾ではなかろうか。

 ただ一人事態を正しく認識していた、片方の集団の頭目は、いち早く立ち上がり、この前新調したばかりの《UZI》サブマシンガンを構えた。

 否、構えようとした。

 ストックの畳まれた《UZI》は、大型の拳銃と遜色ないサイズとなる。

 それを利用して、この頭目の男は、腰のホルスターをこの銃専用に改造を施し、サブマシンガンの制圧力と拳銃の取り回しの両方を手にした。

 抜き撃ちは拳銃と遜色ない速度で、精度は数でカバー出来る。

 故に、腰だめで弾丸をばらまけば、少なくとも目の前の巨漢一人は殺せる。そのはずだった。

 だが、今彼の手にあるのは銃ではなく、機関部を破壊されたガラクタだ。

 腰に手を伸ばしたその刹那、大口径のライフルの音が聞こえた。

 この銃が自壊したのでなければ、それこそが原因だろう。

 自身に向けられた絶技を感嘆の念を込めて噛み締める頭目の男は、カウントが止まるのを、ただ、聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地震か、と、思った。

 しかしこの仮想空間では、広域での地震は起こらない。

 まず間違いなく、先程投げた爆弾の衝撃だろう。

 俺が被弾覚悟で核爆弾を移送し、シュピーゲルに俺の異形と化した《MP5K》を貸し、バレットラインだけ(・・)をばらまき威嚇、それでも止まらない攻撃を狙撃で止める、という、一人のミスが全滅に直結する作戦は、上手く行き過ぎて不安になる程の結果を残した。

 

「ふいー! 案外うまくいくもんであるな!」

「まぁ、賭けには勝ったみたいね」

「ま……まだ膝が笑ってますよ……というかなんですかこの……サブマシンガン? ですよね? マガジンが空なのに両手で構えるのが精一杯なんですけど」

 

 自爆を覚悟していたので、望外の成果を噛み締める俺。

 神業を事も無げに為したシノンはあくまでも冷静で。

 怯えながらもしっかりと仕事はこなしたシュピーゲルは、自信無さげな様子でへたりこんだ。

 反応は三者三様だったが、それでも全員が一つの勝利を喜んでいた。

 しかし、お忘れではないだろうか。

 

「ここからが本番であるぞ」

「「あっ」」

 

 そう、今日の探索の本題は、この小さくも異彩を放つ施設の調査だ。

 PvPスコードロンの小隊を二つ潰したのはおまけどころか、道端にあった邪魔な岩をどかしたに等しい。

 

「そうは言ったって、この部屋が何もないのはさっき調べたじゃない。これ以上何を探すつもり?」

 

 疲労の混じった声でシノンは言った。しかし、何もないと言ったが、俺はそうは思わない。

 

「爆弾から取り外した二つの留め金、あれに穴が空いていたのである。もしかすると、鍵穴かも知れん」

「……正気?」

 

 容赦なく突き刺さる冷たい眼差し。しかし、数多の修羅場を潜り抜けた俺の直感もまた侮られるようなものでもない。

 

「ま、やるだけやってみるであるよ。手ぶらで帰ったらゼクに怒られるのである」

 

 結論から言うと、仕掛けは一瞬で解けた。二つとも。

 すると二つの金具が変形し、噛み合いそうな凹凸を生み出した。

 見えない何かに促されるように金具同士の凹凸をくっつけると、寸分の狂いもなく合体した。

 その姿はまるでルービックキューブから無作為に金属の植物を生やしたようで、既存の道具に当て嵌めるにはあまりにも奇怪であった。

 しかし。俺はこれの正体に目星がついていた。

 

「金属製のオブジェ……ですかね? これがNPCに高く売れるとか、あるいは他のクエストのキーアイテムだとか」

「いや、我輩の見立てが正しければ……」

 

 爆弾の鎮座していたまさにその場所、そこに出来上がった空洞の中。

 この部屋の中で見ていないのはそこだけだ。

 そして案の定、本当の鍵穴がそこにあった。

 一切の躊躇なく合体した金具を差し込むと、直線と直角のみで構成された、キューブの溝から溢れる蒼光が、空洞の中を満たした。

 

「どうであるか!?」

「先輩、完璧です! 本命が出てきました!」

 

 彼女の指差す方向を見ると、今まで髪の毛一本分の溝も見当たらなかった場所がシャッターとなっており、音もなく、煌めいたアタッシュケースが冷たい白煙と共に現れる最中であった。

 

「これがこのサブクエストの真の報酬であるか」

「また爆弾が付いてたりしないでしょうね」

 

 シノンのどこまでも冷静な言葉に、隠された報酬に対する興奮の熱が多少引く。

 即座に罠感知スキルを使ったことで、未だに白煙に包まれている宝箱の安全性は保証された。

 

「では改めまして……御開帳である!」

 

 今までの作業とは対照的に、あっけなく箱はぱかりと開き、入手アイテムの名がずらりと並ぶ……ことはなく、メッセージウィンドウの中には僅か三行の文字列があるのみだった。

 が、しかし。本当に重要なのは量ではなく、質なのだ。

 

「プラズマコントローラにレーザー発生装置、火薬制御機構……どれも現状確認されている最高レアリティの一つ上であるな。量もそれなりである」

「ほんと!? じゃあ今回のお宝探しは……」

 

 振り返り、俺の査定を今か今かと待つ二人と視線が交差する。

 その瞳は爛々と輝いていて、冷徹なマンハンターとは思えない、年相応の無邪気さに溢れていた。

 俺は素材の鑑定は得意ではない。パッチィのような本職ではないし、ゼクシードのような情報オタク(データッキー)ではないのだ。

 だから、俺にはどうしても彼等に劣るざっくばらんな査定しか出来ないのだが、それでも彼女らの求める答えを言ったところでバチは当たらないだろう。

 

「大儲けであるな!」

 

 ヘルメットを外し、にこやかな笑顔でシノンと拳を軽くぶつける。

 いつの間にか、習慣付いてしまった動作だ。

 

「ほら、シュピーゲルも」

 

 何故か俺とシノンのやりとりを遠巻きに眺めていたシュピーゲルにも、拳を突き出す。

 しかし彼女は、

 

「僕はいいです」

 

 と、だけ。

 その顔は、いつも通り曖昧に笑っていて、何故か首筋がチリつくような感じがした。

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