裏切りの菅笠なんて捨てるんじゃ!!   作:紅乃 晴@小説アカ

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安達家流のケジメの付け方 後編

 

 

 

政子の姉、菊池花の人生は安達家に政子が嫁いでからは凄惨そのものだった。政子の善意とは言え……菊池家に嫁いでからの人生はまさに地獄であった。

 

生家を追い出され、心を寄せていた男も政子に奪われ、飲んだくれの男を押し付けられて北へ追いやられた。

 

花は政子を恨んだ。たとえそれが善意から来た思いであったとしても、人の憎しみは親族の愛すらも覆い隠してしまう。酒に溺れる男から受ける暴力に怯え、永劫に続く苦しみを受けてなお、この生き地獄は誰にもわかるまい。

 

お前が押し付けた地獄だと、花は政子を恨んだ。

 

 

「蒙古の襲来……そして小茂田浜の戦い……誰も生き残れぬと思っておった……」

 

 

狂気と恨みに人生の多くを奪われた彼女の終わり。腹部に横一文字の刀傷を抱えた菊池花は、朧気な意識の最中でつぶやく。

 

まるで夢を見ているような心地だ。

不思議と痛みは無かった。

 

蒙古襲来の噂を聞いていた花はどこかで感じ取っていた。

 

菊池家で飲んだくれていた男も、彼のおこぼれにあやかっていた配下の男たちも、小茂田の激戦の中で命を落とすのだろう。そして次にあるのは、島を蹂躙する蒙古による絶対なる苦悶と死。

 

終末論者ではないが、それでいいと花は思っていた。

 

 

「この世に生きていても……辛いことしかなかった……」

 

 

罵声と暴力。夫という関係を持つ男は腕っ節は強い。政子と違い、武門に関わらず政に強かった花がその暴力に抵抗することは叶わなかった。晩年は護衛衆を組織し、幾分かはマシにはなったが、過去の傷が消えるわけでもない。

 

乙女の時代から長きにわたって植え付けられた心の傷は、花の暗澹たる思いを解放することはなかった。

 

辛いことしかなかった。何度も死のうとも思った。けれど、死ねない。その覚悟もできない若い自身の弱さを嘆いた。

 

だからこそ、花は自身の恨みと弱さにケリを付けるために安達家に残った者たちを、親族である政子共々を殺し……何もかも失った中で自害しようと考えていた。

 

 

「だが……竜三……其方は間に合ったのだ……あの時……私と政子を助けてくれた安達晴信様と同じように……」

 

 

血を流した横になる花を支えていたのは、隣に膝を折って看取る竜三だった。折った膝に花の頭を乗せて黙ったまま彼女の言葉を聞いた。そばには安達家から賜った名刀が畳に突き立てられており、それはまるで死にゆく彼女の墓標のように見えた。

 

 

「あの時の瞬間に……私は帰れたのだと思ったのだ……我ながら些末なものだ……時など……戻ることはないというのに……」

 

 

賊に襲われたあの日。刀を手に取って抵抗する政子と違って震え、怯えることしかできなかった。その結果、安達家に見染められたのは政子で、自分が選ばれることはなかった。

 

花の暗澹たる人生への転落の起点。

 

そして、安達家襲撃の夜。

 

狙い過たずに矢を射った竜三。彼は絶望的な小茂田の戦いから生還し、安達の息子たちを守り通した上で、女子供の危機に間に合わせて見せたのだ。

 

その瞬間に、花は立ち戻れたと思ってしまった。若き乙女の思いと情景が擦り切れた記憶の中で蘇ったのだ。

 

 

「竜三……そこにおるか?」

 

 

もう視界も保っていられない。失った血と共に意識も零れ落ちてゆくようだった。雲を掴むように伸ばした手を、温かな手が握りしめてくれる。

 

 

「いますとも、花様……」

 

 

竜三の声に殺気はない。まだ対馬が平和だった頃に花が聞いた、優しくも力強い竜三の声だった。その声を聞いて、花は安心したように息を吐いた。

 

 

「生きることが地獄だった世であったが……安達家に行った際……其方と言葉を交わしたあの時だけは……幸せであったよ」

 

 

親族の付き合いで安達家へと訪問することが何よりも辛かった花であったが、ある日から安達家に召し抱えられることになった竜三と出会ってから、その訪問は苦痛から楽しみへと変わっていたのかもしれない。

 

竜三は男にしては珍しく、家事や炊事、農業へも盛んに精を出す男だった。

 

花が真柄を連れて訪問した際は、洗濯物を干していたり、野菜を井戸水で洗って皮を剥いていたり、息子たちの鍛錬に付き合っていたりしている場面も多く、訪問する花にも竜三は取り繕うことなく自然体で出迎えてくれたのだ。

 

それが何より、花にとっては心地が良かった。

 

 

「竜三……其方の分け隔てない優しさに……怨念に塗れていた心の一部が……救われたのさ……だから……礼を言わせてくれ……」

 

 

私の地獄を終わらせてくれて、ありがとう。花は薄れゆく意識の中でそう告げた。あの暴力に怯えた日々を和らげてくれた竜三。彼に看取られて死ぬ人生も、悪くはない。

 

 

「私の最後を……幸せで彩ってくれて……感謝するよ……竜三……」

 

 

その言葉を最期に、花の手は力をなくして落ちた。うっすらと開いた眼からは光がなくなり、竜三は何も言わないまま花の瞳をそっと閉じてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

安達家の襲撃首謀者であった菊池花、ならびに菊池家のケジメ案件は相応の終わりを迎えた。

 

彼女の死後、真柄から教えてもらったんだけど彼女は俺の前に現れて自身が安達家襲撃の首謀者だと名乗った時点から、俺に斬られて死ぬことを望んでいたらしい。

 

故に真柄や、そばにいた花が良くしてくれていた侍たちも俺には手を出さなかったとか。仮に政子様が単身で乗り込んだきた場合は全力で抵抗し、あわよくば捕らえて竜三を釣る餌にするつもりだったとも。

 

政子様は複雑な顔をしていたけど、巴は終始めんどくさそうな顔をしていた。

 

ハードすぎるエンディングノートを完遂した花の遺言は至極単純で、菊池家は当主と血縁者が消失したのだから、傘下の兵や侍は志村家や安達家の助力を行い、蒙古撃退後はその傘下に仕えるようにというものだった。現存する菊池の家は、親族諸共消失した菊池の家では管理しきれないため、相続は現傘下で最も力を持つ真柄家に譲渡し、その後の方針も任せるという大雑把な内容だった。

 

俺の予想通り、真柄は菊池の配下を連れて蒙古討伐に助力するという約束が取り付けられた。今は制圧した上ノ岳砦では、せっせと志村家の橋頭堡を設置する手配を進める仁がいるはずだ。政子様と花の遺言を合わせて持参し、菊池の使者が砦へと出発する。

 

それを見送り、俺は白い布で覆われた花の遺体を見つめた。

 

 

「政子様」

 

「なんだ、竜三」

 

 

屋敷の縁側でしんしんと降る雪を眺めていた政子様に俺は跪く。真柄や菊池家の侍たちが驚いたような目をする。だが、俺はあくまで一介の浪人風情でしかない。懇願することくらい許されるだろう。

 

 

「私はもう、安達家の家来ではありません。ですが……恥を忍んでお頼み申し上げます」

 

「……申してみよ」

 

「花様を……安達の墓に入れては貰えないでしょうか……」

 

 

自身の家を手にかけようとした相手を、一族代々から受け継ぐ墓へ埋葬して欲しいなど……下手すると不敬で首を斬って落とされるかもしれないが、それでも俺は政子様に正面切って懇願した。

 

あまりにも花が不憫だ。

 

まぁ安達家を愚弄して野党をけしかけたのは絶許ではあるが、そのケジメは彼女の命で支払わられているし、今後菊池家の残存戦力が志村と安達の支配下に入るのだから償いはそれで十分賄われているはずだ。

 

政子様は少し景色を見つめながら、深く長い息をついて頭を下げる俺へ振り向く。

 

 

「……いいだろう。お前は息子たちの命を救ってくれた。いや、他にも様々な形で安達家に尽くしてくれた。たまにやり方に問題はあったがな」

 

 

どのみち、姉らしき者の遺体が入ってるのだ。それを入れ替えても問題はあるまいよ、と困ったように笑う政子様に、俺は顔を上げてから、再び深く頭を下げた。

 

 

「……感謝いたします。政子様」

 

 

その後、花の遺体は真柄家の者が書状とともに責任を持って壱の島にある安達家に運んでくれる手筈となった。今回出番がなかったと不貞腐れる巴を宥めて、俺は馬小屋から引っ張ってこられた戦馬に跨る。

 

先頭にいるのは政子様だ。

 

 

「行くぞ、竜三」

 

 

政子様の声に従って、俺と巴も菊池砦の城門へと足を向けた。すると、兵舎小屋から見慣れた巨漢がでてくる。

 

 

「竜三殿。折った刀の代わりです。お納めを」

 

 

真柄から手渡されたのは、彼に折られた鈍刀くんと同じ寸ほどの本差だった。菊池家お抱えの鍛治職人が打った一刀だと言う。明らかにお高そうな刀であるが、使えるならありがたく受け取っておこう。

 

本差を2本腰から下げる。うむ、この方が落ち着くな。満足げにそんなことを思っていたら、真柄からこんな問いが飛んできた。

 

 

「竜三殿。貴方はどこへ向かわれるのですか」

 

 

え?んなもん、答えなんて決まってるだろ。

 

 

「次は蒙古のカシラ首だ」

 

 

安達家の遺恨は斬り払った。次は殿を殺したハーンへのケジメだ。たとえ何万の兵士を連れていようが、日の国の本土へ上陸しようが、政の話が湧きあがろうが知ったことではない。

 

 

「安達家の殿を殺した報い……受けさせてくれる」

 

 

奴が穴蔵に隠れても必ず見つけ出して首を叩き切る。

 

俺が刀を振るう理由は、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

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