目が覚めたら政子様の姉君である「菊池 花」が上座に座す部屋に居ました。ちょっと展開が早すぎて脳がついていけてない竜三です。
えー、もう少しゴーストオブツシマって展開ゆっくりじゃなかったけ?これじゃあ、ゲーマー置き去りじゃんかよぉ。
なんてことを思いながらも辺りを見渡すと、それまた厳重な体制下の場だったようで、武装した賊が辺りを囲んでるし、一緒であった巴は縄で捕まってるし。
蒙古の矢で刺された肩の治療はしてくれてるみたいだけど、こちらも丸腰の状態だ。隣にいる賊が卑しい目で俺を見てる。というか持ってるの俺の段平だよね?なに気安く触ってんだぶっ殺すぞ。
「花様…?安達家襲撃の折に、亡くなったはずでは…」
よっこらせと起き上がって綺麗な着物を身につけている菊池 花へ問いかける。巴は黙って見つめているが、目の前にいる彼女は〝死んだはず〟の人間なのは、俺と巴の共通認識だ。まぁ、俺はあの死体が〝偽造〟だったというのは知っていたけどさ。
「ご覧の通り、私は生きているぞ?あそこで亡くなったのは影武者だ。近場の流民の野営で雇ったな?」
「しかし、政子様は…はっきりと花様だと」
「ああ、直前まで相手をしていたのが私だからな。屋敷襲撃の混乱に乗じて入れ替わったのさ。まぁ着ていた着物をも入れ替えるのは手間ではあったが、今頃政子も私の葬儀でも取り仕切りしているのだろうよ」
巴の疑問に答えたまま。政子様の姉君である彼女は、あの混乱の中でまんまと逃げていたのだ。政子様や、嫁、孫を見捨てて。というよりも、もとより葬るつもりの者を助ける訳もないか。
どうやって入れ替わったのかはわからないが、大方先に流民の野営から攫ってきた女を殺して、逃げてきた花が着物を入れ替えた上で、屋敷の前に放り出したのだろう。身元がわからないように顔をズタズタにしてね。
共に死を悼んだ身故に驚愕する巴は置いておいて、俺はため息混じりにその後の顛末を話した。
「…蒙古を打倒するまで、殿と貴女様の葬儀は執り行わない、と」
慈悲深い政子様だ。姉の死を心より悼んでいた。涙も流し、悲しんでいた。そして、家が違うはずの彼女を当主と同じ時期に弔うと言ってるのだ。それがどれだけ愛情深く、家族想いなことか。
その思いを、目の前にいる女は踏み躙っている。
「…そうか。時に竜三、其方は安達家に暇を出されたとか?」
「はい、花様。本来なら殿を守れなかった以上、腹を切って詫びるべきですが、蒙古もいます。それに、安達家を襲った賊の正体を探らなければ…」
上部だけの敬語で淡々と答える。俺にとって、安達家襲撃の犯人は彼女だという答えを得ている。
「ああ、それはもういい。賊を放ったのは私だからな」
「今…なんと仰りましたか?」
「賊を放ち、安達家を襲うように指示をしたのは私だ。そう言ったのさ」
その言葉が答えだった。
長い対馬の旅路の果てに、政子様と共に駆け、恨みと痛みに満ちた唄の果てに辿り着いた結末は、悲惨なものだった。実の姉すらも手にかけなければならなかった政子様の心の痛みはどれほどのものだったのか。
仁として体験したあの物語の痛みは、今も胸にある。竜三として安達家に仕え始めた頃から、政子様の穏やかな様子を見るたびに、その痛みは鮮明に甦った。
あの惨劇を繰り返すまいと、小茂田から安達家の屋敷へと舞い戻ったのも、その痛みを政子様に味合わせないためにだった。
「何故…何故、そのような真似を!!」
「理由は簡単さ。仕える家が無くなれば、其方は路頭に迷うことになるだろう?なぁ、竜三」
…は?
え、シリアス全開な話の流れじゃなかった?花様の言ったことが理解できない。彼女が凶行に走ったのは、政子様の善意を逆恨みしたからじゃないん?
「竜三、私は其方が欲しい。其方が欲しい故に、安達家を襲った。其方が安達家の家来でないというなら、私があの家を襲う必要はもうないと言うことさ」
はぇえ…なに言ってんだ、このおばさんは。というか脳筋すぎやろ!?確かに安達家滅ぼせばええやんって理屈はわかるけど、実行する胆力にびっくりするよ!!仮にできたとしても、俺が息子二人死守してるから無理やからな!?息子二人も手にかけるとか相当狂ってんぞ!?
「な、何故に私が欲しいのですか?」
そんな心の動揺をなんとか抑えて、花様に問いかける。すると彼女は上品な「おほほほ」という感じで笑ってからねっとりとした熱の籠った目で俺を見てきた。
「簡単なことさ。其方が強いからだ。安達家当主、晴信様よりも。強い男に恋焦がれるのは、乙女の宿命であろう?」
oh、マジかよ(白目)。
「誰が乙女さ…」
「貴様、無礼であるぞ!」
巴の呆れたような言葉に心底同感する。僧である曽元が強い口調で巴の失言を責める。同時に巴の喉元に賊が抜いた抜き身が当てられた。なるほど、あくまで狙いは俺であって、巴はついでということかい。
「よい、そう言われても仕方がないさ。私としては其方が菊池家へと仕えてくれれば文句はない。当主も小茂田で討ち死にしたからな?今では私が切り盛りしている。其方が私の元に来てくれれば嬉しいのだが?」
「…お断りいたします」
えー、無理。無理だよぉ〜。さすがにそれ呑んだら政子様や安達家面々に斬首される未来しかないわぁ。それかセルフ斬首というパワーワードが、文永11年に生まれるだな!!ははは!!参ったわい!!
「訳は、言うまでもないか?」
「花様。そうなる前に、私に言えば良かったものを。なぜ襲ったのです!まだ赤子もいたのですよ!」
「政子が私を地獄へと突き落としたのだ!!」
あの政子様の姉だということを信じて理性に訴えかけてみたけどダメだったでござる。こりゃあ完全に政子様の〝善意〟を逆恨みしてるモードですわ。
「北の地の嫁ぎ先で、酒に溺れる当主を押し付けられ、毎日暴力に怯え、耐え忍ぶ日々を強いたのは政子よ!それに加えて、其方のような強い家来まで召抱えていることに我慢ならなかった!」
政子姉の凶行の真相は、それだった。
賊に襲われていた政子様と花様を救った殿に、最初に恋焦がれたのは花様だったと政子様から聞いたことがある。しかし、殿は政子様を選んだ。賊に襲われた当時、政子様はすでに島で名を轟かす女武芸者。賊相手に怯まず刀を手に取って戦う姿を見た殿に見染められたのがきっかけだったのだ。
失恋し、心を痛める花様を思い、政子様が安達家と所縁がある菊池家を紹介したのだったが。
それが地雷だった。外面だけはいい菊池家の当主は、嫁いで来た花様に散々酷い真似をしてきたのだ。その日々は、地獄だったに違いない。
それから、花様は菊池家を紹介した政子様を恨んでいたようだ。
というか、安達家が絡む人間関係ってクソ野郎多すぎじゃね?政業で晴信様についっていった時とか、散々酷いところ見つけては報告もしくは端正したりしたけど、酷すぎて目を覆いたくなること多かったよ?
平和故に見えない悪事とかもあるんだろうけどさ!!
けれど、それでも俺ぁ人間なんですよ。花様。政子様は尊敬してるし、嫁さんたちは健気だし、孫は可愛い。殿もしっかりした人だし、繁里や繁成もいい奴だ。そんな人たちを殺そうとする理由にはならんのよ。
「己は…そんな理由で、人を殺すのか…!!」
気がつけば、俺は丁寧な言葉遣いを忘れて花を睨みつけていた。その様子に、彼女はうっとりとした目で頷き、こう答えた。
「そんな理由で人は死ぬのだよ、竜三」
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その瞬間、竜三の纏っていた気配が変わった。目にも止まらぬ速さで、傍にいた賊の手を手繰り寄せ、そのまま宙へ回す。手首の関節を決めた〝投げ技〟を鮮やかに決めた竜三は、そのまま刀を手にして、横へと一閃を放つ。
何かを斬ったはずもないのに、その鉄が風を切る音はとても鋭く、同時に凛とした音を奏でていた。
ああ、やはり私の目に狂いはない。その姿は、遠き日に私や政子を助けてくれた晴信様よりも凛々しく、強い侍の姿だった。
「お覚悟を、花様。すでにこの身は安達家の家来ではありません。しかし!筋が通らぬ道理を見過ごす訳には行きませぬ!」
刀を横へ構えたまま、身を揺るがすこともなく真っ直ぐとした目でこちらを見据えてそう竜三は口走った。ああ、わかっていたとも。小茂田で竜三が死ぬことは無かろうとは思っていたが、よもや屋敷襲撃の際に戻ってくるとは。
計算外ではあったが、それもまた〝悪くはなかった〟。
「…其方に斬られるのも悪くはない。だが、今はその時ではないさ。曽元、貞夫、あとは任せる」
従者として懐柔した曽元は、内地で世話してやった僧侶だ。あとは上手くやってくれるだろう、安達家への不満を解消すると嘯いて雇った貞夫は、町長の身を竜三の指摘によって退かれた身。恨みを晴らす相手…いや、竜三を試すにはちょうどいい駒。
「待て!!」
私の言葉を皮切りに襲いかかってきた賊を峰で叩き伏せる竜三。だが、共にいる弓使いはどうか?そう思ったと同時、竜三は賊が持っていた刀を手にすると、躊躇いなくそれを投擲した。
刀は目標を過たず、巴を羽交い締めにしている賊の肩へと突き刺さる。ふむ、急所は外しているようだ。これもまた、安達家への慈悲か…それとも、政子の姉である私への慈悲か…。どちらにしろ、忌々しい他ない。
「北の地、菊池の屋敷で私は待つさ。竜三。其方が無事に辿り着けたら、その時こそ決着となるよ」
屋敷を後にする私の後ろでは、賊の怒声と、刀を切って返す鉄の音だけが聞こえる。
ああ、竜三。
手向けた賊を見事に打ち倒すとは天晴れ。
ならば、この身がある菊池の屋敷へと来るがいい。その時こそ……。