裏切りの菅笠なんて捨てるんじゃ!!   作:紅乃 晴@小説アカ

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滅の段
友と友のために


 

 

 

———そう遠くない未来。

 

 

 

 

上県郡、青海村。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅い葉が舞う。

 

境井家所縁の地であるそこで、仁は幼い頃から志村や竜三と共に汗を流した稽古場で座して、瞑目していた。

 

川のせせらぎが聞こえ、空は青く晴れ渡っている。暗雲が立ち込め、蒙古によって蹂躙された島の様相はなく、そこはどこまでも穏やかであり、安らかな時間の中にあった。

 

草を踏む音が聞こえた。

 

ゆっくりと目を開けると、そこには乗ってきた馬から降り、仁が座する稽古場へとゆったりとした足取りで歩んでくる人物がいた。

 

「久しぶりだな、仁」

 

「竜三…」

 

彼こそが仁の待ち人であった。由緒ある着物と境井家の家宝である刀を脇に置いて座する仁の隣へ、浪人らしい袴を身に纏い、被っていた菅笠を外した竜三は紅葉に彩られた稽古場へと同じように腰を下ろした。

 

「待っていたんだろ?俺を」

 

「…あぁ」

 

風が吹く。赤く染まった木の葉が舞って、竜三と仁の間に流れた。湖畔へと流れてゆく葉のその風を見つめながら、竜三は小さく息をついた。

 

「ここはいつ来ても、良い景色だ。昔の頃を思い出す」

 

「…そうだな」

 

小茂田の戦いから、色々なことがあった。仁は想いを巡らせる。あの日々で得たものもあれば、永遠に失ってしまったものもあって、けれど取り戻すことができたものもあった。

 

失って、失って、そして見つけた己の道。

 

だが、そこには隣にいてほしかった友は居なかった。

 

「巴は元気にしているか?」

 

まるで昨日会った友に語りかけるような口調で竜三は言う。

 

「石川先生の跡を継いだ。今は鎌倉から迎えた若い武士たちに弓取を教えている。かなり厳しいみたいだがな」

 

かつて共に駆けた仲間の今を聞いて、竜三は楽しそうに笑った。

 

「巴だからな。それは厳しいだろうさ」

 

「政子様もご健在だ。繁里や繁成もよく働いてくれている」

 

安達家は対馬復興のため、島中を駆け巡ってくれている。今では地頭にとって一番有益な武家とまでなっている。若くして当主となった繁里と仁は面識があるし、彼らを支える政子も、献身的に対馬のために尽力してくれている。

 

「志村家のために、か?ご当主殿?」

 

竜三の一言で、仁の目の前は暗澹たるものとなった。

 

志村 仁。

それが己が見つけた道だった。

 

志村の要望に応じて跡取りとなった仁は、今では隠居した養父に代わって対馬の行先を見つめる地頭となったのだ。

 

懐かしげに竜三は目を細める。

 

「一緒に肩を並べて木刀を振り回していた馴染みが、今では地頭か。出世したもんだな」

 

共に剣を鍛え、共に育ち、共に立ち向かい、そして勝利を収めたはずなのに。今自分のいる場所と、竜三のいる場所はあまりにも遠い。隣にいるはずなのに、その間には目に見えない軋轢があった。

 

「俺を討つこと。それが地頭になって最初の仕事、なんだろ?仁」

 

すべてを分かっているように言う竜三の言葉に、仁の握っていた拳はさらに力を増した。鎌倉から通達された内容。それは武家でもない者が民からの支持を得ていると言うものであって、志村家に言い渡されたのは不義を働く者の始末をつけることだった。

 

たとえそれが、自分にとっての親友であったとしても。

 

「そりゃ…そうだろうな。ただの浪人が誰の許可なく島に逃げ込んだ蒙古兵を斬り殺し、民を襲う野盗を斬ってるんだ。制御できない力なんて、鎌倉からしたら目の上のたんこぶってやつさ」

 

竜三もそれを分かっている様子だった。蒙古の主力は討ち倒した。しかし、島中に散らばった蒙古の敗残兵は未だに猛威を奮っている。そして乱れきった島で悪事を働く菅笠衆や、野盗も蔓延っていて、民は未だに平和な日々を過ごすことができていない。

 

彼らを助けているのは武家でも、武士でもなく、たった一人の浪人だった。

 

「島を救った英雄と、島を守る英雄。この島に二人も〝冥人〟は要らない」

 

対馬の守り神のような語り草となった「冥人」。かつて、仁も冥人であった。

 

だが、その咎を仁は、竜三一人に背負わせてしまったのだ。誰よりも強く、誰よりも対馬を重んじているはずの親友に、全てを押し付け、そして自分は誉の道を選んだのだ。

 

「竜三…俺は…」

 

「仁!!」

 

怒号のような竜三の言葉に、仁は言葉を失くす。その先を竜三は言わせなかった。言わせるわけにはいかなった。言ってしまえば、仁が選んだ道も、竜三が身命を賭して歩んだ今までも、その全てが無に帰すように思えたから。

 

「甘ったれるな。蒙古は退けたが元軍が滅んだわけではない。次は更に力を持って対馬や、そして本土へと襲いかかってくる」

 

それは、志村の城でも竜三が言った言葉でもあった。元軍というのは鎌倉が抱える兵力の何倍、何十倍、何百倍と言う力を持っている。

 

故に、蒙古との戦いを制したとしても、第二、第三のハーンが来襲する危険がある。仁が志村の跡を継いだ理由も、その新たなる襲撃に備えて対馬に力を蓄えさせる目的があったからだ。

 

「その時、陣をとって迎え打てるのはお前だけだ。志村として跡を継ぐことを選んだお前の責だ。ならば、やることはわかっているだろう?」

 

やるべきことはわかっている。竜三もまた、覚悟を持って仁の誘いに乗ったのだ。この場で待つ仁を訪ねたのだ。ここに竜三が来たと言う時点で、仁がなすべき事は決まっていたのだ。

 

ゆっくりと立ち上がると、仁は本差を腰に差して刃を抜く。

 

「抜け、竜三…決着を付けよう」

 

仁の静かな声に、竜三は木漏れ日に当たる湖畔の水面を見つめてから、頷いた。

 

「ああ、そうだな。仁」

 

立ち上がる。向かい合う仁と同じように、竜三も刀を抜刀した。

 

「ここで決着だ」

 

一陣の風が、仁と竜三を隔てるように吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 

これは、竜三と仁の物語。

 

本来ならありえないはずだった、もう一つの物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴーストオブツシマ

裏切りの菅笠なんて捨てるんじゃ

 

 

 

滅の段

 

 

 

 

 

 

 




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