銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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序:イゼルローン要塞攻略直後の動向

 宇宙暦796年、自由惑星同盟軍第13艦隊によるイゼルローン要塞攻略の報は、銀河の半分を熱狂させた。

 人類社会が支配している範囲での銀河系は、48:40:12の比率で三分されている。

 約4割の勢力である自由惑星同盟は、不倶戴天の敵である専制国家・ゴールデンバウム朝銀河帝国との戦いにおいて、両国を繋ぐ回廊に建造されたこの要塞に、六度に渡って苦汁を嘗めさせられた。

 その事実を知っているだけに、僅か半個艦隊による要塞攻略に市民は熱狂したのであった。

 

 だが、同盟軍統合作戦本部長のシドニー・シトレ元帥は、市民の熱狂に同調して浮かれてはいない。

 一方の歓喜は、敵対するもう一方の屈辱である。

 今は帝国も茫然自失としているだろうが、その時を過ぎれば奪還作戦に出るだろう。

 その時、6000隻程の第13艦隊だけでは心許無い。

 元帥は、第13艦隊の司令官で、今回イゼルローン要塞を自軍は無血で占領した立役者ヤン・ウェンリー少将ならば、もしかしたら4倍程の敵に対しても持ちこたえられるのではないか、と思う部分も有ったが、そんな期待を理由にすべき事をしない程彼は無能でも夢想家でも無かった。

 要塞を維持する為、彼はボロディン中将率いる第12艦隊に要塞への入港を命じた。

 これに伴い、第13艦隊は首都ハイネセンに帰還する。

 ヤン少将は嫌がるだろうが、昇進と凱旋パレードを準備してやらねば、市民が収まらないだろう。

 

 シトレ元帥はもう一つ手を打った。

 イゼルローン要塞という点を奪ったとはいえ、帝国との国境はイゼルローン回廊の同盟側出口よりやや内側になっている。

 明確な国境線というものは無く、この一帯にある非可住惑星や衛星に、帝国・同盟双方とも偵察基地や補給基地、修理用の施設を置いていた。

 これらを奪還し、イゼルローン回廊帝国側出口まで国境を押し出す。

 この任務にルグランジュ中将の第11艦隊を充てた。

 

 第11艦隊と第13艦隊は共通点がある。

 両艦隊とも敗戦によって再編中の艦隊である。

 アスターテ会戦で4~6割を喪失し、残りも損傷していた第4艦隊と第6艦隊の残存兵力と、新規建造された配属未定の艦艇を寄せ集めて新設編制されたのが第13艦隊である。

 第三次ティアマト会戦で司令官ホーランド中将と3割以上の艦艇を失い、新司令官としてルグランジュ少将を中将に昇進させて再編したのが第11艦隊である。

 アスターテの敗者には名誉回復の機会が与えられた。

 第三次ティアマト会戦の敗者にも名誉回復の機会を。

 シトレ元帥に意見を聞かれた宇宙艦隊総参謀長のグリーンヒル大将は、そう言って第11艦隊を推薦した。

 果たしてルグランジュ中将は感激してこの任を受け、イゼルローン要塞に出撃する。

 ボロディン中将のイゼルローン要塞着任を確認した第13艦隊は要塞を発進、首都への航路に就いた。

 その為、第11艦隊と第13艦隊はすれ違いとなった。

 

 先任のボロディン中将と第12艦隊は要塞駐留艦隊として、回廊帝国側出口付近を担当する。

 第11艦隊は、レグニッツァ、ヴァンフリート、アルトミュールといった恒星系を探索し、残された帝国基地を探してこれを攻撃する。

 

 案外帝国軍の基地は在るものだ。

 中には同じ星の大地に、帝国・同盟双方の基地が存在し、陸戦を続けていたりもした。

 だが、イゼルローン要塞失陥の報は既に彼等にも届いており、帝国軍は意気消沈、同盟軍は士気高揚していた。

 同盟軍基地からは、来援したように見える第11艦隊に支援を求める。

 ルグランジュ中将はこれに応えて上空を抑え、陸戦隊を合流させる。

 こうして同盟軍が攻め寄せると、帝国軍は両手を挙げて降伏した。

 

 中には降伏を潔しとせず、徹底抗戦する基地も有ったが、1万4千隻の第11艦隊とそれら基地の数千人では勝負にならない。

 帝国軍の抵抗を圧倒的戦力で踏み潰し、第11艦隊はイゼルローン要塞から同盟領内へ約50光年の範囲の帝国軍を掃討した。

 拠点自体は多いが、重要な航路や基地をおける安定した環境となると限られていて、50光年立方という巨大な範囲を虱潰しに探す必要は無かった。

 こうして第11艦隊は、数ヶ月に渡って同盟内の帝国軍基地を破壊して回る。

 

 この期間中、要塞に居たボロディン中将は不穏な噂を耳にする。

 イゼルローン要塞を拠点に、帝国領に逆侵攻をかける計画が持ち上がっている、というものだった。

 

(難しいだろう)

 ボロディン中将はそう考える。

 現在の自由惑星同盟は、長年の戦争で疲弊している。

 軍人である彼は、戦争そのものを打ち切るべきだとは思わないが、休戦は必要と考えていた。

 今がまさにその時であろう。

 せめて10年の休戦が実現すれば、同盟の経済は劇的に回復する。

 帝国軍の仕業と見せかけ、航路上の商船を襲撃する宇宙海賊も、イゼルローン要塞の失陥と第11艦隊による残敵掃討によって活動を停止せざるを得ない。

 副次的だが、残敵掃討任務が辺境星域の治安活動としても効いたのである。

 航路を安全に使えると、保険料率は下がるし、民間護衛会社を雇う経費も浮く為、流通が向上する。

 イゼルローン回廊周辺の可住恒星系はエル・ファシルくらいだが、航路として見るならより広い領域が安全になった為、経済に与える効果は大きい。

 

(帝国領逆侵攻は、そうして同盟と同盟軍が立ち直ってからにすべきだ。

 今、性急に行う必要は無いだろう)

 

 ボロディン中将は同盟軍の中に在って、有能で知的と評される将である。

 士官学校も優秀な成績で卒業し、国防省や国民からの期待も大きい。

 その彼にして見抜けなかった事がある。

 

「休戦が必要」

 これは士官学校を出た俊才ならば、ほとんどの軍人が理解していたという事。

 

「今、性急に行う必要は無い」

 これについては、これから数ヶ月以内に行わないと困る者たちが居たという事。

 それは政治家の選挙活動だけでは無かった。

 同盟軍の中に、「休戦が必要」という合理的な思考と、「数ヶ月以内に戦果が欲しい」という野心とが、混在して、公私ごちゃ混ぜの作戦計画が立案されつつあったのだった。

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