銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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戦線拡大

「この度は国防委員長にお願いがあって参った次第です」

 シドニー・シトレ元帥が大柄な体を垂直に曲げて、ヨブ・トリューニヒト国防委員長に嘆願する。

「我が国の名将、シトレ元帥にそのようにされると何やら面映ゆいね。

 まあ頭を上げなさいよ。

 お願いというのは、統合作戦本部長として、ですね?」

 対立していても、横柄な態度を取るような未熟な政治家ではない。

 トリューニヒトはシトレに着席を促し、話を聞いた。

「休戦を帝国に呼び掛けて欲しい、休戦が成った暁には私の功績として良い。

 休戦は休戦でしかなく、国力満ちれば再戦に応じる、という事だね?」

「はい」

 シトレは無念そうだが、トリューニヒトの顔色は読めない。

「それで、前線はどう言ってるのかね?」

「前線のロボス総司令官からは何も言って来ません」

「それでは困るよ、君。

 軍の統一見解として嘆願に来て貰わないと。

 今のはやはり、シドニー・シトレ氏個人の要望と区別がつかないよ」

「ですから、お願いに来たのです。

 前線のグリーンヒル総参謀長から、最近は総司令官と連絡が取りにくくなり、各艦隊からの報告は全て彼が取りまとめているとの事です。

 総司令官に何か有ったのかもしれません。

 ですから、軍の統一見解は取れないのです。

 故にこうして委員長にお願いする他は……」

「君とロボス元帥はライバル同士と聞くが?」

「彼と私の個人的な問題では有りません。

 そうならむしろ、私と彼とで決着を付けます。

 そうではないので、どうかお力添えを……」

 トリューニヒトは大柄な黒人軍人の後頭部を見ながら

「よろしい、最高評議会に提案してみよう」

 と言った。

 

 

 結果から言うと、確かにトリューニヒトはシトレとの約束を守った。

 だが、ジョアン・レベロ、ホアン・ルイの援護も空しく、多数決で棄却される。

「前線からの報告なのかね?」

「いえ、ロボス総司令官は何も言っていない、そう統合作戦本部長は言っています」

「では、前線から何か言うまで、政府は彼等に制約をかけん方が良いだろう」

(この低能どもが)

 トリューニヒトは内心で思い切り見下していた。

 支持率狙いがはっきりしている。

 出兵を決めた事で支持率は24ポイント上昇した。

 だが、最近は下り気味である。

 最高評議会の参列者の多くは、早く勝利という形を得て欲しいと思っていて、勝利するまで延々と戦争を続ける気なのだ。

(損切りという言葉を知らんのか?)

 表情を一切変えず、周囲を馬鹿にし続けた。

(だがこれで言うべき事は言った。

 議事録にもしっかり残る。

 戦後、私の先見の明が高く評価されるだろう。

 その機会を作ってくれて、君には感謝してるよ、シトレ君)

 トリューニヒトは政治家として、煮ても焼いても食えぬ。

 

 

 最高評議会はトリューニヒトの伝言とは逆に、帝国軍の撃破または占領範囲の拡大を命令して来た。

「言ってくれるね。

 さらに150光年侵攻せよだと?

 1光年補給線が伸びる毎にどれだけの物資を消費するのか分からんのか!

 移動時の費用は全部経費で落とせる連中は、そういうのは想像もせんのだろうな!」

 キャゼルヌは毒を吐きまくりながら、スタッフたちと補給計画を練り直す。

 確かに彼は、最大800光年まで3000万将兵を食わせられる補給計画を立てていた。

 しかし帝国軍の策謀で、補給対象人数は8000万人を超えている。

 しかも必要なのは軍需物資だけではない。

 民生品も必要なのだ。

 現時点でも既に200%増しとなっているのに、更に侵攻すると占領惑星が増え、物資をたかる民衆が増える。

 際限が無い。

 それでもキャゼルヌは、民間船をチャーターし、イゼルローンまで物資を運び込む。

 この民間船チャーターも難しくなっている。

 以前、ロボス元帥は「グランド・カナル事件」という問題を起こした。

 かつて輸送計画のミスから、同盟軍は民間船をチャーターして軍需物資の輸送を依頼した。

 しかしロボス元帥は護衛艦隊に対し

「敵との戦闘を前に、無駄な損害を出さないように」

 という訓令を出してしまう。

 この為、護衛艦隊は危険宙域を前に離脱してしまった。

 巡航艦グランド・カナル1隻だけが残り、パトロール中の帝国軍巡航艦2隻と遭遇、自らは踏み留まって嬲り殺しにされながらも多くの民間船を脱出させ、同盟軍の名誉を守った出来事があった。

 同盟軍の名誉は守られたものの、宇宙輸送船舶組合は危険宙域へのチャーターには一切応じないという声明を出す。

 従って彼等はイゼルローン要塞の先には決して行かない。

 要塞から前線までは大小の輸送艦や、民間企業から買い上げた商船に簡易武装と防御装置を取り付けた仮装巡航艦で補給を行う。

 この前線まで輸送部隊のやりくりと、「グランド・カナル事件」以来同盟軍の徴用を嫌う民間船のチャーターが後方勤務部門の仕事となっていた。

 

 後方勤務部門と同様、侵攻距離が伸びた事で計画見直しに迫られたのは作戦課であった。

 占領地や航路上の要衝の恒久占領も、基地化も終わっていないのに、更に前進を命じられた。

 艦隊を更に外側に広げて配置するのだが、こうなると艦隊間の間隔が広がり、索敵に穴が生じる上に、連携が取り難くなる。

 そこで艦隊同士の間隙はそのまま帝都オーディン方向に150光年シフトし、空いた宙域にイゼルローン要塞を守る第12艦隊の前線投入を決めた。

 ここは今まで五個艦隊で護っていた。

 第12艦隊だけでは手が足りない事は理解している。

(予備兵力の第11艦隊の補給完了と前線復帰はまだなのか?)

 フォークはシクシク痛む胃を押さえながら、グリーンヒル総参謀長に問い合わせる。

 すると意外な話が返って来た。

 第11艦隊を整備する物資は、遠征軍への物資優先の為に確保されず、第11艦隊の整備終了と再出撃はペンディングとなっているという。

 敵地に深入りし、物資を消耗し続ける限り第11艦隊出撃は遅れ続けるという事だ。

 もう第11艦隊には期待せず、手持ち八個艦隊でどうにかする他無い。

 

 

「フォーク准将、私が撤退作戦を立案しようと思うのだが、どうかね?」

 グリーンヒル総参謀長がそう言った時、フォークは眩暈を覚えた。

 この人まで自分の労苦を認めず、遠征を止めろと言うのか?

 そんな表情を察したのか、グリーンヒル大将はフォローする。

「フォーク准将、君は何日寝ていない?

 食事も余り摂っていないと聞く。

 目に見えて痩せて、顔色が悪くなっているぞ」

「それが何か?」

「作戦は侵攻と同じくらい後退も重要だ。

 君の負担を減らす為にも、後退の方は私に任せてくれないか?

 勝利の栄光は君が独占し給え。

 後退の責任は私が取ろう。

 我々は同志なのだから、労苦を分かちあおうじゃないか」

 本心はともあれ、この言葉はフォークの心に沁みたようだ。

 こわばっていた表情が緩み、

「では、よろしくお願いします」

 と頭を下げた。

 

「ところで准将。

 貴官は総司令官の体調について、何か知らないか?」

「は?

 ロボス元帥閣下がどうかしたのですか?」

「最近は総司令部に顔を出す事も少なくなった。

 前線で非常事態が起きない限り、我々で処理しろなんて言っている。

 もしかしたらお体が悪いのでは無いだろうか?

 貴殿はどう思う?」

「気にしていませんでした。

 確かにここ最近はお姿を見ていませんな。

 ですが、我々に任せてくれるのであれば、それはそれで結構な事でしょう。

 小官は、余計な呼び出しや、詰まらぬ問い合わせが減って、作戦修正に専念出来て気が楽です」

 フォークは総司令官がどうなってるのか等、気にしている余裕は無いようだ。

 グリーンヒルも、フォークは知らないと見て、肯く。

「では、貴官はどうか?

 さっきも言ったが、随分痩せたように見える。

 貴官も時間を見つけて医務部に行って検査を受けた方が良いと思うぞ」

「お気遣いありがとうございます」

 礼を述べたフォークは、結局グリーンヒルの言葉に従わなかった。

 彼は時間を惜しみ、彼に割り当てられた作戦会議室に籠り続ける。

 

 

「それで、私の担当宙域がこの範囲かね……」

 第12艦隊司令官ボロディン中将は啞然とした。

 第12艦隊が進駐する宙域は、今まで四個艦隊を四方に配置してエリア防御をし、中央には第5艦隊が補給部隊の中間経由ポイント、各地に振り分ける為のターミナルを守っていた。

 前進命令により、動かせないターミナルをそのままに艦隊は150光年前方に移動した。

 代わりに第12艦隊がそこを守る。

 第12艦隊はイゼルローン回廊に最も近い位置にいるが、一個艦隊が受け持つ範囲としては過大な奥行き150光年、直径70光年に及ぶ空間を受け持つ事になってしまった。

 ボロディンは毒も吐かず、やれやれと言っただけで善処する。

 彼は500隻規模の分艦隊を16個編成し、満遍なく立体を警備させた。

 自らは4000隻を率いて航路上に駐留し、イゼルローン要塞を出港した輸送艦隊の中間停泊地を守備する。

 残る2000隻は副司令官コナリー少将が率いて、有人惑星上空に駐留する。

 ここは元々第5艦隊の分艦隊が占領した惑星で、現在も自由惑星同盟軍地上軍に属する歩兵旅団、レンジャー部隊、治安警察が駐屯していた。

 ボロディンは広域をフォロー出来た一方で、明らかに兵力分散をし過ぎている事に気づいている。

 そこで、帝国軍を発見し次第即座に集結して戦えるように、行動計画を策定した。

 近隣の4個分艦隊が集まって2000隻程度の戦闘単位となってから本隊に合流する事、合流を果たせない内は単独で敵とは交戦せず、逃走と近隣部隊への合流を優先すべき事、出来るだけ遠方で帝国軍接近を探知すべく強行偵察部隊を常に派遣する事、定時連絡は欠かさず、定時連絡無き場合は緊急事態発生とみて、ケース毎に決めた集合地点にて艦隊再集結を行う事、等等。

 一会戦での采配や攻撃力ではウランフに劣るが、長期戦を行う粘り強さと緻密な布陣や消耗戦における補充・戦線維持能力はビュコック提督をも凌ぐ同盟随一の司令官がボロディンであった。

(この時点でのヤンの能力は未知数である)

 

 こうしてキャゼルヌ、フォーク、グリーンヒル、ボロディン等が心血を注いで状況に対応したのだが、それらを更に混乱させる命令が出る。

 久々に総司令部に顔を出したロボス元帥が、現状の艦隊配置図を見て言った。

「これでは縦に長く、側面の防御が弱いではないか。

 ほれ、誰だったか、第13艦隊の……ヤンか、彼が言ったように側面から攻撃されるぞ。

 第3、第7、第8、第9艦隊をもっと外側に広げよ。

 その方が、こんな長蛇の陣より良い」

 

 言っている事は戦術上間違いではない。

 しかし、兵力やスケール的に実情に即していない。

 キロメートルや光秒の単位なら、幅を広げろというのは理に適っているが、数十光年の間隔を更に広げろと言うのは……。

 現在既に膨らみ過ぎた風船状態で、索敵に盲点が出来始めている。

 その事をグリーンヒルが伝えると、ロボスは苛ついた口調で

「ここの第5艦隊、味方の占領宙域の真ん中に置いても仕方ないだろ。

 兵力が足りないなら遊兵を作らず、周辺の前線に置いたらどうかね。

 いや、そうし給え、これは命令だ」

 こう言った為、差し当たっての索敵の穴を塞ぐ代わりに、どの方面にも援軍可能な遊撃部隊を全て前線に配備し、予備兵力の無い陣形になってしまった。

 

 そして、外側にも占領宙域を拡げた結果、同盟軍が「解放」した帝国人民は一億人に達しようとしていた。

 物資は枯渇寸前である。

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