銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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物流の崩壊

 前線の艦隊司令官たちは、総司令部の命令に憤慨していた。

 150光年前進せよと言う命令は、言うのは簡単だが実行は時間が掛かる。

 彼等は広範囲に無人索敵衛星とリレー衛星を置き、独立分艦隊は宇宙母艦を旗艦にして強行偵察型スパルタニアンを航路監視に用い、陸戦部隊を出して惑星に補給基地(今や吐き出す一方だが)と連絡基地を造っていた。

 置いて行って大丈夫なものは置いて行くとして、人員や部隊は一旦艦隊に集結させねばならない。

 そうして部隊を集結させてから新しい担当宙域に到着し、部隊を展開させつつあった時に、第3、第5、第7、第8、第9、第13艦隊により外部へ進出しろという命令が出たのだ。

「移動なら移動で良いが、あっちに行けと言ったり、そこから移動しろと言ったり、そういう事は止めて貰いたい。

 ここは同盟領内では無い。

 幾らイゼルローン要塞占領時に帝国領内の航路データを得たとは言え、どう部隊を展開させられるかは、行ってみないと分からんのだ!」

 苦情はグリーンヒル総参謀長の所で処理し、作戦参謀、後方勤務参謀に面倒が及ばないようにしていた。

 彼等は既にオーバーワーク気味で、補給責任者のキャゼルヌは毒舌が300%増し、作戦を事実上主導しているフォークは青白い顔色で一層陰気な雰囲気となっている。

 そのフォークとキャゼルヌは何度も意見をぶつけ合っている。

 予備兵力として第11艦隊が来れば楽になるから、国中から物資を集めるのを止めろというフォークと、だったら戦線を拡大せず縮小しろというキャゼルヌ。

 即応部隊が居なくなった以上、輸送艦隊に付ける護衛艦を増やせというキャゼルヌと、索敵さえしっかりやれば制宙権を確保している航路は安全だというフォーク。

 艦隊を増やしても補給が追いつかないというキャゼルヌと、即応部隊が欲しいと言っていたじゃないかと反論するフォーク。

 グリーンヒル総参謀長の前で2人の俊英は意見をぶつけ、総参謀長が何とか纏める。

 しかし、そこから総司令官に話が通らず、総司令官の承諾を得ても最高評議会がうんと言わない。

 

 グリーンヒルは第11艦隊出動を諦め、最後の正規艦隊である第1艦隊の出動を求めた。

 ロボス総司令官はこれを可としたが、最高評議会は

「首都を守る艦隊が一個も無いのはいかがなものかと」

 と出動を拒む。

(首都星ハイネセンには、自動防空システム「アルテミスの首飾り」が有るだろう。

 それにイゼルローン要塞を保有し、帝国軍は同盟領に侵攻出来ないのに、一体何を恐れて出動を拒むのか!)

 グリーンヒルもいい加減、政治家に対し不満を爆発させそうになっていた。

 だが彼もフォーク准将と似ている。

 内に溜め込むのである。

 表向きは平然とした表情で勤務を続けていた。

 彼は

(総司令官が頻繁に総司令部を留守にする以上、総参謀長の私まで感情的になっていては士気に関わる)

 と責任感から行動していたが、艦隊からは苦情、宣撫士官からは要求が相次ぎ、彼の胃腸もまた悲鳴を上げ始めていた。

 

「なんだ、何故この宙域に一個艦隊しか居ない?

 これではイゼルローンが危ないではないか」

 久々に総司令部に現れたロボス元帥が指摘する。

「第11艦隊を出動させよ。

 何の為の予備兵力だと思っている!」

 グリーンヒルは首を傾げる。

「閣下、第11艦隊は物資損耗が激しく、首都に後送させておりますが?」

「なに?

 誰がそのような事を許可した?

 儂はそのような事を命じておらんぞ」

 グリーンヒルはモヤモヤしていた疑問がはっきりして来たように感じた。

「閣下、それはこのイゼルローン要塞に入城した際、閣下の御裁可を得て実行しました。

 議事録も有りますし、命令書の写しには閣下の署名も有ります」

「何だと?

…………確かに儂の署名じゃな。

 そうだったかもしれん。

 で、この宙域を守っているのはどこの部隊か?」

「……第12艦隊です」

「では、イゼルローン要塞には守備部隊が居ないという事ではないか。

 いかん!

 どれか艦隊を呼び戻せ」

「……現在の占領宙域を維持する為には、どこの艦隊を戻しても広大な防御の穴が開きます。

 イゼルローン要塞は難攻不落、駐留艦隊無しでも持ちこたえられましょう」

「だが、予備兵力が無いのは問題だぞ。

 そうだ、最高評議会に第1艦隊出動を要請しろ」

「……既に先日断られています。

 代わりに、占領地を賄うだけの物資を積んだ、本国最後の輸送艦隊がこちらに向かっています」

「なおさら予備兵力が必要ではないか!」

「閣下……」

「なんだね、フォーク准将」

「敵も発見されず、既に航路の安全は確保されています。

 護衛艦隊は不要でしょう」

「おお、そうか。

 流石はフォーク准将だ。

 だが、予備兵力の件は考えておくように」

 

 

 

 ロボスが退出した後、グリーンヒルは部下を呼んだ。

「エベンス中佐、貴官に頼みたい事がある」

「はっ、何なりと」

「ロボス元帥、コーネフ中将、ビロライネン少将について内偵して欲しい」

「了解しました。

 ですが、理由をお聞かせ頂きたい」

「うむ、ここだけの話だ。

……ロボス元帥はご病気かもしれない」

「なんですと?」

「それを知っていてコーネフ中将らが、元帥を私物化している可能性がある。

 私は軍内部の派閥抗争など好まない。

 だが、そうも言っていられない。

 ロボス元帥の派閥を全て調べて欲しいところだが、時間が無い。

 さしあたり最高位の彼等2人に絞って内偵して貰いたい」

 エベンスは敬礼をして去る。

 

 エベンスの内偵が完了する前に、ロボス元帥は失策を重ねる。

 

 コーネフ中将はロボスの指揮する艦で砲雷長を務めてからロボス派となる。

 その後、副官、後方勤務参謀、情報参謀、分艦隊司令官とキャリアを重ねて来た。

 作戦参謀は今までやって来なかった。

 だから参謀次長となる前のキャリアとして作戦主任参謀となったのだが、彼はこの間、ウィレム・ホーランド(宇宙暦782年次士官学校首席)、マルコム・ワイドボーン(787年次首席)、アンドリュー・フォーク(790年次首席)といった士官学校の首席たちの意見を調整し、無難に過ごして来た。

 ホーランド、ワイドボーンは宇宙艦隊司令部を離れた後戦死し、彼はフォーク以外に頼れる部下を持たなかった。

 だが、彼にも「一度は名案を出したい」という欲が有る。

 それが、同盟軍の作戦のお手本の一つ「第二次ティアマト会戦」の

「アッシュビー提督直卒部隊は、各艦隊から戦力を割かせてそれを糾合した」

 という事例再現を思いつかせてしまった。

 

 第二次ティアマト会戦において、帝国軍の大規模な繞回運動を見破ったアッシュビー提督は、各艦隊から少数の艦艇を割かせて総司令部直属に移し、その兵力をもって、同盟軍の背後に回り込む帝国軍の更に後ろから攻撃をかけて、敵を壊滅させた。

 戦闘中の部隊から戦力を抽出するというのは、兵法の正統ではない。

 だが、この策は成功した。

 アッシュビー提督だから出来る、という事で、以降見習う者は無かったのだが、総司令部に予備兵力が欲しいというロボス元帥の言で、これを思い出したのだ。

 結果、展開中の艦隊に

「1500隻の艦艇を割いて、総司令部に移すように」

 という命令が発令された。

 

 同盟軍は、防衛軍として遠征能力をオミットする事で、小型でかつ戦闘力の高い艦艇を運用している。

 同盟軍の12000隻は帝国軍の15000隻と互角であった。

 しかし、これは損害時の戦力低下率が高い事と同義でもある。

 仮に双方が1000隻を失ったとして、帝国軍の戦力は14000隻に低下するのに対し、同盟軍は帝国軍の13750隻相当に低下する。

 2000隻喪失なら、13000隻対12500隻相当と更に差が開く。

 ロボスの命は、戦わずして同盟軍各艦隊の戦力を低下させるものだった。

 抗議する各艦隊司令官。

 だがこの事はグリーンヒル総参謀長にも寝耳に水だった。

 事実確認に時間が掛かる間に、不満が有りつつも各艦隊は部隊を抽出して、イゼルローン要塞に送ってしまった。

 軍と言えど官僚組織、抗命罪に問われるのは避けるのだ。

 

 だが、命令違反をする艦隊も居た。

 第5艦隊ビュコック中将と第13艦隊ヤン中将は、奇しくも全く同じ命令を出す。

「出来るだけゆっくり行きなさい。

 そして、途中で道に迷って戻って来るように」

 

 

 

 イゼルローンに戻る部隊と、イゼルローンから各地に向かう輸送部隊とで、交通が混乱する。

 有効利用出来る空間が限られ、不便だから辺境なのだ。

 単艦航行ならともかく、艦隊・船団で移動するなら、限られた安全地域をワープアウト後の集結地として利用する。

 その利用を巡って混乱が起こり、結果前線への物資輸送が滞り始めた。

 

 ロボス総司令官は布告を出す。

「輸送艦隊が到着するまで、前線部隊は必要物資を現地調達するように」

 

 

 帝国の領民は、決して良民では無い。

 搾取に対し、真っ向から反発した者は、収容所に送られたか、今は自由惑星同盟に居る。

 搾取に対し、上手く誤魔化し、逆に領主を騙して物資をくすねるくらいの者たちが残って、生き続けていた。

 彼等の本性に対し、同盟軍の宣撫士官はウブ過ぎた。

 彼等の求めるままに物資を与え続けた。

 多く与えたのだから、取り返すのは簡単である。

 簡単ではあったが、黙って取られるのを許す連中ではない。

 各地で暴動が発生した。

 

 歴史では、この物資調達と暴動によって、民衆は自由惑星同盟を解放者ではなく敵と看做したとされる。

 だが実際のところ、多くの帝国人は同盟の共和主義者を「領主と上手く付き合う事も出来なかった要領の悪い連中」と見ていて、帝国軍の強大さから「同盟の支配は長続きしないな」と見ていた。

 そして暴動を起こすとともに、彼等は自分たちの食糧を奪って去った帝国軍に向けて超光速通信を送る。

 

『邪悪な反乱軍に脅されて従っていましたが、もう限界です。

 私たちは反乱軍を追い出すべく戦っています。

 どうか一時の反乱軍への協力をお許しあって、我々を助けて下さい』

 

 帝国のローエングラム伯は、密偵を置くでも、諜報員を使うでも、強行偵察を行うでもなく、同盟軍の窮乏を知る事が出来たのだった。

 

 

 イゼルローン要塞では、フォークとキャゼルヌがまた衝突していた。

「輸送艦隊を護衛する艦艇が少な過ぎます。

 もっと増やして下さい」

 在席していたロボス元帥の前で護衛艦増加を訴える。

「既に航路は安全です。

 それに、護衛を出す艦艇は有りません」

 フォークが答える。

 侃侃諤諤の激論を五月蝿く感じたロボスが決を下した。

「護衛艦は26隻とする。

 各艦隊が派遣した総司令部用の分艦隊が到着しない以上、護衛に割ける艦艇は無い。

 無いのだから、これ以上の議論は不要だ。

 下がり給え」

 

 キャゼルヌ退出の後、ロボスはフォークに命令を出した。

「フォーク准将、貴官を取り次ぎ役に任じる。

 儂に対する苦情は貴官と総参謀長で処理し給え。

 緊急でない連絡なら取り次ぐ必要は無い」


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