銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ 作:ほうこうおんち
グリーンヒル総参謀長は多忙である。
まず彼は撤退計画を作成していた。
また、越権行為なのを覚悟で政治家に対し、帝国への休戦呼びかけ、もしくは撤退命令を出すよう働きかけていた。
政治家不信の芽が出ている彼は、自分自身もフェザーン駐在武官に連絡を取り、休戦への道を探っている。
その上で、ロボス派の動向について内偵させている。
不意に総司令部に顔を出したかと思えば、困った命令を乱発するロボス総司令官への対応が遅れるのは、軍人なのに政治向きの仕事をしていたり、派閥抗争的な事に足を突っ込んでいたからであった。
グリーンヒルは更に補給のキャゼルヌ、作戦のフォークの議論を裁定したり、各艦隊から上がって来る要望を整理したりしている。
もっとも艦隊からの方は、悪い意味で最近は何も言わなくなって来ている。
言っても無駄と思われたのか、各地での暴動でそれどころではないのか。
ヤン・ウェンリーは昇進が異常に早い。
後世、銀河帝国のローエングラム伯ラインハルトの昇進の早さばかりが注目されるが、ヤンも恐ろしく早い。
20歳で士官学校を卒業して少尉任官、これは帝国のような幼年学校が無い以上仕方が無い。
慣例通り21歳で中尉に昇進し、エル・ファシル星系駐留艦隊司令部に配属される。
ここで帝国軍に敗れ、民間人を捨てて逃げ出したリンチ少将に代わって、200万人の民間人を帝国軍の包囲下から脱出させる事に成功する。
この「エル・ファシルの奇跡」により、少佐に昇進する。
少佐時代のヤンは、エコニア捕虜収容所で知己を得るが、その後第8艦隊司令部に転属、シトレ提督の作戦参謀となる。
25歳で中佐に昇進、27歳で大佐に昇進する。
この時の上司が宇宙艦隊総参謀長グリーンヒル大将だが、直接の上司はコーネフ少将(当時)であった。
少佐から大佐時代のヤンの評価は低い。
「非常勤参謀」「エル・ファシルの奇跡はまぐれ」「無駄飯食いのヤン」と呼ばれていた。
3年で少佐から中佐は標準的であり、大佐時代には一時昇進で差をつけていた士官学校同期のワイドボーンに並ばれ、3期下のフォークは中佐と追いつかれ追い抜かれそうであった。
だが時代は佐官のヤンではなく、将官のヤンを欲していた。
第六次イゼルローン攻防戦でいくつか作戦案を提出し、功績を立てるがロボス元帥とグリーンヒル大将から厭われた。
その功により28歳で准将に昇進するも、宇宙艦隊司令部から追い出され第2艦隊次席幕僚に転属となる。
「一度現場を知って来い」という意味で実戦部隊に転属するケースもあるが、ヤンの場合は勤務態度の悪さと、悪い予想ばかりする事がロボスに嫌がられ、片道切符での転属であった。
この時点で宇宙艦隊司令部から統合作戦本部付参謀へ、という出世のメインコースから外れてしまった。
本人は全く気にしていないが。
出世コースも一人ライバルが減り、その地位を埋めようと後輩が競う。
29歳の時ヤンは、3期下のフォークに階級で並ばれていた。
だがアスターテ会戦の功績で少将昇進、イゼルローン要塞無血占領で中将昇進と、二十代で一個艦隊の指揮官に上ってしまう。
この為、ヤンには人脈が無かった。
エル・ファシル時代の同僚は帝国軍の捕虜となっている。
佐官時代は周囲に嫌われ、シトレが唯一評価しているに過ぎない。
グリーンヒル大将も一時、肝心な時に不貞寝していた姿に愛想を尽かしていた。
将官としては日が浅く、第2艦隊時代の同僚は旗艦被弾時に負傷し、彼を補佐したのはラオ少佐だけである。
結局、士官学校以来の関係であるシトレ元帥、キャゼルヌ少将と第10艦隊に分艦隊より小さい戦隊指揮官として赴任したアッテンボロー大佐の他は、エコニア収容所時代に知己を得たムライ、パトリチェフだけが彼の人脈であった。
ヤンの性格にも問題がある。
イゼルローン要塞攻略を命じられた時、周囲は「おむつも取れない赤子に、獅子を殴り倒して来いと言っているようなものだ」と笑っていたが、第5艦隊のビュコック中将だけは
「後に恥じ入る事が無いと良いがな。
お前さんたちは、大樹の苗木が高くないと笑う愚を犯しているのかもしれないぞ」
と言っている。
これに対し「礼を言っても鼻で笑われるだけだ」として、何も言わなかった。
結果で応えてやろうという心構えは良い。
だが、以降も特にビュコックと親しくなってはいないのだ。
グリーンヒル大将は、最近はヤンを再評価し、親しく接している。
だがヤンの方は特にプライベートでの会食等を煙たがっている。
一度見放された事を気にしている訳ではないが、上官と私的には付き合いたくないと距離を置きたがっているのは確かだ。
(一度見放されたというのに、全く気付いていないのも、それはそれで問題と言える。
人間関係の機微に余りにも無関心過ぎるのだ)
こういうヤンに対しては、戦死した第6艦隊参謀のジャン・ロベール・ラップ少佐やアッテンボロー大佐、「薔薇の騎士」連隊のシェーンコップ准将のように、ズカズカ踏み込んでいく方が良い。
人付き合いが苦手なヤンには、被保護者のユリアン・ミンツも副官のフレデリカ・グリーンヒル大尉も、自分の方から意見を言い、或いはヤンの意見を聞こうと質問する。
エコニア時代のパトリチェフ大尉も、自らヤンに接近した口である。
そうでなければ、ヤンは基本的に自分から誰かに接近しようとしない。
職務上必要なら話は出来る。
昇進の早いヤンの前に、参謀時代の同僚は置いていかれた為、今は職務上話す事も無い。
今、彼と職務上の話をするのは将官級となる。
そういう意味で、出征前にグリーンヒル大将がウランフ中将とヤンを引き合わせたのは隠れた好プレーであった。
担当区域が隣の同僚と縁が出来たのだから。
ヤンは沈思型の人間である。
考え終わった時はもう結論が出ているので、被保護者のユリアンもヤンが考えている過程を知る事は生涯無かった。
彼は途中で誰かに話す事は無い。
結論が出てから信頼出来る人間に話し、自分の足りない部分を補ってくれるように頼む。
だが、その癖の為に後世こう言われる事がある。
「ヤンが結論を出した時、ライバルのラインハルトは既に手を打ち終わっていて、結果事態が手遅れになってから対応し始めていた」
この帝国領侵攻作戦でも同じ事が言える。
ヤンはローエングラム伯の作戦を全て理解し、どのような手を打って来るか、いつ攻勢に出るかを完璧に読んだ。
だがそれを隣の宙域にいるウランフに話した直後から、各艦隊の占領地域で反乱が頻発するようになる。
ヤンはビュコックへの連絡をウランフに頼む。
遠征軍総司令部を説得して欲しいと頼む為に、である。
イゼルローンの総司令部にはグリーンヒル大将もキャゼルヌ少将も居るのに、ヤンは自分では連絡しなかった。
代わりに彼は独断専行で動く。
各地に配していた第13艦隊の分艦隊や偵察部隊に任務切り上げと集結を命じていた。
結果として、第13艦隊だけが万全の戦力で戦える事になる。
自信が無かったのか、ヤンはウランフにも何時頃攻勢が有るか、警告を出していなかった。
ヤンとウランフに頼まれたビュコックは、早速イゼルローンの総司令部に意見具申する。
「何の御用でしょうか、ビュコック提督」
取り次ぎ役を任されたフォークが、作戦修正の合間に通信に出る。
「作戦参謀如きが出しゃばるな!
儂は総司令官に用がある」
「それではお取次ぎ出来ません」
「なに?」
「どれほど地位が高い方でも規則には従っていただきます。
通信をお切りしてよろしいですか?」
これはロボスに言われていた事である。
フォークは愚直にそれに従っていた。
「……前線の将は撤退を望んでおる。
総司令官にそれを伝えて欲しい」
「ヤン中将ならともかく、勇敢をもって鳴るビュコック提督までが戦わずして撤退を主張なさるとは意外ですな」
「下品な言い方をするな!」
「敵を撃滅する機会なのです。
小官なら撤退などしません」
逆に言えば、敵を撃破さえすれば良い。
その程度の事も分からないか?
そう思うフォークに、ビュコックもまた怒気を含んで言い返して来た。
「そうか、では代わってやる。
儂はイゼルローン要塞に帰還する。
貴官が代わって前線に来るがいい」
「出来もしないことを、おっしゃらないで下さい」
「不可能なことを言い立てるのは貴官の方だ!
それも安全な場所から動かずにな!」
「…………小官を……侮辱なさるのですか?」
こめかみと目蓋がピクピクし出して来た。
寝不足や疲れのせい?
いや、もっと深い部分から嫌なものが吹き上がって来る。
どうして理解しない? どうして分からない?
自分はこれだけ同盟軍の為、勝利の為に苦心しているのに……。
「貴官は自己の才能を示すのに弁舌でなく実績をもってすべきだろう。
他人に命令するようなことが自分に出来るかどうか、やってみたらどうだ!」
フォークの中で何かが爆発した。
士官学校の名物競技「棒倒し」で寄って集って袋叩きにされた記憶。
ジュニアハイスクールでフライングボールの試合中、誰もパスをくれず無視をされた事。
理由は「お前、頭が良いからって威張りやがって」だった。
少尉時代もデスクワークで、上官から嫌がらせをされた。
士官学校3期上のワイドボーン大尉の推薦で、中尉昇進とともに統合作戦本部の第一作戦課に配属。
そこが彼の居場所で、周囲は皆頭が良く、競い合って気持ちが良かった。
他の士官学校首席者は、前線で自分の実力を試すべく、また作戦課に戻る前提で転属していった。
だがフォークは、この居場所から出たくなかった。
作戦課を出ると、下らない連中が嫉妬と劣等感から背反行為をする。
どれだけ努力して首位を取ったのか、分からん癖に!!
自分に真っすぐ理屈でぶつかって来る者は少ない。
言い負かそうとする彼にも問題は有り、知己は減る一方だ。
それでも彼は居場所に残り、准将まで上って来た。
フォークもまた出世が速い。
20歳で少尉任官、以降21歳で中尉、22歳で大尉、23歳で少佐、24歳で中佐、25歳で大佐、26歳の今は准将と、毎年一階級昇進している。
帝国軍のローエングラム伯と同じペースの昇進であった。
故に彼にも人脈が無い。
彼はもっぱら話を理解してくれる上官か、理解出来ず落ち零れる同僚しか知らない。
才能豊かだったが、あらゆる面で経験不足であり、支えてくれる仲間も無く、組織の一部でやって来た者が急に事実上のチームリーダーとして、部下を率いて頑張って来たのだ。
それが全部否定される。
これだけ同盟軍の為に必死で作戦を立てて来たのに。
誰も彼もが勝手な事を言い、自分の作戦を台無しにし、従ってくれない。
敵すらもぶつかって来てくれない。
フォークの目の前が暗くなった。
頭の奥で高周波の音が反響している。
足元に床が在るのか覚束ない。
フォークは椅子から滑り落ちて倒れていた。
「さてコーネフ中将、ビロライネン少将、言い分を聞こうか」
別室でグリーンヒル大将は2人のロボス派を糾弾していた。
エベンス中佐は、かなり強引な方法だがロボス派の思惑を吐かせていた。
グリーンヒル大将も遠くハイネセンに連絡を入れ、情報部のブロンズ中将とは別に、私的な繋がりがあるバグダッシュ中佐を使い、ロボス元帥の家庭から情報を仕入れていた。
家庭においても物忘れ、居眠りの多さ、感情の起伏の激しさが見られた他、何度か失禁も有ったという。
そして本人はそうしてしまった自覚も無いし、記憶も無い。
グリーンヒルはロボスの痴呆を確信した。
それを知った上で、症状がはっきり出る前に功績を挙げ、シトレ元帥を勇退させて統合作戦本部長にロボス元帥を祭り上げ、自分たちはそのお零れで栄達する。
「貴官たちはその為に総司令部を私物化し、無用の戦争を始めた」
「無用とは言いがかりです。
勝利は必要でしょう」
「では貴官たちはどう勝利を得るつもりだった?
このまま帝国に勝てると思っているのか?
帝国から講和を引き出すにして、貴官たちは何をしていた?
ただ総司令官を人目から隠していただけではないか!」
更に続けようとした時、衛生兵が駆け込んで来た。
「失礼します。
フォーク准将が倒れました。
ただいまビュコック提督と通信が繋がったままです。
総参謀長閣下にご対応いただくよう、軍医長からの指示です」
「なに?
フォーク准将が?
分かった、私が対応しよう。
お二方の件は、ハイネセン帰還後にじっくり対処しよう。
エベンス中佐、お二方を丁重に護衛して差し上げろ、ハイネセンに帰還するまでな」
古い言い方をすると、フォーク准将は「位打ち」を受けたようなものだった。
その身分に相応しく無い者が、無理に高い地位に抜擢され、相応しくあろうと富も神経も消耗し尽くして身を亡ぼす、別名「高転び」。
フォークという組織の中で出世して来た者が、コーネフ中将という上官がほとんど仕事をせず、更に上位のグリーンヒル大将も別な仕事でフォロー出来ない、最高司令官は昼寝をしているような状態で、「自由惑星同盟建国以来初の帝国領遠征」かつ「最大規模の動員」の事実上の責任者になる。
散々神経を擂り潰して来た上で、とどめの一喝を食らって倒れてしまった。
そのようにしてしまった責任をグリーンヒル大将は取らねばならない。
そしてグリーンヒル大将がビュコック中将と通信で話す。
グリーンヒルも、総司令官に異常があるという事を公にする事の危険を理解している。
非常に歯切れが悪い回答となる。
「すまんがグリーンヒル大将、非礼を承知で言うが、総司令官を出してくれんか?」
ビュコックが苛立ちながら言った。
「総司令官は…………昼寝中です」
「なんとおっしゃった、総参謀長 」
「敵襲以外は起こすなとの事です。
提督の御希望は、お目覚めの後で伝える事になります……」
これは本当の話であった。
ビュコックは肺腑の底から溜息を吐き出した。
明らかに呆れていた。
「よろしい。
よく分かりました。
この上は、前線指揮官として、部下の生命に対する義務を遂行するまでです。
お手数をおかけした。
総司令官がお目覚めの節は、良い夢をご覧になれたか、ビュコックが気にしていた、
とお伝え願いましょう」
「提督……」
通信はビュコックの側から切られた。
灰白色の平板と化した通信スクリーンの画面を、グリーンヒルは重苦しい表情で見つめ、
(いつか真実を打ち明ける日が来るだろうか……)
と心の中で呟いていた。
自分、原作小説でのフォーク准将のぶっ壊れ方に疑問が有りました。
銀河英雄伝説自体、元々1巻終了予定が人気が出て10巻まで行ってしまった為、
さっさと終わらせようと敵は思いっきり無能に描いて分かりやすくした部分があります。
そして、おそらく第二次世界大戦時の日本陸軍参謀辺りがモデルでは無いかと思われるフォーク准将ですが、
・政府に働きかけ、司令官を抱え込むような図々しい人が、ビュコックの叱責くらいで壊れるかな?
(牟田口も辻も戦後でも「作戦は間違ってなかった」って言うようなタマ)
・士官学校首席があそこまで杜撰かな?
と疑問を持ちました。
ぶっ壊れるくらい繊細な人、しかも「神経質そう」とか言われる参謀なら、逆に緻密なんじゃないかと思いました。
なので、描き方のモデルは「蒼天航路」の法正。
緻密に作戦を練り上げ、上がって来る情報から作戦を常に上書きし続け、働き続ける。
しかし相手あっての戦争は、いかに計画立てて更新しても、それを上回る事が有る訳でして。
頑張って頑張った後にとどめの一言でないと、壊れないんじゃないかな、と。
ただ「壊れる」と書きましたが、自分はフォークを「ヒステリー」で終わらす気は無いです。
終わり方は決めてますので、どうなるかはその時読んで下さい。
(同盟軍の闇を思いっきり書く予定です)