銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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アムリッツァ集結

 アムリッツァで戦闘がある、そう最初に考えたのはアンドリュー・フォークであった。

 イゼルローン要塞陥落時に手に入れた帝国領内の情報から、帝国軍の想定迎撃宙域、つまり戦場を予測した。

 その中に、アムリッツァ星系も含まれていた。

 

 恒星の内、白色から青色、スペクトルB型、O型、W型のものは航路にも戦場にもならない。

 人類がかつて暮らしていた太陽系で言えば、海王星の辺りが「一気圧の環境で水が液体で存在し得る」ハビタブルゾーンになる。

 温度はそうでも、その距離で地球上の4倍以上の紫外線が照射され、激しい放射線も浴びる事になる。

 宇宙船は高速粒子線を防ぐようになっているが、それでもわざわざ強力な放射線、恒星風が吹き荒れる場所に突入する必要も無い。

 スペクトルG型、F型の恒星、黄色から橙色の恒星には居住可能な惑星が存在している事が多い。

 人類が入植している惑星を制圧するという意味では戦場と成り得るが、安定した恒星と穏やかな空間は、攻めやすく守り難い。

 それより低温のK型、M型の恒星の内、赤色巨星、赤色超巨星というのは危険である。

 巨大なフレアが発生し、灼熱のガスが剥離して恒星系内を漂う。

 岩石惑星は呑み込まれているか、焼かれている事が多い。

 そんな危険地域だけに、外周のガス惑星の衛星が丁度良い温度(と言ってもマイナス20℃より高い程度)になっていたりして、宇宙海賊がアジトにしていたりする。

 赤色矮星が、守りやすい。

 星系によりホットジュピターが有ったり、惑星に成長し切れない小惑星の帯が恒星に比較的近い軌道を幾重にも取り巻いていたり、数時間から数日で公転する惑星が有ったりと、地形利用がしやすい。

 恒星の温度が低く、紫外線量も少なく、艦隊は比較的恒星の近くで戦える。

 恒星は巨大なフレアやプロミネンスを発生させるが、それは恒星の磁力線を惑星が乱す為で、防御側は利用しやすい。

 アムリッツァも、こういう恒星の変化や高速移動する惑星を利用しやすい、守りやすい赤色矮星であった。

 

 

 

 自由惑星同盟の帝国領侵攻軍総司令官ロボス元帥には、現在痴呆の疑いがある。

 だが、帝国軍の反攻を前に、艦隊戦のプロフェッショナルである部分が活性化したようだ。

 現在、輸送艦隊がターミナルとして利用している恒星系は、可住惑星こそ無いが、外周に巨大なリングを持つガス惑星があり、そこを大型の氷衛星が公転している。

 位置的にも、目印としての特徴も、休養施設を設置する場所にも困らない。

 実際、空き家となっていたが、帝国軍の資源採掘基地が残っていて、同盟軍もそこを利用した。

 だがここは攻められやすく、守り難い。

 20光年程イゼルローン回廊側に進んだアムリッツァ恒星系に艦隊を集結させるのは、純軍事的に間違っていない。

 輸送艦隊や、可住惑星を占領した地上軍を乗せた大型揚陸艦、兵員輸送艦、そして航路監視をしていた警備隊は、経由地点を変更されて迷惑ではあるが、ロボス元帥は

「現状のまま待機。

 艦隊が帝国軍撃破の後に迎えに行くから、迂闊に動く事無きように。

 イゼルローン回廊に近い星系の部隊は帝国軍の接近前に、速やかに要塞まで撤退する事」

 と命令を出した。

 

 

 イゼルローン回廊から最も遠く、650光年の先から第13艦隊と第10艦隊が帰還して来た。

 第10艦隊は司令官ウランフ中将、参謀長チェン少将他、副司令官、先任分艦隊司令官等、少将級の指揮官を全て失う損害を出していた。

 戻って来たのは4200隻程だが、損傷して戦えない艦艇を除くと、戦力は2800隻程である。

 第13艦隊は11000隻と、戦力を残して撤退に成功した。

 だが帝国軍の通信を傍受して、この艦隊は15000隻程の艦隊と、45000隻規模の艦隊と連戦していた。

 最初の艦隊戦では200隻未満の喪失という見事なものだったが、次の大艦隊との交戦ではロボス元帥の撤退命令により後退する際、追撃を受けて一割の損害を出したという。

「敵さんが大人しく退いてくれたから、何とか助かりました」

 とヤンは言う。

 最初の敵、ケンプ艦隊は1000隻程損害を与えたところ、部隊再編の為に一旦後方に下がった。

 その隙に第13艦隊は撤退する。

 次の敵キルヒアイス艦隊は「付け入る隙も逃げ出す隙も無い」とヤンがボヤく重厚な布陣だった。

 だが、被害を出さないよう逃げるのは無理でも、大損害覚悟で背を見せて全力で逃げたら、逃げられない事はない。

 大軍ゆえに、第13艦隊一個艦隊よりも足が速い訳ではない。

 ヤンは完成間近の陣形を崩し、一目散に逃げた。

 U字型の深い凹形陣で、中央に敵を引き入れて一撃入れる計算だった。

 これに対し「決して敵に乗せられるな」と足を止めていた帝国軍は、それまでの行動と整合性の無い急な第13艦隊の退却に虚を衝かれた。

 反応が遅れた帝国軍だが、それ故に無理はせず、高速戦艦と巡航艦の小集団だけに追撃をさせた。

 本来ならこんな少数の敵は寄せ付けない第13艦隊だが、逃走に全力であった為、設立以来最大となる損害を、自軍より2桁数の少ない部隊によって与えられる。

 

 アムリッツァに集結した中で、司令部健在で戻れた艦隊がもう一個艦隊ある。

 第8艦隊である。

 第5艦隊、第9艦隊、第10艦隊、第13艦隊と、艦隊を維持してのアムリッツァ集結に成功した艦隊は、いずれも突出部の外側から攻撃を受けた部隊である。

 損害は甚大だが、補給部隊を殲滅後に同盟制宙圏の内側から攻撃された第3、第7、第12艦隊がほとんど殲滅されているのを思えばマシと言えよう。

 第8艦隊は定数13500隻だが、そこから1500隻を抽出し総司令部に移し、残り12000隻で帝国軍メックリンガー艦隊14500隻を迎え撃った。

 分散配置していた分艦隊が2個、合計2000隻が先に撃破されていた。

 彼等が攻撃されている間に司令官アップルトン中将は残る10000隻余を纏めて、防御陣形のまま撤退した。

 物資窮乏と補給を断たれて士気の低下が著しかったからだ。

 その後、帝国艦隊の猛攻を受け、2000隻程を失うも安全圏に脱出出来た。

 およそ三分の一を失っている。

 

 同盟軍は再編成を図った。

 艦隊としてどうにか成立しているが、少将以上の指揮官のいない第10艦隊2800隻余は、ヤン中将の指揮下に入れて計13800隻の戦闘集団とする。

 第8艦隊7800隻には総司令部で預かっていた1500隻を返還し、更に第3、第7艦隊から総司令部に送られた艦隊と、分散配置されたが故に脱出に成功した1000隻未満の艦艇を合わせ、約13200隻の戦闘集団とする。

 第5艦隊9400隻には第10艦隊と第12艦隊から総司令部に送られた戦力が預けられ、12400隻の戦闘集団とする。

 第9艦隊3800隻程は、重傷のアル・サレム中将を後送し、副司令官モートン少将を司令官代理とする。

 第9艦隊から預かっていた1500隻を返還し、5300隻程の艦隊となった。

 これを総予備とし、三個艦隊半、44700隻がアムリッツァ恒星系に布陣して、味方の撤退の支援と帝国軍との決戦に挑む事になった。

 

 三人の中将と一人の少将は、お互いの持つ戦闘データを交換し合う。

 更に情報部が漸く帝国軍の情報を前線の提督たちに伝える。

(帝国ではローエングラム伯麾下の諸提督情報を公表した)

「ロイエンタール、ミッターマイヤーは知っている。

 そうか、中将に昇進し一個艦隊を率いるようになったのか」

「メックリンガー……確かミューゼル提督時代のローエングラム伯の参謀長ではなかったか?」

「ワーレン、ルッツ、ケンプ、若造じゃな。

 もっとも、儂らはそんな若造に痛い目に遭わされた訳じゃが」

「黒色槍騎兵艦隊……、第10艦隊の七割を破壊した強力な艦隊です。

 司令官はビッテンフェルト中将。

 こいつもまだ29歳か……」

 

 帝国軍のロイエンタール、ビッテンフェルトは帝国暦458年、宇宙暦767年生まれで、同盟軍で最も若いヤンと同い年である。

 ミッターマイヤーはヤンの一歳年下、ローエングラム伯とキルヒアイスに至ってはヤンより九歳年下である。

 ケンプ、メックリンガー、ワーレン、ルッツも三十代の新進気鋭な人材であった。

「なんともまあ……」

 この年70歳のビュコック中将は肩を竦める。

 若く、勢いのある連中をこうも多く相手にする事になるとは思っても見なかった。

 年齢的にも、ここまでの采配を見ても対抗出来そうな男を見て、ビュコックは呟く。

「ヤン提督、貴官が無事で良かった。

 ウランフもボロディンも、帰って来なんでなぁ……」

「その台詞はちょっと……早いのではないでしょうか」

「そうじゃな、まだ終わった訳ではないな」

 

 こうしている内にも、警備隊や揚陸艦に乗った陸戦隊や文民警察等が撤退の為、アムリッツァ星域の後方を通過している。

 帝国軍は主力艦隊を狙い、各地の警備隊は、進路上にあって通報される場合を除いて攻撃していない。

 従って、かつての輸送艦隊ターミナルとなった星系より同盟寄りの部隊は、渋滞を起こさないようにして逐次撤退している。

 全軍から見て二割程度、600万人程が撤退しない限り、アムリッツァの同盟軍も「防衛する」以上の積極的な戦術が採りにくい。

「まったくもって、民間人まで動員したものだから、行動に制限がかかってならんわい。

 まあ、アップルトン提督もヤン提督も、見捨てるという選択肢は有るまいな?」

「当然です」

「問題は、帝国側に取り残された部隊ですね。

 陸戦部隊は宇宙船に乗らないと帰れません。

 警察や農業指導者等は、軍がお願いして来て貰ったのですから、責任を持って帰さないと」

「全くじゃな」

 一応、グリーンヒル大将がロボス元帥を動かし、やむを得ない場合降伏せよ、という訓示を出している。

 そうでなければ、民間人を巻き添えにゲリラ戦に移行しかねないからだ。

 更にフェザーン経由で帝国政府に、非公式ながら

「民間人も居るから、彼等に対しては寛大な処遇を願う」

 と伝えてもいる。

 どこまで効果が有るかは不明だが、やるべき事はやらねばなるまい。

 

 提督たちの現場打ち合わせが終わり、艦隊は補給と補修と休養をしながら帝国軍を待つ。

 グリーンヒル大将は最後の支援として、大規模な機雷敷設部隊を派遣し、三千万個の機雷原を作り出した。

 恒星系自体はどこからでもアプローチ可能だが、戦場自体は赤色矮星アムリッツァの第一惑星軌道の狭い空間であり、その範囲で背後を守れたら良い。

 公転したり、恒星風の影響で二日、三日もすれば機雷原も崩れて来るが、そこまで長時間戦う事も無いだろう。

 機雷原を頼りに、同盟の三個半の艦隊は、想定戦闘正面に全て展開する。

 第5、第8、第13艦隊が前衛で、半分の規模の第9艦隊がやや後方に置かれた。

 

 第12管区警備部隊司令官カールセン少将から、撤退成功、イゼルローン回廊突入の報が入る。

 その直後、警報が鳴り響いた。

 帝国軍がアムリッツァ恒星系に突入して来た。

 決戦が始まる。




後書き:
遠征軍将兵3000万人。
一個艦隊に150万人が所属していたとして、八個艦隊で1200万人。
残る1800万人は地上軍や補助艦艇の人員でしょう。
生き残った艦隊だけイゼルローン回廊に逃げ込むと、彼等は全滅です。
彼等が一部でも逃げられるよう帝国軍を食い止める、それがアムリッツァに留まった妥当性だと思いました。

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