銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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アムリッツァの激闘

 帝国軍はアムリッツァ星系のカイパーベルトを突破し、第一惑星軌道まで一時間の距離まで迫っていた。

 ヤンは索敵部隊からもたらされる情報を照合しながら、疑問を幾つか持った。

「数が少ない」

 正面にいるのは六個の集団。

 それぞれを一個艦隊と見て、旗艦を見極められるものは調べる。

 特徴的な艦を発見。

「どうやらローエングラム伯自身が出て来たようだ」

 そして

「私と昨日戦った艦隊が居ない。

 ローエングラム伯の腹心、キルヒアイス提督だったかな、彼が居ない」

 

 ヤンはそれをこの戦場に居る全艦隊に報告する。

 すぐに暫定総司令官のビュコック中将から回答が伝えられる。

「帝国軍の狙いは繞回運動をし、我が軍の後背から攻撃する事だろう。

 機雷原に敵別動隊が接触したならば、第5、第8艦隊は反転して別動隊を攻撃。

 第13艦隊は正面の敵艦隊を阻止。

 第9艦隊は状況に応じてどちらかの攻撃を補佐。

 それこそ高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応せよ」

 最後のは皮肉であろう。

 

 繞回運動とは、主戦場を通過せずに大きく迂回して敵背後に回り込む運動である。

 第二次ティアマト会戦で帝国軍が行い、その時は同盟軍アッシュビー提督に読まれた。

 そして、戦闘中の自軍艦隊から艦艇を抽出して総司令部付とし、その艦隊を帝国軍別動隊の更に背後に回り込ませるという博打を成功させた。

 博打というのは、作戦行動中の味方から兵力を引き抜くというのは危険な行為であり、今回の帝国領侵攻作戦では敗因の一つとなっているからだ。

 誰もが出来る戦術では無い。

 

 現在アムリッツァに集結した同盟軍艦艇は44700隻、第二次ティアマト会戦でアッシュビー提督が指揮したのが48000隻だから、同じように繞回運動する帝国軍別動隊を背後から襲う作戦も考えられる。

 だがビュコックはそうしなかった。

 第二次ティアマト会戦とは状況が違う。

 正面の帝国艦隊は6万隻から7万隻の間。

 その上で別動隊がいる。

 全軍でまずは正面の帝国艦隊を迎撃しないと、あっという間に壊滅するだろう。

 背後の敵を討つにしても、ある程度正面の艦隊を押し戻しておく必要がある。

 それですら困難だろう。

 アクロバティックな戦術ではなく、手堅く戦う方が良い。

 

 

 

 自由惑星同盟は、人類の故郷・地球の属する天の川銀河オリオン腕を脱出し、射手腕(サジタリアス腕)に建国した。

 超巨大ブラックホールを中心とする銀河中心に近いサジタリアス腕は、危険な領域を多く持っている。

 例えばイータカリーナ星雲には、太陽質量の100倍から150倍という極超巨星が存在し、強力な熱を放射し、高熱のガスを剥離させている。

 同じイータカリーナ星雲には、原始恒星がガスのジェットを発している「ミスティック・マウンテン」という領域もある。

 三裂星雲として知られるガス帯には、ここから生まれたO型の青く若く高熱の恒星が120個ほど存在している。

 オメガ星雲と呼ばれる領域では、巨大分子雲複合体があり、恒星を生成している他、強力な電波を放射している。

 分子雲は侮れない。

 大気圏内速度なら大丈夫だが、高速の何パーセントという恒星系内速度や、ワープを含む恒星間航行速度で突っ込むと、激しい衝撃を受けて艦を破損する。

 分子雲は簡単に突破出来るものではなく、数光年に渡って広がっているのだから。

 こういう航行不能領域や危険な恒星が、長い間自由惑星同盟を攻めにくくしていた。

 そして、そこで地の利を得て戦う為にも、同盟の宇宙科学は科学停滞気味の帝国よりも進んでいた。

 

 アムリッツァ恒星系を占領して僅か3ヶ月、同盟の宇宙気象学者は赤色矮星アムリッツァのフレアやプロミネンスの予報が出来るようになっていた。

 その予報を見ていたヤンは、一つの作戦を思いついていた。

 帝国軍接近とともに、その奇策を実行する。

 

 カイパーベルトにあった小惑星を何個か牽引していたヤンは、それに損傷し、廃棄する艦艇のエネルギー中和磁場発生装置を設置した。

 そして時間を計り、恒星に向けて投下する。

 小惑星は恒星突入前に熱と重力で崩壊するも、それまでの間に恒星の磁場をかき乱していた。

 その裂け目から恒星爆発のエネルギー流が噴出する。

 恒星フレアについては帝国も予報出来ている。

 しかし意図的にイレギュラーを起こされた為、予報出来ていた分意表をつかれた。

 小規模なエネルギー流だが、直撃コースの帝国軍ミッターマイヤー艦隊は回避の為艦列を大きく乱し、後続の艦隊の計器は一瞬麻痺する。

 その瞬間、ヤンは突撃と砲撃を命じ、ミッターマイヤー艦隊は旗艦を損傷する損害を受ける。

 だがこの艦隊は混乱から立ち直ると、即座に後退した。

 しかも後退しつつ、第13艦隊を帝国軍メックリンガー艦隊との十字砲火ポイントに誘い込もうとしていた。

 ヤンはそれを見て

「やれやれ、ローエングラム伯の下にはどれだけの人材が居るんだろう」

 と愚痴を零しつつ、艦隊を僅かだけ後退させた。

 

 第13艦隊は敵軍に突出した形となるが、恒星放射熱の限界距離(これ以上内側だと、艦によっては熱処理が追いつかなくなる)ギリギリに布陣した為、回り込まれる心配は無い。

 逆に第8艦隊とで十字砲火ポイントを作り、効果的に敵を撃退する。

 帝国軍メックリンガー艦隊は損害を大分出している。

 だがメックリンガー艦隊はそれでもその宙域に踏み止まり、第13艦隊を恒星側に押しやるように前進する。

 第8艦隊が背後からメックリンガー艦隊を撃つが、帝国軍もケンプ艦隊が第8艦隊を牽制し始める。

 第13艦隊はこれ以上下がると、熱限界軌道に入ってしまう為、横滑りするように位置を変えた。

 ケンプ艦隊も接近戦を仕掛け、艦載機ワルキューレを出して攻撃する。

 第8艦隊は後退し、接近戦を避けた。

 こうして第13艦隊と第8艦隊の連携が崩れる。

 

 そこを、熱限界軌道をショートカットするコースで突撃して来た艦隊があった。

 黒色槍騎兵艦隊である。

 ヤンは、ウランフ中将を戦死させたこの艦隊を警戒し、メックリンガー艦隊からの圧迫を避ける為の機動を更に加速させる。

 特に小型で高速の駆逐艦や巡航艦を全速力で移動させ、戦艦部隊は斜線陣を敷くと、戦艦の壁の隙間から小型艦による砲撃で黒色槍騎兵艦隊の突撃をいなした。

 だがそれでも、撃沈こそ免れたが戦艦が1000隻程中破する損害を負う。

 

 黒色槍騎兵艦隊は、一度恒星の重力に引かれる形で加速した為、旋回が難しかった。

 第13艦隊にかわされた黒色槍騎兵艦隊は、後退中の第8艦隊に襲い掛かる。

 アップルトン中将も、第10艦隊生き残りからのデータ共有で黒色槍騎兵艦隊の破壊力については知っていたが、それでもまだ甘く見ていた。

 彼は後退中の艦隊に戦列(艦隊による平面陣形)を重ねた防御陣形を命じた。

 古風に言えば「魚鱗の陣」、近代戦術で言えば円錐防御隊形である。

 そして、漆黒の騎士の槍をまともに食らってしまった。

 第8艦隊は、中央部の最も厚い部分を貫かれ、中央部に位置していたアップルトン中将の旗艦も被弾し、推力を維持出来なくなる。

「総員退艦せよ」

 アップルトン中将は命じたが、自身は脱出する前に爆発に巻き込まれ、戦死した。

 

 第8艦隊を貫き、崩壊させた黒色槍騎兵艦隊は、それなりの代償を払っていた。

 激しく戦ったこの艦隊は、ミサイルとエネルギーを消耗している。

 同盟軍随一の猛将ウランフ中将と撃ち合ったこの艦隊は、第10艦隊の七割を戦闘不能にする一方、自身も三割の損害を出していた。

 この戦場での黒色槍騎兵艦隊は、損傷した艦を修理に回した結果、10500隻程である。

 その数で14000隻以上の第8艦隊を壊滅させたのだから、その破壊力は凄まじいものなのだが、一方で普段以上にエネルギーもミサイルも使っていた。

 その上高速での突撃であった為、第8艦隊を貫通して後背に抜けてしまう。

 その位置で回頭しつつ、まだ余裕のある艦載機ワルキューレ射出を始めていた黒色槍騎兵艦隊は、ヤンに格好の獲物と映る。

 

「全艦、後ろで回頭しつつある黒い艦隊を狙え」

 メックリンガー艦隊から十分に距離を取った第13艦隊は、艦載機がいまだ艦隊の中に居る黒色槍騎兵艦隊を砲撃する。

 味方艦載機の爆発や、回頭中の無防備な瞬間を狙われ、黒色槍騎兵艦隊は大打撃を受けて混乱状態に陥った。

 

「よし、ヤン提督に後れを取るな!」

 恒星から最も遠い軌道上に布陣して戦っていた第5艦隊は、帝国軍ロイエンタール艦隊を圧迫する。

 第13艦隊と第8艦隊撃破の為に、帝国軍の六個艦隊の内、三個艦隊が投じられていた。

 緒戦の奇襲で後方に下がったミッターマイヤー艦隊を除き、ビュコックの正面にはロイエンタール艦隊が居るのみで、ここを突破したらローエングラム伯の本陣となる。

 ローエングラム伯は予備兵力を適切に投入し、第13艦隊や、第8艦隊との十字砲火で傷ついた艦隊の穴を埋めている。

 そんな彼にとっても、黒色槍騎兵艦隊の大打撃が想定外だったようだ。

 

「至急援軍を乞う」

 という通信に対し

「我に余剰戦力無し。

 現有戦力で戦線を維持し、以て武人としての職責を全うせよ」

 と答えたきり、通信を切ってしまった。

 この通信を何隻かの同盟軍艦艇が傍受していたのだが、それは各艦隊司令部まで達しなかった。

 戦況はそれどころでは無い。

 ロイエンタール艦隊が突破されたらローエングラム伯の身も危うくなる。

 ロイエンタール提督は、粘り強く防御し、第5艦隊の突破を許さない。

 

 こちらの方面の手薄さを見たミッターマイヤー艦隊が第5艦隊に襲いかかる。

 元々第13艦隊の正面にいたミッターマイヤー艦隊だったが、緒戦の奇襲後に陣形再編を行うも、第13艦隊側に味方が殺到していた為、自身もそこに行けば混乱させてしまうとして待機していた。

 期せずして予備兵力となっていたミッターマイヤー艦隊は、手薄となったロイエンタール艦隊の居る方面に移動したのである。

 これに同盟軍第9艦隊が呼応する。

 予備兵力として戦闘に参加していなかった艦隊だが、それこそ「臨機応変に対応」し、ミッターマイヤー艦隊と第5艦隊の間に入り込む形で砲撃を始めた。

 

 ヤンは通信を回復すると、第8艦隊の残存兵力に呼びかけ、戦力再編を命じた。

 第8艦隊分艦隊の一つを指揮するグエン・バン・ヒュー准将が最先任のようだ。

 彼は中枢こそ破壊されたが、まだ数としては7000隻を数える第8艦隊を再編し、いまだ陣形再編を果たしていない黒色槍騎兵艦隊は無視して、帝国軍ケンプ艦隊と交戦する。

 第13艦隊は再び帝国軍メックリンガー艦隊を攻める。

 今度は士気の上でも、第13艦隊がメックリンガー艦隊を圧迫する。

 メックリンガー艦隊は後退しつつ長距離砲戦に切り替え、全く崩れる気配を見せない。

 

 アムリッツァの戦場は、双方1万隻程を失いつつ、少数の同盟軍が帝国軍を押し始めていた。

 だがこの戦場に転機が訪れる。

 標準時10月25日23時の事であった。




後書き
原作やOVA見て、ランテマリオの宇宙潮流、バーミリオンの頼りない恒星という描写、マル・アデッタの恒星風を利用した戦闘、エル・ファシルに向かう途中でフィッシャー艦隊が超新星爆発の影響を受ける、とかで同盟領は危険な恒星が多く、その分恒星を利用した戦術も確立している、と考えました。
安定した恒星ばかりなら、長征一万光年も無かったと思いますし。
原作が書かれた当時は無かった赤色矮星の研究成果も交えて再構成してみました。

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