銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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アムリッツァ撤退

 同盟軍は、繞回運動して来た帝国軍別動隊を機雷原の向こうに発見する。

 総数は30000隻以上と推定。

 帝国軍本隊と戦っている同盟軍は、別動隊が機雷原を無力化するのに半日はかかると計算していた。

 現在の戦場から機雷原までは全速力で約1時間。

 故に、様子を見ながらではあるが、あと10時間は正面の帝国軍を押しまくり、可能ならそのまま撃退する、まだ戦闘が長引くようなら第13艦隊にそちらを任せ、第5艦隊は反転、機雷原に開けた通路の出口に対し凹形陣を敷き、少数ずつ撃破する算段であった。

 

 計算通りにはいかない。

 

「帝国軍、機雷原を突破」

 僅か30分で4000万個の機雷原に穴が開けられ、既に高速艦を先頭に帝国軍別動隊が背後に進出している。

 考えている猶予は無い。

 別動隊全軍が機雷原を通過し切るまで時間が掛かるにせよ、2時間もしたら挟み撃ちに遭う。

 正面の帝国軍本隊も、別動隊到着を知って勢いづき、攻守逆転して押し返され始めた。

 

「ビュコック提督、ここは私が食い止めます。

 提督は残存兵力を糾合し、撤退なさって下さい」

 ヤンからの通信に、ビュコックは「それなら老いた自分が……」等と異議を唱える事はしなかった。

 時間が惜しい。

「分かった。

 ヤン、死ぬなよ」

 それだけ言って、第8艦隊と第9艦隊の残存部隊に、現在の位置からの離脱を命じた。

 当然、正面に敵を抱えている。

 第8艦隊残存兵力6000隻、第9艦隊残存兵力4000隻程は、この離脱に際し三割の被害を出す。

 三割で済んだのは、第13艦隊が割り込んで帝国軍を猛攻で一歩下がらせたからであった。

 

 別動隊30000隻と合わせ帝国軍は10万隻に達した。

 10万隻が追撃戦に掛かる。

 別動隊から、高速艦主体の部隊が切り離されて側撃を掛けに迫る。

「ここは小官が対処します」

 第8艦隊残存兵力を指揮するグエン・バン・ヒュー准将が、帝国軍高速機動部隊に向けて突撃する。

 帝国軍の高速機動部隊はキルヒアイス艦隊に属するブラウヒッチ准将とザウケン准将の部隊で合計6400隻。

 一方の第8艦隊残存部隊は4200隻を割り込むくらい。

 グエン准将は1.5倍の敵相手に奮戦し、ついに脱出部隊への側撃を許さなかった。

 代わりに自身が脱出する際に手痛い追撃を受け、第8艦隊の生き残りは首都ハイネセン出撃時の一割にまで減らされてしまった。

 彼はこの時の阻止戦が評価され「猛将」「破壊力は黒色槍騎兵艦隊に匹敵する」という評価を得るに至る。

 

 一方、第9艦隊残存部隊を指揮するモートン少将は、2700隻程の総力を挙げて、自分たちが敷設した機雷に機能停止コマンドを送り続ける。

 そして強引に機雷を弾き飛ばしながら退路を作る。

 そうして出来た穴から第9艦隊を、次いで這う這うの体の第8艦隊を撤退させ、最後に第5艦隊が迫る帝国軍別動隊を牽制しつつ脱出した。

 第5艦隊脱出と同時に、機雷に再起動のコマンドが送られた。

 別動隊のキルヒアイス艦隊、ワーレン艦隊、ルッツ艦隊は追撃せず、そのまま本隊に合流すべく回頭した。

 

 戦場には第13艦隊が残っている。

 この戦闘でヤン・ウェンリーの名は艦隊戦の名人として敵味方に知れ渡ることとなる。

 彼が最初から艦隊を指揮したのは、この帝国領侵攻が初であった。

 アスターテ会戦で途中から指揮を引き継いで戦った時の記録、ケンプ艦隊を撃退した戦い、このアムリッツァ星域会戦の前哨戦で「確かに強い」と帝国軍を警戒させていた。

 だが、この戦闘はその評価ですら過少評価であったと、帝国軍諸将を恐れさせる。

 損耗もあって13000隻を割り込んだ第13艦隊が、60000隻の帝国艦隊と6人の提督を相手に、正面から撃ち勝っている。

 

 ヤンの第13艦隊は、旧第2艦隊を吸収合併して三ヶ月程しか経っていない。

 更に言えば、アスターテ会戦での惨敗後の敗残第4艦隊と第6艦隊、そして新造艦艇と新兵とを寄せ集めてから10ヶ月しか経過していない。

 こんな寄せ集め部隊を、ヤンは遠征中に訓練して精鋭に鍛え上げた。

 ヤンの訓練は、砲撃訓練や艦隊機動の訓練をしない。

 最初から物資欠乏になると見越していたヤンは、物資とエネルギーと体力を使う訓練を控えた。

 代わりにコンピュータシミュレーションを使い、如何に自分の命令に素早く従うかを叩き込んだ。

 故に砲撃精度については「あの辺りに撃ち込め」程度で済ませ、阻止出来たらそれで十分と割り切っている。

 艦隊運動については副司令官フィッシャー少将に任せっきりだ。

 コンピュータシミュレーションのプログラミングは副官フレデリカ・グリーンヒル大尉に任せ、訓練の実行は副参謀長パトリチェフ准将に任せ、評価判定は参謀長ムライ少将に委ねていた。

 敵地で気を抜けないから「寝たきり司令官」をやる訳にはいかなかったが、基本的に大枠を示すだけで、本人は何もしていない。

 物資についても、節約を命じ、主計課に対し

「昔の中国の将軍みたいに、食糧係の首を切って不満を逸らすなんて事はしないと約束するから、食事量を八割に減らして欲しい」

 と侵攻当初から依頼していた。

 司令官らしい仕事と言えば、不満が起こった部署に出向いて頭を掻きながら

「不満は後で軍法会議に訴えて良いから、この戦役中は私に従って欲しい」

 と頼んで回った事だろう。

 不満を鳴らしていた連中も、今では「司令官は先の事を読んでいた」という驚きから、逆に信奉者に変わっている。

 アムリッツァに集結した後に、食事量を通常に戻したのは言うまでもない。

 

 この「反射神経」を鍛えた第13艦隊に、ヤンの戦術眼が加わる。

 ヤンはこれまで、ケンプ、キルヒアイス・ワーレン・ルッツ連合部隊、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、メックリンガーと、帝国軍の七提督と戦った。

 ヤンは、彼等の艦隊運用の呼吸のようなものを学習していた。

 第13艦隊は、正面にいる五人の提督が攻勢に出ようと予備動作を起こした瞬間に、先制攻撃を加える。

 例えて言うなら、鋭いが威力に欠けるカウンターパンチを駆使するボクサーだろう。

 相手のボクサーが前に出ようとする時の癖を見抜き、顔面にソリッドなパンチを入れる。

 ダメージは少ないが、目が眩んでしまい、足が止まる。

 それを5人のヘビー級ボクサー相手に、足捌きと勘で食い止め続けるミドル級くらいの

ボクサーと言えよう。

 

 後方に居たローエングラム伯から何やら命令が出たようだ。

 帝国艦隊は第13艦隊攻撃を止め、上下左右に艦列を拡げ始めた。

 包囲を始めている。

 更に背後からキルヒアイス・ワーレン・ルッツ艦隊が同様に、行き場を塞ぐようにして迫る。

「提督!」

 脱出を促すパトリチェフ准将に対し、ヤンは

「まだだ、もう少し粘るんだ。

 もう少しで味方はこの星系を離脱する」

 と留める。

 

 ヤンには脱出路が見えている。

 どうやらローエングラム伯にも分かったようだ。

 キルヒアイス艦隊から何個かの分艦隊が切り離され、退路を塞ぐべく動き始めた。

「提督!」

「ここまでだ。

 全軍、敵の最も手薄な部分を衝いて脱出する。

 急げ!」

 

 それは黒色槍騎兵艦隊であった。

 5000隻未満に撃ち減らされていた黒色槍騎兵艦隊に、第13艦隊は「あの辺を撃て」と、やがて一点集中砲火と呼ばれるようになる砲撃を浴びせる。

 艦列を突き崩すと、そのまま全速力で開けた穴に突撃、帝国軍の包囲網をすり抜けてしまった。

 そして戦闘速度から恒星間航行速度に移行。

 多少大回りにはなるが、イゼルローン回廊に逃げ込むべくワープして消えた。

 第13艦隊と旧第10艦隊を合わせた兵力、生き残りは12700隻。

 ここでも喪失は一割未満という驚異的な数字であった。

 

 

 

「フィッシャー少将に連絡。

 イゼルローン回廊までの航法を一任する」

「もしも帝国軍が追撃して来たなら、如何致しましょうか?」

 疲労もあって職務丸投げモードに入った司令官に、参謀長が危機対応の質問をする。

「その時は私がどうにかするが、おそらく敵は追いかけて来ないよ」

「何故ですか?」

「我が軍は相当に艦艇を失い、物資を消耗した。

 だけどそれは帝国軍も一緒だよ。

 ここで戦争を切り上げないローエングラム伯なら恐れるに足りない。

 まあ、奴さんならここで戦争を終えるよ。

 次の戦争は、彼がイニシアティブを持って仕掛けてくるだろうね」

 

 ヤンが言う通り、帝国軍はアムリッツァの戦場を出ると、帝都オーディン方面に艦隊を移動させたのを確認した。

 ヤンはその報告を聞いているのか、聞いていないのか、指揮卓に足を投げ出し、軍用ベレー帽で顔を隠して、だらしなく不貞寝している。

 それを見る部下の目は、神を仰ぎ見るような崇拝の念が籠っていた。

 ヤンはこの後、実績から部下たちに

「ああやって寝ていても、提督は宇宙の戦場を想像し、新たな戦術を考えておられるのだ」

 と過大評価されまくるようになる。

(それも迷惑な話だ。

 まだ給料泥棒と陰口叩かれている方が正しい姿を現している)

 と思うヤンであった。

 このように、信者からは唯一神のように崇められる一方、自分はだらしないがそれを改める気は無いという態度から、嫌う者からは徹底的に嫌われる事になる。

 

 そんなヤンにも、対等に話す僚友が出来た。

「提督、ビュコック提督から通信が入っています」

 副官の報告に、流石に足を指揮卓から下ろし、ベレー帽の角度を改めて応答する。

「ヤン提督、よく生きて戻って来てくれた。

 一応聞くが、背後に帝国軍を連れて来てはおらんじゃろうな?」

「ありがとうございます、ビュコック提督。

 帝国軍はいません。

 無駄な深入りをするようなローエングラム伯ではありませんから」

「そうじゃな。

 貴官は最初の会議から正しかった」

「やめて下さい、私は出征を止められなかったのですよ」

「それは儂も同じじゃ。

 それはさておき、貴官はローエングラム伯の危険性を誰よりも訴えておった。

 今後、その認識は自由惑星同盟全体でせねばならんの。

……遅きに失した感もあるが……」

 

 遅きに失した、まさにそれであろう。

 ヤンにしても、ローエングラム伯をまだ甘く見ていた。

 ここまで、補給の名人キャゼルヌ少将の計画をも三ヶ月で破綻させる徹底的な焦土作戦を行える非常さと政治力が有ったとは思わなかった。

(私には出来ない。

 やれば勝てると分かっていても、出来ない。

 何時かこの差が致命的な差となって現れないだろうか?)

 

 ヤンは帝国の若き梟雄への評価を新たに、イゼルローン回廊への入り口を通った。


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