銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ 作:ほうこうおんち
自由惑星同盟軍は決して一枚岩では無い。
多数の人間が属する以上、そこには派閥というものが存在する。
大きくは国防委員長ヨブ・トリューニヒト派と、非政治派とに分かれる。
その非政治派の中で、統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥派と、宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥派に司令官や参謀たちは分かれていた。
別に憎しみ合い、足を引っ張り合ったりはしていない。
単に派閥の領袖の出世が自身の出世にも繋がる為、ライバル視し合っているだけであった。
そんな両派閥の間に、宇宙艦隊総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将の派閥がある。
シトレ元帥は良識派と言われ、戦争は国力の許す範囲内でしか行えないと考えている。
彼の派閥は必然的に軍よりも社会優先になり、可能なら明日にでも戦争を終わらせたいと考えている。
敵である銀河帝国が戦争の主導権を握っていて、終わらせるに終わらせられないから、仕方なしに戦争を続けているだけだ。
ロボス元帥の派閥では、それを消極的に過ぎると考えていた。
いずれは民主主義の敵である銀河帝国の打倒を。
だが、今現在の同盟の力では、帝国打倒等難しいのも分かっている。
故に、如何に有利な条件で「休戦」を勝ち取るかが課題だ。
その優位な条件を得ずに休戦すると、再戦のイニシアティブは帝国に握られるし、休戦期間の国力回復は帝国有利に働きかねない。
何としても同盟有利な状況を作らねば、結局は社会の回復どころでは無くなる。
だから多少無理をしてでも、軍事力による優位性確保を狙う。
ロボス元帥は艦隊指揮の名手で、数多くの艦隊戦で成果を挙げて来た。
「静」のシトレと「動」のロボス。
彼と彼の派閥が軍事力に賭けるのもそういった経歴からだ。
ある意味、第二次ティアマト会戦で同盟軍最大の勝利を収めた故ブルース・アッシュビー元帥とその同僚「730年マフィア」(宇宙暦730年士官学校卒業組)以来の、同盟軍の主流派閥と言えた。
グリーンヒル大将はその中間である。
戦略思考においてはロボス元帥に近い。
同盟優位な状況作りが必要である。
だが、そのバックボーンとなる社会への視点はシトレ元帥に近い。
つまりは「現在出せる兵力で、同盟優位な状況を構築する、それまでは可能な範囲で戦争を継続する」と、下手をしたら最も戦争が長引く思考をしている。
それは彼自身も理解していて、「現在出せる戦力」を増やすよう社会を改革し、効率の良い経済を作り上げた方が良い、とも考えていた。
これは政治に踏み込みがちな思想で、ややもすれば政府批判に陥りやすい。
もっとも、非政治派と言いつつ、シトレ元帥は旧友で良心的政治家と言われるジョアン・レベロ財務委員長と親しくして、とかく戦争を煽るポピュリストのトリューニヒト国防委員長と対立しているし、ロボス派は逆に戦争遂行側のトリューニヒト派と近い。
宇宙艦隊総司令部で、参謀部第2課長(2課は作戦参謀たちが属する)として勤めるコーネフ中将はロボス派であった。
その彼は、最近気になる事があった。
ここ数年で、派閥領袖であるロボス元帥のキレがめっきり悪くなったのだ。
忘れやすく、怒りっぽく、依怙贔屓が見られる。
集中力が持続せず、優柔不断になっている。
先年の第六次イゼルローン要塞攻略戦での事である。
この時、戦略戦術課の末席にヤン・ウェンリー大佐が在籍していた。
普段の勤務態度は良く言って給料泥棒、悪く言えば風紀紊乱者、居るだけで不快なものだったが、この戦闘においては数々の作戦を立案してみせた。
だがロボス元帥は、ヤン参謀が立案した作戦の多くが撤退計画であり、しかもそれらが当たっていただけに不快になった。
グリーンヒル総参謀長はヤン参謀の作戦を取り上げ、修正加筆して実行していたが、そのグリーンヒル大将にしても
「どうにも自分の作戦案が認められないと、不貞腐れてしまい、それが態度に現れる。
少し勤務態度を改めた方が良い」
と判定していたから、ロボス元帥にしたら更に不快であっただろう。
元帥は総司令部から第2艦隊司令部にヤン大佐を転属させてしまう。
准将に昇進の後の転属だったから懲罰人事ではないが、第2艦隊のパエッタ司令官は消極的な意見を嫌い、机上の計画を嫌う実務的な人間だったから、彼の下で根性を叩き直させようという意思が見て取れた。
その後、アスターテ会戦で第2艦隊は唯一の勝利を収めるも、パエッタ司令官は負傷入院中。
シトレ元帥の抜擢で第13艦隊司令官となったヤン少将がイゼルローン要塞を陥落させた。
元々ヤン少将は、シトレ元帥の士官学校校長時代の教え子だったと言うし、あの「エル・ファシル奇跡」で帝国軍に包囲された惑星エル・ファシルから民間人200万人を連れて脱出を成功させた後に、当時のシトレ中将の第8艦隊に属させて参謀としてのイロハを叩き込まれた為、シトレ派と言って良いだろう。
ヤン少将が誰もが待ち望んだ帝国に優位に立てる大戦果を挙げた。
シトレ派の優越は誰が見ても明らかである。
そして、次の統合作戦本部長選挙でもシトレ元帥が勝つだろう。
ロボス元帥はその後でなければ、制服組最高位の統合作戦本部長の目は無い。
そのロボス元帥だが、先に述べたような症状が出ている、老人性痴呆症とも解釈出来る症状が。
こうなると、ロボス元帥の統合作戦本部長職就任は期待出来ない。
ロボス元帥は宇宙艦隊司令長官を最後に勇退。
痴呆症が明らかな人間を、クビには出来ないが、幾つかの名誉や勲章と共に追い出す事は出来る。
そしてシトレ元帥勇退後、統合作戦本部長はグリーンヒル大将が一足飛びに就任。
宇宙艦隊司令長官は、第5艦隊のビュコック中将、第10艦隊のウランフ中将、第12艦隊のボロディン中将の誰かが、艦隊司令職兼任のまま大将昇進して就任するだろう。
おそらくは士官学校出のウランフ提督かボロディン提督になるだろうが、こうなるともう世代遅れのロボス派の出番は無くなる。
「これは我々にとっては重要な問題だ」
コーネフ中将は、参謀部第4課長(情報参謀が属する)ビロライネン少将に語る。
彼等2人はロボス元帥派で、ロボス元帥の出世と共に将官への道を歩んで来た。
だが、それが終わるかもしれない。
ロボス元帥が数年以内に勇退となれば、彼等は閑職に回され、後任はウランフやボロディンに歳の近い若手が抜擢されるだろう。
グリーンヒル大将は情け深い人格だから、拾ってくれるかもしれないが、グリーンヒル大将は自身の娘の上官となったヤン中将(昇進が確実となった)を極めて高く評価していて、関係改善(悪くは無かったが)し、親身に付き合っている。
次にヤン中将が功績を上げたら、宇宙艦隊総参謀長に抜擢されるだろう。
「ヤン少将のイゼルローン攻略は素晴らしいが、出来ればそれを我々がしたかった」
言っても無理な話である。
イゼルローン要塞を内部から攻略という、言われてみればの「コロンブスの卵」。
それはヤン・ウェンリーだから出来たのであり、ロボス派では今まで通りイゼルローン回廊に屍山血河を描き出すだけであっただろう。
「あと半年もしたら、全軍健康診断があるぞ」
情報参謀を束ねるビロライネン少将が言う。
ここで仮にロボス元帥に痴呆症の疑いアリとされたら、もうキャリアは終わる。
判断ミスを恐れ、ロボス元帥は前線への出撃を止められ、功績を立てる機会は永久に失われる。
「それまでに、イゼルローン要塞攻略に匹敵する功績を上げたい。
何か無いだろうか?」
実に問題となる発言である。
軍は個人の武勲の為に存在するのでは無い。
派閥の論理で動くものでも無い。
ロボス元帥に大功績を立てさせ、そのお零れで自身も高位軍人として生涯を終えたい、その為の戦争等言語道断であろう。
だが、一面で彼等なりの理屈も存在していた。
彼等とて「休戦」を欲している。
その為の戦果が欲しい。
ポーカーで勝負をするにも、もう少しチップの上乗せをしたい。
だが、彼等にはその方法が分からなかった。
「君の2課に、ヤンに匹敵する男が居ただろ?」
「ああ、フォーク准将か。
彼は確かにロボス元帥派と言えなくは無いし、元帥のお気に入りだ。
だが彼は若く、グリーンヒル大将も評価していると聞く。
我々のような長年尽くして来て、今更鞍替えしようもないロボス元帥派とは違うぞ」
「それでもいいよ。
彼に話を通して貰えないか?
イゼルローン要塞攻略に匹敵する、いや上回る作戦計画は無いか?ってね」
もしもイゼルローン要塞を確保した条件で、更に上乗せした休戦が実現したとしよう。
功績を上げたロボス元帥を昇進させる為、シトレ元帥は勇退せざるを得ない。
そして「英雄」の肩書と、10年程度の休戦期間であれば、痴呆老人でも統合作戦本部長は務まる。
むしろ本部長本人より、側近のコーネフ中将、ビロライネン少将の方が重要視されるだろう。
やはり弁護しようも無い打算的な理由から、第2課の作戦参謀アンドリュー・フォーク准将が談合に招かれた。
流石に恥ずかしいのか、ロボス元帥の痴呆の疑いと、それを隠して出世させる為の作戦である事は隠した上で、2人は若き英才に尋ねる。
「我々はイゼルローン要塞攻略だけでは足りないと考えている。
休戦の為のより良い軍事計画は無いだろうか?
可能ならイゼルローン回廊出口から数百光年の範囲で恒星系を割譲させ、そこに解放区を作れるようなものが」
フォーク准将は神経質である。
聞いていて、かなり不快になったようだ。
険のある目で2人に言ってのけた。
「確かにイゼルローン要塞攻略だけでは足りません。
しかし、帝国に領土を割譲させる等、不可能です。
イゼルローン要塞を確保するのが現状最高の成果なのです」
2人のロボス派は面食らっていた。