銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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アンドリュー・フォーク准将の戦略

 アンドリュー・フォーク准将、宇宙暦792年自由惑星同盟軍士官学校首席卒業。

 不愛想で陰気であったが、作戦立案時の集中力と、その説得力から意外と上官からの信望は篤かった。

 むしろ幾つか出した作戦の緻密さやセンスから

「過去の英雄、『ボヤキのユースフ』ことユースフ・トパロウル元帥もこんな感じだった。

 少し陰気でぶっきらぼうな方が作戦参謀として有能なのだろう」

 とかえって評価されている。

 人望的には、特に同級生・下級生からのものが低く、度々論破されて嫌な思いをした者は多数存在した。

 本人もそれは弁えていて、

「自分の為に死んでくれる部下はいない」

 という諦観と、周囲への不信感を抱いていた。

 だからと言って上下で態度は変えず、上に対しても馬鹿だと思えば容赦の無い論破にかかっていた。

 

 今回、コーネフ中将、ビロライネン少将の唱えた戯言も論破すべき類のものである。

 

「銀河帝国はイゼルローン要塞を失った事を恥だと思っていますよ。

 恥を雪がねば、強権政治を敷く帝国の沽券に関わります。

 彼等は我々が六度失敗したイゼルローン攻略戦を、分かっていて繰り返すでしょう。

 そうしてまでイゼルローンを諦めない」

 おそらくはそうだろう。

 態勢を立て直せば、帝国軍はイゼルローン奪還作戦に取り掛かるだろう。

 

「では、その勝利をもって休戦呼びかけを……」

「応じる筈有りません」

 コーネフ中将の言葉を遮って否定する。

 

「考えてみて下さい。

 我々が六度に渡ってイゼルローンを攻めあぐねた時、帝国から降伏ではなく休戦の呼びかけが来たとして、応じますか?

 応じないでしょう。

 それと一緒です」

 

 イゼルローン要塞は守るだけでなく、攻め込む際の拠点となる。

 この要塞が帝国側に有る時点で休戦しても、いつイゼルローン要塞を出撃した侵攻軍に隙をつかれるか分かったものではない。

 逆もまた真である。

 イゼルローン要塞が同盟側に有るのに、帝国が安心して休戦に等応じる筈が無い。

 休戦はしても良い、だがそれには相手は攻められず、こちらは好きな時に攻撃出来るようにイゼルローン要塞を得ている事が条件となる。

 

「統合作戦本部長はこれで休戦を、と望まれていますが、甘いと言わざるを得ません。

 かえって戦争は激しくなります」

 

 シトレ本部長は、表向き「イゼルローンを失った帝国は、もう攻め手を欠いた」と言って、言外に休戦を匂わせていた。

 もっとも食えない男としても知られるシトレ本部長は、要塞を攻略した有能な教え子をこき使い、イゼルローン要塞を彼の艦隊で守らせれば、休戦期間を定める以上の長い間、同盟は繁栄と安定の時期を迎えられると計算していた。

 あとは、普段は怠惰なとこが個性の変人提督を、どう上手く働かせるか、というものに思考が移っている。

 

 フォークはそこまでは読んでいない。

 このままでは平和など来ないという点は、実はシトレと一致していたが、シトレが政治的に和平を醸し出そうと喜んでみせているので、フォークはそれを否定していた。

「イゼルローン要塞を確保したまま休戦に入るには、それに匹敵する戦果が必要。

 先ほど数百光年を割譲等と言ってましたが、譲られる等問題外。

 我々が奪って、それを返す代わりに休戦と言うしか無いですよ」

 これがフォークの理論であった。

 

 同盟も帝国も、未来永劫休戦を続ける気など無い。

 だから講和でなく休戦なら成立の余地は有る。

 だとしても、イゼルローン要塞を奪って即「休戦しましょう」は通らない。

「休戦に応じても良いが、イゼルローン要塞返還が条件であり、それ以外は認めない」

 となるだろう。

 ここは戦果を上乗せし

「今、同盟軍が不法に占拠している数百光年立方の宙域とイゼルローン要塞を返せ」

 にもっていけば条件闘争が可能だ。

 もっとも、これでも休戦が纏まらないかもしれないが、その場合でも敵の敷地で戦える事が重要であり、戦場を辺境とは言え同盟領から帝国領に移せるなら十分な成果だ。

 

「つまりは、帝国領を切り取り、それを交渉材料として帝国から譲歩を引き出すと言うのか」

 コーネフ中将の問いに、フォークは首を横に振る。

「上手くいった場合はそうだが、恐らくそこまで上手くいきません」

「と、言うと?」

「十中八九、イゼルローン回廊出口付近で戦闘となります」

「成る程、その通りだ」

「ここで勝利を収める事が重要です。

 ですが、仮に負けてもイゼルローン要塞まで帝国軍を引きずり込めば勝てる。

 とにかく成果を出す事が重要なのです」

「ううむ……、貴殿の言う通りなら、最悪我々はイゼルローン回廊帝国側出口で敗戦し、なんとかイゼルローン要塞主砲を使って勝ちに持ち込む、それが精一杯。

 それでは大戦果にも休戦への条件にもなりはしないではないか」

「これは上手くいかなかった場合です」

 口調が刺々しくなる。

 彼はあらゆる場合を想定して喋っている。

 どちらか片方の極端な場合だけ解釈されても困るのだ。

 

 フォークは話を箇条書きにする。

 

1.帝国軍に対する戦術的大勝利

2.帝国領の体積的確保

3.帝国領重要拠点確保

 

 いずれかで成果を上げるのが良い。

 

 もしも帝国軍がイゼルローン回廊帝国側出口に大挙して押し寄せていたならば、その時は同盟軍も大軍を出す。

 フォークの想定では、帝国軍18個艦隊全てが投入される事は無い。

 迎撃の任には宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥、少壮気鋭のローエングラム伯、老練なメルカッツ大将辺りが考えられる。

 仮に大軍を擁するからと言って、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯という大貴族が出て来た場合、フォークは同盟軍の圧勝と見ている。

 恐らくは帝国軍もそう考え、上記3将以外の選択肢は採らないだろう。

 その3将が率いる兵力は少なくて4万隻、多くて8万隻程度と予測。

 これに対し同盟軍は6個艦隊約8万隻を投入。

 帝国軍が少なければ同盟軍の提督たちは勝つだろう。

 帝国軍の方が多いならば、イゼルローン要塞との連携で戦えば良い。

 いずれにせよ、8万隻という空前の動員数を上回る大軍を撃破すれば、それは5万6千隻の帝国軍を打ち破ったブルース・アッシュビー元帥を凌ぐ戦果となり、帝国へ与える衝撃も計り知れないものとなろう。

 

 では、帝国軍がイゼルローン回廊帝国側出口に待ち構えていない場合は?

 その場合、有人惑星を占領し、人民を解放していけば良い。

「それはどれくらいの数を?」

「分かりませんが、帝国軍が出て来るまでです」

 帝国軍が迎撃に来たら、その部隊は後退し、連携して包囲殲滅戦を行う。

 この場合は敵地に深入りしているから、敗北も有り得る。

 だが

「帝国領深く侵攻した事自体が戦果となりましょう」

 あとは適当な恒星系に集結し、そこで戦線を膠着させる。

 そこまでの領域を返還する事を条件に休戦の席につかせる。

 

 それでもまだ帝国軍が出て来ない場合は?

「帝国の重要拠点を占領します」

「それは何処か?」

「軍事的な場所では有りません。

 心理的にです。

 帝国は貴族・官僚・軍隊によって成り立つ国家です。

 その内、適当な貴族領を狙い打ちします。

 何個も貴族領が解放されると、彼等の圧力で軍が出て来ざるを得ないでしょう」

 この場合も、侵攻した事自体が壮挙となる。

 あとは休戦に持ち込むのだが、方法は既に述べた通りだ。

 

「なんというか、目標がはっきり定まっていない。

 最終的に何処を目的とするのか、どう戦うかの方針も定まっていない。

 とにかく帝国軍を引っ張り出して、大軍による勝利を得たい、そういう事かね」

「……随分な仰りようですね」

 フォークにしたら、帝国軍と戦って勝つ、その時点までの占領宙域を交渉の材料とする、までは定まっていて、後は状況によって対応を変えるべきだと考えている。

 最初からイゼルローン回廊帝国側出口での会戦を目的にしていたなら、それを肩透かしされた時に士気をどう維持するのか?

 状況状況で対応する為に参謀という存在があるのだ。

 

「いや、准将、悪かった。

 貴官の言う通りだ。

 休戦に持ち込むという方針は定まり、その為の方法は臨機応変に変えるべきだな」

 フォークは肯く。

 やっと分かってくれたようだ。

 今度はビロライネン少将が質問する。

「休戦に持ち込む為の一戦、我々は理解出来たが、前線で戦う者たちへはどう説明する?

 彼等は帝都オーディンまで攻め込めなんて言い出しかねないぞ」

「まさか……」

「私は情報参謀だぞ。

 今、同盟全土は士気高揚している。

 本来、休戦の為の作戦だと知られるだけで、我々は身の破滅だ。

 暴虐なる帝国と手を組むのか?

 イゼルローン要塞を落としたその勢いで、帝国を壊滅させよ!とね」

「……なるほど。

 全く、戦略戦術の知識の無い馬鹿どもが…………」

 フォークは苛ついて、爪を噛み始めた。

 その様子を見ているコーネフ中将とビロライネン少将だが、彼等は更に悪い事に、この作戦が「ロボス元帥に手柄を立てさせる為のもの」という事を黙っている。

 この事実こそ知られてしまえば、軍法会議ものであろう。

 

 フォークは暫く考えた上で、こう言った。

「作戦目的は教えない事にしましょう」

「はっ?」

「いや、それではきっと収まらないぞ」

「言ったところで無意味です。

 目的は流動的なのです。

 それは理解出来ないでしょう。

 だから言わない。

 前線は総司令部の決めた事に従っていれば良いのです。

 迂闊に休戦狙いと言って、やる気を無くされても困ります」

 

 フォークの増長がそこに在った。

 いや、フォークだけではない。

 参謀という、本来司令官の補佐をするスタッフでしかない軍人が、意思決定の力を持つようになると、こういう思考に辿り着いてしまう。

 前線は我々の作戦通りに行動せよ、作戦が上手く進捗しないのは前線が怠けているからだ、と。

 そこへ加え、フォークには自分には兵が従わないという負い目がある。

 司令官の威を借りて作戦遂行させる他に手は無い。

 説得しても(傍から見れば論破しているだけだが)、誰もが不満そうな表情で引き下がる。

 だったら何も言わない方が良い。

 

「作戦会議ではどう説明するのかね?」

「こう言いますよ、『高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処』とね」

 


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