銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~   作:ほうこうおんち

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草案レベルでの攻防戦

「おい戦争屋、まだ死んでいないのか?」

 喧嘩腰の電話は、ジョアン・レベロ財務委員長からシドニー・シトレ統合作戦本部長へのものだった。

「生憎だが、私はまだやりたい事が有って、簡単に死ぬ訳にはいかんのだよ」

「それは帝国領への逆侵攻か?」

「まさか。

 折角イゼルローン要塞を落とし、帝国軍の侵攻口を塞いだんだ。

 こっちから戦争を吹っ掛ける馬鹿もあるまい」

「……それはお前の本心だな? シトレ」

「ああ、本心だ。

 だが一体どうしたと言うのだ?

 帝国への逆侵攻なんて動きがどこかに有るのか?」

「お前の足元だよ。

 気づかんのか、薄らデカい図体に似合ったドン臭い奴め」

「おい、レベロ。

 どういう意味だ?」

「本当に知らないらしいな。

 軍の一部若手士官が、与野党問わず帝国領出兵計画を説いて歩いていると、最高評議会でも噂になっていたぞ」

「私は知らんぞ」

「そのようだな。

 だが、制服組のトップが知らぬ存ぜぬでは済まされん。

 噂の段階で潰しておくに如かず。

 いいな、馬鹿な計画は芽の内に摘むんだ」

 

 レベロからの電話で動きを知ったシトレは、査閲部長を呼ぶ。

 内部調査を行わせる為だ。

 更に情報部長ブロンズ中将を呼び、この件が帝国の謀略ではないか、調査を命じさせようとした。

 だが、その疑惑は薄くなる。

 

 ブロンズ中将は自信満々に

「お呼びになったのは、帝国領侵攻計画についてと愚考致します。

 既に内々にフェザーン商人を買収し、帝国領内の情報を集める下準備を始めています」

 と言い、シトレを愕然とさせた。

「貴官、誰からその話を聞いた?」

「宇宙艦隊司令部参謀4課のビロライネン少将からです」

「宇宙艦隊司令部だと?」

 つまりはロボスの発案という事になる。

 シトレは常識人であり、まさか部下が宇宙艦隊司令長官の意向を無視し、出征計画を立てている等、想像もしなかった。

 それでもブロンズ中将に、ロボス元帥へ出征計画を吹き込んだのが帝国の工作員でないかを調査するように命じた。

 ブロンズは声を潜め

「本部長は、あの噂をご存じなのですか?」

 と聞く。

「あの噂?」

「ええ、ロボス元帥は帝国の工作員と知らず、若い愛人と関係を持ったが、その愛人に梅毒を伝染され、最近は判断力が低下した、との噂です」

「なにを馬鹿な事を。

 ロボスは私のライバルではあるが、士官学校以来の友人でもある。

 あいつに限ってそのような事は無い!」

「失礼しました!」

「……だが、そんな噂が有るのか。

 残念な事だな」

「噂を封殺しますか? 閣下」

「封殺よりも、その噂が流れている事に不安を感じる。

 さっき言ったように、ロボスの身辺、いやロボスの幕僚近辺に帝国の工作員の影が無いか探ってくれんか?」

「承知いたしました」

 

 多分無いだろう、シトレはそう思う。

 彼が想定したのは、若手の士官、下士官たちの間で次の戦争が焚き付けられている事だった。

 政治家連中に働きかけているのが若手の士官という事だから、この層が単純な熱意と正義感をくすぐられ、敵の思惑に乗せられるという事は有り得る。

 だが、宇宙艦隊司令部の少将が既に計画を情報部長に話し、具体的な立案段階にあるという事は、もっと前から計画の骨子は出来ていたと考えられる。

 それはイゼルローン要塞陥落直後くらいだろう。

 その時期帝国は要塞を奪われた衝撃で、工作員を使って帝国領に誘引させる作戦等指示出来る状況では無かった、そう見ている。

 仮にイゼルローン失陥直後から、同盟を更に戦争に引きずり込む事を考え付く者が居たとしても、中立地帯のフェザーン自治領を通じて同盟国内に潜む工作員に連絡し、上層部にまで食い込むには早過ぎるのだ。

 

(誰かがヤンの功績に便乗しようとした、或いは妬んだ。

 それでより大きな戦果を求め、すぐに帝国領侵攻計画を立案した)

 そのように考える。

(だとしても焦り過ぎている。

 せめて来年まで待てば良いものを。

 何か焦る理由でも有るのか?)

 

 焦ると言えば、シトレも帝国も謀略という事に自信が有る訳ではない。

 将来的には有り得る。

 イゼルローン失陥の屈辱は、次の勝利で晴らすしかない。

 厭戦気分が出た場合、敵軍の侵略というのは古今民を団結させる格好の材料だ。

 だが、イゼルローン失陥直後の今だと、逆効果になる可能性が高い。

 士気阻喪の帝国に、意気上がる同盟の大軍が雪崩れ込むと、堤防に穴を開けた者が洪水に巻き込まれて死ぬ愚を犯す事になる。

 

 何にせよ展開が早過ぎる。

 拙速と言って良い。

 まずは事態を把握せねば、とシトレは考えた。

 

 

 

「失礼します」

 グリーンヒル大将がシトレのオフィスに現れた。

 グリーンヒル大将は現在、イゼルローン回廊同盟側出口から周辺宙域の帝国軍残敵掃討を統括していた。

 敵としては小さく、範囲としては広い為、首都ハイネセンから指揮はせず、中将としては先任のボロディン中将を指揮官、実行部隊の司令官として第11艦隊のルグランジュ中将を充てて、彼等に自由裁量を持たせていた。

 だが、同格の指揮官が2人居た事が、帝国のイゼルローン失陥の原因。

 それをヤン少将から聞いたグリーンヒル大将は、調整役として自分が入る事で、帝国からの侵攻が有った場合にはボロディン中将の指揮権が優越、それ以外はルグランジュ中将の補給要請にイゼルローン要塞のボロディン中将が応じる裏方に徹するよう、関係を調整していた。

 漸く第11艦隊の制圧戦も終わり、その報告をしに来たのである。

 

 シトレは報告を聞いた後、宇宙艦隊司令部参謀部から出ている帝国領出兵計画について話を振った。

「初耳です」

 どうやらグリーンヒル大将にも話が漏れないように進められた、完全にロボス派主導の計画なようだ。

 話を聞いたグリーンヒル大将は硬い表情となる。

「既に政治家にまで話が及んでいるとあれば、事態は急を要しますね。

 最高評議会で決めてしまったら、最早我々に拒否は出来ませんから」

「うむ。

 そちらは私が……というか私の信頼する政治家にも依頼して、決定阻止を依頼しよう。

 貴官は参謀部の中を調べてくれんか?」

「分かりました」

 

 シトレとグリーンヒルは分かれ、それぞれに行動を開始する。

 そして等しく同じ考えに至った。

(もし回避出来ないとしたら、最低限の失敗に留めたい。

 それにはあの男が必要だ)

 

 ヤン・ウェンリーが休養先でクシャミをしたという記録は、ユリアン・ミンツの回顧録にも無い。

 

 

 

「やっているかね?」

 グリーンヒルは変わらぬ表情で、久々に参謀部に顔を出す。

 今までは別室を借りて、残敵掃討作戦の管理をしていた。

「お帰りなさい、閣下。

 我々は日々業務をこなしております」

「なら結構。

 皆、座り給え」

 そう言い、グリーンヒルは自分の席に座った。

「それで、何か変わった事は無いかね?」

 コーネフ中将とビロライネン少将が顔を見合わせ、話を始める。

「実は、帝国領侵攻計画が持ち上がっています」

「続け給え」

 グリーンヒル大将の泰然とした態度に、承認が得られると期待した2人は詳細についても話し始めた。

 一通り話を聞いてからグリーンヒルは口を開く。

「なるほど、休戦を求める事が最終目的とあらば、私としても賛成せざるを得んな」

 静かに言うグリーンヒルに、コーネフ、ビロライネンも安堵の溜息を漏らす。

「だが、これはどこから出た計画かね?

 休戦を求める為の出兵計画は、本来政治家の領分だ。

 もし一軍人が政治的判断を必要とする計画を立案したとあらば、軍人の領分を弁えない行為であるな」

 この発言に二人は沈黙する。

 代わりに別の参謀が口を開く。

「とある政治家です」

「フォーク准将、何故それを知っているのかね?」

「小官も中将、少将に誘われ、お会いした事が有りますので」

「なるほど。

 で、それは誰だ?」

「お答え出来ません」

「答え給え」

「閣下は先程、高度な政治判断を有する計画は政府の領分、軍人の領分では無いと仰いました。

 小官たちは、極秘に計画を立案し、それをもって最高評議会に諮るという依頼により妥当性のある計画を、草案として纏めているまでです。

 本決まりとなれば公表もしましょう。

 ですが、打診段階で、しかも政治家からの依頼で極秘にと言われましたから、詳しく明かす事は出来ないのです」

 グリーンヒルは、この男が計画立案者であると悟った。

 コーネフ、ビロライネンが話を持ち掛け、主導権をフォーク准将に握られた、そんな所だろう。

 

「……なるほど、では計画の出所は良しとしよう。

 だが、私にも計画修正の権限は有ろうな?」

「賛同頂けるのであれば」

「よろしい。

 ではこの草案の六個艦隊だが、これでは足りない。

 遠征軍六個艦隊、補給一個艦隊、要塞守備一個艦隊、予備兵力一個艦隊、合計九個艦隊が必要だろう」

「そ……それは……」

 フォーク准将が言葉に詰まった。

 遠征に見込んだ軍事費を大幅に超過する。

 自由惑星同盟軍で、一度にここまでの艦隊を動員した例も無い。

 処理し切れるだろうか?

 

「それに、帝国領侵攻で有人惑星占領が有りながら、陸戦隊が不足している。

 有人惑星だけでなく、敵基地攻略も有るなら、過酷な惑星や衛星を進むレンジャー部隊も必要だ。

 更に占領後に同地の治安悪化を防ぐ文民警察、食糧不足を防ぐ農業指導団等、恒久的な占領もしくはそう見せかけるには、これだけ必要だ」

 

 概算すると兵力は艦隊だけで一千万人を超え、総兵力は三千万人以上となろう。

(どうだ?

 これだけの規模となれば予算も通らないだろう。

 少なくとも政府を納得させられる計画に落とし込む事は困難だ。

 これで諦めろ)

 コーネフ、ビロライネン両名は顔を見合わせ、何やら話している。

 彼等の運用能力は超えたようで、無理だという表情をしている。

 だが、フォーク准将はまだ踏み止まっていた。

 

「分かりました。

 ご要望に沿う形で草案を修正し、然る後に作戦計画書に落とし込みましょう。

 他に何かご要望はございますか?」

「では言おう。

 第13艦隊がリストに無いのはおかしい。

 加え給え」

「しかし閣下、第13艦隊はイゼルローン攻略の任を終えたばかり。

 あえて必要無いでしょう」

 グリーンヒルは、第13艦隊という名を聞いた時、フォーク准将の表情が歪んだのを見逃さなかった。

「いや、イゼルローンを落としたヤン・ウェンリーの名は帝国軍に対し有利に働く。

 彼を囮にする事も出来よう。

 何より彼は同盟軍有数の名将だ。

 それとも君は彼を使いこなす自信が無いのかね?」

 

 どうもフォークはヤンにライバル意識を持っているようだ。

 ライバルの名を聞く毎に、こめかみの辺りが引きつっている。

(過大な部隊編成に、己のライバルを入れる作戦、断っても良いのだぞ)

 断ったら、それを契機になし崩し的に無かった事に持って行こうという思惑である。

 だが、フォークはそれをも呑み込んだ。

 

「分かりました。

 確かに同盟軍最強部隊を加えないのは小官の落ち度でした。

 直ちに草稿を再作成いたします。

 で、もう有りませんね!?」

 

 余り追い詰めるのも大人気無いと思ったグリーンヒルは、ここで引いた。

 フォークは既にいっぱいいっぱいの状態。

 纏め切れないと判断した。

 

 だが、フォークはやはり俊才だった。

 グリーンヒルの要望を相当取り入れ、かつ予算を確保出来るギリギリの兵力、そして第13艦隊も加わった布陣、これを纏め上げ、グリーンヒルに見せる前に伝手を使って最高評議会に持ち込んでしまった。

 かくして帝国領侵攻計画が最高評議会に諮られる運びとなった。

 

 そして休養から戻ったヤン・ウェンリーはぼやく。

「なんで私が居ない場所で、勝手に私の仕事が決められるのかなあ……」

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