銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ 作:ほうこうおんち
ドワイト・グリーンヒルは語る。
「まさかあの要求を纏められるとは思わなかった」
シドニー・シトレは述懐する。
「まさかあの要求を政府が可決するとは思わなかった」
ジョアン・レベロは愚痴を零す。
「まさか最高評議会があそこまで腐り切っているとは思わなかった」
3人とも評論家のように言っているが、全員関係者である。
空前の大出兵となるような要求を出したのはグリーンヒル大将であった。
こんな要求は通らないだろうと必死で食い止めなかったのはシトレ元帥であった。
そして最高評議会に出席していながら、多数派を形成出来なかったのはレベロ財務委員長であった。
3人ともそれぞれに悔しい思いを抱く事になる。
多くの者はアンドリュー・フォーク准将はヤン・ウェンリー中将にライバル心を持っていると思っていた。
或いは嫉妬していると言う者もいた。
実際の所はどうか?
アンドリュー・フォークは多くのヤンを嫌う者同様、彼の怠惰さと軍人でありながら軍事を毛嫌いする態度を嫌っていた。
そして今回はヤンの言動に苛つかされてしまう。
フォークはグリーンヒル総参謀長の言に一理有ると考え、六個艦隊での遊撃計画から、九個艦隊を動員する占領を行う計画に切り替えた。
草案を書き直し、グリーンヒル総参謀長と意見を交換する。
それを即座に最高評議会に届くようにしたのはフォークの勇み足だったかもしれない。
だが、草案を見た政治家たちは、詳細な計画を出すように指示。
この段階で、現時点で最も補給に精通したアレックス・キャゼルヌ少将に、補給計画提出を要請した。
キャゼルヌ少将は遠征計画に反対で、辛辣な批判を浴びせて来た。
それでも彼は勤勉である。
「最高評議会を通るかどうか分からんが、俺の能力の及ぶ限界を書いて来た」
と補給計画をきちんと纏めて来た。
それは、500光年立方をクリアし、最大800光年立方まで3000万将兵が1年間戦える計画であった。
これを基に、帝都オーディンからイゼルローン要塞までの距離6250光年の一割に当たる625光年を一区切りとした占領と、迎撃部隊と決戦する為の布陣を踏まえた作戦を立案した。
大規模なプロジェクトであり、ケース毎の行動計画を詳細に設定した、一世一代の作戦案であった。
フォークと彼につけられた5人の佐官参謀は、この半月程、一日平均1時間しか寝ていない。
時には夜を徹したシミュレーションをして練り上げた作戦計画である。
この計画を纏め上げた自分を褒めてやりたかった。
だが、統合作戦本部でグリーンヒル総参謀長から出兵計画について問われたヤン中将は、一言
「無理でしょう」
と切って捨てた。
たまたま隣の椅子に居て、睡眠不足の軽い興奮状態であったフォークは、この一言に血が頭に上ってしまう。
(この男は、我々の苦労も知らずに!
会議までに計画書をしっかりと読んでみろ!)
と憤りを覚えてしまった。
それが表に現れてしまったのが、最高評議会による出征命令が出た直後の作戦会議であった。
帝国領侵攻作戦は、帝国領を帝都オーディン方面に約500光年侵攻し、その間にある有人惑星解放を第一段階とし、半年間の進捗を見て第二段階へ進む。
この際、長蛇の列では側面を衝かれる心配がある為、天頂、天底、侵攻方向左右に1個艦隊を配置し、帝国軍の横撃に対抗する。
先鋒は2個艦隊とし、先鋒と上下左右とイゼルローンを結ぶ細長い八面体の重心部分に1個艦隊を配する。
遊撃部隊であり、必要に応じてどの方面にも救援可能とする。
先鋒部隊は積極的に敵部隊を探し、攻撃する。
帝国軍が同盟軍占領宙域に入り込んで来た場合、最寄りの艦隊がこれを迎撃し、遅滞戦術に出る。
その間に他の部隊は、帝国軍を回り込むように機動し、包囲殲滅に移行する。
大規模な帝国軍の迎撃が見込まれる為、この撃滅に成功した場合、それも第一段階の達成とし、その時点での占領宙域の体積を見て、第二段階を調整する。
最短の場合、イゼルローン回廊帝国側出口にて帝国軍大部隊の迎撃が予想される為、先鋒及び次鋒の2個艦隊は一戦の後に後退し、イゼルローン要塞方面に敵を誘引し、駐留艦隊も含めた全力で帝国軍を壊滅させる。
このように、天頂方面で会敵した場合の自軍の行動、敵に出くわさなかった場合の占領計画、解放後の自治の確立等多岐に渡って策定され、作戦立案者のフォーク准将が
「今回の遠征は我が同盟開闢以来の壮挙であると信じます。
幕僚としてそれに参加させて頂ける事は武人の名誉、これに過ぎたるはありません」
と涙目(寝不足もあるが)で語るだけの計画ではあった。
だが、ヤン・ウェンリーは冷たく考えている。
(同盟開闢以来の愚挙だろう)
確かに巧緻を極め、自分なんかはここまで細かく決められない、素晴らしい作戦案である。
(キャゼルヌ少将に補給計画を練って貰い、フィッシャー少将に艦隊の機動限界や航路の使い方を設定して貰い、細かい情報をグリーンヒル大尉に教えて貰い、ムライ少将にダメ出しをして貰い、その上で敵将ローエングラム伯の都合を聞かないと私にはここまで踏み込んだ作戦は作れない)
そう思うヤンだが、根本的な部分で
(いくら細かく計画していようが、戦線を拡大するという一歩目で間違っているのだから、後の計画は全く意味が無い)
と切り捨てていた。
そんなヤンの第13艦隊だが、次鋒に充てられていた。
■帝国領侵攻軍集団
・前方軍(第10艦隊、第13艦隊、第4管区警備部隊)
・天頂軍(第8艦隊、第1管区警備部隊、第10管区警備部隊、第11管区警備部隊)
・天底軍(第3艦隊、第2管区警備部隊、第8管区警備部隊、第9管区警備部隊)
・左翼軍(第7艦隊、第5管区警備部隊、第6管区警備部隊、第7管区警備部隊)
・右翼軍(第9艦隊、第3管区警備部隊、第12管区警備部隊、第13管区警備部隊)
・中央軍(第5艦隊、第14管区警備部隊、独立機動戦隊、第2補給艦隊)
■イゼルローン軍集団
・イゼルローン駐留艦隊 第12艦隊
・イゼルローン要塞守備隊
・警戒部隊 第15管区警備部隊
・補給部隊 第1補給艦隊、第3補給艦隊
・総予備 第11艦隊、練習艦隊
その他、帝国領占領軍集団として陸戦部隊やレンジャー部隊の司令部もイゼルローン要塞に置かれる。
警備部隊は400~800隻程度の巡視艦艇で編制される。
旧式軽巡洋艦や駆逐艦の武装を軽減し、索敵能力と通信能力、航続距離と活動日数を長くしたものが多い。
索敵、治安維持、護衛任務に適しているが、艦隊所属の艦艇よりも攻撃力、防御力、戦術機動力(戦場における最大速度)が劣る。
敵の接近を早期に見つけようと意思はよく伝わった。
何せ、同盟全域の警備部隊を動員し、残るのは首都の特別管区隊くらいなものだ。
だが、こうなると余計に作戦の意図が読めなくなった。
敵の誘引、殲滅こそが目的では無いのか?
作戦計画書は、パターンが多数有り、それぞれの行動計画は細かく決まっている。
だが、最終的には何がしたいのだろうか?
第10艦隊司令官ウランフ中将が挙手し、質問する。
「我々は軍人だ。
命令と有らば何処へでも赴く。
ましてそれが帝国首都であれば猶更の事だ。
だが、壮大と無謀は同義ではない。
この作戦の目的が奈辺に有るのか、そこをお聞かせ願いたい」
実は休戦を引き出すのが目的です、とは言いにくい。
士気が鈍る。
イゼルローン要塞攻略後の士気を最大限に活用し、大戦果を挙げないと、帝国の士気を挫くだけの交渉材料を敵から分捕れない。
コーネフ、ビロライネン両参謀の場合はもっと酷い。
ロボス元帥を統合作戦本部長にするだけの戦果、イゼルローン要塞攻略を上回る戦果が欲しい等と口が裂けても言えない。
ロボス派の参謀はこの意識が有った為、迂闊な事は言えない。
フォークはシレっと
「大軍をもって帝国領土の奥深く侵攻し、帝国人どもの心胆を寒からしめる、それだけで意義有りましょう」
と言ってのける。
ウランフは更に突っ込んで聞いて来る。
「では戦わずして退く、と解釈しても良いのか?」
「それは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する事になろうと思います」
ウランフは不愉快な表情になる。
「もう少し具体的に言って貰いたい。
あまりにも抽象的過ぎる」
「要するに、行き当たりばったりという事なのじゃろう」
その声は同盟軍の宿将、第5艦隊司令官ビュコック中将のものだった。
当たっていなくは無い。
敵がどう出るか、可能性でしか無い。
だから無数のパターンを想定し、対応策を練った。
しかし、ビュコック中将の言は作戦全体を否定的に評したものであるのは、口調からも明らかである。
アレクサンドル・ビュコック中将はこの年70歳。
第二次ティアマト会戦を経験し、一兵卒から将官にまで昇進した歴戦の将である。
「老練」と言う言葉はビュコック提督以外に使うな、とまで言われる人物なのだ。
フォークは不愉快ながら無視して次に進める事にし、ウランフも苦笑いして引き下がった。
続いて挙手して質問したのがヤン中将である。
「帝国領侵攻の時期を、現時点で定めた理由をお訊きしたい」
(まさか選挙の為等と言えないだろう)
これもコーネフ、ビロライネンらロボス派は本当の事を言えない。
下半期開始の10月には全軍規模の健康診断が予定されている。
そこでロボス元帥の痴呆症状が見つかったら派閥として一巻の終わりだ。
すぐに大規模出征し、出征中の将兵は健康診断から除外される事を利用したい等と言えない。
「戦いには機というものが有ります」
やや突っかかり気味にフォークが返答する。
イゼルローンを喪失して意気消沈している今攻撃に出る他ない。
「つまり、現時点が帝国に積極的攻勢に出る機会だと貴官は言いたいのか?」
「積極的大攻勢です」
「イゼルローン要塞失陥によって帝国軍は狼狽してなすところを知らないでしょう。
まさにこの時期、我が同盟軍の大艦隊が長蛇の列を成して自由と正義の旗を掲げて進むところ、勝利以外の何物が前途にありましょうか」
これは戦意に欠け、消極的なヤンに対する嫌味も含まれていた。
ヤンは兎角、敗北を前提に物事を考え過ぎる。
エル・ファシルでも第六次イゼルローン攻防戦の時も、彼は常に自軍の敗北を予想し、撤退する方にばかり頭を使っていた。
その癖、戦わせたらアスターテ会戦を見ても強いではないか。
才能を活かさず、自ら消極的思考に入り込んでいる、それがフォークがヤンを認めたくない部分である。
ヤンは続ける。
「その作戦は敵中に深入りし過ぎる。
隊列が長過ぎては補給及び情報伝達に支障を来すのは確実だ。
逆に帝国軍は我が軍の細長い側面を突く事で、容易に我が軍を分断出来るし補給線も断つ事も出来る」
「何故、分断の危機のみを強調するのです。
我が艦隊の中央部へ割り込んだ敵は、前後から挟撃されて惨敗……取るに足りぬ危険です」
フォークは(作戦書を読んだのか?)と内心かなりイライラしていた。
確かに横よりも帝都への侵攻方面、縦には長い。
だが、割り込んだ敵を察知し、袋叩きにする算段はついている!
ヤンの認識はフォークのそれと違った。
かつて士官学校で学年首席の生徒との戦術シミュレーションで、補給部隊を全力で叩いて逃げまくり、行動の限界に達しさせて勝利したヤンはこう思う。
(私なら、帝国全軍をもって補給部隊を叩き、物資の窮乏した我が軍を楽々と叩く。
この程度の横幅等、大軍による補給部隊攻撃の前に無いに等しい。
私程度が思いつくのだから、あの男が気づかない筈が無い)
そうして、ついに具体名を挙げた。
「帝国軍の指揮官は我が軍に苦汁を嘗めさせてきたローエングラム伯だ。
彼の軍事的才能は想像を絶するものがある。
それを考慮に入れて、もう少し慎重な計画を立案すべきではないか」
フォークは更にイラついた。
ローエングラム伯のみならず、ミュッケンベルガー元帥やメルカッツ大将、その他の将の攻撃も計算している。
それを……
フォークが口を開く前にグリーンヒル大将がヤンを制した。
「中将、君がローエングラム伯を高く評価している事は分かる。
だが彼はまだ若いし、失敗や誤謬を犯す事もあるだろう」
「ええ、そうです。
ですが、我々が彼以上の失敗や誤謬を犯したら、結局帝国軍の勝利になるのです」
フォークはついに爆発してしまった。
消極的過ぎるし、余りに悲観的過ぎる。
全可能性を考えて練り上げた作戦を一から十まで否定する気なのか!?
「いずれにしても可能性です。
戦う前から悲観論と敵の過大評価は慎んで頂きたいものですな。
その言動自体が利敵行為に類するものとなりましょう。
どうか注意されたい」
「フォーク准将、貴官の言動は礼節を失しておるぞ!」
怒気を孕む声はヤンではなく、ビュコック中将のものだった。
「貴官の言に賛同せず、慎重論を唱える者に対し、利敵行為呼ばわりはなんだ!」
「一個人への中傷と捉えられては困ります」
フォークは思う。
やはり前線指揮官は大局を理解しない。
政治的な判断も含むこの作戦は、とにかく帝国領に1メートルでも侵入し、成果を挙げねば意味が無い。
慎重に度が過ぎるというより、最早作戦自体を潰しにかかっているように思える。
偶然ながら、ヤンの方も可能なら作戦会議で穴を見つけまくり、無謀な計画を中止に追い込みたいという意思は有った。
フォークは会議自体を流す事にした。
「そもそも、この遠征は専制政治の暴圧に苦しむ銀河帝国民衆を解放し、救済する崇高な大義を実現するためのものです。
これに反対する者は結果として帝国に味方するものと言わざるを得ません。
小官の言う事は間違っておりましょうか?」
滔々と原則論、抽象論を語り続ける。
というか、こうやって相手を白けさせ、黙らせないと心が落ち着かない。
周囲が次第に自分へ反感を持ち始めて来たのも感じられるが、そんなのいつもの事だ。
参謀部で決めた作戦を、遺漏なく遂行するのが前線指揮官の務め。
こちらの指示に従ってくれたら良いのだ。
こうして強引に作戦会議は纏められた。
もうビュコックはそっぽを向いているし、ヤンとウランフは呆れ顔で発言しなくなった。
(理解されなくても構わない。
第二次ティアマト会戦で、アッシュビー提督の説明不足に艦隊司令官たちは不服そうだったという。
だが、アッシュビー提督の読みは当たり、同盟軍は空前の大勝利を収めたではないか。
勝てば良いのだ、自分の言う事はその時分かって貰えれば……
いや、分からずとも勝利という結果さえ有れば十分だ)
こうしてフォークは、各艦隊司令官との間に溝を作り、この戦役中ついにそれが埋まる事は無かった。