銀河英雄伝説異聞~アムリッツァ星域会戦再考~ 作:ほうこうおんち
自由惑星同盟軍は、基本的に国防軍である。
補給艦を削って、その分を正面装備に充てて来た。
無論、物資の消耗を軽視してはいない。
彼等は各地に補給基地を造って、そこの物資を使い前線を維持している。
国防軍であり、補給基地からの移動距離も短い。
その分だけ同盟軍艦艇は同種の帝国軍艦艇よりも小型で、一方戦闘力は高い。
元々宇宙開発が冒険だった地球時代からの名残で、長大な航続距離とそれを支える艦内貯蔵庫を持ち、サバイバビリティを持たせた帝国軍艦艇の設計思想が古いとも言えるが、こと遠征に関しては帝国軍の方が能力が高い。
貴族による地方反乱討伐の経験もあり、補給部隊も充実している。
流石に帝国の版図も拡大し、中間基地を求めるようになった為、帝国軍は各所に宇宙要塞を造り、そこで補給や整備を行う。
要塞から数百光年を補給部隊を引き連れ攻める帝国軍と、精々数光年、場合によっては戦場となる星系内に補給基地を築いて、そこからの補給を受けながら迎撃する同盟軍と、艦隊運用には違いが有った。
初の帝国領侵攻作戦に際し、まず司令部と補給艦部隊がイゼルローン要塞に入った。
要塞内に遠征軍総司令部を開設し、同盟領内から集めた物資を備蓄する。
如何に不本意でも、キャゼルヌ少将は最善を尽くし、イゼルローン要塞を大規模な倉庫にしてしまった。
フォークは、如何に自分を嫌っていようが、仕事をきっちりこなす人物は好きである。
礼を言っても毒舌で返されるから、自分の仕事っぷりで返す事にした。
だが、着任早々問題が起こる。
要塞を守っていた第12艦隊は良いが、同盟領内に点在する帝国軍の前進基地を破壊して回った第11艦隊の物資消耗が、直ちに戦争に耐えるレベルでは無かったのだ。
ルグランジュ中将は、第三次ティアマト会戦で敗れた汚名を晴らそうと、果敢に戦った。
果敢に戦う程、物資は消耗し、兵は疲弊する。
特にミサイルの充足率は11%と、一会戦すら出来る量でない。
また、陸戦隊の疲弊が激しく、装甲車や惑星用航空機の損耗も大きい。
「これは、一回首都ハイネセンに戻した方が良いな」
総司令部ではそう判断せざるを得ない。
「お願いします。
帝国領侵攻という栄えある作戦に、どうか我が艦隊も参加させて下さい」
ルグランジュ中将はグリーンヒル総参謀長に懇願する。
だが、無理なものは無理だ。
「どうしてここまで消耗している事を報告しなかったのかね?」
と叱責するグリーンヒル大将の前に、ルグランジュ中将は黙るしか無かった。
同盟軍には悪い癖がある。
功績を立てれば全て良いとして、情報を独り占めする癖である。
この癖は第二次ティアマト会戦に始まる。
第二次ティアマト会戦で指揮を執ったブルース・アッシュビー大将は
「あの少ない情報から、何故敵の意図を看破し得たのか?」
と不思議がられる人物であった。
恐らく彼しか知らない情報を得ていた、或いは戦場で見えていたのだろう。
だが彼はそれを他人に話さない。
「俺の言う事に従っていれば勝てるのだから、お前らは余計な事を知らなくても良い」
この態度がもとで、士官学校の同期生で「730年マフィア」と呼ばれた幕僚団とも不仲になっていった。
当時の第11艦隊司令官ジョン・ドリンカー・コープ中将とは関係修復は不可能ではないか?と疑われる程激しくぶつかり、第5艦隊司令官のウォリス・ウォーリック中将からも
「何もかも貴様の手の中か!
最高司令官だけで戦争が出来るか!
貴様一人で帝国軍を全員殴り倒してみるがいい」
とまで不満をぶつけられている。
第二次ティアマト会戦は同盟軍の大勝に終わったが、司令官アッシュビー大将は流れ弾に被弾して戦死した。
そして彼は英雄に祭り上げられた。
生きていれば欠点として、組織を壊すものとして非難される情報の独占癖は、彼の戦死によってあえて取り上げられなくなった。
逆にアッシュビーが神格化されるにつれ、「報告・連絡・相談」をせずとも「勝てばそれで解決」という気質を生み出してしまう。
「730年マフィア」の一人、コープ大将が戦死したパランティア星域会戦でも、後続のフレデリック・ジャスパー大将は前線の様子を知らず、コープ提督の独断専行が原因で連携出来なかったとされる。
一方で世間では、ジャスパー大将が意図的に情報を隠し、コープ大将は何も知らないまま帝国軍の罠に嵌まったという噂も流れた。
第11艦隊の先代司令官ウィレム・ホーランド中将も、通信を切って命令を無視した独断専行をして帝国軍ミューゼル艦隊に痛打を浴びて戦死した。
その第三次ティアマト会戦でホーランド中将を制止しようとした第5艦隊のビュコック中将も、前年のヴァンフリート星域会戦では総司令部からの伝令に酒を飲ませ、命令を無視した行動をしている。
今回、ルグランジュ中将が自分の艦隊の消耗を報告しなかったのは、そうすれば後送されて帝国領侵攻作戦に参加出来なくなる、と思ったからだった。
近隣の補給基地を食いつぶす勢いで補給をしていたが、食糧や燃料はどうにかなっても、ミサイルや地上戦用装備は何ともならなかった。
結局第11艦隊は首都に戻され、整備と補給を受ける事になる。
「悔しいです」
と嘆くルグランジュ中将を、グリーンヒル大将は
「ならば急ぎ首都に戻り、補給を済ませて戻って来なさい。
ここで文句を言っている暇は無い筈です。
貴艦隊は予備兵力、早く戻ってくれないと肝心の戦いに投入出来ないではないか」
と窘めた。
ルグランジュ中将は肯き、イゼルローン要塞を離れた。
遠征軍は当面、手持ち機動戦力は一個艦隊減の八個艦隊で戦う。
不祥事は続く。
第10艦隊と第13艦隊を繋ぐ位置に布陣し、哨戒活動を担う第4管区警備部隊司令官サンドル・アラルコン少将が民間人暴行で起訴され、軍法会議にかけられるというのだ。
航路警備をするのが警備部隊である。
その担当宙域を船籍不明船が高速航行していた。
直ちに停船を命じ、臨検に入る。
ここまでは良かった。
この船は、国籍・船籍を知らせる装置が故障していた。
一方で急ぎの便であった為、規則を無視して高速航行をしていた。
それを知ったアラルコン少将は、船長を激しく罵倒する。
船長も気の強い男で反論する。
アラルコン少将は怒り、馬乗りになって銃床で何度も船長を殴り、重傷を負わせた。
解放されたその船は、フェザーン資本の同盟の大企業に属する船であり、企業の法務部から同盟軍に対し訴状が送られる。
アラルコン少将もまた、「報告・連絡・相談」を軽視していた。
この日の事を、型通りの「不審船を臨検、船籍証明装置の修理を指示し解放」としか報告しなかった為、事態は大ごとに発展した。
アラルコン少将と彼の副官、更に臨検に立ち会った者たちがまず査問会にかけられる。
結果次第で軍法会議送りだが、どうもそうなる可能性が高い。
遠征軍総司令部は、これに横槍を入れる。
遠征部隊に入れているのに、司令官が軍法会議とかでは困る。
かなり強引に干渉し、結局査問会は
「相手船長の態度に問題があり、アラルコン少将の行為に問題は無い」
という判断を下したのだ。
相手企業は諦めず
「船長の態度が問題なのは認めるが、重傷を負わせたのはやり過ぎだ。
過剰な暴力である」
として引き下がらない。
第4警備隊は、先陣を務める第10艦隊、第13艦隊の出撃までにイゼルローン要塞に来られそうもなかった。
そんな中、情報主任参謀ビロライネン少将から帝国の反応がもたらされた。
同盟は情報部を使い、あえて帝国に出兵計画が伝わるようにしていた。
迎撃が早い程、上手く遠征を切り上げられる。
だから迎撃部隊が出て来てくれた方が良い。
帝国軍の迎撃部隊はローエングラム伯爵ラインハルト元帥の艦隊と、彼の指揮下八個艦隊が担当するとの事だった。
ローエングラム伯、旧名はラインハルト・フォン・ミューゼル。
皇帝の寵姫の弟で、下級貴族「帝国騎士」階級出身。
勇猛な指揮官で、同盟は彼を認識しているだけで第三次ティアマト会戦、第四次ティアマト会戦、アスターテ会戦と三度も痛い目に遭わされていた。
この点でヤン・ウェンリーの予想は当たった。
フォークの作戦計画書で、対ローエングラム伯は
「勇猛で自信家の彼ならばイゼルローン回廊帝国側出口から遠くない地域で、大規模な迎撃戦を仕掛けて来るものと推測。
第10艦隊と第13艦隊を先鋒とし、戦いながら後退し、イゼルローン回廊付近で他の艦隊を展開させての包囲戦を行う。
この時、アスターテ会戦のような各個撃破を防ぐ為、先鋒の二個艦隊は遅滞戦術を採ってローエングラム伯の艦隊を拘束しておく」
というものであった。
「ローエングラム伯が相手なら、帝国に深入りせずに大戦果を挙げられるかもしれない」
楽観論が漂う。
だがフォークからしたら、既に前提が狂っている。
ローエングラム伯が率いる帝国軍艦隊の半分、九個艦隊に対抗する為には、イゼルローン要塞駐留艦隊である第12艦隊と総予備の第11艦隊を投入し、こちらも九個艦隊で五分の艦艇を用意するつもりだった。
それなのに今は第11艦隊は戦線離脱している。
フォークは変わった情勢を基に、作戦をアップデートする。
彼と彼の下につけられた参謀たちは、イゼルローン要塞までローエングラム伯の軍をおびき寄せて戦う事を軸にした作戦を練り上げ、両艦隊に送付する。
更に第二陣として出撃する予定の第5艦隊と、イゼルローン要塞に居る第12艦隊へも増援出動の要請を出す。
もしも回廊出口付近で戦闘となれば、ビュコック、ウランフ、ボロディン、ヤンという現在考えられる最高の布陣で戦う事になるだろう。
だが、結局回廊出口に帝国軍は居なかった。
ウランフ中将からその報を受け、フォークは対ローエングラム伯作戦を「敵が早期に迎撃部隊を出さなかった場合」に切り替え、先鋒の二艦隊はゆっくり前進し、後続の五個艦隊が回廊を出るまで足並みを揃えさせた。
ウランフの第10艦隊は作戦に従い、偵察部隊を出したりして警戒を強める。
第4警備隊という索敵任務部隊がいないのだから、各艦隊で索敵するしかなかった。
だが、ヤンの第13艦隊は密集隊形を維持したまま、ほとんど動かない。
「索敵部隊を出しましょうか?」
というムライ参謀長からの提案に対しヤンは
「敵は居ないよ。
もっと我々を引きずり込まない限り出て来ない。
だから燃料の無駄遣いをやめ、疲れないよう無駄な動きは控えよう」
そう言い切った。
やがて後続部隊もイゼルローン回廊を出る。
お互い連携可能な距離を維持しながら、七個艦隊は帝国領を突き進む。
艦隊の通過した後に、占領部隊が続き、有人惑星を降伏させていく。
その占領部隊からの報にヤンは戦慄した。
「流石だ、ローエングラム伯。
私には分かっていても、こんな事は出来ない。
まったく大したものだ」
彼の幕僚たちが意味を伺う。
「焦土作戦だよ。
焼いた訳じゃないけど、食糧を持って撤退し、土地と人民を我々に渡す。
そうすると、同盟軍は解放軍を謳っている以上、彼等を救わねばならない。
食糧や物資を渡さざるを得ない。
こうやってこちらの想定より遥かに早く物資を枯渇させるのさ」
ヤンはある程度予測していた事を、最悪の形で実現されてしまい、途方に暮れていた。
だが、ヤンもまた同盟軍の悪い癖を出している。
彼の予測を「報告・連絡・相談」していないのだ。
言っても相手にされないだろう、と諦観しているのだが、せめて近隣の第10艦隊や、後方の第5艦隊にはもっと早く話しておくべきだったろう。
ヤンは彼の最悪の予測を彼の艦隊司令部だけに留め、外に伝えなかったツケを後々払わされる事になる。