鬼狩りのとき ―Time to Demon Hunt― 作:ゼミル
どうでもいい話ですが作者はぎゆしの派です。
――銃に生きた生涯だった。
――時は大正。
王政復古の大号令を皮切りとした明治維新、日清・日露戦争、韓国併合、不平等条約撤廃を経て大いなる飛躍を果たした日本が迎えた新たなる時代の陰にて暗躍する人ならざるモノが存在した。
鬼。
鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)を始祖とする、元は人の身でありながら
既存の物理法則を超越した血鬼術なる異能を駆使し、不老に近いのみならず人を喰えば喰うだけ身体が強化されていくという特性を持つこの存在によって人知れず犠牲になった者の総数は到底数え切れない。
ある犠牲者は生きたまま貪り食われた。
ある犠牲者は毛髪1本遺らず鬼に肉体を取り込まれた。
ある犠牲者は人外の膂力で肉体を引き裂かれた。
ある犠牲者は血鬼術により常識からかけ離れた不可解な死に方をした変死体と化した。
ある犠牲者は凄まじい太刀筋にて両断された斬殺体となって発見された。当時は廃刀令によって刀を帯びる者が廃れつつあった時代でもあった。
そもそも死亡者や行方不明者として認知された犠牲者はまだマシな方で、寒村やスラム街で奴隷や家なき子同然に過ごしてきた貧しき者に至っては鬼に喰われれば最後、名前も存在も世間に知られぬまま消え去る運命を辿る者も少なくない。
犠牲者の規模は鬼個人の性格や嗜好によって千差万別だ。
痕跡も残さず1人ずつ獲物を捕らえ、住処へと持ち帰り時間をかけて
一部の鬼に至っては無力な一般人ではなく、武名武勲で名を馳せた強者のみを好んで襲う、糧ではなく強者との殺し合いに重きを置くような変わり種の鬼もいたりする。それらに共通しているのは鬼に襲われれば最後、襲撃された犠牲者の大半は無惨な末路を遂げるという点に尽きる。
鬼が暗躍するようになって既に1000年以上。永い時が過ぎる間、時折鬼と直接相対していながら様々な要因から生還を果たした者、そして極稀に鬼を返り討ちにするという奇跡的な戦果を挙げる者が出現するという事例が幾度か見られた。
鬼の襲撃からの生還者となった彼らが共通して手に入れるものがある。
家族を、故郷を、大切な存在を奪った鬼への復讐心だ。
ある鬼の犠牲者の話をしよう。
とある辺境の、とある山の中に存在する小さな集落に住む一家であった。
代々
今は喪われた過去でしかない。
父親から稼業を引き継いだ長男が得物を担いで猟から戻った時には全てが終わっていた。
父親も、母親も、新妻も、赤子も。全員が貪り食われた後だった。食い残しの肉片と骨と内臓の欠片が家の中に散らばっていて、かつて妻の安産祈願と子供の無事な成長を願って贈った手作りのお守りが家族だったモノの残骸と一緒に、鮮血の中に転がっていて――
事件を知って駆け付けた猟師仲間や警察官は凶暴化した熊みたいな獣にやられたのだと考えた。
遺された長男はそうは思わなかった。
長男は家族の残骸を、虐殺現場と化した家を隅々まで検分した。
探した。探した。探した。果てしなく執念深く、ドス黒い虚無に染まった目を血走らせながら愛した家族の血の海の中を這いずる様にして、己の納得がいくまで延々と。
無理矢理首を千切られた父親の頭部に残った痕は彼が知る熊の爪によるそれと一致しなかった。
向こう側が見える程激しく損傷した母親の胴体に刻まれた傷は獣の爪や角のそれとかけ離れていた。まるで
喰い千切られた新妻の腕の断面が示す歯形は熊とも猪とも野犬とも違った。差異はあれどヒトのそれに近い歯並びの噛み傷であった。
……赤子の残骸は最も量が少なかった。どれだけ探しても、ほんの小さな指の欠片ぐらいしか見つける事が出来なかった。
血の手形がべったりと家の壁に貼り付いていた。同じく血痕付きの足形も見つけた。まぎれもなく人型のそれであった。
ただ殺害方法自体が凶暴な大型獣以外に出来そうもない程の惨状だからそう結論付けをせざるをえない、それだけの話であった。見つけた犯人の足跡が山の中へ向かって一足飛びに何メートルも間隔を空けて残されていたのも、人間以外の存在が下手人であるという方向に拍車を掛けた。
愛する者を理不尽に奪われた一人息子は復讐を決意する。
人だろうが、獣だろうが、
……彼の家族を喰らった鬼は知る由もないが、彼には日露戦争にも出兵経験を持つ大日本帝国陸軍の兵士である義理の兄がいた。
そして彼の両親も、新妻も、義理の兄も知らない秘密が一人息子には存在する。
一人息子は
大正の時代から100年以上先の世界で銃を手に戦い、銃と共に生きた、元兵士でありガンマンであった生涯の記憶、そして知識と技能の全てを――――
数年後のとある山の中。
明治維新以降、都市部が爆発的な発展を遂げた一方で、人里から少し離れれば発展の『は』の字も感じられないような未開拓の地が日本には未だ数多く存在している。
そんな森の中にポツンと切り開かれた小さな空間に一組の男女がいた。
洋装を纏い、その背には『滅』の文字。どちらも帯刀しているが、彼らはどちらも
鬼殺隊と呼ばれる、政府非公認の鬼狩り組織の一員だった。彼らは麓の集落を立て続けに襲撃し、多数の犠牲者が続出しているという情報を入手し犯人が鬼であると判断。その討伐に送り込まれたのだが――
「うーん……これはあれですね、また
屈みこみ、元は何らかの建物があったと思しき残骸の山を調べていた胡蝶しのぶが立ち上がる。そこから少し離れて、冨岡義勇が空間を取り囲む木々をジッと見上げていた。
両者とも年若いが、鬼殺隊において鬼舞辻無惨直下の幹部を倒した者にしか与えられない『柱』の地位を持つ隊内有数の実力者である。
「ねぇ富岡さん聞いてます? 調査を私だけに押し付けて自分はのんびり森林浴ですかぁ?」
「……別に押し付けてはいない」
拾い上げた落ち葉を弄びながらボソボソと反論する義勇であるが、
「それじゃあ自分の人気の無さに黄昏ていたとか?」
「…………」
ニコニコと笑顔を浮かべ甘ったるい声に似合わぬ毒舌を連発するしのぶに、一見無反応無感情な鉄面皮だがほんのちょっぴり私傷付いてます感を目元に漂わせつつ、義勇は弄んでいた落ち葉をしのぶに見せた。
「これは……変色してしまっていますねぇ。色合いからして葉焼けしまったんでしょうけど」
義勇が差し出した落ち葉は本来は瑞々しい緑色をしていたのだろうが、今や見る影もなく葉の大部分が白く変色してしまっている。
しのぶは周囲を見回した。女性である点を差し引いても大抵の格下の隊士よりも華奢な彼女は、身体能力差を薬学の知識で補い、本来日の光を浴びる以外には日輪刀という特別な刀で頸を両断せぬ限り死なない筈の鬼を死に至らしめる毒すらも開発した毒使いでもある。植物から薬効を抽出する事が多い都合上、植物の植生についても一定の知識を有していた。
山に入ってからこの空間までの道中の木々は全て青々としていたにもかかわらず、この空間に面した木々の葉だけは異様に変色が目立っている。
「まるでここの木々だけ
ひとつ頷き、今度はしのぶの方から義勇へと散らばる残骸の中から見つけ出した物を手渡した。
「これ、何なのか分かります?」
「銃の薬莢だろう。俺には(銃の知識は無いし知識の無い者が下手な発言をして混乱させたくない。知識ある者に任せるべきだから)関係ない」
「何言ってるんですかぁ~こんな現場に幾つも転がっているっていうのに関係ない訳無いじゃないですか。目ぇ悪いんですか? 私が診察してあげましょうか?」
表情は笑顔に固定されたまま、しのぶの額に青筋が浮かんだのを見て取った義勇はそっと目を逸らした。彼は何時だって言葉が足りずに人を怒らせてしまうのである。
確かにしのぶの言う通り、残骸の周辺には最低でも数十には達するであろう数の空薬莢が散乱していた。しかし自己表明した通り義勇は銃に関して素人なので、ここで戦った何者かは日輪刀ではなく銃で戦ったのだろうという考えしか思い浮かばなかったのだ。
「実は私、鬼へより効率良く毒を注入して殺す為にはどうすればいいかと思って、一時期銃についても齧っていた時期があるんですけど」
ほっそりとしているが長年刀を握る間に皮膚が固くなった剣士特有の指先で摘まみ上げた空薬莢を鼻に近付け、クンクンと硝煙の残り香を調べるしのぶ。
「これ、一般に猟師が手に入れる事が出来る弾薬じゃありませんよ。火薬の臭いが違います」
「……そうか」
「そうなんです。発射用の火薬の組成を変えて威力を高めたんでしょうね。ちなみにこれは小銃用ですが拳銃用の薬莢も落ちてましたよ。西洋の刻印が刻んでありましたけどわざわざ外国から輸入したんでしょうか?」
「そうか」
義勇も改めて切り開かれた空間を見回した。
一言で言えばまるで戦場が如き有様である。薬莢が散乱し、本来何らかの建造物があっただろう空間の中心部は、建物が土台から吹き飛ばされたのであろう痕跡がありありと残されていた。
それは最近になって他の鬼殺隊の隊士も度々各地の任務先でも直面する光景でもあった。そして似たような戦闘の痕跡が見つかった土地では、派遣された隊士が討伐予定だった鬼もパタリと活動を停止しているのである。
即ち
「どんな人がどうやって鬼を倒しているんでしょうねぇ。義勇さんは気になったりしませんか?」
「……そうだな。気になりはしている」
「あら、義勇さんが人に興味を持つなんて珍しい」
「…………」
それより数日前。
帝都は東京文京区、大日本帝国陸軍有数の兵器工場である東京砲兵工廠の一画にて、乾いた破裂音が連続した。
帝国陸軍の将校が引き金を絞るたびに再び破裂音がひと繋がりに轟いたかと思えば、設置された紙の標的が見る見るうちにズタズタの残骸へ引き裂かれていく。
それを為す将校の顔は喜悦と興奮に染まる一方である。装填された銃弾を撃ち尽くし終えれば、彼は口元を大きく笑みの形に歪めたまま背後に並んだ技術者へと振り返った。
「これは素晴らしい。よくぞここまで見事な銃を生み出してくれた!」
将校が両腕で抱えるようにして持ち上げて見せたのは
同時にそれは異形の銃でもある。
後に勃発する2度の世界大戦における
それらを
単に試作段階で異様なまでの完成度を誇る新型兵器が生み出された事への喜びに沸く将校は、早口に計画責任者である軍服姿の尉官へと賞賛の言葉を投げかけた。
「やはり君の
「お褒め頂き恐縮です。その御言葉、必ずや私から彼にお伝えいたします」
「うむ。以前彼が開発し、君が外貨獲得の資源として提言した
新型機関銃を真に開発したのは開発責任者を務める尉官ではない。その妹婿であるのは以前から周知されており、尉官自らも認めている。
その才能は銃本体にとどまらず、既存火器にも使われる弾薬の改良、兵士の質を向上させる新たな発想の装備品、日露戦争での戦訓を元に歩兵を即席の砲兵へと変貌させる小型・軽量な
他にも照明やそれの動力源になる電池の改良といった他分野にまで手を出している。
最近では電灯が発する光を
特許料の収入も相当に稼いでいるらしく、一代で身を立てた新興の成金として経済界でも噂の人物である。
今回の新型機関銃開発に加わった技術者達はその人物を何度か目撃している。片手で足りる回数だが、開発の進捗を見に訪れた事があったのだ。
設計のみならず試作品の試射まで自ら率先してこなした日本兵器界の新たな天才は、射撃の腕もまた天才的だったのが技術者達の印象に深く刻まれている。
満足げに機関銃を作業台へと下ろした将官はおもむろに技術者達の方を見回した。
「出来れば君の妹婿殿には私も直接声をかけてやりたかったのだが、今回もやはりこの場には来ておらぬのか……」
自ら開発した新兵器のお披露目の場でありながら、真の主役である筈の設計者の姿は何処にも見当たらなかった。
今回の計画責任者である設計者の義理の兄は将官へと語りかけた。
「彼は『自分には御国と帝国臣民を護る為に必要な武器を作れればそれで良い。設計開発に必要な元手だけは必要なので頂くが、それさえ頂けるのであれば地位も名誉も叙勲の場も不要』、そう申しておりました。
他にも『自分などよりも新型銃を製造するに必要不可欠な工作機械を見事開発した技術者達こそ労って頂きたい』とも」
「う、うむ。成程それならば仕方あるまい。これからも君も妹婿共々、帝国への献身に励んでくれたまえ」
「はっ! 今後も彼と共に
尉官が放った
後編は今週中に投稿します。