Lostbelt No.5+『残滓異聞海域ブルースフィア』 ー青杯の想いー   作:ユーホー腐れ男子

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或る日明くる日

 

 

 ――ン

 

 ―――ンン

 

 ――――ンンンンンンッ!

 

 

 あぁ、拙僧としたことがあの時ギリシャ異聞帯に残して活動させていた分体・チェルノボーグの所業を今の今まで忘れておりました。あの時は確か、そう。クリプター・スカンジナビア・ペペロンチーノにしてやられ、一旦は我が身を引いた時のことでした。あれ以上カルデアともギリシャの神々と戯れるつもりも有りはしませんでしたが、我が主、異星の神がギリシャ異聞帯で顕現するのは予想がついておりました。ブリテン異聞帯の空想樹はとうに使い物にならず、南米異聞帯にはグランドクラスがいましたから。最上の成長と魔力の結実による空想樹の開花、運命にあるかな。

 

 異星の使徒としての記録を保持しつつ、芦屋道満としてつい紙一重にわが物顔で跋扈しておりましたが、これは密やかな窮地ではありませんかな? 

 

 ギリシャ異聞帯。その残留物。

 あの空想樹・マゼランを受容した神霊を虚数の海にて幽閉したままにしていたばかりに、こんな予期せぬ誤算を孕むとは。

 虚数空間の性質とあの神霊の神性を加味すれば、拙僧の急急如律令の呪は残留してるでしょう。

 その上で空想樹の反応が検知されれば、間違いなく拙僧は退去を命じられる。

 

 それは――

 それ、は――

 

 大いによろしくないッ!

 

 虚数潜航なる技術。虚数空間で活動を可能とするサーヴァント。

 もしあの虚数と実数の同時証明、即ちペーパームーンからなる実数から虚数への観測によって()()の存在が露見したのだとしたら……

 

 ぐぬ、ぬぬぬ。

 

 ――万が一、ではなく百が一くらいには可能性があるでしょう。けれどもこればかりはどうしようもなく。あの女狐めのように単独顕現を拙僧も所有していれば、多少の霊基破損をしてでも虚数空間にて漂い続けるアレを破壊するというのに……もどかしいッ!

 

 祈るしか、ありませんな。

 

 

 祈る、しか……

 

 

 ――祈るしかない、とな。この蘆屋道満が?

 ――羅刹王・髑髏烏帽子蘆屋道満へと登り着いた拙僧が?

 

 ………。

 

 いえ、いえいえ。

 

 そもそも枯れ木同然のアレと残留物にいったい何ができると言いましょう? どうせ浮上したところで空想樹を正しく扱えるわけもせぬ凡百の小神霊如き一体に拙僧が蹴躓くわけもなし。

 虚数の藻屑と成り果てて、暗黒にでも朽ちてるが関の山。憂う必要などなく、これ杞憂というもの。

 

「……フ」

 

「フ? なーにー、今なんかよくないこと考えてた?」

 

 物思いに耽っていたらば、いつの間にか色鮮やか髪色が視界の下端にチラチラと。

 えぇ、この物言い、生前を超越したこの伊達衣装。心当たりなぞついぞなかったはずなのに、彼女はそう、お会いしたこともある清少納言でした。

 

「清少納言殿。今のはただの思い出し笑いにて、何事もありはしませんぞ」

 

「えぇー? じゃあ、なーにを思い出したのか、言いなよー」

 

「ふふ、まぁまぁ」

 

「あー、今ごまかしたっしょ! 言えないってんなら、その無駄に目立つ服を芋みたいに剥いちゃうかんね!」

 

 彼女のかけた黒いサングラスの奥からでも分かります。

 この物言いは本気。

 

「またでございますか!? お、おやめなされ……おやめなされ……!」

 

 こうして戯れていますが、清少納言殿は拙僧の監視をしにきたのでしょう。平安京の人間、しかも内裏にいた人間ならば澄ました顔の下それこそ碁盤の如き思惑を埋めておるのです。

 

 しかし、清少納言殿だけではないようですね。

 

 感ぜられるのはかつて縁ありし忍び二体。

 

 まぁ、完全に拙僧を補足し続けてるのはそれだけだとしても、日本由来のサーヴァント……特には平安時代に縁ある者に似たほどの警戒を張られてしまってる。

 

 ふむ。

 やはり、拙僧が動くのは不可能。

 

 アルターエゴのクラス霊基と我がうちに宿し神霊或いは怨霊をば削り、英霊級の式神でも――

 

「まぁ、まぁ、一体何のお戯れでしょう?」

 

「ふふーん! これはドーマン剥きって言ってねー、ってアレ?」

 

 いつの間に、いたのか……?

 

「こんにちは。つい楽しそうな戯れを見てしまい、お声をかけてしまいました」

 

 尼僧のような格好に、聖人のような気配。

 しかしてその内々の核は拙僧と似て非なる獣の香り漂わせる。

 

 あなや。これなるは月の関係者にして拙僧と同じアルターエゴクラスに収まる殺生院キアラ殿。実のところ拙僧以外にもマスターや他のサーヴァントが危険視しているサーヴァントは少なくはないですが、この尼僧はそれも別格の魔性菩薩でありましょう。あの月下夢想のBBが危険視し、彼女のアルターエゴ達も歯牙を剥き出しにして、唸るほどでございます。

 

「えーっと、キアラっち? あれ、でもいつも水着を着ていたような……? 衣替え?」

 

「えぇ、そのようなもので少しだけ違いますわ、清少納言様。わたくし元はしがない尼僧でしたので、この姿こそ本来のもなのです。今は諸事情で元に似た姿を取らせていただいております」

 

 そう言って殺生院殿は微笑むと、二本の魔羅角を錯覚のように一瞬だけ表出させたように見せた。

 

 ンンンンン、わざわざ獣の瘴気を拙僧だけに嗅がせるとはそういう意味があるのですね? 殺生院殿は拙僧の生命線を握ったつもりでいらっしゃる。或いは拙僧に探りを入れている。なればこそ、それを利用させていただくとしましょうか――具体的な策は思いつきませんがな!

 

「なるほどね! キアラっちはっちゃける前はこんな感じだったんだー! 根は変わってないけど見せ方が変わった、って感じする! メイク変えた、みたいな?」

 

「うふふ。今も昔もわたくしはわたくし、ということなのでしょうね。この殺生院、衆生無辺誓願度の誓いは、えぇ、きっといつまでも」

 

 天女の微笑みを宿す方でありますが、拙僧は月にてあった在れ也此れ也を知ったわけではあらずとも、虚数事象へと果てて消えたビーストⅢのことをおぼろげながら知っております。これもまた拙僧がビーストに至ろうとしたことの思わぬ副作用でありましょうか。

 

 人類悪、ビーストなるクラスは元より異星の神が狙っていた大器であります故、それだけでなく拙僧もそうなろうと尽力した身。

 

 一つ目はゲーティア、二つ目はティアマト神、そして三つ目はこの女と愛の神カーマが押さえていた。

 そのくらいは存じております、存じております。

 

 敗れた獣としての記録は剪定され、カルデアにおいてそれを察知できる者は少ないことでしょう。本人ですら獣としての力は残滓でしかない。

 それでもなお、獣として拙僧の前に現れた意味とは何ぞ?

 

「殺生院キアラ……なるほど。ンン、殺生院殿もしや拙僧に御用がありますかな?」

 

「蘆屋道満様への用は申しつけられてはおりませんわ。個人的にはございますけれど……」

 

「なんなりと。この蘆屋道満、このように今日はすこぶる調子が良く、飼い主に腹を見せる犬のよう! ならぬ、猫のように! 貴女様の要望に応えましょうぞォ?」

 

「まぁ、うれしい。芦屋道満様といえば平安京でも屈指の陰陽師だったとか、わたくしも日本の出でございましたから、お噂はかねがね……ですので、安倍晴明様はどれほどすごい陰陽師だったのか、あなた様の口から語っていただけませんでしょうか? ほら、芦屋道満最大のライバルなのでしたよね?」

 

「晴明……ッ! 貴様ッ!」

 

「あぁ~だめだめ! キアラっち! 道満にその話NGだから! どうどうどうどう~ドーマン!」

 

「それは大変失礼しました。知らず知らず地雷を踏み抜いてしまうとは……ソワカソワカ、許してくださいましね、道満様?」

 

 この腐れ尼僧いと悪しき……!

 我もろともこの女、切り裂き、屠り、霊子すら残さず粉々に粉砕してやりたいッ!

 

 いずれ特大のしっぺ返しをお見舞いしてやりましょうかな!?

 

「そうそう――あなたの蒔いた種、私が介入するまでもありませんが、そろそろ時節となりましょう。身の振り方にはお気をつけあそばせ」

 

 そう意味深長に言葉を吐いて、蝶のように軽やかに廊下の奥へと消える殺生院。その口元が下ぞりの三日月のようであったのは言うまでもないでしょう。

 

 やはり! 拙僧が何をしたのかをこの獣は知っている!

 まさか、単独顕現を持ってしてその秘を暴こうというのか!

 

 ンンンンン……!

 

「……獣というのは、本当にたちが悪い。はぁ、そしてこれで思っていたことが的中していたと裏付けられてしまったというのも、なんとやるせないことでしょうッ」

 

 あらゆるところに設置されていた赤ランプが活性化し、一斉に廊下も食堂も警告色の赤色に染まり上がる。

 

『管制室より緊急アナウンス! 新たな異聞帯反応あり! 藤丸くん至急管制室まで来て下さい!』

 

「なんかヤバい感じ? こういういきなりなのってイベント系だってあたしちゃん思ってたけど、これはそんなんじゃないよね」

 

「えぇ、でしょう。何せ特異点ではなく、異聞帯なのですから。此度は拙僧の法力が役立ちそうなこともなくはないですが、同行するのはまた別の方でしょう。大人しくマスターを陰から応援するのが吉と見ました」

 

「ふぅ〜ん。まぁ、でも! マスターなは呼ばれたら吉でも凶でも一緒に行きなよ! 絶対いとエモしだからさ!」

 

 清少納言殿は赤に染まる廊下の中を堂々と鼻歌交じりに進んでいく。その後ろ姿に不安も、迷いもなく、だから恨めしく憎らしいものだった。

 しかし、その言い分に拙僧は、はたと、気付かされました。

 

「いと、エモし……? ――いや、そうか、そうでございますな! ンン、ンンンンン! 清少納言殿のおっしゃる通りでございます。この道満、マスターにこの身全てを捧げたただの使い魔! サーヴァント! なればこそどのような吉凶流転があろうとも付き従うのみ! 全てはマスターの望むがままに!」

 

「おう! その調子でーい!」

 

 ンンンンン!

 カルデア。この数奇な縁の寄り合わさった絶景を呼ぶならば、云うべきことは一つのみ。

 

 いとえもし!

 

 

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