Lostbelt No.5+『残滓異聞海域ブルースフィア』 ー青杯の想いー   作:ユーホー腐れ男子

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管制室より

 

 管制室にはすでにダ・ヴィンチちゃん、ホームズ、所長、キャプテン・ネモがいた。

 シオンはまだマシュのオルテナウスの調整から手が離せないらしく、分割思考による画面参加となっている。

 俺は駆け足気味に入室し、緊張しながら状況を聞いた。

 

「来てくれて早々だけど、早速本題に入るね。新たな異聞帯、いや、復刻された異聞帯について」

 

 ダ・ヴィンチちゃんが言い直した復刻という言葉に俺は首を傾げた。

 

「復刻……? それはまたイベントみたいな?」

 

『残念ながらそうじゃないみたいなのですよねー。恒例の楽しいイベント! 素材うまうま! っていうのとは格段に違います。簡潔に言いますと、大西洋異聞帯と同様の反応が現れました』

 

 ――ッ!

 

 新生アルゴノーツを以てして踏破したアトランティス、機神たちの権能を越えたカオスすら彼女の空で塞ぎ斬ったオリュンポス。

 かつて滅ぼしてしまったどの異聞帯よりも強固で、幻想的で、誰もが理想としていたからこそ人が人足りえなかった完成された異聞帯。

 

 鼓動が早まり、瞳孔が開く熱い感覚に苛まれる。

 

「大西洋異聞帯……ギリシャ異聞帯。クリプターのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムと壮絶で熾烈な戦いの末に消滅したはずではなかったのかね?」

 

「うん。異聞帯の消滅は確認したし、あの時空想樹はベリル・ガットの手によって空想樹から空想樹への引火によって焼却された、はずだったんだけど――」

 

「迂闊だったということだね。我々はあの時、ゼウス、カオス、そしてビーストⅦこと異性の神という大敵と連続で会敵してしまったがために空想樹のことを視野から外してしまっていた。ミスディレクションというやつさ」

 

 あの異聞帯は良くも悪くもスケールが大きかった――ほとんどの場合悪い意味でではあったけどね――ゼウスやカオス、それにコヤンスカヤのことを抜きにしてもデメテル、アフロディーテだっていた。

 だから、俺たちの目は空想樹を伐採するという目的がうやむやになっていたのかもしれない。あの時最後に燃えていった空想樹が本当に死滅したのか、確認を怠ってしまった。

 それが今回の異聞帯反応に関わりがあると言われると心を縛る鎖のようなものがより強く引き締められた。

 

「空想樹・マゼランはゼウスによるリソースの吸い上げ、他の空想樹による引火によってその時点で死滅しているはずだったんだ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に続けて、ホームズが言う。

 

「けれどその時に何者かが空想樹を守った。枝の一欠片か、幹か、根かの燃えていない部分、恐らく五割にも満たないそれを匿い、密かに転用していた」

 

「空想樹の維持・成長には地球規模の莫大なリソースが必要となる。けど、異聞帯の固定という役割だけに特化した場合は格段に魔力消費が抑えられ、聖杯一つでも運用が理論上は可能になるんだ。特異点が維持されるのと同じ理論だよ。――つまり、瀕死の空想樹だからこそ、何者かに利用されてしまった」

 

「まさか、アルターエゴ・リンボのように空想樹を使って異聞帯を作ったとでも!?」

 

「リンボは異星の神の使徒だったからサンプルにはし難いけど、恐らくはそうだと思う。けど、あの時点で瀕死だった空想樹を活かし、保存し、尚且つ異聞帯を展開できるほどの術を持つものじゃないと不可能なんだよねー、神霊級だよこれ」

 

 困ったようなダ・ヴィンチちゃんの言葉に今度はシオンが続ける。

 

『となるとおかしいんですよね。ギリシャ異聞帯は神々こそ居ましたが、全員我々で討ち滅ぼしました。それに彼らにはそんな回りくどいやり方をする必要なんてないはず。もちろん、村正やラス・プーチンが異聞帯を保持しておく動機も素振りもありませんでしたし……』

 

「我々の確認していなかった神霊がいた、というのもある。空想樹を生かし続けるだけの魔力を持った巨大魔力炉のような神霊が」

 

 魔力炉――ギリシャ随一の魔女メディアの工房ですら、そんな魔力を生み出すなんて芸当はできない。

 彼女の魔術は霊脈から魔力を引き出し、集積させることによって魔力の貯蔵を行っている。

 あの異聞帯は高濃度の魔力とエーテルに満ちていたらしいけど、もしや空想樹を持ち去った犯人もオリュンポスの魔力結晶山脈のように魔力を貯めていたのだろうか?

 

「そ、そんなサーヴァントがいたら真っ先に我々と戦っていたはずだろう!」

 

「そうですね。ヘラを内包していた神姫エウロペですら我々と戦っていた。戦う役目を与えられていた。ならば犯人はよっぽど戦闘に向かない、或いはアトラスのように別の役割があり、姿を見せるわけにはいかなかったのでしょう」

 

 戦闘に向かないギリシャ神話の神は多い。

 

 ノウム・カルデアに存在する図書館でギリシャ神話に関する魔術的な解説書があったので一度読んでみたが、炉の神はヘファイストス以外にもヘスティアという女神がおり、彼女は極力表舞台には出てこなかったそうだ。温厚でオリュンポス十二神の座すらもとある神に開け渡してしまったとも。

 

 魔力炉ということであれば、彼女もまた相応しい神格である――しかし、彼女はあの異聞帯で人類に次代を託そうとそうとして、散ってしまっていた。

 

『私はとりあえずギリシャにゆかりのある神霊や半神半人の中から凡そ大量の魔力を持ち、空想樹を保存することができそうな逸話、性質を持つ方をリストアップしておきます!』

 

 そう言って分割思考によるサーチをかけるためか、画面からシオンの顔が逸れる。

 

「これ以上は憶測の域をでないし、一旦空想樹を隠し持っていた人物の話はシオンに任せて、発生した異聞帯についての情報を話そうか」

 

 仕切り直す。

 

「太平洋海底……座標にして、ポイント・ネモ。スペースクラフト・セメタリーなんても呼ばれる場所だね」

 

「ポイント・ネモって……キャプテンと何か関係あるの?」

 

 傍らにいたネモに是非を問う。

 海底二万マイルは子供のころに読んだことはあったが、それでもそんな名称が出てきた覚えはない。

 無論、忘れてしまっているだけなのかもしれないけど。

 

「うーん、太平洋ってことくらい以外あまり関係ないよ。孤独な場所ってことでポイント・ネモなんだろう? 僕も太平洋の孤島でノーチラスと一緒に最期を過ごしたから」

 

 そうか。

 彼のキャプテン・ネモの話には続編があるとは風の噂を耳にしていたが、ネモがどのような最期を迎えたのかを知ることのできる作品だったのか。

 

 きっと、いつか、読んでみたい。今じゃない、遠いいつか。

 

 ここでシオンが作業をしながら、画面にフレームインしてくる。

 

『んで、私たちはそのポイント・ネモに向かわなければならないわけなんですけど、ハッキリ言って普通は無理ですね』

 

「無理ィ!? いやいや、シオンくん! 我々はいつもその無理を押し通してどうにかこうにかしてきたじゃないか! それをあっさりと、君ィ!?」

 

 まぁ、無理を押し通すのがカルデアでしょう? とゴルドルフ新所長の焦りっぷりを軽く冗談めかして笑った後、その顔を真剣なものに戻した。

 

『ポイント・ネモは白紙化以前から人間の到達できない場所として位置付けられていました。太平洋に概念として存在する一点。あらゆる島々から現代科学ですらも人を乗せての到達・帰還は難しい。いわば、人が観測はできても、到達できない神域なんです。あの時計塔の天体科曰く、魔力は神代級を保ち、しかも未知の幻想種が存在する可能性すらあると言わしめたんですよ』

 

「つまり、あの場所は人類が到達できない場所としての概念が強すぎる、ということか。虚数潜航でも無理なのかい?」

 

『寧ろそれに賭けるほかないかと』

 

 プラスの海においての距離がどれだけ離れていようとも、概念的に到達不可能だったとしても、マイナスの海に潜行すれば、その制約からは解き放たれる。

 

『それもキャプテンの宝具とアトランティスで改造したストームボーダーあってこそで、更には相手がギリシャ異聞帯の空想樹を使って異なる人理を築いたからこそ、できる荒技なのです。無理中の無理、我々はその中にある細い縁を辿っていくしかありません』

 

『ちなみに失敗すると、ポイント・ネモの結界の中に閉じ込められると思います。そうなると、虚数潜航でも脱出不可能! 一生太平洋直上で過ごすことになります! 控えめに言って死よりも恐ろしい事態ですね!』

 

 恐ろしいことを軽く笑顔で言うシオンに所長の顔がみるみる青く染まっていく。

 

「ハァァァ……! し、しかし! ふふっ、その程度ならばもう慣れたぞ! 行くのが大変ってだけならもう怖くはない! ゼウス神による雷霆はもう降り注がないのだし!」

 

「おぉ、その息だよゴルドルフ所長! まぁ、そこでちょっとした情報なんだけど、今回の異聞帯は平安京の時と同じくらい特殊なんだよね」

 

「というと?」

 

 ホームズが眉を潜めて反応する。

 

「今回の異聞帯……いや、ギリシャ異聞帯の残り香、『異聞残域』。仮称を『残滓異聞海域ブルースフィア』は未知の青色の外殻に包まれてるんだよね。その代わりいつものストームは消えてるんだけど。それから神霊を――

 

 そこまで言いかけたところで、扉から職員・ムニエルが肩で息をしながら入ってきた。

 その様子に皆呆気にとられて黙る。

 数秒、ムニエルは呼吸を整えると、振り絞った最後の力で大声で言った。

 

「ダ・ヴィンチ技術顧問! 緊急報告です! カルデアに現界していたサーヴァント八騎が姿を消しました!」

 

 衝撃が管制室に走る。

 目くばせをするように皆が一斉に顔を見合わせる。

 

 サーヴァントが、いなくなった……!?

 

「な、なんだって!? 誰がいなくなったか分かるかい!?」

 

「確認されたのはイアソン、キングプロテア、カーマ、イシュタル、刑部姫、ケツァルコアトル、パールヴァティー、ニトクリスの八名です!」

 

「このタイミング、異聞帯反応検知後すぐってことは!」

 

 これも異聞帯――ダ・ヴィンチちゃんの言った異聞残域による影響。

 特異点にカルデアのサーヴァントが逆召喚されたことはあっても、異聞帯に引っ張られたことはなかった。

 

 やはり、今までの情報通り残滓異聞海域は今までの異聞帯とは違う。

 異聞帯としての機能が欠けている代わりに、汎人類史におのずから干渉できる力があるんだ。

 防衛機構としてのストームはなくとも、ポイント・ネモの概念が人類に簡単にはたどり着かせないように守っている。

 大西洋から太平洋にどのようにして渡ったのかは分からないが、それでも太平洋に異聞残域を展開する利点はあったということだ。

 

「分かった! こちらで今解析をかける! シオンは『ブルースフィア』に何か動きがないか観測してくれ!」

 

『了解! 仮称の由来となってもいる異聞残域を覆ってる青い外殻による干渉遮断が強いッ! でも、他の異聞帯と違って、完全に遮断されてるわけじゃない、ならば!』

 

 シオンの十指が一斉にキーボードを疾走する。

 三面観音のように次々と並列接続されたパソコン画面を見合わせて、ブルースフィアの内部情報をどうにかして探ろうとしている。

 

「イアソン、を除けば全員神性持ち……八騎というのが気がかりだが、なるほどこれは……」

 

 ホームズは推理モードに入ったのか、ぽつりとつぶやきながら管制室を出て行ってしまった。

 

「どうやって干渉したのかは不明だけど、これ以上待っていたら、どんどんサーヴァントを奪われるかもしれない! 大奥の時のようになったらそれこそ終わりだ! 『残滓異聞海域ブルースフィア』の攻略には一刻の猶予もない。事態は深刻だ、今から間に合うかな、シオン!」

 

 十指を指揮しているはずのシオンだったが、分割思考を使ってか、それとも素のスペックの高さでか、ダ・ヴィンチちゃんの言葉に苦し紛れの笑顔を浮かべながら答える。

 

『今色々と分割思考をフル回転させていますが、行けます! ゼロセイルを使えばきっとあの青い外殻も突破できますし、空想樹がまだ完全に回復しきってない今がチャンスかも? てなわけで、早急にノーチラス号へ!』

 

 新所長はあぁは啖呵を切っていたが、まだ心構えをちゃんとできていなかったらしく、行きたくないとわめいている。しかし、すぐにキャプテンにずるずると引きずられて行ってしまった。

 

「矢継ぎ早ですまないけど、神性持ちのサーヴァント六騎に、ギリシャにゆかりあるアルゴー号の船長イアソンが消えたとなれば、これはかなりの異常事態だ。フィニス・カルデアの磁場による守りと彷徨海のあり方はにて非なるものだけど、それに干渉されたとなると、まだ見ぬビーストがいる可能性だって視野に入れていいくらいだ」

 

 ビースト。災厄の獣。

 ゲーティアのことが思い起こされる。

 

 強すぎる人類愛ゆえに人類悪。それはリンボのときのことでより鮮明に証明された。

 彼らの共通のクラススキル。それがあれば、カルデアからの逆召喚も可能なのかもしれない。

 

「ビースト……単独顕現だっけ」

 

「そう、彼らは時間場所問わず存在できるし、カーマのようにこちらから召喚を促してくることもある。カーマの時はゴルドルフくんが操られてたというのもあるけど、今回はだからこそ怖い。誰一人としてこちらからサーヴァントを送っていないのに、八騎も強制召喚された」

 

「手強そう……でも、負けないよ。またここに戻ってくる、みんなの為にも」

 

「うん。ちょっと気負いすぎだけど、それも君のいいところだね。藤丸くん」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはそういって少しだけ寂しそうに、けれど優しく微笑みかけてくれた。

 俺は応えるように、その手を引いてノーチラス号のある整備場に向かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ストームボーダー内を駆けまわる軽い足音。

 無数に響き渡り、指揮するキャプテンにも熱が回っている。

 オルテナウスの点検を途中で終えてきたマシュも合流した。

 

「遅れてすみません、マシュ・キリエライト準備万端です!」

 

 緊急時で整備中だったために体調のことを心配している節があったが、この調子であれば大丈夫のようだ。

 と、背後でネモシリーズの指揮と返答が幾度ともなく聞こえてくる。

 

「トリトンエンジンの準備はいい?」

 

「バッチリ温まってんぜ、キャプテン!」

 

「船内設備のロック完了したよー!」

 

「分かった。電算室、ゼロセイルに向けた各解析はどうなってる?」

 

『ほぼほぼ完了してます~』

 

 全ての持ち場のチェックが終わり、キャプテンはより一層その声を鋭くして最終宣言を発した。

 

「よろしい。これよりゼロセイルに入る! 船員はシートベルトを締めて!」

 

 カチャリカチャリ、と横並びの座席から順調に締められる音が立つ。

 そんな中最後まで難色を示す者がいた。

 

「くぅぅぅ、いつになっても虚数空間に入るとなると酔って仕方がない。誰か酔い止めを持っていないか! ラザニア―!」

 

「ムニエルです! そして持ってませーん」

 

 渋々シートベルトを装着した所長は意を決したようにその両目を強く瞑り、うぅっ、と小さく唸った。

 

「目標・太平洋異聞帯――否、異聞残域。残滓異聞海域ブルースフィアに設定」

 

 ドラムロールの如く回転していたペーパームーンの回転が止まり、座標が確定される。

 

『ストームボーダー、現実退去(ザイルカット)。虚数潜行――ゼロセイル、敢行する!』

 

 虚数へ向けての発進。

 概念防壁が展開され、すぐにマイナスへと船体は落ちていった。

 どこか重力が存在するようには思えない世界への侵入。それとともに全身を液体に浸されるようなぬるい感覚に浸された。

 心臓を優しく撫でられるような恐怖と理由のない安心感が麻酔のように全身に回っていく。

 

 次に新たな景色を見るときは、それは新たなる敵――残滓異聞海域・ブルースフィアに辿り着いた時である。

 

 

 

 

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