Lostbelt No.5+『残滓異聞海域ブルースフィア』 ー青杯の想いー 作:ユーホー腐れ男子
流星のような黒。
それを彩るように七色の宝石弾が空を馳せて射抜く。
一撃一撃が軽く見える?
否。
降り注ぐ無数の星のような煌めき、月よりも明るく輝き、ドレッドノートの砲弾よりも強い爆発力を持つ。
そんな宝石弾の群れが鰯の大渦巻の如く飛来すれば神霊の外側を削るに足りた。
その宝石は神代メソポタミアでイシュタルが臣民から供物として受け取った最高級の宝石たち。
そこに宿った精霊にも神秘、神性が宿っている。
そう、これは純粋な神性勝負。
先ほどまであれほど燃え盛り、降り注いだ全てを焼き潰す勢いを持っていたアヴェンジャーもその宝石に撃ち抜かれて、その威力と勢いを減衰させられた。なんと憎たらしいことか、メソポタミアの神何するものぞッ!
怒りで震える。
胸に開いた穴から炎が湧き出る。
漆黒の枝のような毛髪の合間からも焔がメラつく。
目と鼻の先には怨敵がいるのに、何故だ、何故だ――ッ!
アヴェンジャーは零落した神だった――
彼の属するスラブ神話は他宗教の弾圧によってそのほとんどが焚書され、信仰は零落し、今や断片だけの情報となってしまった。
本来持っていた神性も、役割も、伝説も、その時に燃やされてしまい、無辜の怪物の如く歪められてしまった。
核となる話はなくとも、殻となる設定だけが残った。
故に自らにも穴が開いており、そこを永遠と人に対する憎悪の炎で燃やしていないと今にも体は冷え固まり、砂のように崩れてしまう。忘却補正だけが彼の霊基を崩さず保てる解決方法だった。それが、永遠の憎悪の苦しみだとしても――
「あ、あれって! イシュタル!? ブルースフィアに召喚されていたのか!」
『霊基グラフと照合した結果、間違いなくアレはカルデアのイシュタルだ! あの神霊の大衝突を宝石弾で食い止めてくれたみたいだ!』
「イシュタルがいるなら俺が外に出て魔力パスを繋げれば押し通せる!」
「本気で言ってるのかね!?」
「いやいや、こんな不安定なところで神霊級サーヴァント同士の争いに加勢するのはいくらなんでも無茶だろ!」
ムニエルや新所長が口々にそういうが、俺は満面の笑みで答えた。
「俺なら大丈夫だよ。空中戦も慣れてる!」
「そういう問題じゃあないんだよ、君ィ! まだまだ敵勢力がどんなものか分からないのに、君を外に放りだすわけにはいかないのだ!」
新所長がそう言うと、隣で推理を続けていたはずのホームズがおもむろに言い出した。
「ミス・キリエライトが補佐につけばその限りではないのではありませんか。新所長」
「ほ、本気で言っているのかホームズ!?」
「あの神霊サーヴァント、先ほどストーム・ボーダーに突貫しようとしたときの威力は目算でも一撃でこの船を轟沈させるに足るものだと分かります。彼ないし彼女は我々に相当の執着があり、うち滅ぼすためには自身の霊格が砕けようともかまわないように見えました。今は神霊・イシュタルが優勢を取っていますが、反対にあの神霊が命を捨てて、ストーム・ボーダーだけを狙えばほぼ確実にこの船は落ちます」
「キャプテン・ネモの操縦とムニエルの補佐があれば、たかが一条の神霊くらいあの大神の雷霆を躱した時より容易いんじゃないのかね?」
「雷霆を避けれたのは霊基チャフのおかげでした。あのサーヴァントは意思を持ついわば神霊弾頭。追尾から逃げ切ることはできません」
「うん。イシュタルが足止めしてくれている間にどこかに着地して身をひそめるって言うのもありだと思うけど、イシュタルの宝石と魔力が尽きてしまえば、一気に戦況は不利になる。サーヴァントを失い、船を失う可能性が出てくる」
「つ、つまり――ここで落ちるくらいなら、藤丸に連携を取らせイシュタルに彼奴の首を取らせた方がマシということか。だが、余りにも危険じゃないかね!?」
危険。
不可能。
無理。
いつも隔たり、立ちはだかってきた絶望達。
けれども、それを俺たちは何時だって乗り越えてきた。
だから、彼女とともになら――
俺は答える。
「新所長、マシュがいれば大丈夫! それにイシュタルもいるし!」
「先輩……はい、必ず先輩を守って見せます!」
「ぐぬぬぬ……若者二人のその純粋な誠意に、私はノーって突き返したいんだけどね! そこまで言うならやってきなさい! ただし、絶対にケガ一つなく帰ってくることだ! 撃破まで至らずともこのストーム・ボーダーに対する脅威が退けられたならそれで帰還することだ。分かったね?」
「「はい!」」
新所長ゴルドルフは駆け足で甲板へのハッチへと向かう二人とそれを補佐するマリーンズの忙しなさを見届けながら、髭をこそいでため息をついた。その姿は正に明日を駆ける生きるものの姿だけど、どこか心のうちに寂しさが湧き出てきてしまって……でも、それでも、彼らに期待してしまってる自分がいる。今回も笑って帰ってきてくれるはずだ、と普通に思ってしまう自分がいる。
それはこんな特例塗れの旅で、普遍なことになるなんて奇跡だというのに。
「まったくぅ、七つの特異点と五つの異聞帯を攻略して、彼らちょっと蛮勇になりすぎだと思わんかね、ラザニア」
「俺はすごく頼もしいと思いますよ。確かにあの二人に全てを任せるのは不安ですけど……」
「それでも我々には見守るしかない。むず痒くとも、なんとも無力でも、我々は彼らを縁の下から支えるほかない」
「僕から言わせてみれば、白紙化に巻き込まれずにこうやって生き残り、五つの異聞帯攻略の船員になった君たちも随分と蛮勇だけどね」
ネモはそっと何気なく言った。
操縦補佐席と指令席から顔を見合わせていた二人は各々の画面に目を戻して、そっと笑うのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
甲板での戦闘用のアミュレットを持たされ、礼装に落下防止の魔術が組み込まれる。足裏が磁石のように吸い付き、歩きにくいが万が一に吹き飛ばされそうな衝撃が船体に走っても相対座標固定でそうそう飛ばされない仕組みになっている、らしい。詳しい魔術については知らないし、魔術は人に教えるとその神秘を減衰させ、効力が働きづらくなるらしいので、詳細を教えてもらうことは逆に不利になるだろうから、余り聞くことはない。
飛び交う宝石。
怒りに震える黒炎の神。
オルテナウスを装備し、バイザーを付けたマシュが盾を展開して俺の前に立つ。
「先輩、イシュタルさんとのパスは繋がっていますか?」
「うん。繋がってる。けど、この距離、魔力支援が届くのがギリギリかもしれない」
イシュタルは空中にてマアンナとともに俊足勝負を繰り広げている。
食らいつくのはアヴェンジャー。避けるようにして宝石を打ち込むのはイシュタルだ。
マアンナがある分空中での行動はイシュタルの方が精密に動けるが、速度自体はアヴェンジャーも引けを取らない。纏った煙幕のようなヴェールと胸部や四肢から迸る炎がまるでジェットのようにその体を乱雑に飛行させていた。
「メソポタミアの稲神如きがァ!」
アヴェンジャーのムーンサルトキックを翻って、避けるが追撃が迫る。
拳。足。炎。連続した打撃がイシュタルを襲うが、それをイシュタルはジグザクと飛びながらよけ、宝石弾で逆に撃ち落とそうとする。
焔と輝きが交わる。
「誰が稲神よ! この私を怒らせようとは……度胸だけは一人前ね。いいわ、少しだけ遊んであげる!」
人差し指を銃身のように固定して、イシュタルは神性を充填して発射し始めた。
アヴェンジャーは空中を飛び回りながら、ヴェールで宝石を反射させて、イシュタルに一直線に向かう。
間合いを詰めて渾身の右打ちをイシュタルの腹部めがけて殴りこませるが、イシュタルはそれをマアンナで防いだ。
そうして、拳とマアンナとがぶつかり合う音が大鐘の如く響き渡ったと思ったら、アヴェンジャーの拳から炎が漏れ出しイシュタルを襲う。
指の神性弾を発射し、マアンナに宝石矢を番えて、発射した。
着弾とともに煌めく爆風が吹き荒れ、二騎は空中を回転しながら間合いを取った。
「炎の闇よ、空を抱け!」
アヴェンジャーが腕を振るうと、炎が吹き荒れ、鞭のようにイシュタルを取り囲むが、マアンナに乗ったイシュタルはそれを踊るように躱していく。
「私の俊敏さを忘れているのかしら? ……って、見失った!」
見渡す限り茨のように渦巻く炎がしなっている。立ち上る柱が倒れるようにして、こちらに向かってくるがそんな緩慢な動きでイシュタルをとらえることはできない。
天を舞う雲雀の如く軽やかさと速さを魅せつけ、肉体の黄金律をこれでもかと誇示するイシュタルだが、やはりアヴェンジャーを見つけることはできない。どこを見渡しても炎、炎、炎。しかもその炎自体がアヴェンジャーの魔力によって発火したものであるから、魔力感知がうまく働かない。陽炎と魔力の揺らめきを巧妙に操り、彼奴は炎上のフィールドを展開したのであった。
くっ!
小癪な。私の特権である『空』を飛び回り、剰え私を炎の迷宮に閉じ込めようだなんてムカつくわ!
だめよイシュタル。
冷静になりなさい。
私の気配察知を惑わすこの炎。そして、忽然と姿を消したアヴェンジャー。あれだけ宝石をぶち込んでやったのだから、少しは霊核に響いたのかしら?
このままここで惑わされていたら、態勢を立て直されてしまう。
その前に確実に……討つッ!
うふふ。
あいつがどこに逃げようが、隠れようが関係のない方法を思いついたわ!
「宝具は――1発ならどうにか現界を維持できそうね。アーチャークラスを、ひいては私の単独行動(A)に慄きなさい! ゲートオープン! ――!?
真名開放をしようとイシュタルが手を挙げたその時、背後から途轍もない一撃が迫った!
黒き星は白き神がした行いへの意趣返しかのように報復の踵を天の女神の背中へと振り下ろそうとした。飛び込んだ彼は正円の軌道を描いた。
天を踏みしだく冥界の一撃!
「慄くのは貴様の方だ、天の女主人! 沈めッ――!」
なんということか。
アヴェンジャーはイシュタルを囲った炎の群れの陰に隠れ、襲うタイミングをうかがっていたのだ。
姿晦ましのヴェールに、気配遮断、背後からの暗殺などとここまでくると本当はアサシンクラスなのではないかと疑いたくなるほどの戦闘スタイル。
しかし、迫りくる黒炎の踵はまごうことなきアヴェンジャーの憤怒を体現した爆炎の如くである。
先ほどまで立ち上っていた渦巻く柱の如き炎群は一気にアヴェンジャーの踵に吸い込まれていく。
その踵の一撃はイシュタルの記録にもあるあのケツァルコアトルのように、神霊の背骨をへし折るものだろう。
どうにかして、躱さないと――!
マアンナを即座に後ろに回して、ガードさせるがそれが持つのは数秒もないだろう。
そこから態勢を立て直し、近距離戦に持ち込まれたときのことをイシュタルが想定しようとした、その時。
黒いスパークが飛来した。
あれ、は――