無気力な人は、なんとなく人に感情が伝わりづらいと、聞いたことがある。
それはそうだろう。無気力だってことは、他人に興味がないと同義しても差し支えないのだから。
だから周りが喜んでいる姿を見ても、心は躍ったり、嬉しくはなったりしても、感情を表に出しづらくなっていくんだ。
「やるじゃんあたしら! いっそのことチーム組んじゃう?!」
「そうそれ! 私も誘おうと思ってたんだ! どう、2人とも?」
「セツは……お姉ちゃんと相談かな」
一歩引いた目線とは言っても、それは大人びているというのだろうか。
微笑ましい、嬉しい。暖かい。そんな感情がわたしの中でもちゃんと息をしている。表に出したい。ひゃっほーい! って口に出しながら、両腕を元気いっぱい振り上げてその辺を走り回ってみたい。
流石に大げさだと思うけれど、それくらい分かりやすい感情表現であれば、もっと友達はいたかもしれない。
人は大げさな方が好まれる。だからバカッターとかいう若気の至りと、目立ちたい、人気になりたいという欲望を大釜の中でぐるぐるかき混ぜた代物が出来上がる。
「ちびっこ、遠慮しなくても、いいんじゃなーい?」
「ちびっこじゃないし! ……セツは、もうフォース組んじゃってるから」
「てことは引き抜きー?! 昼ドラ胸アツ」
「嫌ならいいんだよ。でもセツちゃんとフォース組みたいなー、なんて」
「……ありがとう」
わたしを置いてけぼりにして、話は進んでいく。
滲み出す嬉しさを、涙を目の奥で押し留めながら、ハニカムように笑顔をこぼす少女はまるで褒められ慣れていない子供のような、そんな気持ちにさせてくれる。
このくらい。このくらい嬉しそうにしていれば、わたしはもうちょっと感情的になることができるだろうか。
先のクリエイトミッションでエクシアを落としたときのような感情を爆発させたシャウトを、わたしはできるだろうか。
「ね、ハルもいいでしょ?」
「う? うん」
「話聞いてなかったでしょ」
「聞いてたって。セツが今のフォース抜けるかもってことでしょ?」
「聞いてないじゃん……」
そんなニュアンスの話だと思ってたんだけど、ひょっとして違うの?
モミジが顔を見るなり、やっちまったなと言わんばかりに、お前は失敗したんだと指を差す表情をしている。
「……でも、フォース組みたい。セツもフォース組みたい! ……あ、ごめんなさい。ワガママ言うなんて…………」
「何言ってんのさ。ちびっこがワガママ言うなんてフツーのことっしょ」
「でかお姉ちゃん……」
「でもでかお姉ちゃんっていうのは禁止な」
「それは譲れないし」
「譲れしー!」
「あはは!」
事態はわたしの適当につぶやいた言葉通りになっているらしい。
自分で言っておいて、それはないだろとは思ったのにな。
モミジだってナツキだって、絶対お前が悪いみたいな顔してたのに、セツが言った途端これだ。子供のワガママは卑怯だなぁ。
「ハルは嬉しくない?」
「え?」
「なんか考え事してて嬉しくなさそうだし」
「そんなことないけど」
ほらやっぱり。わたしは感情が伝わりづらい。
わたしだって昔はこんなじゃなかった。眠いのは相変わらずだったけど、小学生の時はとにかく元気だった覚えがあったのに。
人はそう簡単には変われないと言うけれど、大きなきっかけがあれば変わってしまう。いや、変えられてしまう。わたしがその例だ。
「もっとはしゃげし! わーい! ほらやってみ?」
「わーいわーい!」
「ちびっこもやってるしはよぉ」
「わ、わぁい?」
乗せられるわたしは、どこまで行っても流されがちな体質。まぁ、今はそれでいいのかもだけど。
「もっと元気よく! わーい!」
「わぁい」
「もいっちょ! わーい!!」
「わぁーい」
「ほらよいしょ! わーい!!!」
「わ……わーい!!」
「あはは!」
何笑ってるのさ、ナツキ。わたしだって怒る時は怒るぞ。
「なんか、ハルのそういうとこ、初めて見た!」
「確かにー! ハル、ちょっとだけ自分は他人とは違う的オーラ放ってるし」
「わかるー!」
「分からないでもらえる?!」
「そのくせ流されやすいし」
「うっ」
それはわたしも気にしているところなのだけど。
モミジというギャルはなんだかんだで人の動きに敏感なように見える。逆にそれが安心するとは言わないけれど、頭一つ抜けて大人な雰囲気を放っているから、そう見えるのかもしれない。
「もうちょっと遊ばない? まだ時間あるし」
「いーじゃん! あたしも足りないところだったんだ!」
「セツも! ハルお姉ちゃんも、遊ばない?」
なんか、暖かい。
きっとわたしたちは4人揃って友達という間柄に相応しいのかもしれない。なんて、ちょっと出過ぎた感情かな。
でもそんなのが悪くないと思える程度には、わたしはもう一人ぼっちじゃないのかもしれない。
――だから。
「まー、いいんじゃない?」
「よっし! フォース組むなら、ランク上げなきゃね!」
採取ミッションに無双ミッション。シャフランダム・ロワイヤル。
いろいろあるけれど、今日はわたしが選ぶこともないだろうし、3人の様子を見ることにしよう。
◇
みんなと別れた後、セツはなんとか説得したくて、"お姉ちゃん"たちのいるフォース――セツのフォース、へと向かった。
フォース「オリンポス」。神の居所と名付けられたフォースには、2人のお姉ちゃんを筆頭に女性限定で組まれている。
セツもそのフォースの一員で、下っ端。だけどフォース内では少しだけ特別な位置に設定させられている。その理由は……。
「セツ、今日の入金はそこそこね」
「気張りなさい。あなたはログイン時間が長いだけが取り柄のELダイバーなんだから」
ELダイバー。2年前の第二次有志連合戦によってその存在を肯定された電子生命体。
ガンプラビルダーたちのガンプラへの思い。愛によって生まれたとされているその生命体は、GBN内でいくつもその生命を花開かせていた。
ELダイバーはリアルの肉体となる特殊なコーティングが施されたプラモデルと一緒に後見人と呼ばれるダイバーの協力なくして、存在を確立することができない。
セツの後見人はこのフォースにはいないし、普段はセツとは別のことをしているから今の実情を知らない。
セツは、フォース:オリンポス。俗称メデューサ姉妹の手によって、労働を強いられている。
「お姉様、相談があります」
「……生意気ね。いっちょ前にワガママかしら?」
「ちが、います……。セツはフォースを抜けたい、んです」
顔色を窺うように、不安を一生懸命表に出さないように、自分を押し殺しながら先に進む。
けれど、厳格なメデューサ姉妹がその前に立ちはだかる。
「……フォースの掟、忘れたとは言わせないわよ」
「あんた、姉さんに助けられた恩をまだ返しきってないわよ?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!! BCなら持ってる分全額払います。だから!」
「ふぅーん」
興味なさそうに。それでいて何かろくでもないことを考えているような、つまらなさげな声に心の中のセツが押し潰れてしまいそうになる。
だけど、セツが初めて自分で入りたいと、やりたいと思ったことなんだ。だから……。
「メンバーを見せなさい」
「へ?」
「フォースメンバーよ。あるんでしょう、一覧」
確かにある。あるにはあるけど、まだ結成してないと一言口にしてから、3人のメンバーの情報を差し出した。
「ハルに、ナツキに……モミジ、ねぇ…………」
「姉さん、これは……」
「いいわ、許可してあげる」
それは意外な言葉だった。メンバーを見せるだけでフォースからの脱退ができるなんて思ってもみなくて。お姉様は絶対にNOと言うと思って、セツはそれでもと文字通り足にひっついてでも泣きつくつもりだった。
でも現実はあっさりと、簡単に事が済んでしまった。
お姉様の前ではしゃぐことは許されないから、身体と顔をコンクリートで固めて、ありがとうございます、とお礼をつぶやく。
「でも。2つ、条件があるわ」
「2つ……?」
何故だろう。背中の奥の方がビリビリとしびれる感覚がする。
ELダイバーは生命体であって、AIではない。第六感というものがしっかりと存在する。それは紛れもなく生命体であることを示唆しているし、ちゃんとセツが生きているんだって実感を味わうことが出来た。
だから背中を通して嫌な予感が全身へと響いていく感覚も知っている。これは悪寒。何か、とんでもないことをしようとしている、予知のようなもの。
「3人の前で、自分がELダイバーであることを告げなさい。きっと面白いことになるわよ」
メデューサ姉妹の言葉は絶対。それはフォースを抜けたとしても、変わらないことだ。
◇
「よっしDランクー! フォース組めるよ、やったね、ハル!」
「うん。ちょっとめんどくさかったけど」
ハッキリ言おう。3日かかった。超面倒くさかったと言わざるを得ない。
確かに最初の1週間ほど、狙撃練習にトランザム特訓といろいろやることはあったにせよ、ポイントを貯めるって行為をしてこなかった、わたしたちに原因があるのは認めよう。
だからって3日間、ずーっとミッションとロビーの行ったり来たりはかなり精神的に来る。恐らくわたしはハムスター活動、周回に死ぬほど向いていなのかもしれない。
「ちびっこもフォース抜けて1日経つし! やるじゃん」
「ちびっこ違うし。それよりフォース名決めてるの?」
「うん、ハルがね!」
君には芸術の才能がーとか言いながら、わたしの肩をたたいてドヤ顔を決め込んだナツキの顔が今でも憎らしい。
昔からそういった名前を決めるとか言うのも向いていないと思っていたのに、ナツキはそういう些末なことを一切無視するらしい。何たる非道。許すまじ。
でも、流石に2日も前に言われたので、多少なりとも名前の候補は上がっていた。その上でナツキにいくつか言ったら、これがいいと直々に指定された。
「フォース:春夏秋冬」
「春夏秋冬?」
「ハルが春。私が夏。モミジさんが秋で、セツちゃんが冬って感じ」
「いいじゃん! あたしたちと似合ってるし!」
「うん……。うん、そうだね!」
良かった。ナツキが大丈夫とは言っていたものの、心のどこかではやっぱり不安ではあったから。こういうことは流される体質のわたしには似合わない。クラスの端っこで学級会を聞き流しながら寝ていたわたしが、こんなことを決めるなんて思わないじゃないか。だから不安だった。
でも、こうして受け入れられて、3人で良かったと心の底から思ったんだ。
「リーダーはナツキ任せた」
「えぇ?!」
「あたしも嫌だし。消去法でナツキチじゃん?」
「セツもそう思う!」
「しょうがないなぁー」
みんなの中心は大体ナツキだから、まとめ役も大丈夫だろう。信頼してるよ、ナツキ。と無責任な信頼を向けておいた。これはわたしからの仕返しだと思ってくれたまえ。ふふ。
「あの、ね。セツ、言わなきゃいけないことあるの」
「どしたちびっこ。そんな改まっちゃって」
ロビーカウンターでナツキがフォースの登録処理をしている最中に、セツは重苦しく口を開いた。
「セツ、ELダイバーなの」
える、なんて?
聞き慣れない単語を重大な決断として口にしたセツがどんな気持ちかはわからないけれど、わたしはそのなんちゃらダイバーって名称知らないし。
そう口にしようとした瞬間、モミジの様子がややおかしいことに気付いた。
まるで、親の仇を見つけたような、そんな憎悪と恐怖に滲んだ、アバターでも隠しきれない負の感情が。
「EL、ダイバー……?」
「う、うん……」
「なんで、あたしらにそれ言ったの。言って得なんかないじゃん」
「言えって、お姉様が……」
「すぅー……はぁ…………そう」
居づらい。とても居づらい。
モミジは何か知っているみたいだけれど、それがセツと、ELダイバーとどう結びつくのか皆目見当がつかない。
でも、モミジはとっても苦しそうに、その名前をつぶやいた。過去に置いてきた何かを掘り出されて、黒歴史を晒されたような、そんな追い打ち。
表面上は平気を装っていても、心はそうはいかない。心は生きている。脈を打って、感情を伝えて受け止めて。それを必死に押し隠すように、モミジはその場から電子の欠片となってログアウトした。
「モミジ……」
「ハルお姉ちゃん、ごめんなさい。でも言えって言われたから」
「……そう。わたしはまずELダイバーって何? から始まるんだけどさ。教えてくれる?」
「え? 怖くないの?」
「怖いも何も、わたし何も知らないし」
判断材料がなければ、怖いもなにもない。だから人は知りたがる。
無知が怖いと知っているから。
でも、知っていても怖いと思うものはある。モミジ、ちゃんと明日はログインしてくるよね?
胸に離別の恐怖を抱きながら、セツはわたしにELダイバーとは何かというものを教えてくれた。
這い寄るは過去から
いつもの19時ぐらいにクリスマスの幕間あげます。
そっちも読んでいただけたら嬉しいです。