「知らないとこに来た時にさ、なんか胸の奥がキューってなる感じしない?」
「あ、分かるー!」
「あれってなんなんだろうね」
「……あれ、どういう話?」
分からない。分からないけど、こういう広大で他になにもない場所に放り出された時、何故人は胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に陥るのだろう。
現実でもGBNでも変わらない感覚は、リアルとバーチャルがごっちゃになっているんだと判断するにはそう時間がかからなかった。
やってきたるはディメンション・トワイライトの端。だいたいノルウェー辺りで、この辺は極圏エリアと呼ばれる、寒々しい海が支配する場所だ。
ガンプラで渡っていけばきっと北極をモデルにした地域も出てくるだろうが、この春夏秋冬モビルワーカー「スーパー四季」で踏破することは出来ないだろう。
なので休憩も兼ねて、モビルワーカーを止め、辺り一帯を観光することにした。
「お姉ちゃん! 撮って撮って!」
「おっけい。もうちょい左寄って」
「セッちゃん可愛いよー! 可愛いよー!」
「ありがと、ちのお姉ちゃん!」
「はいシャッターチャンス」
この日のために、というわけではないが、長年のスクショ機能から脱却。デジカメを手にしたわたしは、極圏の海に漂う氷山とともにセツをパシャリ。
うん、悪くない。ちのもセッちゃんは今日も可愛らしいと褒めてくれた。
「しっかし、ホントになにもないねー」
「ちょっと先に行けばドーム都市があるって話だよ。バンデット・レースの会場みたいなとこ」
「へー」
「セツ、バンデット・レース知ってるよ!」
わたしは知らないんだが。
興味はないけれど、これは動画だ。試しにセツに教えを請うてみるとしよう。
「どんな感じなの?」
「んとねー。おーきい場所で。こう、ガンプラ同士がびゅーんと!」
広大で雄大で、それこそ周りに音の出るものなんて1つもない場所で、セツの大きな声が轟いて、宙に消える。
沈黙。それは無限であり有限。一度出てくれば、無限とも言える長い間の時間を感じるが、大抵の場合は1分も、10秒も経っていない。そして誰かが喋れば、それは有限となり寡黙なる壁は破壊される。
「草」
先陣を切って、モミジが沈黙を拳で叩き割った。
それにしたって「草」はあまりにも恐ろしく、心をナイフでずたずたに引き裂くような残酷さを感じた。端的に言ってしまえば、かなり酷いこと言ってるよね、モミジ。
「むー! でかお姉ちゃんひっどくない?!」
「そうそう! セッちゃんがせっかく教えてくれたんだよ?!」
「じゃあちのっちは理解できたの?」
「ちのっち……ふふっ」
「ナツキちゃん今笑ったでしょ!」
「笑ってない……よ? ふふ!」
明らかに笑ったのはわたしにも見えた。だから助けを求めるようにしてわたしの方を見ないでほしい。求められてもそんなに美味しい味は出せないから。
ナツキチにちのっち。ちびっこと。妙なセンスを見出すモミジのニックネームだが、そういえばわたしのニックネームって聞いたことない。だいたい「ハル」呼ばわりだし。
仕方ない。気になったし、ナツキを助けると思って、泥舟を出すとするか。
「モミジ、わたしは?」
「なにが?」
「ニックネーム! みんなに言ってるでしょ」
「あぁ」と納得した様子のモミジ。わたしにニックネームを付けていないことをどうやら彼女自身覚えてなかったらしい。モミジに嫌われてたりとかしないよね。大丈夫?
顎の下辺りをこすこすとかき乱しながら、カメラを構える姿はちょっとだけ様になっているが、それはちょっとだけ。見た目がギャルだからか、説得力に欠ける。
やっぱりわたしがカメラマンやったほうが良かったと思うんだけどなぁ。
答えが出たらしく、わずかに声を出しながら、モミジはわたしのニックネームをこう告げた。
「ハルカス」
「カス」
「ハルカス」
「ハル、カスっ! あはは!!」
「ちょ、ナツキ酷くない?!」
「今のはナツキちゃんが悪いねぇ」
「ち、違う! 私は……! あはははは!」
そうまでして豪快に笑われると大した反応ができなくなってしまうんだけど。
ナツキには笑っていてほしいが、わたしが笑われるのはお門違いだ。というか失礼。酷い。最低。友達じゃなかったら絶縁している。そんなレベル。
……ま、友達だから別にいいっか。
◇
「ドイツと言えば! はい、ハルちゃん!」
「えっ?! えーっと……ビール」
「あたししか飲めないじゃん!」
「セツはー?」
「ちびっこは赤ちゃんでしょ。ばぶー」
「セツ赤ちゃんじゃないもん!」
トワイライト巡りも時間的にこの辺で終わりだった。
場所はドイツに当たるような場所で、名産もとにかくビールやソーセージと、ドイツらしいものがいっぱいだった。
このゲームにも年齢制限というものが存在する。センシティブな行為そのものは禁止されているのはもちろんだが、お酒というものも原則20歳以上からだ。
フィードバック機能はそれまでのVRゲームを一新させるものだったという。
痛みの感覚やGの質感など、五感全てでゲームを味わうことができるのであれば、当然不都合なども出てくるわけで。
アルコール。要するにお酒もその内の1つだった。
以前まではアルコールのフィードバック設定などはなかったため、どんなプレイヤーでも「味」自体は楽しむことが出来た。
だけど、Ver.1.78のアップデートに伴い、未成年の飲酒は禁止された。当時は賛否両論が上がっていたが、蓋を開けてみればいつものリアルと変わらないならそれでいいや、という声が上がり、落ち着いたとか。
複雑に言っているけど、ELダイバーでも一般人でも、お酒は20年経ってから、ということだ。
「ちのちゃんって、何歳なの?」
「永遠の17歳だよ!」
「うわ」
「モミジちゃん、何その「うわ」は」
「リアルで言う奴初めてって意味」
まぁ、確かにリアルでそんなことを言っている人がいたら、恐らくドン引きすること間違いないだろう。現にセツ以外若干引いてるし。
いくつに見える? なら冗談と済ませて先に行けたけど、このタイプの反応は総じてこうだ。
「ま、20代は行ってそうだよねー」
「……い、行ってないし」
「モミジ、その辺にしとこ。ちのがセツの頭の匂いかいで平常心を保とうとしてる」
「あ、やべ」
ちのが実際いくつなのかは分からない。分からないけど、こういう格言があるのも一つの事実だ。
「乙女に年齢を聞いてはいけない」っていう唯一無二の普遍たる事実が。
「フォース戦、覚えてろよ」
「う、うっす」
こうやって人の逆鱗を買うことになってしまうから。
「あとシュトーレンとか人気だよね。まだ11月だけど」
「シュトーレンってなに?」
「クリスマス限定で売ってる菓子パンみたいなの、かな。美味しいよ」
「セツ、それ食べたい!」
「流石にまだ売ってないでしょ。あったらゲキヤバ」
シュトーレンはナツキの言っていたとおり、クリスマスになるとパン屋で売るようになるドイツ独自の菓子パンだ。
固めのパン生地にくるみやドライフルーツ、レーズンなんかを中に入れて、上には雪のように砂糖を降りかけた一品。
何回か食べたことがあるけど、菓子パン故に意外と甘くて、美味しかった覚えもある。レモンの風味を付けたり、レーズンの酸味が混じってたり。考えていたら食べたくなってきた。
「なんか食べてかない?」
「シュトーレン!」
「また今度ね。バームクーヘンとかは?」
「いいじゃん! ヘイナツキチ! バームクーヘンが美味しいお店」
「知らないってば! ヘイハル! バームクーヘンが美味しいお店」
「なんでわたしに振るのさ。まぁいいけど」
トワイライトに行く前に買ったデジタル雑誌を見て、適当に決めることにしよう。
イギリスじゃないんだし、ドイツでお土産になるほど有名なバームクーヘンなら、まずい物を売りに出してるところなんてないでしょう。
近くにあるみたいだし、マップデータをコックピットにいるドライバーのナツキに転送してみた。
「……ハル、実は一番近いところで済ませようとしてない?」
「ソンナコトナイヨ」
「せめて普通の声で言ってくれない?」
ちっ、バレたか。こうなったらかくなる上は……。
隣りにいるちのとセツにもバームクーヘンの画像を見せてみる。
「わー、美味しそう!」
「このチョコのトッピング好きかも」
「ね。わたしを疑うなんて、ナツキも酷いなぁ」
「……そっちの方がずるくない?」
ちのとセツを味方につけてしまえば、3対2。多数決で言えば、わたしの方が優勢なのだ。民主主義国家バンザイ。流されがちの日本人に感謝だ。
数に圧されたナツキはわたし以上に文句をぶつくさ言いながら、ハンドルを切って草原を走っている。
この辺りの気温はだいたい涼しく、防寒具さえつけていれば風邪を引く心配はない。もっともデータの存在であるわたしたちや、電子生命体であるセツが風邪を引くことなんてあるのだろうか。
疑問は絶えないところだけど、そんなとこを気にしていても、どうでしょう本編で窓が半開きの状態で車内キャンプをするわけでもなし。だからわたしはいつもどおりの格好でいる。寒くはない。
と、走行している内にようやく該当のお店に付いたらしい。
中に入って注文してしばらくすると、目の前にはチョコレートでコーティングされたケーキの年輪、バームクーヘンがテーブルに置かれる。
「おー、これが」
「美味しそー!」
「ねー!」
「あたし、これ持ったまま食べんの?」
「嫌だなぁ、どうでしょう見てないの、モミジ」
「見てないけど」
「こういうときはね」
いただきます。そして、カットのごちそうさまだ。
とカメラを横取りして、録画を止める。食事シーンは実際に見たことはあるけど、あんな止め方じゃなかった気がするなぁ。
それでもモミジが食事シーンにありつけるのだから、嬉しそうにカメラを置いて会話を始めた。
「腕疲れた」
「あはは、でもなんでハンディカメラなの?」
そういえば、と言わんばかりにちのが当然の疑問を口にする。
G-Tuberはゲーム内で入手できるハロカメラを使って撮影する人が多い。小型でどこでも映してくれる高性能なカメラだ。
中にも浮いてくれるし、指示すれば自作したカットインとか待機画面も用意してくれるというのだから、カメラ相手なのに頭が上がらない。
ちのも同様に、1人で配信している時はずっとそれらしい。
最初はカメラの前でしゃべるのは恥ずかしかったらしいが、それも次第に減ってきて、今では舌打ち……じゃなかった投げキッスやドスの利いた声も出せたりとか。
一説では、実は猫かぶってるんじゃないかと言われていたけれど、セツを吸ったり触ったりしてる様子を見てたら、どうでもよくなりそう。
「こだわり、かな」
「こだわり、かぁ。大事だね、こだわり」
うんうんと、うなずいている姿は少しだけ配信者として、先輩みたいな絵面をしていて、頼もしくもあり、やや可愛らしくもあった。
「そだ。今度配信とかしてみたら? みんなならきっといい配信になると思うよ」
「そうかなぁ。結構グダグダすると思うけど」
「そこが持ち味みたいなところだよ! そういうのをたまに見たくなる人だっているみたいだし」
だとしたら、この動画にだって需要はあるかもしれない。こんなぐだぐだとわたしたち4人が喋ってる動画を望んでる人たちがいるかも知れない。実際はどうか分からない。わたしはナツキについていってるだけだから。
でも本当にそうだとしたら……。
「嬉しいね、ハル!」
「まぁ、うん」
「ハルちゃんもかわいいね! セッちゃんもそう思うでしょ?」
「うん! ハルお姉ちゃん好きー!」
「……そう」
褒められて悪い気はしないけど、こうやって面と向かって言われるのはちょっと恥ずかしい。背中の辺りがムズムズと痒くなって、目の奥が少し萎縮するような、そんな気がしてしまう。
「……ナツキ、何ニヤついてるの?」
「ううん、なーんにも!」
ナツキは何故だかニヤついてるし。ホントもう勘弁してほしいところだった。
◇
ガンスタグラム TL
ナツキ @Natsuki_sky
今日もハルがかわいい
モミジ @MOMIZI_GYARU
返信先:@Natsuki_sky
分かり手
セツ @ELsetsu_na
返信先:@Natsuki_sky
お姉ちゃんは今日も可愛かった!
ちの @chino_Wonderland
返信先:@Natsuki_sky @ELsetsu_na
ハルちゃんもセッちゃんも可愛いよ
ハル @Harucamera
なにこれ
ナツキ @Natsuki_sky
返信先:@Harucamera
反省会かな
ハル @Harucamera
返信先:@Natsuki_sky
やめて。死にたくなる
◇
「なにこれてぇてぇ」
ダイバーメロスは興奮した。
必ず、かの百合帝国の姫を推さねばならぬと決意した。
メロスにはG-Tuberがわからぬ。
メロスは、ソロプレイヤーである。
ライフルを撃ち、仲間内と遊んで暮して来た。
けれども百合に対しては、人一倍敏感であった。
「ハルちゃんの総受けでいいのか、これ」
調べれば調べるほど、G-Tuber沼に沈んでいった。
「嗚呼、セリヌンティウス」メロスは眼に涙を浮べて言った。
「ナツハル。ありかもしれない」
動画を見て、全てを察した。
ナツキちゃんは彼女にお熱だ。百合をたくさん見てきたメロスは人一倍敏感であった。
メロスは見守る決意をした。ロビーの壁のシミとなって、彼女たちの行く末を見守る決意をした。
百合厨は、ひどく元気だ。
最後のはちょっとしたお遊びです
次回からフォース戦開幕
◇メロス
百合厨。
作品「走れメロス」が元ネタのC級ダイバー。
いい百合を見つけたときには「メロスは興奮した。」という文言が入る。
自称エントランスロビーの壁のシミ。顔は西洋風にしているので結構圧が強い。
今まで数多くの百合を見てきたが、露骨に味が強いのはアイエリだと思ってる。
友達にセリヌンティウスというダイバーがいる。