ただ、真っ青な空が、地平線まで突き抜けている。
ただ、真っ白い雲が、空を泳ぐように漂う。
ただ、真っ黒な少女が、落ち込み気味にガンプラを背に座っている。
BCで購入したデジタルカメラでレンズ越しに空を写し込む。ただの空は、GBNの空はただただ広かった。
「はぁ……」
グラスランド・エリア。気付いたら訪れているこのディメンションで、わたしはどこか魂が抜けたように空を見上げていた。
数日間、モミジとセツの顔を見ていない。
それもそのはず、セツがメデューサ姉妹とか言う奴らの後ろについて行って、モミジは何か憑き物を晴らすように傭兵稼業に専念していた。
わたしたちがGBNを初めた当時と同じ景色。同じ様子。同じ、状態。
「……やっぱ辛いな」
わたしは離別の悲しさを、苦しさを、痛みを知っている。知っているからこそ、感情が麻痺したみたいに、その場に立ちすくんでしまう。
辛い。しんどい。そんな感情をコンクリートで塗りつぶして、乾燥させたみたいにガチガチで。ヒビが割れなきゃ、感情が外へ出ていくことはない。
「ねぇ、ブレイブ。あなたは悲しい?」
まるで友達に話しかけるみたいに、わたしはガンプラに、ガンダムファインダー・ブレイブに声をかけていた。
風が機体を撫でるように、ひゅーという音を立てて彼は答えてくれた。
分かんないよ、そんなんじゃ。セツみたいにガンプラの声を聞けるわけでもない。だからわたしが行くべき道が分からない。
わたしは、迷ってるんだ。この先どうすればいいのか。
誰かに頼れば、誰かの道の後ろをついていけば、どうにでもなる。
でも、わたしは今一人ぼっちだ。一人ぼっちではどこに流されていいか分からない。どうやって勇気を出せばいいか。出したところで、風船の空気が抜けていくみたいに、どこにも定まらずに宙を舞って、ぺたりと地面に落ちる。
結局、わたしは何も変わってない。ブレイブなんて名前をガンプラにつけても、そう簡単に根っこの部分が変わるわけではない。
衝撃的な出来事でもなければ、勇気は摩耗していって無へと溶けていくんだから。
ファインダー越しに、レンズ越しにガンプラを見ても、表情は変わらない。
でも、こころなしか落ちこんでいるようにも見える。パシャリと、1枚撮った写真は、カラッと晴れた秋空なのに、暗い表情を写していた。
「あなたも悲しいの?」
同じだね。ガンプラも主人と同じ感情を抱くのかな。だとしたら、この無力感が伝わって、より一層彼も寂しいはずだ。そうだよね、セツのガンダムダブルディバイダーも、モミジのハイザック・バトルスキャンも。そしてナツキのガンダムアストレイ ブルースカイも、みんなあなたの仲間だ。
誰が欠けても、悲しい気持ちになるに決まってる。
「寂しいよね、誰かがいなくなるって」
もう一度背中を合わせて、頭を装甲の壁に乗せる。
人はどこまで行っても1人だ。だから他人を求めたがる。
求めて、群がって、そして人間関係に絶望する。そういう風に出来ているんだ。
今回もたまたまロシアン・ルーレットのハズレを引いただけ。100%外れる、クソみたいなルーレットに。
「寂しい」
口にすれば、それは心を巣食う病になる。言葉にすれば、人はそのとおり動く。
わたしは寂しい1人。いつからだっただろうか、こんな性格になってしまったのは。
彼女と、ナツキと出会うまでは1人で大丈夫だったのに。
こんな思いをするのはナツキのせいだ。そうやって他人のせいにして、嫌な感情を押し付ける。そうやってみんないなくなってきた。
今日はどこかにいるナツキが、今はたまらなく恋しい。
あのバカ、どこにいるんだよ。
わたしを、1人にしないでよ……。
見上げる空には青い空と白い雲。そして青い鳥が1羽。いや、1機。
青い鳥は、わたしたちの下へ降りてくる。
青い翼、青い身体。そして空に似合わぬ刀が1本。
「やっと見つけた。探したんだよ?」
「ナツキ……」
はは。言葉にすれば、言霊ってのが叶えてくれるらしい。
せっかくの再会なのに、あっけなさすぎて乾いた笑いしか出てこない。
「何笑ってるの」
「ううん。なんでもない」
ちょっと嬉しいだけ。そんな言葉は嫌でも吐きたくない。
普段、というか最初にお前は重たい女だ、発言をしたのに、いつの間にかわたしが依存しているみたいで、そんなの恥ずかしいし、自分にイラッとくるから言わない。
何か用? と一言聞いてみれば、要件はすぐさま出てきた。
「メデューサ姉妹に喧嘩を売ろうと思って」
「……どういうこと?」
「私たちの手でセツちゃんを取り戻すの!」
それは、ある意味願ってもないチャンスかも知れなかった。
「メデューサ姉妹は約束にこだわってた。ならアンティバトルって形でフォース戦をして勝つんだよ! ね、いい案でしょ!」
それは、無理がある気がした。あの人たちのことを、わたしは知らない。知らないからこそ言えるだけで、実際のところ本当に約束事にこだわっていたのか、それさえ分からなかった。
それにメデューサ姉妹にはなんのメリットもない。自分の手下を棒に振るような真似を、あいつらがするかどうか。
「……無理だよ」
「え?」
「あいつらが勝負にノッてくる分からない。断られたら終わりだよ」
「それは……」
ナツキは口を、目を閉じて夢想するように考え事を始める。
わたしだって悔しい。悔しいから、ナツキの話にだってノリたい気持ちはある。だけどやることへの成功率が限りなく0に近いなら、やっても意味はない。
むしろわたしたちを、ナツキを危険に晒すかもしれない。そんな事、したくないんだ。
「それでいいの?」
よくない。だいたいあいつらは勝手すぎる。いきなり出てきてセツを奪いに来たなんて、許したくない。
「じゃあなんで、ハルは最初から諦めてるの?」
そんなの、無理だから……
「私ね、ある昔話を聞いたんだ。『第二次有志連合戦』っていう伝説を」
たった1人の少年の好きが、周りに伝播していって、少女を、ELダイバーを救う夢物語のような実際の話。
わたしは、信じられなかった。わたしがGBNを初める2年前にそんな大事件が起こっていたことを。
わたしは、信じられなかった。たった1人の好きが、みんなをつなげ、救ったことを。
わたしは、信じられなかった。そんな話をして、わたしを説得しようとするナツキを。
「何が、言いたいの?」
「私たちだって同じだってことだよ! 好きな誰かを救うために、わたしたちがセツちゃんのための『ビルドダイバーズ』になるの」
「大げさだよ。現に、セツだってまだ生きてるんだし」
後見人がちのである以上、ちの本人がセツに危害を加えることなんてない。
おとなしくしていれば、自分を押し殺していれば、セツは無傷だ。
――それでいいの?
ナツキの言葉がリフレインする。その言葉の答えも、わたしがどうしたいかも、完全に把握している。頭では理解しているんだ。
「それでも! 私はセツちゃんを、仲間を見殺しにしたくない! 私は、私の好きを諦めたくない!」
好きを、諦めない。……わたしだって。わたしだって…………っ!
「……だとしても。わたしたちはあいつらを納得させるための価値を出せない」
「それで、見捨てるつもりなの? じゃあなんでハルはそんなに辛そうな顔をしているの?」
拳からデータの破片が出てくるぐらい固く、強く握りしめて、その言葉を否定したくなる。
痛い。心が叫んでいる。早く楽になれと。本当のことを話してしまえと。
でも……っ! だって……。
「わたしには、ないから」
「……何が?」
「勇気が、ないから」
本当なら今すぐにでも走り出したい。わたし単機だけでフォースネストに突っ込んで、暴虐の限りを尽くした後に、セツを救い出したい。
だけど、その勇気がないから。意志がないから、わたしは流される。勇気と名付けた機体が悲しげにうつむいているのが見える。そうだよ。わたしは1人じゃなんにもできない。
一人ぼっちだから、誰も救えない。
「1人じゃないよ」
「ナツキ?」
ナツキの暖かくて柔らかい手がそっと頬を撫でる。
触り方にもどかしさと、優しさを添えて、ただゆっくりとわたしを撫でた後、わたしの手を握って、こう言う。
「じゃあ、『今度』は私が勇気を分けてあげる」
手を握って。勇気を注入するために、力を込めて。目を閉じて、念を込めるように、そっとおでこにくっつける。
ナツキは、どうしてそこまでしてくれるんだろう。
こんな取るに足らないボッチを、どうしてそこまで養護してくれるんだろう。
気付けば口にしていた。しまった。そう思う頃にはナツキは優しく微笑む。
「ハルは、私の大切な親友だもん」
「親友……」
「ハルは、私じゃ嫌?」
それは全力で否定する。首をブンブン取れんばかりに振って。
いつの間にか涙も出てたけど、そんなこと構うもんか。それより、わたしは伝えなきゃいけないんだ。
「いいかもね。……その、親友って」
「ん。でしょ?」
人は特別って言葉に弱い。それはどんな玩具でも、ブランド品でも、関係性でも。
わたしは、彼女に特別と思われているんだ。それが嬉しくて、喜ばしくて。
同時に怖くもなる。わたしの特別は一度なくしているから。
――だけど。
「勇気、受け取ったよ」
「じゃあ注入成功だ! えへへ」
そのふやけた笑顔に、わたしはどれだけ救われてきただろう。両手の指じゃ数え切れないくらい、たくさんで、膨大で。その度に胸の鼓動が高鳴っていく。
きっと親友に向けるような、胸の鼓動をしていない。
どうしてかわからない。だけどドクン、ドクンと細かく速く胸打つ脈動は、決して友達に向けていいそれではないと脳は勝手に認識している。
でも、悪くない気持ちだ。嘘。ホントはいいも悪いもひっくるめて、1人の女の子にここまでの感情を抱くわたしに戸惑っている。
――わたしは、もう一度手にしたい。
一度なくしているから、今度は離したくなかった。
今度こそ、この手からこぼれないようにしたかった。
わたしはこの感情の名前を知らない。
友達以上の、親友以上の関係を、わたしは知らない。
でも、伝わってしまったら彼女との関係が壊れてしまうかもしれない。何かが欠けてしまうかもしれない。それは、とても嫌だ。
聞こえてほしくない、この鼓動の高鳴りを。伝わってほしくない、この気持ちを。
「どうしたの?」
「へ?! な、なんでもない!」
「それならいいけど。で、どうなの?」
「何が?」
「聞いてたでしょ! 私たちの第二次有志連合戦、参加するよね?」
高鳴る鼓動を必死に抑えて、わたしは早速もらった勇気に恩返しする。
両手で確かにナツキの手を握って、こう告げる。
「わたしでよかったら、喜んで」
「ありがとね」
「礼を言うのはすべてが終わってからにしよ」
「それもそうだね!」
やることは多い。モミジを連れ戻して、作戦を練って、フォース戦の用意をして。
だけど、ナツキにもらった勇気を胸に、絶対迎えに行くから。待ってて、セツ。
そう言って自分の感情を棚置きし、胸の奥にセツ奪還への決意を胸に秘める。
青い空に、決意と勇気を織り交ぜ、契りを結ぶのだった。
伝わる想いは、勇気ともうひとつ。