起きてから、引っかかることばかりだ。
お尻の間にパジャマが引っかかったり、ドアノブにパジャマが引っかかったり、冷蔵庫のドアにパジャマが引っかかったり。
パジャマばかりじゃないかって? そんなことはない。
眠いまぶたをこすって、今日も健常状態であれば行かなければいけない学校へと足を向ける。
わたしは、何か引っかかってる。それが何かは分からないけど、誰に、なら分かっている。それはナツキに対してだ。
わたしはナツキに対して、何か感情を抱いている。でもフィルターが付いてるみたいに簡単にそれが外に出てくることはない。自分で用意した自前のねずみ返しが今は少し邪魔くさい。
小骨が喉に引っかかるように、また隙間と隙間の間に入ったお金が取れそうで取れないように、わたしは登校中ずっと何か分からない引っかかりと違和感に襲われていた。
「おはよ、ナカノさん」
「……おやすみ」
「寝ないでよ!」
朝のわたしはとんでもなく機嫌が悪い。
自分で言うのはすごく頭の中で違うって考えるが、とにかく一段階さらに睡眠デバフが入って、機嫌の悪さが今にも爆発しそうだった。
そんな時に寝ないでと抵抗してくるんだから、ナツキは勇者と言っても過言ではないだろう。勇者ナツキ、魔王ハルを打ち倒せ、みたいな。あ、やば。どうでもいいこと考えてたら本当に眠くなってきた。
「まぁ、昼でいっか。じゃあね、おやすみ」
勇者はその場を放置するという形でわたしの元から去っていった。ふはは。これで世界は魔王ハルのもんだー! なんて言っても、実際問題それは夢の中の出来事で。
世界を手に入れてもわたしの欲は満たされない。どこまで行っても暗雲立ち込めるどんよりとした灰色の雲と、時々見える雷の閃光。たったそれっぽっちの世界に何を思い馳せる必要があるだろうか。
わたしが望むものは青い空と白い雲。そして家族だと言うのに。
当然だけど、授業中わたしは起こされない。常習犯だから起こしてもいつもどおり寝てしまうからだ。でもテストの成績がいいのは、単に自習の効率がいいからだと思う。
なんてね。成績が悪い人が聞けば、きっと袋叩きになってしまうことだろう。おー、怖い怖い。
そうしてやってきた昼休みにわたしは肩をポンポンと叩かれて起こされる。
寝ぼけ眼で虚ろな目で見る先には、ぼやけて見える黒髪ロングのストレート。でも眠いからもう一回伏せてしまおうか。などと考え、頭を下げようとした瞬間、今度は激しく揺らされる。うぉうぉ、なんだなんだ。
今度はハッキリとした殺意と憎むべき相手を見つめる。やっぱりさっきの黒髪ロングのストレートだった。
「なに、ナツキ」
「お昼休みだよ。一緒に食べよ」
「寝てたいんだけど」
「パンでも何でも食べなきゃ! 買ってきてるんでしょ?」
「ういー」
机を境に反対側の机にナツキが座る。なんか変な感覚だ、誰かの食べるとか。
予めかばんの中で丹精込めて熟成させていた、今朝コンビニで買ったパンを机の上に並べる。今日もだいたい2個で十分。安上がりなわたしの燃費に感謝だ。
モキュモキュ口を動かすわたしに対して、ナツキは大口開けて一口ずつ摂取していく。スマホ見ながらだから、食事なんて面倒くさいとか思ってるのかな。
「これ見て! アウトフレームの作例!」
「んー? あー。これが例の?」
「言ってたやつ。でも完成度高くて再現できないボツ」
髪の毛と同じように綺麗な親指を上下に動かしてスマホの画面をスクロールさせている。どっちかと言うと、スマホが気になってご飯を食べるスピードが遅いと見た。現にさっきから全然パンを口に入れてないし。下唇に力が入りすぎて、への字の唇になってるし。
「やっぱないねー、ガンカメラ」
「なんかないの」
「なんかって言われても……」
「所詮はプラスチックだから……ペットボトルから切り出すとか」
「小学生の自由工作かと」
「それか作るとか」
「作れなくはないけど……」
手間がかかるんだよね、とぼそり。やっぱかかるんだ。
わたしの目から見ても丸いボディだし、難しそうに見える。それともナツキのガンプラ技術が実際そんなでもなく、ただただ技量がないのかもしれない。そう考えたらちょっとだけ悲しくなってきた。
「ま、これは今度かな。今日も暇?」
「いつも暇」
「じゃあ今日もガンダムベースってことで」
「ん」
食事もそこそこに、そろそろ午後のシエスタタイムを味わおうというところで、ナツキがわたしを見ていることに気付く。
「まだ何か?」
「ううん。よく寝るなーと思って」
「寝る子は育つって誰かが言ってた」
「もう高校生だよ」
「んー、まぁ。そうだね」
雑な返事を出してから、また眠りに落ちる。
今度は何も夢を見なかった。それがいいことか悪いことかは分からないけれど、熟睡できているということはいいことなのだろう。
そうしている内に放課後になって、ナツキに連れ去られてガンダムベースに。
預けていたケルディムガンダムの箱を開けて、パーツの細かさに絶望した。露骨に嫌そうな顔をしたわたしを彼女は笑っていたっけか。
作成過程は省くとしよう。ただナツキが懇切丁寧に教えてくれたことと、わたし自体の手先が比較的いい方だという話はしておく。
そして出来上がったのは素組みのケルディムガンダム。あれ。でも側面ある作例より何故か少しのっぺりしているような気がする。気のせいかな。
「気のせいじゃないよ。墨入れと着色してないからそう見えてるだけ。今日はこれからGBNのログインもあるし、これでいっか」
「ん。なんだっけ、ダイバーギアは?」
「あるよ。ほら、ナカノさんの分」
「ありがと」
何気ない一言だった。でも、わたしの中で何故かカチリと何かがハマるものがあった。何だ今の。なんでこのタイミングで?
疑問は疑問のままにしておくのは少し引っかかる。今朝はだから違和感があったんだけど、それが今の一言でスッキリした気がした。
「ありがと」って、わたしはただお礼しただけなのに。
考え事はしながらでもGBNにログインすることはできる。
重力に引かれるように、現実世界から仮想空間へと吸い込まれていったわたしはこれで2度目のログインだった。
1度目はあんまり見て回れなかったけど、2度目はどうだろう。何かあるだろうか。少なくとも視点が前よりも高くなった――リアルと同じぐらいになった、ことだけは確実な出来事だった。
「わたしの身体、丸くない」
「ピンクハロも可愛かったんだけどなー」
そんなことを言われても、今後そのハロとやらになる気はない。あのおんぶに抱っこの頭の上の柔らかい感覚はいつ味わってもいいとは思うけど、それとこれとは話は別だ。
黒かったくせっ毛の強いショートボブをピンク色に染め上げ、ファンタジー色強めの衣装にしてみた。SFの世界観で何故ファンタジーと問われたら、なんとなく? としか言えないぐらいにはふわふわしている理由だった。
「可愛いね」
「お世辞でも感謝しておく」
「お世辞じゃないんだけどな」
またカチリと何かがハマる感覚があった。悩んでいた数百枚あるパズルのピースの1つがハマったような、少し胸の奥がスッキリする感覚。
戸惑いを隠せないそれを、わたしはどうやって形にすればいいだろう。
人生は分からないことだらけ。ぼんやり生きていたわたしには、無縁の感情……だっただろうか。少なくとも今までのハル生で何度も言ってきたことだ。たかがそれだけなのに。それだけのありがとうなのに。
「出撃ドックに行ってみよ。早くガンプラ見たいし」
「リアルと変わんないんじゃないの?」
「まぁ、見てからのお楽しみってことで。こっちのウィンドウから……」
初心者なりに覚えたであろうウィンドウを切り替えて、出撃ドックへとワープする。
目の前に現れたのは機械のタワー。だった。工事現場でも見たことない、網目状に補強された鉄骨と、緑色と青色の……ガンプラ?
「え。なんでわたしのガンプラがあるの?」
「スキャンしたでしょ? あれがここにあるの。GBN最大の特徴は自分で作ったガンプラを実際のアニメのように動かせること! いいでしょ」
「……ぅん、悪くない」
少しだけ剥がれた装甲や、収まりきってない亀裂の入った腕の隙間。それは紛れもなく自分の手で作った時に失敗したと思ってた点で。見覚えがある。覚えている。あの感触を。先程まで指の痛みに耐えながら、それでも付き合ってくれるナツキのためにと組み上げた、あのケルディムガンダムを。
「感慨深いものがあるよね」
「……さっきまで作ってたし」
「じゃあ尚更か」
「…………」
この気持ちを、わたしはなんと呼べばいいだろう。
そんな事、もう言われなくても分かった。でも、いざ言うとなるとちょっと恥ずかしいっていうか、ないなって思ってしまう。
「早速飛ぶよ。私もウズウズしてるんだ!」
「……うん」
ナツキの青いガンプラはわたしのなんかより、素人の目から見ても完成度が高い。
少なくともニッパーで余計な場所まで削ってないし、隙間もない。色もちゃんと適したものに塗られていて、墨入れとやらもされているから、輪郭もくっきり。
初めたばかりだから悔しいと思うのはお門違いかもしれない。でも、このふつふつと湧き上がる、眠気覚ましに最適な物質は、湧き上がる初めては!
「ナツキ、ガンダムアストレイ ブルースカイ。出ます!」
青いガンプラがその背中の羽を広げて空に舞う。
わたしもそれに習って、例えようがない初めてを叫ぶ。
「ハル、ケルディムガンダム。行くよ!」
前から押し出される圧力とそれに伴う若干の痛みを乗り越えて、今重力の網を超える。
地面に立っていながら、ふわふわと宙に浮いているような感覚。
否。ようなではなく、浮いている。飛んでいる。モニターから見える景色は青い空と地面の銀色の建物だけ。わたしは、今空を飛んでいるんだ。
「こっち来て!」
「うん!」
ナツキのブルースカイの手を取って、見たこともないゲートのようなものをくぐり抜ける。
そこには草原だけが無限に、地平線まで広がっている。途中の花畑なんか、わたしは見たことがない。
そう、見たことがない景色がここにあった。
息を呑む。今までゲームだとバカにしていた自分を謝罪する。
限りなく現実に近づけた仮想。理想郷はすでに人類の手で作り上げられていたのかもしれない。なんて、流石に言い過ぎか。
「これが、GBNの空……」
「うん、憧れた空」
うっとりとしたような、恍惚としたような、浮世離れしたような声は、音色は彼女が夢にたどり着いた証拠だったのかもしれない。
そもそも、ブルースカイなんて名前を自分のガンプラに付けている時点で、その空への憧れは大きなものだったのだろう。それがたった今、この瞬間達成されたのだ。
妬ましいと思った自分が憎い。これは。これは、嬉しくも、羨ましく感じてしまう。
その時だった、レッドアラートのブザーが鳴ったのは。
「あれ、なんか調子悪い?」
「一回降りようか?」
「……うん、ごめん」
「謝ることないよ」
警告はわたしの機体から鳴り響いていた。何故か。それは簡単だ。わたしが初めて作ったガンプラが思った以上に長時間の飛行に耐えられなかっただけなんだから。
草原に降り立ったわたしたちはどこが悪いか、どの辺の不調なのか調べてみたけれど、初心者のわたしたちに分かるわけもなく、そのまま放置する流れとなった。
わたしが、彼女の幸せの時間を奪ったようなものだ。だから……。
「ごめん。ホントごめん」
「いいよ、怒ってない」
「でも、わたしがナツキを空から落としたわけだし」
「大げさだなぁ、ナカノさんは」
大げさなんかじゃない。だって、それがナツキの夢だったんでしょ?
なら、その夢を打ち砕いたわたしは……。
「お詫びだったら、GBNを続けるってことで手を打たない?」
「……え?」
「だからお詫び。……すぐにやめるつもりだったんでしょ?」
「…………」
彼女には筒抜けだったみたいだ。
そんな素振りをずっと見せてきたからか、そんな気持ちを臆面もなく曝け出していたからか。両方か、流石に。
「私が無理やり誘ったんだし、仕方ないかなって思ってたんだ。でもあの青い空を飛んでみたら、もっと飛んでみたくなって。ずっとずっと、空の果ても、宇宙も、土星の輪っかも飛び越えて。どこまでも、どこまでも飛びたくなったの。それには……ナカノさんが必要なんだ」
それは、なんというか……。
「重い」
「え?!」
「ナツキ重い。まだ出会って2日も経ってないし」
「あー。あはは、そうだっけ」
人懐っこい性格だから、懐に入るのも早いから、ずっと一緒にいるような気さえしてならない。ずるい女だ、この人は。
「ありがと。わたしも楽しかったから」
「え?」
「ナツキといるの」
だから、今度は自分の気持ちを正直に、引っかかってた違和感を口にすることにした。
感謝と謝罪と、嫉妬と憧れと。色んな感情をひっくるめて、わたしは口にしよう。
「これから宜しく」
「…………」
「ナツキ、何呆けてるの?」
「あ、ごめん。よろしくね、ナカノさん」
「ハルでいいよ」
「……じゃあ、ハル。よろしくね!」
人間、最初ははじめましてで初対面だ。誰かが言ってた気がする言葉で、きっとこれから色んな人とはじめましてごっつんこするだろう。
それでも、わたしが仲良くなりたいと思った相手とは、こうやって笑顔で握手を交わしたい。対人コミュニケーションなんてやりたくないと思ってたわたしが、この2日で随分と変わったもんだ。
変わった。というか、変えられてしまったのはきっと。
「いつまで握手してるの?」
「ナツキの感触を味わおうと」
「はいぃ?」
ナツキのせいなんだと、心の中でどついておくことにした。
ハルとナツキの出会いの話はこれでおしまいです。
空と少女たちの話は、これから始まる、はず。
◇ガンダムアストレイ ブルースカイ
レッドフレームの改造機。
名前の由来は、アストレイ+青い空
主に空中戦で戦い、中近距離で戦う。
基本的にはレッドフレーム+フリーダムのバックパック+スカート
レッドフレームをわざわざ青色に塗ってブルーフレームに見せている。
基本装備はレッドフレームと変わらず、ガーベラストレートも所持している。
最大の特徴は、レッドフレームにはないフリーダムのウイング。
高機動戦闘に特化した「ハイマットモード」を主に採用しており、
機体の総合的なバランスを保っている。
絶大な威力を誇る一斉射撃形態「フルバーストモード」も出来なくはないが、
エネルギー消費の関係上、ハイマットモードを中心に使用している。
・武装
75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」
ビームライフル
ビームサーベル
ガーベラストレート
M100 バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲
MMI-M15 クスィフィアス・レール砲