状況はややこっちが優勢だと思う。
セツには戦略とか、戦況とかあんまり分からないから、詳しいことは言えないの。
でも数だけで言えば、圧倒的に味方の方が多い。
メイヴお姉様が言っていた。この戦いで勝った方がセツの所有権を握れるんだと。
それがいいか悪いかなんてことはさておいて、メイヴお姉様のために、セツは働かなくちゃいけない。正直に言ってしまえば嫌だ。でも、セツの居場所はここしかなくて。 いじめられたくない。あの牙の鋭い言葉で、何度も何度も噛み砕かれる感覚はもう味わいたくないんだ。
確かに春夏秋冬は居心地が良すぎた。本当だったら、あそこでセツはゆっくりまったり、ハルお姉ちゃんとナツキお姉ちゃんの会話に混ざりたい。でかお姉ちゃんと一緒にミッションをしたい。みんなで、笑顔で過ごしたい。
でもお姉様は、蛇みたいにセツの身体を締め上げて、こっちへ来いと言った。
だったら、もう痛い思いはしたくないから、従わなければいけない。従っていれば、何も言われることはないから。
今も心はビクビク怯えている。怖がっている。だけど、表面上は気丈に振る舞わなきゃいけない。それが、自分の身を守ることだから。
「セツ、さっき指示したエリアに狙撃班がいるわ。さっさと殲滅しに行ってらっしゃい」
「はい、お姉様……」
狙撃班にはきっとでかお姉ちゃんもいる。お姉様はでかお姉ちゃんも含めて、みんな殺してこいと言っているようなもの。
嫌だ。そんなことしたくない。でも、従わなければ痛い目にあうのはセツだ。だからセツはその場所に行くしかなかった。
『クソッ! こっちがバレたぞ!』
『やばいな。応戦する!』
ビームが飛び交う中、ジグザグに。ときにはディバイダーで攻撃を防ぎながら前に進む。
ビームライフル程度なら当たらないし、お姉ちゃんほどの狙撃テクニックはない。だったら大丈夫。任務は遂行できる。そう思っていた。
「なっ?! ビームが反射して……うわあああああ!!!」
「スカーレット! こっちにもっ! きゃあああああ!!!」
ビームが明後日の方向に飛んでいったと思えば、突然大気中でビームが反射し、脚部や腕部を的確に狙い撃っている。
……でかお姉ちゃんだ。あれ程の狙撃テクニックをもっているのは、おおよそお姉ちゃんしかいないはずだ。
「みんな離れて! ジグザグに走ろう!」
「うるさいわね! ELダイバー風情がしゃしゃり出て!」
「そうよ! メイヴお姉様のお気に入りだと思って……きゃぁあああああ!!!」
明後日の方向から飛んでくるビーム狙撃に加えて、的確に狙ってくる自機狙いの弾丸。恐らくリフレクタービットなんだと思うけど、これじゃあ近づくことができない。
「っ!」
なら、こっちだってやることをやろう。チャージが完了した右腕のディバイダーを展開して、ハモニカ砲の準備。そして左腕は後ろ側でブースト部分を展開。
この戦い方、ちょっと酔っちゃうんだけど、殲滅にはちょうどいい。
「回転ハモニカ砲、はっしゃ!」
左腕のディバイダーを時計回りになるようにブーストを発生させ、横一列であるハモニカ砲の発射角度を正面全域へと変化させる。
ビームの連射であるハモニカ砲の前では岩石も隕石も無意味。岩ごと貫通したスナイパーが爆発する。避けきれずにメイン武器であるライフルを破壊される。
一部はリフレクタービットで中和されるものの、目の前は焦土の海へと包まれていた。
「はぁ……はぁ……」
『くっそ、あのちび助……』
でも成果はあった。岩の陰から出てきた独特な形をしたハイザック・カスタムは半身が傷ついており、左腕は失い、左足は膝から先がなくなっており、狙撃などできない見た目で前のめりに倒れてしまっていた。
「こいつはわたしが殺るわ!」
「待って! ……このハイザックは、でかお姉ちゃんは、セツが倒す」
「お、おう……みんな! 他の連中を片付けるわよ!」
ブーストを点火させていたガンプラを地上におろして、ゆっくりとハイザックの前に歩いていく。
右腕で必死に対艦ライフルを手に持つと、銃口をこちらに向けるものの、殺意や意志は感じてこず、ただただ睨みつけているだけだった。
セツは、それだけで胸に弾丸を撃ち付けられているような、痛みを感じていた。
「……カッコ悪いね、でかお姉ちゃん」
『うるせぇ! つーか、なんであたしのこと見逃したん?』
「見逃してない。セツが、やるんだもん」
過去の精算、と言うにはうってつけの場面。セツの放射に対して無力になったでかお姉ちゃんは、銃口を突きつけているもののトリガーを引く気配がない。
なんで? セツがみんなを裏切ったのは分かる。セツだって身が引き裂かれる思いだった。だから撃たれてもいいとも思ってるのに、なんで、お姉ちゃんはセツのこと撃たないの?
格納していたビームサーベルを出現させる。目標は、ハイザックのコックピットだ。
今一度近づいて、背中からぶすりと刺すつもりだった。その一言がなければ。
『じゃあ、なんでそんな悲しそうな声してんのさ』
セツ、そんなに悲しそうな声してた? でもお姉様がいるんだから悟られちゃいけない。自分の心に鎖で壁を作って、一歩ずつ近づく。
「してないよ? セツ、元気いっぱいだし!」
『あんた、あたしら裏切ったこと後悔してるでしょ』
ガツン、と鉛玉が鎖に当たって辺りに響き渡る。そんなことない。いや、そんなことある。セツは裏切り者だし、それを後悔もしてる。
ずっとずっと、この2週間。お姉様の指示よりもどんだけ心を痛めていたか。
ハルお姉ちゃんのボーッとした顔が驚愕に変わった顔を今でも忘れない。
ナツキお姉ちゃんのキラキラ輝く夏の笑顔が、どん底に落ちた顔を今でも忘れない。
でかお姉ちゃんに、モミジお姉ちゃんにELダイバーだと口にした瞬間の絶望しきった顔を今でも忘れない。
ELダイバーを嫌わない人がどれだけいるかは分からない。だけど全員じゃない。
この世のすべての人類が、ELダイバーという電子生命体にいい感情を抱いているなんて、ありえない。
抱いていたらセツをいじめた人たちはいないし、メイヴお姉様も、タカミネお姉様もいない。
セツは。セツは、ずっとワガママを押し殺してきた。1人で怖がって、自分の殻に閉じこもって、ただひたすら時がすぎるのを待っていた。
なのに、みんなと、春夏秋冬のみんなと会っちゃったから……。
「後悔してないよ。セツは。セツはお姉様のものなんだし」
『そんなわけないでしょ……! あんたは誰のモンでもない! ELダイバーだからとか電子生命体とか関係ない。あんたは1人のダイバーなんだよ!』
「……だったら。だったらなんであの時悲しい顔したの?! セツがELダイバーだって、それ言ったらでかお姉ちゃん嫌な顔したよ! セツをいじめる人と同じの!」
周囲では激戦が繰り広げられている中、セツたちの周りだけが酷くシーンと静まり返っていた。でもセツたちの思いだけはぶつかり合って、火花を散らしている。
でかお姉ちゃんは、しばらく沈黙してから、深呼吸するように深く息を吸う。
『あたし、元はマスダイバーだったんよ。初心者狩りを後悔させるために、ブレイクデカールを使ってさ』
でかお姉ちゃんは淡々と、ありのまま起こったことを話してくれた。
友達のこと。チャンプと会ったこと。そして第一次有志連合戦のこと。
その全てが、もう過ぎ去っていった過去のように、ただただ静かに感情もなく。まるで歴史の教科書を見ているような感覚だった。
「なんで、セツにそんなこと……」
『思い込みとかすっげー恥ずいじゃん? 実際はあたしが悪かったのに、他人のせいにして、ELダイバーのせいにしてその場から逃げた。だけどさ、もうやめようと思うんだよね』
「何を……?」
『自分を誤魔化すの』
自分を誤魔化す。チクリ。注射が刺さったような痛みを感じる。それはセツが今もやっていることだった。
痛くならないように。苦しくならないように。大切なことに蓋をして、その場を黙って過ごしたかったのに。
『ごめん。ELダイバーだって、告白してくれた時に嫌な顔しちゃって。逃げるみたいにログアウトして。ずっと、ずっと謝りたかったんだ……』
「なに、それ……」
『ホントは、あたしずっとちびっこのことを、セツのこと気にしてた! うるせぇくせに肝心なことは何も言わずにいろんな事抱えてる背中だったセツのことを!』
「か、抱えるなんてことしてないよ? セツ、何も背負ってないもん!」
嘘だ。セツの背中には自分が傷つきたくないってワガママを鉛のように背負っている。それを口にしたら、絶対嫌われるって思ってから。絶対、誰もなくなるって分かってから。
だからセツは何も言わずに、心を閉ざした。何も口にせず、何も語らず。ただ笑顔を振りまいていれば、それでいいって、思ってたのに……。
『あたしらにはさ、「ワガママ」言っていいじゃん。友達なんでしょ?』
「友達……? セツたちが?」
『そうだよ。セツとナツキチとハルは、みんなあたしの友達』
「ワガママ、言っていいの?」
『どんとこい、セツのワガママって感じ?』
「モミジ、お姉ちゃん……ッ!」
それは、セツが言われたかった一番の言葉だったと思う。
受け入れてもらえるなんて思ってなかったセツのワガママを、自分の中で抑え込むつもりだったのに。なのに……。
ずっと抱えていたものが、ひらりはらりと、頬を伝って操縦桿に落ちていく。
セツは。セツはその言葉をずっと待ってた。いいよ、って。言っていいよ、って。ずっとずっと。目の奥で感情を抑えて。
『ほら、あたし22年はあんたより先輩なわけだし。些細なことなんて言われても受け止める自信あるよ』
「セツ、ずっと溜め込んでたよ?」
『知ってる。ほら、言ってみ?』
「嫌わない?」
『嫌うもんか。友達だぞあたしらは』
「うぅ…………嫌だよ……」
いつしか手元からは大型のビームサーベルのエネルギーを消滅させていた。
セツは、あの時からずっと幸せだった。ミッション攻略も、フォース戦も、動画撮影も。数は少ないけど、全部が全部セツの大事な宝物で。
感情の洪水が目から溢れてくる。セツが欲しかったものは、手を伸ばせば掴めるような場所にあったんだ。
「セツは…………セツはぁ!」
『起き上がれなくてごめんね。あたし、これでも精一杯で……』
「裏切り者がぁ!!」
その時だった。巨大なビームがセツも含めて攻撃してきたのは。
完全にスキを見計らったタイミングだった。避けることもできない。迎撃することもできない。ディバイダーのエネルギーはまだ十分じゃない。セツにできることは……ッ!
「セツはッ!!!!」
ビームの前に2枚のディバイダーを突き出して、モミジお姉ちゃんの前に立ち、かばうように盾になる。
これが今の最適解であり、みんなが生き残る、最善の一手だ。
それが例え、お姉様に歯向かうことになったとしても、それがみんなとセツが幸せになる唯一の方法だって思ったから!
巨大な閃光はディバイダーを溶かし、ガンプラの耐久値を急激に減らしていく。
一分。いや、一秒でもこの時間が短くなってほしい。どんどん減っていく耐久値は身を焦がして、ついにはディバイダーが蒸発する。それでも、セツはモミジお姉ちゃんを守る。それが、セツにできる幸せへの方程式だから。
ビームが止み、出来上がったのはダブルディバイダーが黒焦げになった姿。もはやボロボロで、身動きがとれないほどだったと思われているだろう。
「アハハハ! 最初からこうすればよかったのよ!! ELダイバーなんて、いちゃいけない! 今度は私がお姉様の……」
「……ありがとう、ダブルディバイダー。そして行くよ、セツ!」
左腕を動かして、右腕の装甲を剥ぎ取り投げ飛ばす。不意打ちを受けた相手の砲撃戦仕様の百式は避けることもできずに、飛んできた装甲に被弾してしまう。
そのスキに、脚部へ全力を込めて、力いっぱい走り出す。
ボロボロになったセツの装甲が、耐久値の限界を迎えて、データの破片へと消滅していく。キラキラと、破片が輝きながら、その、ガンダムダブルディバイダーの真の姿が顕になる。
「なっ?! モビルドールですって?!」
モミジはこの時感じていた。これは新しいセツの誕生であると。
サナギから蝶になるように、偽りの自分から本当のセツへの羽化なのだろうと。
モビルドールセツ。セツの真の姿であり、ガンダムダブルディバイダーの中でずっとなりを潜めていた、とっておきのギミック。
長く茶色い髪をそのままに、白いボディに身を包んだセツが自分の居場所を守るために走り始める。
「お姉ちゃんは、誰にもやらせない!」
「こいつ、速いっ!」
ダブルディバイダーが火力特化の機体だとすれば、中身のモビルドールセツは真逆に機動性特化のモビルドールだと言っても過言ではない。
通常のモビルドールよりも強靭な脚力で、百式のビーム攻撃を避けて回る。
それだけでは終わらないと3点射撃をするも、これを肩のビームシールドをフリスビーのように投げて、攻撃を防ぐ。
右手にビームサーベルを持ち、接敵。その場で斬りかかる。
「あんたがいなければ、私は!」
「セツがいなくても同じ! だから、お姉ちゃんのために、みんなのためにいなくなっちゃえッ!!」
太ももにマウントされていたたった一本のアーマーシュナイダーが下から上へ、アーマーの隙間を縫うようにコックピットへと叩き込む。
主人を失った百式はビームサーベルを消失させ、その場に倒れ込み、テクスチャの鉄くずへと消えていった。
「はぁ……はぁ……」
屁垂れこむセツの様子に、緊張が緩んだのかつい笑いだしていたモミジお姉ちゃんが1人。
「むぅ! でかお姉ちゃん酷い! セツが守ってあげたのにぃ!」
「マジごめんって! やっちゃったー、みたいな声してからマジウケたわ」
「勝手に笑わないでよ!」
ひとしきり笑ったのか、緩んだ緊張感をキュッと引き締めるみたいに、吐き出した息を吸って、整える。
「あたしさ、もうひとつ大きな仕事あるんよね。手伝ってくんない?」
「うん。お姉ちゃんの頼みだし」
「あんがと」
セツは横たわるハイザックに肩を貸して、無理やり膝立ちにさせた。
目標は、ハルお姉ちゃんたちが交戦中のハシュマル・ゴルゴーンだ。
それはセツのリライズ。
◇モビルドールセツ
ELダイバーセツが駆けるガンダムダブルディバインダーの中の人
最低限の装備しか持たされておらず、本人曰く物足りないらしい。
リアルで活動できる最低限の装備というコンセプトから、
ビームシールド、アーマーシュナイダー、ビームサーベルのみの装備。
だが機動性はフォース『春夏秋冬』の中でもピカイチ。
・武装
ビームシールド
アーマーシュナイダー
ビームサーベル