下ネタ注意です
「まさか電話も使えなくなるなんてね」
「せめて電車だけは生きててよかったよ……」
アルスインパクトと後に呼称される通信障害の日。
わたしたちはガンダムベースに残ることをしても意味がないと判断して、とりあえず家に帰ることにした。
わたしにとって、それがいいか悪いことか、と言われたらとてつもなく悪いことで。
さっきからフラッシュバックするあの日の出来事が無限ループしている頭だからか、どうしようもなくナツキを求めてしまう自分がいて、少しだけ悔しかった。
手を繋ぐだけじゃ足りない。もっと。もっと触れ合っていたい。物足りない。苦しい。胸の奥がキューッと締め付けられるような感覚が、ナツキにもっと寄り添いたいと考えてしまうわけで。本当にごめん。本当に申し訳なく思う。だけど、ちょっとぐらいならいいよね?
わたしはその場で立ち止まる。手を引っ張られたナツキも何事かと振り向いてしまっていた。
「どうしたの」
「…………」
「黙ってたって分かんないじゃん! なーにー? 私に抱きつきたいとか?」
「……そんなんじゃない。けど」
「けど?」
「………………腕に抱きついてもいい?」
ナツキの目がまんまるとお月さまみたいに丸くなるのが見て取れる。
わたしからそういったことを要求するのは少ない。いや、今までなかったと思う。言い切れるかは少し怪しいけれど、それぐらいにはわたしから接触を求めることなんてなかった。
わたしらしくない。自分で自分に呆れて物が言えないくらいの嫌さだった。
わたしはもっとナツキと親密になりたいとも思うし、特別というくくりに入りたいとも思っている。わたしだけのナツキであるように、ナツキだけのわたしであってほしいと、そう願ってしまうんだ。
これがどういった感情かは分からない。モミジが以前言っていた「好き」なのかと言われたら、少し違う気がして。
うん、分かってる。これは依存だ。ナツキがしでかしてしまった大きな罪に、わたしは依存しているんだ。わたしに話しかけて、友達になってしまったっていう大きな、大きな……。
「ん。いいんじゃない?」
「ありがと」
握っていた右手を引っ張ってわたしの方へと傾けさせると、身体全体をナツキの腕へと磁石のようにくっつく。
コアラかなわたし。なんて冗談を口にしたら、私はお母さんかな、なんて笑われてしまった。
お母さんは、なんか嫌だな。ナツキはナツキなんだから。母とか姉とか、妹とか。そんなのはやめてほしい。面倒くさい女になってるわたし。はぁ、ホント自己嫌悪だ。
「ハルって意外とあるよね」
「なにが?」
「おっぱい」
「き、着痩せするタイプ、だから」
「あ、照れてるー」
「うっさいバーカ」
「バカって言われたー! 私離れようか?」
「それはやめて」
ホント、冗談でも今はやめて欲しい。わたしの求めているぬくもりは消えてしまうから。
いつの間にか降っていた粉雪が地面の熱に溶けてなくなっていく。冬の季節はいつだって寂しいものだ。生命は死に絶えて、眠るものは巣の中に入って眠りこける。草木は枯れて、次の季節を待つようにただじっとそこにいるだけ。禿げた葉っぱはどこにもなくて、ただ灰色な時間だけが過ぎ去っていく。
寒いし、胸の奥が痺れる感覚がして、わたしは冬が嫌いだ。それに、あの日もちょうどこんな寒い日だったと思うし。
より一層ギュッとナツキの腕を締め付ける。どこにも行かないように。どこかへ行ってしまって、二度と帰ってこなくならないように。
わたしの胸が変形しようが、痛いと言われるまでは絶対にやめたくない。それもこれも、過去からの侵略者が悪いんだ。わたしは悪くない。
「今日のハルは甘えたがりだなー」
「……たまにはいいじゃん」
「ハルって、普段求めてこないから勘違いしちゃうな」
「勘違いって?」
「……なんだろうね」
いつもにも増してニヤけた彼女の姿は間違いなく夏の太陽のそれみたいで。
しばらくしたらこれと別れなきゃいけないと思うと、無性に怖くなった。
「写真撮っていい?」
「なに突然?」
「夜寂しくならないように」
「へっ?!」
ナツキの顔が真っ赤に染め上がる。しばらく考えて、わたしも顔をりんご色に染まっていった。
「ち、違う! そういうんじゃなくて! そ、そもそも! わたしが友達相手にそんなことするはずないじゃん!!」
「だ、だよねー! あー、びっくりした! もう、ハルはおっちょこちょいだなーはっはっは!」
お互い、無理があったのは認めよう。口から出てくる『そんな言葉』は自分でもどうかしているとしか思えなかった。でも、寂しいのは間違ってない。
せめて笑顔のナツキを見ながら夜を過ごしたい。一人ぼっちの静かな部屋はもう嫌だ。
「でも、いい?」
「まぁいいけど。流石に、その。夜の営みには使わないでいただいて」
「だから使わないってば!」
「もし使うんだったら、その時は私も呼んでもらって……」
「なんで呼ばないといけないのさ!」
ナツキの言ってることが分からなくなる時がある。
特別だからって、そういう、その。下の世話とかは自分でできるし。なんで隣にナツキがいる時に致さなければいけないのか。
でも想像したらへその下辺りが少しキュンとしたのが分かってしまった。いやいや、そういうのじゃないし。わたしとナツキは、一切。そういうのじゃなくて。ただの友達で。
「流石に冗談だよ、ジョーダン!」
「だったらよかった」
珍しく乾いた笑いをしてみせるナツキもナツキで、ちょっと変だった気がする。
わたしがそういうノリにしたんだけど、それにしたってちょっとばかし気まずい。
このまま本当に写真撮るつもりなのだが、ナツキのせいでそういうことに使う前提になってしまったのが非常に心を傷ませた。
「じゃあ撮るよ」
「はーい! 可愛く撮ってね!」
「ナツキ、どっちかと言うと美人系だから綺麗に撮るよ」
ファインダーを覗いて、何枚か写真を撮ってみるけど、微妙に違う写真ばかり。
何かないかな。と周りを見る。そういえば月が綺麗だし、月明かりを頼りに撮ってみよう。
「そこに立ってみて」
「うん」
「月見て」
「そこまで指示するんだ」
そこには憂い帯びた、月に思いを馳せるような美少女が1人。
美しい。シャッター音とともに口走った言葉はナツキに届いただろうか。流石に照れくさいから届かないでほしいところ。
スマホに映し出された写真は綺麗に撮れており、まるでステージのスポットライトを浴びるヒロインのように、美しくまばゆい、わたしだけの特別。
「どう?!」
「…………」
「ハル?」
「あ、なんでもない。良さげだよ」
「おー! すっごい! ハルやっぱりセンスあるよ!」
「そんなことない。被写体が綺麗だったから」
「……私が?」
「うん。やっぱ黒髪ロングってそれなりに需要あるし、わたしと違ってサラサラだから、月の光に反射してよりつややかになるっていうか。……ナツキ?」
「……ううん、なんでもなーい」
何故かご機嫌になったナツキの腕に絡みながら、歩いていけば、それはやっぱり訪れるわけで。
この先はナツキの家で、わたしの家はまた別の方向で。別れ道。ナツキには待ってる家族がいるから仕方ないんだけど、やっぱり離れ離れになるのは少し寂しい。
普段ならいざしらず。あの日のフラッシュバックが頭の中でリフレインして、とてもじゃないがおとなしく過ごせそうになかった。
「じゃあ、また明日ね」
「うん……」
「あの、離してくれなきゃ帰れないんだけど」
「知ってる」
「あ、あはは……」
やっぱり怖い。別れた後になにもないなんてことはない。
何かあってしまうかもしれない。だってナツキ綺麗だし。ナンパに出会ってそのまま流されてしまうかもしれない。宇宙人に価値ある人間と判断されて、キャトられてしまうかもしれない。交通事故に遭って、帰らぬ人になってしまうかもしれない。
そんなバッドなイメージばかりが脳裏に焼き付いて離れない。要するに怖いんだ。一人ぼっちになることが。
そんなわたしを察してか、ナツキはもう一方の手でわたしを慰めるみたいにゆっくりと、優しく頭をなでてくれる。
「大丈夫だよ。私はここにいるから」
「……うん」
「明日だって多分学校あるし。ね?」
「分かってるってば」
本当に分かっている。だけど、未来のことはその時にならないとわからない。わたしもニュータイプとかイノベイターとかになれたら、もっと最良の未来を掴み取ることができたはずなんだけどな。
「また明日」
「……うん。また明日」
名残惜しそうに、透明な糸がわたしたちの指を橋渡しするみたいに。でもそれはきっと数センチ離れたら切れてしまうような、そんな儚い糸。
その場を別れて、もう見えないナツキに早くも思いを馳せる。
でも、明日ちゃんと会えるんだ。会えるから、今日のこれからはずっと布団に潜っていよう。大事な親友の写真を見ながら。
◇
「今日からインフラ復帰まで、学校ないよ」
「は?」
翌日、学校に行ってみると教師が数人立っていた。
ちゃんと学校に来たことを確認すると、今日はもう帰れと言わんばかりに追い出されてしまった。
どうやら緊急事態につき、学校はおやすみ。その分家のことをちゃんと手伝えということだった。たまったものじゃない。わたしはナツキと学校で会うって約束したのに。
だから学校の前でナツキを待ってたんだけど、教師がすぐに帰れと厄介払いするように手で仕草する。
あんなことを言われたら、わたしだってムカついてしまうが、それはそれとして待ち合わせできないのならどうしよう。やっぱガンダムベースかな。と思ってわたしは自然と足を向けていた。
「混雑してるなぁ」
流石。インフラ周りがなくなったガンダムオタクたちが行く場所といえば、ガンダムベースとだいたい相場が決まっているらしい。
かくいうわたしもこの場所にいるのだから、立派なガンダムオタクに片足を突っ込んでいるのかもしれない。それはそれで悲しくも、趣味ができたことによる嬉しさもある。
「おっ! ハルちゃんいらっしゃい!」
「お邪魔してます」
「おかえりだろう?」
「ガンプラファンの母だから?」
「そうだぞ! ガッハッハ!」
いつものよく分からないマシナさんの母親ムーブをスルーする。詳しめにツッコんだら女性の人はガッハッハって笑わないと思う。
いや、わたしが出会ってないだけで案外いるのかもしれない。それならわたしの勉強不足とも言えよう。
「それよりハルちゃんはナツキちゃん目当てかい?」
「学校は臨時休校なので」
「みたいだねぇ。うちの子供も休校ではしゃいでたよ」
「……結婚してたんですか」
「意外そうだねぇ! これでも一児の父だよ」
その情報初耳なんだけど。わたしはてっきり30代中頃まで独身の男性だと……。
失礼そうな憶測はさておき。早すぎたのか遅すぎたのか。とにかく待てども待てどもナツキがやってくる様子がなかった。
レジに来るのはガンプラを買いに来た老若男女。IT関係者は恐らく会社で必死に作業をしているか、諦めて休暇を出されているかの2択だろう。でなければ平日の昼間にこんな大勢の人が集まるはずもなかった。
「大変そうですね」
「君もこれから社会に出たらそうなるんだよぉ?」
「社会、かぁ……」
考えたこともなかったけど、あと1年とちょっとしたら今の高校は卒業なんだもんな。
親には進路決めているか聞かれているけれど、就職かなとは思ってる。大学はお金がなさそうだし。でも就職だったとしたら、どこにすればいいか。全く検討をつけていなかった。
いっそアルバイトしながら探すというのもあるけれど、わたしみたいな流されがちな人間に、そんなことを決めれるとは思えず。
ま、それは今考えることでもないし、これからのことはゴミ箱にでも捨ててしまおう。問題はナツキが来ないことにあるんだから。
1時間。多分2時間と経過しているはずだが、一向にやってくる気配がなかった。
やっぱ連絡手段がないからなのか。それとも……。
なんで、こういう時に限ってナツキが来ないんだ。わたしが叫べば呼ばれてくるような気さえする彼女が、今日に限って。
実はナツキにとって、わたしは大した人間ではなく、変えの利くようなちっぽけな存在だとしたら辻褄が合ってしまう。そんなことない。そんなはずないと思っていても、一度考えた頭は暴走を始める。
ナツキにとってのわたしのイメージが分からない。親友なんだよね? 特別なんだよね? いくら考えても答えを持っているのはナツキだけで、わたしには持ち合わせていない。いくら悩んでも、答えの出ることのない袋小路。
もしかしたら事故にあったのかもしれないし、ナンパされたかもしれないし、宇宙人にキャトられたのかもしれない。いくらかある可能性を削ぎ落としても、やっぱり来ないことには寂しさと苛立ちだけが募っていった。
依存という病