って言ってみたかっただけです
バレなきゃ犯罪じゃない。
犯罪者はみんなそう言うし、白い髪をした神話生物は高らかに宣言した。
でもそれは罪の意識を感じているかいないかで変わってくる。
例えば午後の紅茶を午前に飲んでしまったことに対する罪悪感。
例えば容器に名前が書いてあったプリンを間違って食べてしまったことへの罪悪感。
例えば友達の、親友の写真を見ながら、彼女が繋いでくれた手で何度も、何度も……。
顔を合わせたくなくなってしまった。
昨晩はあれだけナツキという少女を渇望していたのに、翌日になって冷静にしでかした事を思い返してみたら、顔を覆いたくなるほどの罪悪感で、軽く死にたくなった。
本当に死ぬつもりはない。だって死んだらもうナツキに会えなくなるんだから。
世の中には天国と地獄ってのがあって、死んだものは基本天国へ、罪を犯したものは地獄へ行くと言われている。
それが本当だとしたら、わたしの行く先は地獄へ言ってしまうだろう。
話が脱線した。つまるところわたしが平然とナツキの前に現れて、何度も致した手でガンプラを作って、彼女のことを考えながら使った手でナツキと手をつないで帰る。
「最低だ……」
やっぱり罪の味は不味い。苦かったり辛かったり。
だけど総じて言えるのは、それを飲み込まなきゃいけないことだ。わたしには飲み込めるだろうか、この罪を。寂しさのあまり求めてしまった罪を。
◇
そもそも朝遊ぼう、と言っても時間を指定していなければ開店時間からお昼の12時までだいたい2時間ある。
2時間の間、わたしは誰にも裁かれずに心の中でやり過ごさなければいけない。
もちろんナツキに言うつもりはないけれど、それでも該当の人物がいない時間は限りなく長くて、鉛を飲み込んでいるみたいに重たい。まるで死刑を待っている罪人のような気持ちだった。
開店時間である10時からガンダムベースのベンチで彼女を待つ。
何秒も、何分も、何十分も。けれども彼女はやって来ることはなく、自身の罪を見つめ直す時間が重なっていく。
実は、わたしが致したことがバレているんじゃないだろうか。
ふとありえるはずのない事実が頭をよぎる。想像や妄想の類ではなく、もはや狂言といっても差し支えない。
だけど、ないとは限らない。実はわたしの事をどこかで見てて……。
――気持ち悪がったナツキは何の連絡もなく、予定をドタキャンした。
いつだって狂言は人を支配する。新興宗教が立ち上がったのはひとえにそれが原因なのだから。
ありえない。そんな馬鹿な話はない。だけどもそんな否定の意見よりも、不安による肯定はひどく自分自身を貫いていく。
「はぁ……はぁ…………」
確か、鍵はかけてなかった気がする。面倒な時はかけてないことが多いし。
もしも。万が一。本当にそうだったとしたら。わたしが悪い。わたしに非がある。全面的にわたしがダメだったから。一人ぼっちのわたしが運良く声をかけてくれたナツキにずっと依存して、寂しさを紛らわすための道具に使って。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
それに一向に来ない理由がそれだけだったらまだいい。
例えそうでなかったとしても、いくらなんでも遅すぎる。
だとしたら……。
「はぁ、はぁ……はぁはぁ…………」
おばあちゃんが信号に間に合いそうになかったから。道に迷っている人がいてその人に道を教えていたから。単に寝坊しているから。実は徹夜で今にも倒れてしまいそうながらも歩いているから。朝食がちょっと豪華で食べるのに時間がかかっているから。わたしのために髪のセッティングをしているけれど前髪が決まらないから。洋服を決めるのに時間がかかっているから。歯磨き粉がなくなってなくなくドラッグストアに出かけているから。道端の犬に道を塞がれているから。通りすがりの猫に何故か威嚇されてでもかわいいから背中をなでているから。道の途中にある模型屋によって今日作るであろうガンプラを探しているから。朝食を食べそこねてちょっとその辺のコンビニでパンを買おうと思っているから。信号が妙に長くてさらにタイミングが悪くてずっと赤信号のまま動けないから。お母さんがいきなり倒れて病院に搬送されたから。ナツキが倒れて病院に搬送されたから。ナツキが怪我をして救急車で運ばれているから。ナツキがナツキがナツキがナツキが。
――ナツキが、交通事故に遭って…………。
「はぁはぁ、はぁ、はぁはぁはぁ…………ッ!」
「おい大丈夫か?!」
「女の子が倒れたぞ! 救急車!」
「くそ、障害のせいで救急車呼べねぇ!」
「ハルちゃん? ハルちゃん! 大丈夫かい?!!」
「ハル? ハルッ!!」
わたしはその一瞬。意識が飛んでいたらしい。
◇
「はぁ………………はぁ…………」
「大丈夫、ハル?」
「……ナツ、キ?」
結果としては強迫観念と罪の意識による過呼吸だった。
過呼吸は救急車で搬送される途中に回復するらしく、2,30分もすれば正常な呼吸に戻るらしい。
ナツキが一生懸命背中をさすってくれて事なきを得たが、マシナさんも他の従業員もみんな心配していたとのことなので、申し訳ない気持ちで罪の意識がまた大きくなる。
「よかったぁ。ガンダムベースに来たらハルが倒れてるんだもん。びっくりしたよ」
「ごめん」
うずくまるようにしてナツキの太ももを枕代わりにして横になっていた。
彼女のひどく安心したような声色で、わたしの考えが間違いだったと改めさせてくれた。
よかった。ちゃんと安心してくれて。こんな咎人のわたしを心配してくれて。
同時に考えてしまう。こんなにもわたしが過呼吸になったり、その手で罪を犯してしまったのは紛れもなくナツキのせいであって。
わたしは、どうしたらいいんだろうね。こんなに一人ぼっちが辛いだなんて、あの時以来だ。
「ごめんね、私が遅れたばかりに」
「なんも。ホント、大丈夫だったから」
大丈夫。それは大丈夫じゃない人ほどよく言う言葉だ。
わたしは大丈夫だって、そう言い聞かせなくては生きていけないほどわたしの心はいつの間にか摩耗していたらしい。
元々一人ぼっちだったらこんなことにはなってなかったのに。恨み辛み罵詈雑言をナツキに言っても嫌われるだけだ。だったら言わない。未来は変えられても過去は変わらないのだから。変わらないんだから。
「ねぇ、ハル。こっち向いて」
「…………やだ」
ナツキの顔を見たくない。いや、見れない。わたしは致した相手に介抱されるほどの愚かな人間だ。そんな厚顔無恥な真似なんて、できるわけがない。
「向いて」
「嫌だ」
「向いてってば」
「無理」
「……お願いだから」
その悲痛に心が歪んだような声でハッとする。
――ナツキ、もしかして泣いてる?
見上げた先にはシュワクチャで綺麗な顔が台無しな、ナツキの涙。
わたし……。わたしは…………。
またとんでもない罪を犯してしまった。親友を泣かせてしまうっていう特大級の終身刑みたいな真似を。
「ごめん……。ごめん、なさい…………」
罪の味がするとしたら、それは深夜に食べる袋麺やチーズバーガーなんかじゃなくて。
悲しみと痛みに満ちた、苦しみだけだ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。
いくら謝っても、滴ってくる彼女の涙がわたしの顔に落ちてくる。
ごめんなさい。わたしに自信がないばかりに。
ごめんなさい。わたしに勇気がないばかりに。
わたしは本当に罪しか産まない。いくら後悔したって意味がないのはわたしが一番知ってるはずなのに。それでも憎まざるを得ない。
わたしのバカ。本当に、大バカだ。
「…………やっと、振り向いてくれた」
「ごめん……」
「泣きそうな顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ」
鼻をすすりながら、ヒクヒクと喉の奥を鳴らしながら、彼女はそれでもくしゅくしゅでシワに満ちた笑顔をわたしに向けてくれる。
それが嬉しくて、喜ばしくて。わたしの欲しかったものなのに、どうしてこんなにも胸をザクザクと剣で突き刺す痛みが止まらないんだろう。
分かってる。それの理由ぐらい。
わたしはナツキに隠し事をしている。とっても重要で、今のわたしの根幹を成す、大切で、今にも忘れてしまいたい矛盾に満ちたエピソード。
それを説明するには、こんなホコリにまみれたところじゃダメだ。
「ねぇ、ナツキ」
「……なに?」
「今日、わたしの家に来れる?」
誰も、ナツキでさえも家に招くつもりはなかった。
だけど彼女の涙で気付かされた。本当に大切なモノはこの胸の奥と目の前にいるナツキであることに。
いい加減気付いている。
――わたしが、ナツキのことを「好き」だってことに。
◇
「結構近所だったんだね」
「うん。もしかしたら小中一緒だったかも」
「小学校は?」
「北石」
「一緒だよ! じゃあ中学も北石?」
「うん。意外と、近くにいたんだね」
「運命感じちゃうなー」
そんなことで? なんて今は鼻で笑ってしまうほど、わたしのメンタルは今正常じゃない。
過呼吸を引き起こしたのも昨晩の件だって、ナツキを好きだってことをこじらせた結果の一つに過ぎない。残りの理由を、ナツキには話しておきたかったんだ。
わたしが信じられて。ううん、信じたくてたまらないナツキだからこそ、受け入れてくれるかなと甘えていたから。
「ハルの家って普通にマンションなんだね」
「悪い?」
「悪くない。でもなんか緊張する」
「なんでさ」
「なんででも!」
最低限のお泊りグッズをバッグに収納して、再度待ち合わせしたわたし。
今度は早めに来てくれて過呼吸も起こらなかったし、気遣われたらしい。
ちなみにナツキ母もお泊まりには承諾してくれた。友達がいるなら言ってよの一点張りで、半ば追い出される形でナツキはここへやってきたようなものだった。
「酷いよねー! 私ちゃんと手伝ってあげたのにさ」
「それだけ信頼してるんでしょ」
「まったく。そんな横暴な信頼はいらないし」
でも信頼は信頼でしょ。わたしの母みたいに年末年始とお盆ぐらいしかまともな休みがない人よりはまだ母親しているし、大丈夫だと思う。
だけどやっぱ、人の家庭事情聞くって、少しだけ堪えるものがあるな。
「ハルの親御さんは大丈夫なの? 私がお泊りするって」
「大丈夫。帰ってくるのほぼ深夜だし、寝て起きて仕事の繰り返しだから」
「…………そっか」
ドン引きされてしまった。今から話すこと、ちゃんとナツキは聞いてくれるだろうか。自分の秘密、いや過去を他人に曝け出すってとてもじゃないけど勇気がいる。モミジって相当勇気があったんだな。今になって見直したよ。
でも、わたしの家に招いた以上後には引けない。キーホルダーも何もついてないむき出しの鍵でドアのロックを解除する。
「なにもないけど、入って」
「おじゃましまーす」
中には確かになにもない。当然だ。わたしと母に趣味らしい趣味が最近までなかったのだから。
電気をつけて、暖房をつけて、連絡用のホワイトボードを見て、やっぱり帰ってきてないことを確認する。
「広っ! というか殺風景……」
「ほとんど使ってないからね。椅子に座って、なんかご飯作るよ」
「ハル、料理できたんだ……」
「わたしをどんなイメージで見てたか一発で分かるセリフだね」
「ずぼらっぽいイメージあるし。それかエビチリを煮込んじゃう的な?」
「シェフ大泉のネタはやめて。わたしはもっぱらクックドゥだし」
適当に冷蔵庫から食材を取り出して、調理を始める。ま、今日は豚肉と玉ねぎとピーマンの炒めものでいいでしょ。
暇になっているのか、ナツキは勝手にテレビを付けてソファーに座っている。
……あのソファー、昨日わたしが座ってたソファーなんだよね。
へその下辺りが急にムズムズとうねりを上げ始めたのを感じる。
待て待て待て。今料理中。確かに今のこの様子はすこし扇情的ではあるものの、ちゃんとソファーのクッションとか洗ったし。拭いたし。そんな遺恨が残るような真似してないし。
頭を横に振って料理に集中しよう。
玉ねぎピーマンを切って、豚肉は細切れだからそのままフライパンにぶちまけて。
程よく火が通ったら、クックドゥの素を入れて軽く混ぜる。
言われてみれば、この作業も大概ズボラ飯な気がしてならなかった。
普段1人で料理しているだけだし、こういう時に用意するとっておきとか考えておくべきだったなぁ。
ハンバーグとかは作れるけど、ちょっと時間かかるし、カレーとか煮込む時間があるから論外。
オムライスは……、わたしが苦手だからいいや。
「はい、おまたせ」
「ありがと。…………」
「どうしたの?」
「思ったんだけど、ハルって兄弟いるの?」
テーブルに置こうとした手が止まる。
「あ! いや。悪気があるわけじゃないんだけど、椅子4人分だし、ソファーも4人がけだから、少し気になって」
分かってる。ナツキになにかあるようなことはない。
だけど、いざこうやって人に言われるのって、結構きついな……。
「ご飯食べたら教える」
「あ……。うん」
そんな顔しないで。わたしは元々そのつもりでこの家にナツキを誘ったんだから。
そうだ。これは罪への罰。贖罪があるなら、それを懺悔しなければならない。
――ナツキに隠し事をしているっていう、罪への。
ナツキという神様への懺悔