「わたしの部屋、こっちだから」
「うん……」
ひとまず夕飯を食べた私たちはハルの部屋へと案内される。
食事の様子は、正直酷いものだった。
親友と2人でいるはずなのに一切会話がなく、重苦しい空気が両肩にのしかかってきて、料理の味なんか分からなかった。
ハルも「美味しい?」なんて聞くこともなく、淡々と事が終わってしまったぐらいには、本当に何もなかったのだ。
私が気を利かせて何かを言えばよかったのだろうか。
兄弟がいるっていうワードは、きっとハルにとっての地雷そのもの。そんな上で私はタップダンスをしていたのだ。これ以上の冒涜はないと言って差し支えなかった。
ハルのことを知りたい。私の中でどんどん膨れ上がる感情は、同時に彼女の過去をも受け入れる覚悟をしなくてはならないということ。
私に、そんな事ができるのだろうか。いくら考えても、答えは出ない。
どんな過去なのか、分からないから。
ハルの部屋は質素そのものだった。
かわいらしい家具もなく、ベッドと机。座布団に勉強机があるだけ。クローゼットなんかは多分備え付けのものがあるのだろう。
そして私は見つける。青い空と白い雲。そして家族4人の笑顔を写した写真立てが1枚。
くせっ毛からこの子はハルだということが分かる。
だけどハルより一回り小さいハルの面影がある女の子を、私は知らなかった。
「隣座って」
「うん」
私がベッドの縁に腰掛けると、ハルは写真立てを手に持って座った。
その顔は、普段の眠たそうで、ボーッとした何も考えていなさそうな顔ではなく、妹を思いやる姉のように、過去を懐かしむハルが目を細める。
やがて目を閉じて、大きく深呼吸すると、私の手にそっとハルの手を添えてきた。
勇気がほしいんだ。だから私もそれに呼応するように、手のひらをハルに向けて、優しく握った。
「ごめん。しばらく、このままでいていい?」
「いいよ。無理しないで」
あえて顔は合わせなかった。朝から、いや通信障害の時からずっとハルの様子がおかしかった。その理由を話そうとしてくれているのだ。勇気は、私が目を合わせることで脆く崩れ去ってしまうほど、繊細で薄いガラスのようなもの。
だから私は静かに手に力を入れる。私の勇気が、ハルに伝わるように。
時計の音と、リビングのテレビの音だけが支配する空間。
いくら時間が経っただろう。きっとそこまで経っていない。1分や2分。たったそれっぽっちなのに、まるで1時間や2時間こうしているような感覚がある。
でもハルの勇気が出るまでなら、どれだけだって待つ。それがハルから踏み出してくれた勇気なのだから。
「わたし、さ。2年前にお父さんと妹、亡くしてるんだ」
彼女は、ぽつりと。言葉を紡いだ。
◇
わたしの家は4人家族だったの。
お父さんとお母さん。わたしと、それから妹のサクラの4人の。
その時はごく普通の家庭だったと思う。わたしがおはようって言ったら、みんながおはようって返してくれて。
たまにわたしが寝坊した時は、いつまで寝てるんだとお母さんに布団を引っ剥がされて、冬は寒かったっけな。
サクラもわたしと同じで結構寝坊助っていうか、ずーっと眠たそうな顔しててね。それでもお母さんに似たのか、結構可愛かったんだ。
わたしもお母さん似だったから、分かるよね、お母さんが可愛い寄りの美人だったって。
お父さんはちょっと寂しそうに「俺に似ているやつはいないのか……」って嘆いてたっけな。
サクラはさ、だいたい小学4年生ぐらいで成績は結構ダメダメだったんだよね。
たまにわたしが教えてあげたりしても「お姉ちゃん分かりづらい!」ってわたしに怒鳴ってすぐいなくなるんだよ。
でもそれも可愛くって。きっと将来はサクラって名前のとおりにいっぱいの愛という名の養分を吸収して可愛らしい女の子に育つんだって、思ってたんだよ。
だけど、2年前のその日。すべてが変わった。
その日はいつもどおり何もない休日でさ。わたしがボケーッとテレビ見てて、お母さんはお昼ごはんを作るために料理してて。お父さんもサクラも、暇を持て余してたんだ。
そしたらお母さんが気付いたの。卵が足りないって。
『ハナコはおっちょこちょいだなぁ』
『タクミさんよりはマシですー! ハルー、卵買ってきてー』
『えー、めんどい』
『じゃあお父さんと行こうか、サクラ』
『うん!』
妙にお父さんには懐いていたサクラは面倒くさがりのわたしを置いて、お買い物支度を進めていたんだ。
今思えば、わたしも行けばよかったと後悔したよね。
『他に買ってくるものは?』
『サラダ油そういえば足りないのよ。だから買ってきて、ダーリン』
『後でお金もらうからな』
『はいはい』
『お父さん、早く行こうよ!』
『じゃあ行ってくるよ、ハル。すぐ帰ってくるからな』
『いってきます、お姉ちゃん!』
『ういうい』
わたしがここで、何か言っていればきっと運命は変わった。
何かくだらないことを言って、数分。ううん、数十秒の間、時を稼いでいれば……。
後悔は後に立たず。なら先に待つものってなんだろう。そう考えた時に、わたしの頭にはふとよぎるんだ。残酷な未来が。
その会話を境に、お父さんとサクラと話す機会はなくなった。
わたしもお母さんも帰りが遅いって心配になったんだけど、1本の電話ですべてを理解したんだよ。
車側の信号無視で、お父さんとサクラが一緒に轢かれて、即死だったらしいって。
お母さんは崩れ落ちて、わたしは半ば放心状態。信じられなかった。考えたくなかった。お父さんのいない、サクラのいない世界を。
お葬式は、家族だけで済ませたよ。大勢いたらお金がかかるだろうからって。
当時中学生だったわたしを親戚に引き取ってもらうって話も出たんだけど、お母さんがそれを拒否して「私が育てます」って一点張りだった。
お母さん、こんなにも強い人だったんだって、泣いて枯れてしまったと思ってた涙の泉がまた溢れ出してきたんだ。ありがとう、お母さんって。
それからお母さんは仕事漬け。
わたしはちゃんと勉強して、せめてお母さんに迷惑をかけないようにって頑張って。卒業したら就職して、年末年始とお盆以外の日もお母さんが休めるようにって、楽させるつもりだったんだ。
◇
「その写真は昔、ピクニックに出かけた時に撮ったやつ。綺麗に撮れてるでしょ?」
「うん……」
言葉を失った。ハルは、2年前からずっと。ずっとこんな気持ちを抱えて生きていたんだ。
「今も思うんだ。わたしがもし何かを口にしていたら、何かを話していたら、ちょっとでも時間を稼げていたら、わたしの特別な場所にサクラがいて、お父さんがいて。こんな思いもせずにずっと幸せにいれたんじゃないかって」
「ハル……」
「ごく普通の不幸だよ。だけど、ナツキに隠してきたから。謝りたかったんだ、ずっと」
どこが。どこが普通の不幸だっていうんだ。
誰かともう二度と、それも大切な人と会えなくなってしまう死別の過去を隠してきたことを、誰が攻めることをできようか。
私にはできない。ごく普通の家庭で生まれた私には分かることのできない過去。
「ごめん。嫌だったよね、こんな話して。ちょっと飲み物取ってくる」
手のひらからぬくもりがするりと抜け落ちて、ハルはその場を去っていってしまった。
受け入れる、覚悟はできていたはずだった。
ハルのことは私が一番に受け入れて、もっともっと親しくなるんだって、そう思ってたはずなのに。
同時に全ての辻褄が一致してしまった。
過呼吸はもしかしたら私が事故に遭っていたかもしれなかったから。
通信障害だって、裏を返せば、1人になってしまったハルが不安で不安で仕方がなかったから。
求めてきたのは、単純に寂しかったから。
「なんで……」
なんでそんな事に気づいてあげられなかったの。重要なファクターはいくらでもあった。
ハルが自分の過去を伝えずに、もっと笑顔でいさせてあげられたはずなのに。
私が「お母さんが」とか、「のんびり行けばいいや」とか、そんなことを考えている間にも、ハルは自分自身を追い詰めていた。
――ハルは、苦しんでいた。
私に過去を打ち明けたのだって、私が一緒にいてくれるかもしれないって打算が少なからずあったからだ。
だったら、せめて通信障害の時はずっと一緒にいてあげて……。
それで、どうなるんだろう。退廃的でただただ傷を舐めるだけの時間に、いったい何の価値があるのだろうか。
癒えない傷跡を絆創膏で隠すようなもので、根本的な解決にはならない。
いや、そもそも傷跡というのは消せないから傷跡っていうんだ。
救うとかそんな軽々しく言っていいわけがない。これはハルの問題であり、ハルが抱えなくちゃいけない過去。
私に、何ができるだろうか。
一緒にいること、手をつないであげること。いくらでも思いつくことはある。
だけど、ハルはそれで満足するの? ハルは、それで過去を拭えたと思う?
答えは分からない。私、全然ハルのこと知らない。
クラスの中で一番ハルのことを知ってるって、GBN内で一番だってずっと息巻いてた。
だけど結果はこれだ。言われなきゃ分からないことがあるし、言わなきゃ伝わらないことだって無限にある。
言葉を紡げば戦争になるのに、口にしなかったら分かりあえない。
00の刹那は、きっとこんな気持ちでいつも戦っていたんだ。
私にもトランザムバーストを使うことができたなら、ハルの深い傷跡を少しでも和らげることができただろうか。
夢のようなことはない。だからハルにとっての今があってしまうわけで。
私には、何もできないのかな。親友である、好きな人である私には……。
――いや、そんなことはない。
愛が憎悪に変わったグラハムは、同僚を殺されたことでその想いを歪ませた。
でもお互いに想い合っている、私たちなら。
私が好きなハルとなら、私はずっと一緒にいて構わない。
いや、いたい。ずっとそばにいて、ハルの寂しさも苦しさも、2人で和らげることができるなら。
そのためには、伝えなければいけない言葉がある。
言葉は重くて、鋭くて、痛い。
人に影響を与えてしまうぐらい膨れ上がってしまう言霊は口に出してしまったら止まらない。撤回なんてできない。
それを口にするには『覚悟』が必要だ。
私が一生ハルと過ごすという、祝福と呪いを大釜でかき混ぜ、強固なまでに仕上がった想いが。
――私に、人を愛する覚悟はあるか。
「……決まってる」
ずっと、ずっと分からないと思ってた。
男の人に言い寄られても、ピンとこなくて。
そういった色恋沙汰には耳年増だったものの、相手は見つからなくて。
そんな時に偶然出会ったハルがここまで気になる存在になるなんて思わなかった。
いや、それこそが『好き』なのかもしれない。
モミジさんやセツちゃんとは違う。もっともっと大切な、愛しい相手。
ハルが笑顔でいてくれるなら。彼女の心が少しでも軽くなるのなら。
私が少しでもその痛みを和らげるのであれば。私は迷いなく口にする。
絶対に別れない、なんてことは言えない。言えるわけがない。
突然の事故で失った家族を見ているんだ。だから僅かな可能性がないとは言い切れない。
けれど、その時が来るまでは、ずっとそばにいたい。
そう思うのは、私がハルのことを予想以上に好きになってしまったことが原因だろう。
ハルは罪な女だ。ワガママで、依存症で、少し束縛も入ったような重たい女。
友達じゃダメ。親友じゃ足りない。だとしたらもう、恋人しかありえない。
「ごめん、待たせたよね」
「ありがと」
冷蔵庫で冷やしたであろう麦茶で喉を潤して、私はこう言った。
「ハル。今日、一緒のベッドで寝よ」
それは決意と、覚悟で塗り固めた言の葉。
まるで、私とハル専用のトランザムバーストのようなセリフ。
分かりあえないことなんてない。2人が愛し合っているなら。
情報アップデート
◇ナカノ・ハル / ハル
ハルは4人家族であったが、事故で父と妹を亡くしてる。
母はハルを養うために、ずっと働いている。
事故で家族亡くした後は心を閉ざし、それまで交友があった相手とも仲違い。
1人で過ごす中で、自然と一人っきりが普通だと感情を麻痺させていた。
だけど彼女が本当に求めているのは誰かが側にいること。
偶然とは言え、それを叶えてくれるナツキは天使であり、
自分を一人ぼっちだと認識させてしまう悪魔でもあった。
ちなみにファインダー・ブレイブが使用している
ロング・ビーム・サーベルの名称は『サクラ』
マスラオから取ってきたハワードと同じく、死者を大切に思った一振り。