世の中にはどんな理不尽だって存在してしまう。
それは例えばテストでヤマを張っていた内容が当たり前のように外れること。
それはお米を炊こうとして、精米済みのお米を実は切らしていること。
そんな、そんな注意していれば気付けたような当たり前なことに、今更になって。変なおじさんたちとバトルして気付いてしまったのだ。
「花、倒れてる……」
「ぐっちゃぐちゃだね」
「完全に踏み荒らされてるわ」
「ボロッボロだね」
奇しくも彼らの手のひらの上だったと言わざるを得ない。
目的の座標に存在する花は、ザクF2千兆とのバトルで踏まれて焼かれて散らされて。三重苦を舐めに舐め回されたミッションクリアのための花は懸命に生き残っているものの、もはや原型をとどめていないレベルだった。
「撮ってこい。だから、これでもいいんだろうけど釈然としない……」
「とりあえず撮っとく?」
「ハルが望むなら」
スクリーンショットの機能を設定。そのままピントを合わせたり、ぼかしを最大まで減らして1枚。
うーん、なんかこれじゃない。ボロボロの花に対して言っているのではなく、これは風景画として失敗だということ。これでも勉強はしている。だから分かってしまう。これではわたしの芸術は失敗であると。
「ねぇ、ナツキ」
「なにー?」
にこやかに笑ってみせるナツキの姿に、美人でありながら笑顔が似合うな、などと思いながら、言葉を続けた。
「最高の1枚を撮ってから帰ろう」
「……ん?」
わたしもやや意地というものが存在するらしい。
この1枚では芸術にはならない。何故ならそこにドラマ性がないから。
こうなった、という事実だけ残っていても、いつ、どこで、誰が、どうして。その疑問に答えるものが何一つないのだ。ただ地面の踏まれた花を撮ってハイ終了じゃ、その辺のダイバーと変わらない。大事なのはこだわりなのだ。
「ごめん、もう一回言って」
「最高の1枚を撮ってから帰ろう」
「うまく聞き取れなかった」
「最高の1枚を撮ってから帰ろう」
「……ハルってそんなにお花好きなの?」
「ううん。別に」
「そ、そっか」
今、彼女のドン引きポイントが1溜まったことだろう。
これが1億ポイント溜まったら商品として何かもらえることを期待したい。
なんてバカなことを考えている場合じゃない。こういうのは試行と錯誤。思考して、思いついたものを撮ってみて、それで判断する。今出来る最適解だ。
「ちょっと隣に座ってみて」
「え、なんで」
「早く」
「う、うん」
促されるまま、流されるままナツキは潰れた花の隣にしゃがんでピースしている。試しにフレームに収めてパシャリと1枚スクリーンショットを撮ってみる、ものの……。
わたしの求めているものとは違う。実際にそんなことはないのだけど、まるでナツキが花を踏み荒らして、その写真を自分と一緒に写している様子に見える。一時期流行ってしまったバカッターを思い出させる構図だ。ナンセンスと言うよりも、これはナツキに見せたくないレベルに、失礼な絵面になった。
「どんな感じ?」
「見せない感じで」
「えー、見えてよー」
「失礼な感じで写ってるよ? いい?」
「失礼な感じって……ぶふっ」
メール機能を使って送信してあげたら、ナツキがお腹を抱えて吹き出し、膝を付いた。
あー、まぁ。そうだよね。このにこやかなのも更に際立ってダメだったと思う。
他意はないのだけど、これをガンスタグラムとやらにあげたらきっと炎上すること間違いないだろう。そんなことでエンジョイすることはないので、これはデータの肥やしにすることにした。
「そんな感じ? ふふ」
「違う違う。芸術、とかはいかなくても、人の心を掴めるような写真? みたいなの」
「そういうのがご希望かー。とは言っても、周りは草原ばっかだしね」
ところどころ先の戦闘で焼かれた場所もあるが、それもわたしたちが離れればじき復旧することだろう。わたしたちが今いるのは仮初の戦場だった場所であり、哀れにもミッション対象が犠牲になったお墓でもあるのだ。
「あとあるのは、ガンプラの破片とか……」
「それだ」
要領を得ないナツキを後回しにして、早速わたしの思いついた構図を頭に巡らせる。
花は最低限にして、それでいてしっかり見える角度で。でないとOKサインが出ないから。加えてガンプラの破片や焦げた草をフレームの中に収める。それでいいかと言えば、少し足りない気がする。
重要なのはいつ、どこで、誰が、どのように。この疑問を答えるにはまだ何か足りない。あと一ピース。欠けてしまったパズルのピースを探すように辺りを見回す。
最低限あるのは花と破片と、草。そして空。いや、それだけじゃない。
今ある現状の写真をとりあえず撮ってから、さらにナツキにお願いする。
「ブルースカイ出して! 花の真正面で膝を付く感じで」
「う、うん。こうかな」
データの海から召喚したナツキのブルースカイがゆっくりと草原の大地に膝をつく。
そして太陽から隠すように花が手折られていて、ガンプラが悲しそうに両手を地面につく。まだだ。
「顔をもうちょっとうつむけて。花を見るみたいに」
「こうかな」
「そうそう。いいね!」
パシャリ。わたしたちは1つの初心者用ミッションに大変長らく時間をかけて、写真撮影をすることに成功した。どちらも満足に行く写真だった。
受付ロビーへと戻ってくると、マギーさんが心配そうな顔をして焦って走り寄ってくる。
「大丈夫だった? 心配したのよ?」
「あー、うん。なんとかなった」
「初心者狩りを撃退したので、大丈夫です!」
「ほっ。それなら安心ね!」
「それで、写真のことなんだけど……」
わたしは写真のストレージから3枚の写真を可視化して、マギーさんに見せた。
彼(彼女?)もその場所で何が起こったのか察するのに、そう時間はかからなかった。
「お花、潰れちゃいました」
「そう。でもちゃんと撮ってきたのね。偉いわ」
マギーさんは両手を合わせて本当に良かったと、安堵したような笑みを浮かべてくれた。オカマに敵はいないとは本当のことだったのだろう。自分で言っててそんな事あるかと思ってたけど、普通にいい人で安心した。
「それで納品の件、どれがいいですか?」
「あら、いい写真ばかりじゃなぁい。これはハルちゃんが?」
「そうです! ハルすごいんです! 写真家です!」
「……そんなんじゃないって」
そう。そんなんじゃない。わたしはただの夢をおぼろげながらも見て、追えずにいるただの学生なんだ。今も追えているナツキの方が、とても素晴らしいんだ。
ネガティブ思考はその辺にして、目の前で悩んでいるマギーさんを見て、ちょっとだけ嬉しくなる。きっと目の前の人はいろんな景色を見ているはずだ。ランクも今のわたしたちでは到底見ることのできない高み。言い方は悪いけれど、目が肥えていると言ってもいいと思ってる。
でも、そんな人が真剣に言葉を選びながら、わたしの写真を見てくれていることが、とっても嬉しい。ちゃんと撮ってよかったんだと、心から胸を張って言える気がした。
「そうねぇ、この辺は好みの問題よねぇ」
「分かります! ハルの写真、どれもすごいから」
「褒めすぎ。わたしは大したことないし」
「あら、そうかしら? 少なくとも勉強しているって事をひしひし伝わってくるわよ」
「……そう、ですか」
人に褒められるのは悪い気はしないけれど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。しおらしくなったスキを狙われたのか、ナツキがニヤニヤしながら、わたしの顔を覗き込んでくる。やめてよ、ホント。もう……。
「アタシならこれを選ぶわね」
「あ、それブルースカイのやつ」
マギーさんが選んだのは、ブルースカイが写っている最後に撮った写真だった。
わたしが工夫に工夫を重ねた、おおよそ最高傑作を引き当ててくれたのだ。
「なんというか、感情が伝わってくるのよね。戦いに勝ったけれど守れなかった。そんなSEED DESTINYのような、無力さと言ったらいいのかしらね。アタシは好きよ」
「……っ。ありがとうございます!」
耐えきれなくなって、わたしはそのまま頭を思いっきり下げた。普段はそんな事しないのに、最近はずっとこんなな気がする。
「ガンスタグラムに上げるといいわ! きっとみんな見てくれるわよ」
ガンスタグラム。わたしも話題程度には耳にしたことがあるそれは俗に言うGBN内のSNSのようなもの。日夜映えるやバエる、いいねなど、人への評価が飛び交ったり、攻略情報や、ダイバーの何気ない日常のつぶやきなどが載っている。
別に気にならないわけではなかった。同じくG-Tubeもたまにスマホから見ていたりもする。ガンプラの作成動画なんかは為になるし、公式から配信されているガンダム全話も暇がある時に見ようと思ってるレベルだ。
だから気にならないわけではない。ただ自分が始めようと言われるのは、微塵も思ってなかっただけで。
「……始めてみようかな」
「その意気よ! ガンスタグラムの登録方法はね……」
この日、新たに2つのアカウントがガンスタグラムに登録された。
ダイバーネームハルとナツキ。お互いに最初のフォロワー同士になると、アタシも混ぜてと、新人2人を上位ランカーとしてと名高いマギーさんがフォローするという比較的異例の事態が起きたが、それはそれで別にいつものことだそうだ。
問題はファーストミッションで撮影した2枚の写真が、意外にもガンスタグラム上で500いいねほど伸びてしまったことなのだが、この話はまた別の機会にするとしよう。
◇
ログアウトして、ダイバーギアやガンプラを片付けて、わたしたちはガンダムベースを後にした。どうやら帰り道は一緒みたいで、最近はずっとこうして2人であれはどうだった、これはどうだったと思い出を懐かしむように反省会をしていた。
「はぁ。疲れた」
「あはは、眠そー」
「実際眠い」
大きく口を開けてあくびを噛み締めていると、先程までの出来事が夢であったかのような錯覚に陥る。実はあのバトルはなくて、わたしが作ったアカウントが妙に伸びることはなかったんじゃないかと。
でも実際そんなことはない。ちゃんとあのバトルの感触は残っていたし、衝撃もちゃんと伝わってきた。あのモミジさんと手をつないだことだって、夢じゃないんだとハッキリ分かった。
それだけ夢みたいな、夢じゃない1日を送ったことに他ならない。
「でも意外だなー」
「何が?」
「ハルがあんなに熱中するものがあるなんて」
「熱中なんて呼べるものじゃないし。それよりナツキの方がすごいよ」
「どこが?」
「あのバトル、結局3人を撃破したのってナツキだけじゃん」
初心者狩りに対して勇猛果敢に戦い、Eランカー2人とDランカー1人を撃破したナツキは紛れもなく今回のMVPだった。
「あはは、あの人達そんなに強くなかったし」
「って言っても格上でしょ? すごいよ、ナツキは」
「私は……。私だってそんなんじゃないよ」
「ナツキ?」
一瞬。そうほんの一瞬だけナツキの表情から暗雲が見え隠れしたのは気のせいだろうか。すぐさま笑顔になったナツキはやたらとわたしをべた褒めしてきた。まるで何かを誤魔化すみたいに、何度も何度もすごいって。
「面倒だから2人ともMVPってことで」
「いいね! じゃあそこのコンビニで祝勝祝いしていく?」
「奢ってくれる?」
「お互いにお互いが奢るってことで」
「ケチー」
非日常は3日も経てば日常に変わると、誰かから聞いたことがある。ナツキと出会う前から随分時間が経ったような気がしたけれど、まだ1週間しか経っていない。でも、その言葉のとおりなのだとしたら、今過ごしているこの時間はもうわたしの日常なのだろう。
少しだけ心が浮ついているのを感じる。まぁいっか。今日は宴だ。夕飯が入る程度にコンビニスイーツを買って、静かに祝うとしよう。わたしたちのMVPを。
ハルはナツキに遠慮してそこそこ安めのプリンにしたけど、
ナツキはマチカフェを頼んだので、結構高かったとかなんとか