戦いとは何か。
Wikipediaによれば相互に敵対する二つの勢力による暴力の相互作用、だと言う。
そこには様々な思惑があり、わたしの頭では考えつかないほどの数え切れない理由があるのだろう。
この、目の前にいるタイルさんにしても、わたしたちにしても、あらゆる理由を戦いに置き換えて、刃を重ねる。
オーラを、闘志を隠さずに配信している辺り、本当にこの人はわたしたちに『何か』を見出しているのだと思う。
よくは分かってないけど、それがタイルさんの戦う理由なのだとしたら、わたしたちはいったいどういった理由で戦うのだろうか。
画面映えに、戦闘経験値のアップ。それとも巻き込まれて。
理由は様々あるだろうけど、わたしはきっとこう言うだろう。
――負けたくないから。と
「はい! ということで、本日のゲストは2度目のタイルさんです!」
「やぁ。また会ったね」
『出たわね殺戮の天使』
『キャー! 切り刻んでー!』
『早速やべぇファンが出てきたぞ』
『百合の間に挟まる殺戮の天使』
「あはは、酷い言われようですねぇ」
「タイルっちは色々人気だよねー」
顔面偏差値お化け。そのくせ物腰は柔らかで棘があまりない。
ここまで聞いたらチャンプと思われるだろうけど、あの人にはないものと言えば、それはむき出しの殺意と言うべきだろう。
さっきから笑顔で隠してはいるけど、トゲトゲとした殺意が伝わってきて、正直怖い。
誰が呼んだか。殺戮の天使という名前はこの表裏一体の性格から来ているのだろう。
でなければ、エクシアリペアとアルケーをかけ合わせたガンプラにはならないはずだ。
「そのタイルっちっていうのを、今後も流行らせていきたいですね」
『タイルっち……ないわ』
『無理っす』
『殺戮の天使は殺戮の天使だし』
『流行らないし流行らせない』
「これは手厳しい」
リスナーにもモニター越しに伝わっているだろうか。この隠すつもりのない殺意を。
流れているコメントの中に『怖い』とか『もっと殺意隠してもろて』とか、それはもう様々な恐怖がこの場に渦巻いている。
妙にやる気なのはいったい何故なのだろうか。相手はまだフォースランキング3桁台の弱小フォースだと言うのに。
「まぁ、その。一応聞いておきますけど、タイルさん。その殺気はいったい……」
『気になってた』
『なんか嫌なことでもあった?』
『モヒカンたちを殺し足りないのかもしれない』
『ナツキちゃんナイス!』
「大したことはないですよ。まさか前回ジャバウォックやFOE、煉獄のオーガなどに私の挑戦状を邪魔されて腹が立っているわけではありませんから」
その声は普段の声色より一段低くなっており、上位ランカーたちへのぶつけようがない憎しみと楽しみを邪魔にされた怒りが錬金釜の中でグルグルとかき混ざって、どす黒い殺意へと調合されている。
正直に言おう。めちゃくちゃ怖い。
「タイルお兄ちゃん、怒ってる?」
「いえいえ、そんなことありませんよー? そんなことありません」
ただ。男はそう口にする。
「楽しみにしていたガンプラが目の前で完売になった時の感情とでも言いましょうか。たかがその程度ですよ。フフフ……」
『あかん、目が笑ってない!』
『相当極まってるじゃねぇか!』
『八つ裂きにされたい』
『大人だけど子供だ!!』
「ということで覚悟の準備をしておいてください。サインは私が持ち帰ります」
「八つ当たりの道具にされても困るんだけど……」
タイルさんの例え話はかなり的を得ているというか、わたしも理解できる内容なのだけど、その理由がわたしたちって時点で関わりたくない。
せめてわたしたちのいないところ。例えばヴァルガでモヒカン刈りだったり、ジャイアントキリングするなり、ホント好き勝手してほしい。
「頑張ろうね、ハル!」
「別に負けてもいいんじゃないかな」
「なに言ってるの?! ハルのサイン1号は私にこそ相応しいんだよ!」
「じゃあナツキのサイン1号はわたしのものにならなきゃ」
『ナツハルてぇてぇ』
『ナツハルはガチ』
『湿度高くなってきたな……』
『壁のシミにならなきゃ』
「せいぜい頑張ってくださいね。サインは私がいただくので」
「今、負けられない理由ができたわ」
わたしたちが燃えている中、蚊帳の外気味にモミジがカメラの端の方でしょうがないなぁと、面倒くさそうな顔で見ていた。
セツは、モミジの方を見てるみたいだ。
「ねぇ、でかお姉ちゃん。セツのサインほしい?」
「んぁ? 別に」
「むー! ばかお姉ちゃん!」
「なしてそんなこと言われんのさ?!」
「だって欲しいかなーって思ったのに……」
ややふてくされながら、斜め下に顔を向けつつも、流し目の上目遣いでモミジを見つめるセツ。
これには少しやりづらそうに、天を仰いでからモミジは一言つぶやく。
「1番とか2番とか。あたしはそれよりも思いがこもってればいいけどな」
「思い?」
「相手に感謝の気持ちを込めてりゃ、それでいーんじゃねーの。ってこと」
「思い。思いかー! じゃあ今度サインあげるね!」
「別にいらんって」
「むー!!」
などと、外側から見れば妙にてぇてぇ事をしている2人だったが、大抵のリスナーはわたしたちの方を見ていたため、気付くリスナーは少なかったとか。
なお、後日『モミジお姉ちゃんに構ってもらいたくてサインを書きたがるセツ』というタイトルで切り抜き動画が上がるとだけ伝えておくとしよう。
◇
さて、今一度ルールの説明をしよう。
勝負は至ってシンプル。タイルさんを建物、または地面に少しでも触れさせた場合はわたしたちの勝ち。わたしたちが全滅すればタイルさんの勝ち、となる。
フィールドはクモの巣状に広がった市街地。ところどころ高い建物があるのは、きっとタイルさんのサービスと言ってもいいだろう。
ただそう簡単に当たってくれるとは思わない。仮にも個人ランク76位の魔物だ。相当強い、そう考えて戦わなければならない。
「作戦は前の通り。マップはデータリンクで常に更新しておくから」
「了解」「りょーかい!」
「うん。じゃあ、行こうか!」
モミジのドローンとレドームによって高品質のマッピングがタイルさんを捉えている。その場所めがけて、わたしは3機ずつビームビットとパワービットを射出した。
『ワクテカ』
『始まったな』
『やっぱモミジさんの索敵すごいな』
まず先手は取らせてもらう。防御の姿勢を取りながら、手動操作へと切り替えたビーム攻撃を放つ。
当然こんな直線的な攻撃が当たるわけもなく、蟻の巣を縫うようにして、低飛行かつ鋭角に街中を駆け回る。これもモミジの狙撃対策なのだろう。
とすれば、ここはわたしが表立って出るしかない。GNソードガンを手に持ち、ビットを回収する。
「ハル、なんとかおびき出して。多分最初の狙いはあたしだから」
「うい」
ルール上、タイルさんが建物を破壊することはない。破壊した時点でタイルさんの負になるのだから。
だっていうのにそのマニューバのおかげなのか、鋭角に直角に獲物を捉えんとばかりに赤いマーカーが動いている。これも変態機動の賜物ってやつか。
『見つけた。さぁ、死合おうかッ!!』
背後から襲いかかるGNチェーンソーをソードガンで受け止めるものの、常に刃が動いているビーム刃だ、その刃をシグルブレイドへと変貌させたソードガンでも耐えきることは難しいだろう。
タイルさんの次の行動は左腕のチェーンソーでわたしの右腕を切断することだ。そんなこと、初っ端からさせてたまるか!
右腕だけのトランザム七分咲きを起動させ、瞬間的な出力を3倍にまで跳ね上がらせる。
『ぬおッ?! だがッ!』
タイルさんの右腕チェーンソーとトランザムソードガンがぶつかりあい、火花を散らす。鍔迫り合いだが、そんなことに付き合う道理はない。すぐさまビームビットを展開して、サーベルとライフルがタイルさんを襲う。
一度後退したDフォールエクシアを目にした後、わたしは機体を翻して、本来の作戦である誘導を開始する。
『逃げた?!』
『正面から突撃するのはまずいからな』
『右腕トランザムも効かないとなりゃな』
「少女のお尻を追いかける趣味はないが、付き合ってあげよう!」
8基を展開して残り2基はチャージビットによるビーム照射を起動させる。
逃げるというにはもはや全力の域としか思えない。何せ赤いコントレイルが今もわたしの背中を追っているんだ。これほど恐ろしいことはない。
「ハル、上10時の方向に射撃!」
「おっけい」
ソードガンのビームを3連続で発射させると、ミラージュコロイドで隠されたリフレクタービットが顔を出す。
3発とも反射されたビームは、GNチェーンソーの一振りで空中に飛散した。
「まだまだ。持ってってよ!」
どこからともなく射撃音が聞こえたと思えば、GNチェーンソーの上をビームランチャーの光が走る。
『モミジくんかッ!』
「大盤振る舞い。もってけドロボー!」
光の線は3本。リフレクタービットによる反射と自機からの照射を計算した3方向からのビームの死線はくぐることなどできないはずだった。
だが、それがすべて間違いだったと認識させるにはそう時間がかからない。
1発目をチェーンソーで相殺。2,3発目を変則マニューバからアクロバティックに空中を1回転し、ボロボロのマントを貫通するだけ、という結果になってしまったのだ。
「マジィ?!」
『何だあの回避?!』
『きんも!』
『これがランカーか……』
ランクがある程度まで行くと、相手の勝ち筋を潰す、という戦法に出るダイバーが多いと聞く。
何故か。答えは簡単だ。ランカーは『万が一』『もしも』を非常に嫌う生き物である。
例えるなら女神の奇跡によって覚醒した勇者によって討ち滅ぼされる魔王のような考え方。奇跡が起きる前に殺してしまった方が、自分の身が安全なのだ。
なにかされる前に先手で潰しにかかる。
タイルさんの言う『先手』というのは、変則マニューバによる回避の練習なのだ。
『そこか』
ゾクリ。かくれんぼの鬼が獲物を見つけたような獰猛な肉食動物の一声。
今から殺しに行くよ、という明確な宣言とともにタイルさんのマニューバが横に一回転すると、目標のビルの頂上へと突き進む。
「うぅぅぅぅ! 作戦通り! 最悪ハルに任せた!」
「任されても困るんだけど?!」
いつの間にかハイザック・バトルスキャンに装備されていた右バックパックのサブアームを展開させて、狙撃用ビームランチャーからビームライフルへと装備を変え、牽制射撃を3度繰り返す。
いずれもチェーンソーの一振りによってかき消されてしまう。
まさにシザーマンや13日の金曜日に出てくるジェイソンのようなグロテスクなサスペンス・ホラーを見ているような感覚。だからって、わたしを放って置かれても困るんだよ!
タイルさんのDフォールエクシアに対して目の前を3点射撃。1発はGNフィールドによって阻まれ、2発目はチェーンソーによって斬り裂かれる。
目まぐるしく変わる天使のターゲットは以前変わらずスナイパーであるハイザックを追い続けていた。
確かに陽動さえできれば、モミジの出番は終わりと言ってもいいだろう。だが、臨機応変に対応するのであればモミジの参謀能力とマッピング能力は不可避だ。
だったら、こっちにだってやりようはある。
「セツ、ハモニカ砲撃って!」
「何枚?」
「とりあえず全部!」
「おっけー!」
セツの新装備であるクロスダインを胸の前に掲げながら、両腕を前方へ、そしてバックパックに隠されていたグレイズのサブアームがディバイダー2枚を持って展開される。
狙いは、タイルさんのDフォールエクシア。
「クアドラプルハモニカ砲、はっしゃー!」
計76門のビーム郡が真正面の建物を穴開きチーズにしながら、タイルさんへと煌めく。
もちろん横一列のハモニカ砲だからこそ上下に避けることができれば、無傷で済むだろうが、それは見えている場合に限る。
見えないものは避けれない。故に判断が少し遅れる!
『くっ!』
かろうじて身体を捻らせるものの、左腕のチェーンソーに、右足のつま先が被弾。回転しながら上空を駆け回る姿は、追われるものの姿そのものだった。
目の前には融解したビルや建物群。そして先にはガーベラストレートを構えるオーバースカイにハモニカ砲の予熱を逃がすイクスリベイク。
銃口を向けたハイザックに、未だ無傷のファイルム。
タイルさんにとっては圧倒的に絶望的な状況に違いない、はずだった。
『フフフフフ……』
『何だ?』
『おや、タイルの様子が……?』
『BBBBBBBBBBBB』
『ハハハハッ! ァハハハハハハハャハハハァハハハハ!!!!』
不協和音の旋律はタイルさんの不気味な笑い声。
戦慄するわたしたちは未だにタイルさんとの差を埋められずに感じる。
『楽しい。あぁ、楽しいなぁ! 自分が追い詰められている、という状況は実に楽しい! 戦っているという実感を覚える!』
だが。男はささやく。これ以上にないほど口元を鋭く歪ませ、そして。
『もっとだッ! もっと私と戦ってくれッッッ!!!!!』
上空に振り上げた左腕こそが、この試合の第二幕開幕の狼煙となった。
殺戮の天使の異名が故に