「フフフ、たくさん手に入れることができました!」
「うん、わたしも予定より多めに」
実力が上がるというのはつまるところ人の粗を見つけやすくなってしまうことにほかならない、と思っている。
自分では許せない物が増えていき、相手に押し付けるように不満をぶつける。仕方がないとは言え、わたしはやりたくないことだったので、ズィーベンの直線的な動きを諌めることはしない。忘れがちだけど、わたしはグイグイ来る子そんなに得意じゃないし。
でもこの子に関しては時折見せるセンスの良さが光る。
きっと大成するタイプのダイバーなんだろうな、と約4ヶ月の素人ながら思う。
「これならお姉様におすそ分けもできます!」
「よかったよかった」
あとこのわんこっぽいところね。いいよね、かわいい。でもわたしは猫派だ。
いずれ相容れぬ立場として激突することになるかもしれない。主にTPS視点のイカゲーでよくある対立フェスがないこともないのだから。
「ハルはどなたかチョコをあげる相手がいるのですか?」
「んー、まぁ。ちょこっとね」
チョコとちょこっとをかけたくだらないことを言っている場合ではないのだが、お世話になった人全員分に配布できる程度にはチョコの実が余ってるし、ちょっと凝ったものを作ってもいいかな。
問題はガンプラで調理するという謎の工程をしなければならないのだけど。
いいじゃん、わたしチョコ作れるんだから普通に作っても。まぁ、あげる相手はいなかったし、最近はめっきり作ってないけどもさ。
「もしかして、意中の相手でも?」
「まぁ付き合ってる相手がいるけど」
「付き合って……まさに私とお姉様みたいですね!」
「あー、どうなんだろうね」
この子、さっきから思ってたけど、『お姉様』が関わると明らかに様子を変える。
大型犬が飼い主に懐くようにしっぽをフリフリ振ってるから、かなり好いていると言っていいだろう。
それも『お姉様』ということは恐らく女性。マギーさんみたいなケースもあるけど、基本的にお姉様という単語には女性が当てはまるものだ。
そっかー、この子もわたしと同じく女性を愛する相手か……。
「もしかして女性ですか?」
「なっ……なんのことかなぁ?」
「誤魔化しても無駄ですよ。分かるんです、伴侶の勘が『この人にはお付き合いしている女性の方がいらっしゃる』って!」
伴侶の勘というのが妙に信憑性薄いものの、何も間違ったことを言っていないので素直に折れることにする。
ズィーベンになら隠す必要もないと思うし。わたしは渋々首を縦に振ってみせた。
「やっぱりですか!」
「まぁ、色々あって、今の感じに」
「でも好きなんですよね?」
「うん、もちろん。今すぐ会いたいぐらい」
ズィーベンが目を丸くして、少し驚いたようにわたしを見る。そんなに意外だったかな。
「ハルもゾッコンなんですね!」
「人に言われるとすごい気になるフレーズだけど、まぁそうかな」
「じゃあ私と同じです! これはもはや運命の友! フレンド交換しましょう!」
そう言われて嬉しくないわけはなく。
運命というのは悪くない言葉だ。心をウキウキと浮つかせる。
手早くフレンド登録を済ませて、チョコレートの実を加工すべく、わたしたちは一緒に期間限定ディメンションである、キッチンディメンションへと向かうのだった。
◇
チョコレートの作り方、というのは皆さまご存知だろうか。
チョコを細かく刻み、ボウルに入れてから湯せんする。これが基本的な『板チョコ』からの作り方だ。
ではこのGBNにおける作り方とはどういうものか。神ゲーであるこのゲームの作り方、それはこのとおりである。
「「うぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!」」
花の乙女たちが一生懸命カカオ豆状のチョコレートの実を砕きまくっている。
ある者は素手で殴って。ある者は足で地団駄を踏んで。ある者はガンダムハンマーを使って叩き割って。
わたしも一度カカオ豆からのチョコの作り方、というのを調べたことがあった。
その過程でどうしても必要になるのは、このグラインドと呼ばれる粉砕作業である。
フードプロセッサーを使えばいいと言うが、どうやらカカオ豆自体油が多いらしく、すぐに負担がかかってしまうんだとか。
GBNはその作業を置いておいたとしても、この粉砕作業だけはさせたかったらしい。
とにかく連打。思いつく限りの方法で効率よく叩く。それが一番の近道だった。
そこにいるわたしもズィーベンも、たまたまそこにいたナツキもモミジもセツもちのも。
そしてわたしは知らないけれど、かつてGPDの亡霊とも畏怖されたμというダイバーでさえも、この苦行からは逃れられないのだ。
愛する人のため、真心を込めて、そしてこんなクソゲーを用意したGBNの運営への憎しみを込めて叩き潰す。
「はぁ……はぁ…………」
疲れた。休憩込みで5分間ずーーーーーーーーーっとすりつぶした実とにらめっこしてたけど、できれば来年からはもっと効率化してほしい。
心底疲れたため息を吐き出して、次の工程へと進む。
次はミキシング、という細かくした材料を混ぜるという作業だ。
今度は10秒間すり鉢を全力でかき混ぜる。さっきまでの工程と比べたら、本当に大したことはないけれど、それでも疲れているのは確かなわけで。
右腕のトランザムを起動させつつ、グルグルかき混ぜていき、綺麗に混ざったのを確認。
正直この時点で疲れた。たった6分程度しか経っていない気がするのに、6時間ぐらい働いたような気がしてならない。
経過時間加速の機能を使っているんじゃないかと言いがかりをつけてしまうぐらいには疲れていた。
「はぁ……一旦休憩」
本当に。本当に疲れた。
やってられないレベルだ。もうやりたくないレベルだ。
ボタンをポンッと押したら、ポンッと出来上がってくれ頼む。でないとわたしの腕が死にそうだ。
「ハルお姉ちゃんもいたんだ」
「あー、セツか。おいで」
疲れた。本当に疲れた。これから後、愛情を捧げる、という謎の工程があるもののとりあえず一段落だ。
「そういえば、セツは誰にあげるの?」
「んーっとね。フォースのみんなと、ちのお姉ちゃんと、でかお姉ちゃん!」
「妥当なとこ……今モミジ2人いなかった?」
「そんなことないよ」
微妙にそっぽ向いてる気がするけど、セツがそんな嘘をつくわけないか。
それにしても、最近セツはモミジにベッタリな気がする。
あの戦いでモミジはセツの信頼を勝ち取ったんだろうけど、それにしたって妙にベタベタと……。まぁ、聞く必要もないか。
「ハルお姉ちゃんは?」
「わたしはフォースのみんなとちのぐらいかな。あと会えたらアイカ辺りとか」
「ナツキお姉ちゃんのは?」
「もちろん特別」
「ヒュー!」
とは言ってもGBNでは特別製のチョコは別途で作業工程が発生する。
でもナツキのためって思ったら、口元が緩んでしまうのは仕方がないことだ。
ナツキにわたしの特別を。ふふふ……。
「お姉ちゃん、顔緩みすぎー」
「え、ホント?」
「うんホント。そんなに嬉しいんだ」
好きな人へのプレゼント。それがここまで嬉しいことだなんて、最初は思わなかった。
花の乙女にも関わらず、わたしは面倒くさいという一点張りな理由でひと手間加えることに手をこまねいていたけど、それも悪くない気がして。
「嬉しいよ、とってもね」
我ながら最高のニヤケ面なのは承知の上だ。
だけど、この気持ちはセツに伝わってほしかった。なんでかは定かではないけれど、それでもなんとなく、伝えたかった。
「そっか。セツも頑張るね!」
「うん。じゃあ、わたしも頑張りますか!」
愛情と、ひと手間と。想いを込めて、わたしの特別なチョコは完成した。
◇
セツはでかお姉ちゃんに抱いている感情がわからない。
好意的な感情を抱いているのは間違いない。だけど、自分の中にそれ以上の何かを感じる時がある。
例えば通信障害の時のデートの時に味わった何か。
例えばニューイヤーフェスの時に味わった何か。
わからない、というのは歯がゆくてむず痒くて。どんなに胸の奥を掻いても出てくることはないくせに、内側からにじみ出てくるんだ。
どうしたら理解できるんだろうか。気になってちのお姉ちゃんに一度相談したことがあった。
だけどその答えは自分で探すものだって、軽くあしらわれてしまった。
多分だけど、ちのお姉ちゃんも迷っていたんだと思う。お姉ちゃんは分かっていたけど、口にすることを憚られる。生まれてまだ数ヶ月のセツでも、そのぐらいのことは分かった。
でもアドバイスはもらった。バレンタインの時にでかお姉ちゃんにチョコをあげてみたらどう? って。
一生懸命何かというわからないものを注ぎ込んで完成したのは、ちょっと不格好なチョコで。
試しに口にしてみたら苦すぎた。焦がしたのかな。それとも砂糖の入れる分量を間違えたのかな。
反省は尽きない。だけど、できちゃったものはしょうがないし、でかお姉ちゃんにあげるしかなかった。
「チョコくれんの?」
「うん、そのつもりだけど……」
テラスエリアに呼び出して、夜のGBNを見上げながら懐にあるチョコをちらりと見る。
完成度は、大変低く感じる。料理ができると豪語していたハルお姉ちゃんに教わればよかったし、ちのお姉ちゃんだってお菓子作りはできる。参考にできる人たちはいっぱいいたのに。
セツは自分ひとりの力でこのチョコを完成させたかった。
何故だかわからない。だけど、胸の奥に秘める何かに従った結果がこれなんだ。
でもやっぱりこんな不出来なチョコ、でかお姉ちゃんに渡すなんて……。
「ほらよ、ちびっこ」
「うわっ!」
押し付けられたチョコらしき黒い物体はラッピングテープが巻かれた可愛らしい袋に入っていた。
だけど透けて見える中身からは、恐らく不味いのだろうという出来栄えの歪なチョコたちが所狭しと並んでいた。何の嫌がらせだろう。
「……なにこれ」
「チョコじゃん?! 今日なんの日だと思ってんのさ!」
「お姉ちゃん、ヘッタクソー」
「あぁん? やんのか?!」
大人気なく喧嘩走りになったでかお姉ちゃんが少し面白い。
ひょっとしたらでかお姉ちゃんはセツを勇気づけてくれたのかな。なんて、そんなわけないか。
でもこれで吹っ切れることができた。セツもこのチョコもどきを渡して、どちらが美味しいか勝負と行こうじゃないか!
「ほら、でかお姉ちゃんこれ! 勝負しよ! 美味しい方が勝ち!」
「いいじゃん。やってやんよ!」
リボンを緩めて、袋の中から歪な形のチョコもどきを取り出す。
同じくでかお姉ちゃんがチョコっぽい何かを手に、いっせーのーで、でお互いに口に放り込んだ。
「「……まっず」」
セツの、いや。セツたちのバレンタインはちょっと焦げついていて、苦い味に彩られてしまった。
結局心の中の何かがわからずじまいだったけど、口の中にこすりつけられた苦味がこれでいいと言っている気がする。
ゆっくりと。歩くような速度で、わかっていけばいいのかなと、そんな事を漠然と思うのだった。
◇
GBNからログアウトして、今日もお泊りする? とかチョコはどんな味だった? とか。そんな事を口にしていたら、ナツキが突然口からどす黒い瘴気を放って怒りを言葉にした。
「ところで、あの犬っぽい女の子は誰?」
「あー、ズィーベンのこと? 素材集めの時にフレンドになってさ」
「ふーーーーーん」
地雷を踏んだ音がした。
待って。ホントに何もないから。あっちもあっちでお相手がいるみたいだし、そんなに気にするほどのことでもないって。
誤解を解くために、いろんな事を捲し立てるように口にしたけど、そのどれもが嘘っぽく聞こえてしまうのはいったい何故だろう。
ナツキのご機嫌は、ちょっと斜めになっていて、わたし視点から見ても分かりやすいくらいには面倒くさかった。
「私が一番愛されてると思ってたのに、ハルはすぐ他の女のとこに行くんだ」
「うわ、めんどくさ」
「私がこうやって尽くしてあげてるのにさー」
「めんどくさ」
「2回言わないでよ。自分でもわかってるんだから」
分かってるなら口にしないでいただきたいのだけど。
口元を尖らせて、ツーンと不機嫌なオーラを全身からトゲトゲしく発している彼女は、面倒くさくも、少し愛らしかった。
気持ちは分からなくもない。
ナツキはモテる方だし、もし男子に告白されて、その人が満更でもない相手だったら、結果に問わず少しむくれると思う。
ナツキは最終的にはわたしの方を向いてくれるって信じてるけど、それとは別に少しだけ疑いの目を持ってしまうというのも人間の悪いところなわけで。
全幅の信頼を置くのは難しい。わたしからナツキに対してもそうなのだから、きっとみんなもそうに違いない。
だからわたしも、少しだけ本音を口にしてみることにした。
「わたしも、その気持ちわかるから。だから、ごめん……」
「謝らないで。少しだけ、ほんのちょっとだけ魔が差したっていうか……」
繋ぐ手をより強く結ぶ。
わたしの愛が伝わるように。優しく。それでいて強く。
「ハル……」
「わたしからのチョコ受け取ってくれる?」
ポケットから出したコンビニで100円もしない小さなチョコを袋から取り出す。
ナツキがくれるのかな? という期待がこもった手を出すけど、わたしがただそんな事をしようとしてるだなんて思わないことだ。
小さなチョコをそのまま唇に挟んで、何かをねだるように見つめる。
「……ハル、やっぱりえっちだ」
ナツキは躊躇いもなく唇を重ねて、チョコをお互いの舌で溶かし合う。
文字通りとろけていくチョコとうまく飲み込めずに口元からたれてしまう唾液が、口元を汚していく。
唇の端から汚くいやらしく淫靡に声が漏れ出してしまって。
はふっ、はふっと空中に漏れ出る白い吐息と、鼻につくチョコとナツキの甘い匂いに脳を犯されながら、完全に溶け切ったチョコを喉の奥にしまった。
「…………分かったでしょ?」
「うん、もちろん……」
こんなこと、ナツキにしかやらない。むしろやってたまるか。
わたしが好きなのは一生ナツキだけで、わたしの初めてはずっとナツキのものなんだ。
「ね。今日泊まってっていい?」
「……まぁ、いいんじゃない」
ナツキがわざわざこんな事を口に出して聞いてくるわけがない。
せっかくのバレンタインで、あんなに特殊なキスをしたらこみ上げてくるものもあるだろう。わたしはいったい何を期待してるんだか。
まぁ、その。わたしはいつも心の準備はできているっていうか。
これじゃあわたしの方がバリバリに期待しまくっていて、負けた気分になってしまう。
だからその。今日の初めては、ナツキから求めてくれると信じることにする。
って、わたしもさっきの熱に浮かされたのかな。
滞在しているチョコとナツキの味を口の中で包みながら、今日もわたしとナツキはお泊りするのだった。
それぞれの愛とか友情とか、そういういったやつ