本編も佳境となり、およそ82話前後になるという想定。
それまでお付き合い願えれば嬉しいです。
第65話:進級とカレーと、タッグフォース
3月の終業式が終わった。そう、終わったのだ!
「んん~~~~~、ふあぁ……ねむ」
3月といえば出会いと別れの季節。
ある人は卒業を。ある人は進学を。またある人は進級などなど。
とにかく環境が変わる人というのが多いわけで。
かくいうわたしはそろそろ高校2年生という一つの節目を終わらせて、来月からは高校3年生、というある意味では人生の転換期を迎える。
高3といえばというわけではないが、2年の終わりぐらいからすでに例のアレを考える機会、というのが増えていくわけでして。
「進路かぁ……」
もうそんな時期らしい。母親との三者面談はお母さんが忙しいから、という理由で二者面談という形になったのだが、結果は散々だった。
進学よりも就職を選んだけれど、その就職先はまだ考えている最中。
先生には「お前みたいなふわっとしているやつが就職を選ぶなんて予想外だったが、それならまずは就職先の目処ぐらい決めておけ」と、突っ返されてしまったわけで。
就職先ねぇ。わたしはよく分かんないや。
どんなことがしたいのか、どんな仕事に就きたいのか。わたしはそれを考えていない。
GBNの中ならちゃんと選べる気がするけれど、流石にゲームとリアルは違う。職業GBNとかにならないかなぁ……。
「相変わらず眠そうだね、ハル」
「ナツキ。おはよ」
「もうお昼だよ。どこか食べに行く?」
「うん。今日はカレーが食べたい」
なんとなく気まぐれに、今日は辛いものに挑戦したくなった。
辛さとは痛覚らしいけれど、ストレス発散という名目もあったりするようで。
わたしは理解できないけれど、胃を煮えたぎらせるようなラーメンを好んで食べる人がいるくらいには、大人気コンテンツなのだ。
「シライシー、この後クラスで打ち上げなんだけどー」
「ごめーん。わたし、ハルと一緒に食べに行く約束しちゃった」
「最近っつーか、去年からずっと一緒だね。もしかして付き合ってたり?」
「バーカ、お前そんなわけないだろ」
「それもそっかー! アハハ!」
恐らくカースト上位であろう男子2人がそんな事を言って、廊下へと出ていってしまった。
うわー、人の傷つくところを平然と撃ち抜いていくの、モミジよりも正確なスナイパーって感じだ。あんなのがカースト上位だなんて世も末だ。
恐る恐るナツキの顔を見上げると、額をピクピクと動かしながら、それでもなお笑顔の仮面を外さずにいる。偉いというか、流石と言うべきか。
「ナツキ。カレー、食べに行こ?」
「確か、辛いものってストレス発散にいいんだっけ?」
「あー、うん。眠気を飛ばす作用もあるとか」
「ちょうど、飛ばしたい相手がいるけど。我慢我慢」
今のでナツキの殺意カウンターが100ポイント溜まったみたいだ。こんな事を毎回繰り広げているのだとしたら、クラスカーストを上げたってあんまりいいことはなさそうだ。
元よりカースト最底辺のわたしが味わうことのない景色に呆れながら、わたしたちはカレー屋に行くためにリュックサックを背負った。
◇
「なんなのあいつら! なーにが『付き合ってたり?』だよ。付き合ってるんだよこっちとら!」
「荒れてるなぁ」
「あむ……ん~辛っ! 辛さ4でこんなに辛いんだ」
とか言いつつ結構平気そうな顔してるけど。
カレー専門店の辛口は大抵激辛レベルで辛い。使っているスパイスとか味の濃さが関係してくるのだろうけど、そんな専門的なことは分かりかねるので、とりあえず辛いということだけ伝えておく。
当然わたしは甘口を選択したけれど、これでも十分口の中がヒリヒリする。
でもこの辛さが身体を火照らせて、まだ寒さ残る3月の気候にはぴったりだった。
らっきょうを口に入れてシャリシャリと口の中で味わう。酸っぱさと歯ごたえの良さを味わいつつ、またカレーを一口。うん、美味しい。
「あー、辛っ! これハマりそう」
「ナツキの性癖をまた1つこじ開けちゃった」
「好きなもの! こじ開けられるならハルがいい!」
「あー、そう……」
今の発言は少し引いた。
恋人じゃなかったら、この後黙ってカレーを食べるところだった。
「でもどのぐらい辛いの?」
「ハル、辛いの行けるっけ」
「興味本位でなら」
「後悔しないでね。はい、あーん」
「あー……ん、んん……んん?!」
口の中で鋭い痛みが電撃のように走っていく。
熱い、燃えるように熱い。まだ口に残っているにも関わらず手元にあった水を口に含む。
中和されたようで、実は辛いのが拡散された水を喉の奥に押し込む。まだ辛い。水を更に追加で口の中に流し込む。
コップ内の水はどんどん口の中に消えていって、並々注がれていたであろうコップの水は消えてしまった。
「はぁ……はぁ…………」
「あ、あはは。あーんでこんなに焦らされたのは初めてだよ」
わたしもこんなに辛いあーんを味わったのは初めてだ。
未だにヒリヒリ痛む舌をぺろりと口の外に出して、手のひらで仰ぐ。
ひー、辛っ! 何あれ。あれが専門店の辛口なんだ。正直舐めてた。
こんなのを食べられるなんて、ナツキは化け物か何かか。
「あ、なんかエロい」
「なぁんでしゃ!」
「だって、何か懇願してるように見えるし。犬っぽい」
この女は、わたしを犬っぽいのか猫っぽいのかどっちがいいんだ。
てか今の表情犬っぽいんだ。ってことは、大型犬が物乞いするみたいにハァハァしてるってこと? 想像しただけでちょっと嫌な予感がしたので、改めてコップに水を注いで口に含んだ。
「もったいない」
「うるさい。ほら食べてよ、冷めちゃうよ」
「はいはい」
後は食べ終わるまで無言でスプーンとお皿をカチャカチャと鳴らしながら、カレーを食していた。
辛口はかなり口の中を痛めたけれど、一度口にしてしまえば甘口の美味しさがより際立って、美味しさも倍ぐらいには増した気がした。ありがとう辛口。ありがとうナツキ。わたしは甘口がいいや。
支払いを終えたわたしたちは、満腹感と少し運動したような爽快感を外の風を感じながらガンダムベースへと歩き始めた。
もちろん手は指同士を絡めた恋人繋ぎなのは、言わずもがな。
「ねぇハル。この前ガンダムX見たんでしょ? どうだった?」
「よかった……」
人は感想を求められると、だいたい『よかった』の4文字しか出てこない。
いや、ちゃんと言いたいことはある。サテライトキャノンによる狙撃テクニックを遺憾なく発揮するガロードの目の良さや、その後のティファとの地球を背にした再会のシーン。あれだけでご飯が3杯は行ける。やっぱりみんな幸せでなくっちゃいけないよ。
「それに最後のシャギアが珍しく焦っていて、計算が狂わされたんだなと露骨に分かるシーンからのサテライトシステム対決。あれは熱かった……」
「ねー! 私もあれ好き。いきなりアシュタロンにサテライトランチャーが生えたのはびっくりしたけど」
「わたしもびっくりした。あれは一回帰投して再度出撃した感じなのかな」
でもあれを見る限り、セツがサテライトキャノンではなく、ディバイダーを選んだことがびっくりだった。
確かにかっこいいし、スラスターとしての運用があるから、あれでなかなかテクニカルな動きもできるだろう。だけどサテライトよりは画面栄えしない。あれはあれでわたしも好きなんだけど。
「セツちゃんのディバイダー好きは私もわかんないや」
「てことは、セツって00だとヴァーチェよりセラヴィーの方が好きだったりするのかな」
「あー、確かに。どっちも状況打破系だけど、砲塔の数が違うし」
セツの言う火力、というのは、1発の火力、ではなく砲塔の数なのかもしれない。
だとしたら76門のイクスリベイクはセツの願いを叶えた一品なのかも……。
そんな推察、本人に聞けばいいのに。と後になってから分かってしまって、少しだけ笑ってしまう。
ちなみに正解は砲塔の数もそうだけど、1発の平均火力が装甲を撃ち抜けるほどの威力だったからこそ、これだ! と思ったことでディバイダーになったらしい。
セツは収束荷電粒子砲派。わたしは覚えた。
「今度ディバイダー買おうかな」
「思い出の品はやっぱり買っておかなきゃね」
「それで詰むんだよ」
「わかる……」
しみじみと、それでいて深い同意の言葉だった。
そうだね。わたしもそろそろガンプラの山々を崩さなきゃなぁ……。
◇
「タッグフォースバーサス、ってなに?」
GBNにログインすると、モミジがそんな情報を手に持ってお出迎えしてくれた。
セツも一緒にワイワイ騒いでいた。
「タッグフォースバーサスは2人一組で潜るバトルイベント! お姉ちゃんたちもどうかなって」
2人一組。確かにわたしたちなら結構いいところまで行けるだろう。
動画のネタにもなりそうだし、わたしはいいと思うけど、どうかな。なんて自分の相方でもあるナツキに声をかける。
「私、あんまり大会系ってアガっちゃって苦手で……」
「そ、そっか……」
ハの字眉で申し訳無さそうな笑い方をしているナツキ。
でもどうしてだろう。どことなくいつものナツキの断り方じゃない気がする。
彼女ならもっとわたしがYESと言えば、大体ついてくるだろうに。断るとしてもそんなあからさまな嘘の付き方をしない。ナツキはもっと嘘がうまい。今回は、どこか様子が違った。
「ねぇ、ナツキは……」
「ん?」
その陰りは嘘のように消えて、いつものナツキに変わっていた。
これは、触れるなって言いたいのだろうか。少なくともここは誰が聞いているか分からないし、目の前にはモミジとセツがいる。
変な探りは人を傷つける。だから今は手を引っ込めるしかない。
「なんでもない。それより、モミジたちはどうするの?」
こうやって、話の話題をそらすぐらいしかわたしには出来ないんだ。
ナツキが手を添えてくれる。ごめんね、ハル。そんな気持ちが込められているような手の添え方だった。
「あたしら? あたしらもどーすっかなーって」
「セツ、ちのお姉ちゃんからも誘われてるんだ」
2人は2人で別の問題を抱えていたみたいで。
タッグフォースバーサスは原則同じダイバーは1組しか参加することができない。
勝利ポイントを争うこの大会はトーナメント、というよりも総当たり戦に近い。
イベント開催中に大会に参加し、ランダムに抽選されたタッグと戦い、その勝ち点で優勝タッグが決まるとのことだ。
同じダイバー同士が敵対する大会なんてあってはならないのだ。
現状モミジと参加するか、ちのと参加するか。モテる女は辛いと言うが、お互いに女だからか、セツは頭を抱えていた。
「うーんどうしたらいいんだろう……」
「セツちゃんはモテモテだね」
「セツが望んだことじゃないのにー!」
「まぁいいや。あたしが参加取りやめたら……」
「それはダメ! でかお姉ちゃんと出るんだもん」
「でもちのっちに誘われてるんしょ?」
「それはぁ……そうだけど……」
また一唸り。どうやらセツ1人ではもう決められないみたいで、珍しく額にシワを寄せて唸っている。
わたしはどっちでもいいんだけどな。どっちにせよ応援するだろうし。
そんな事を漠然と考えていると、小さな影が1つわたしたちの元に降りる。
茶髪のポニーテールに、胸元のベルトが胸が大きいことを証明しているような衣装に身を包んだ、ちの本人だった。
「やーやー、モミジ殿! 拙者、お主に勝負を挑みに参った!」
「……は?」
後ろにはハロカメラが用意されており、常時コメントが流れていた。
……え、これ生放送中なの?!
カレーは辛ぇし、ちのちゃんが動いちゃう