『ガンダムビルドダイバーズ:Finder』よりグレイさんをお借りしてます
誕生日。わたしの、生まれた日。特に思い入れがなかった。
いつも誕生日は家族と祝うものだったし、2年前までは実際そうしてた。
けれど、あの事故の後、土日ならいざしらず、平日に母がまともな時間に帰ってくることはない。
自然と誕生日という楽しみなんてものは消えていく。
友達なんていなかったから、わたしの誕生日を知ってる人なんてのもいないし。
だから、わたしが生まれた3月29日は何の変哲もない日。生まれてきたことに感謝したり、されたりすることのない、ただの春休みだ。
「あれ、誰もいないのかな」
お金に余裕があったから買ったものの、いつもの活動場所がカフェテリアであるわたしたちに、このフォースネストは無用の長物だったと言ってもいいかもしれない。
喫茶店のようなわたしたちのフォースネストには誰もおらず、カウンターに座ってもマスターがやって来ることはない。どうしよう。暇になった。
「わたしの誕生日っていっつもこれだなぁ」
2年前から変わらず一人ぼっちのわたしにはお似合いの日だと、皮肉ながらそう思う。
でも待ってれば誰かやってくるかもしれない。幸いにもフォースメンバーのログイン状況は皆、オンライン。どこにいるかは何故か意図的に非表示にしているみたいだけど。
どうしようかな。今日は明確に何かを求めてやってきたわけじゃない。
でも、少しでも誕生日気分を味わうなら、自分へのご褒美ってことで何かを買いに行こうかな。
「よし、行こ」
カウンター席から立ち上がって、行く宛もなくフラフラと歩く。
どこへ行こうか。この際ブティックに行くのも悪くないし、豪勢なものを食べに行くのもいい。天ぷらとか、うな丼とか、わたしは今そういうのを買える金額を持ってるんだ。
1BCを実体化させて、チャリーンと空中へと飛ばす。
弧を描いたコインはわたしの手元に帰ってくることはなかった。
明後日の方向に飛んでいったBCは、縦に転がっていくと自販機の下へと潜り込んでいってしまった。
慣れないことをするものじゃない。これで1BCが消滅してしまったのだ。
「まいっか。1BCぐらい」
ホントは少しもったいないと思ってる。けど自販機の下を漁るのはモラル的によくないと思ったので、諦めることにした。
自販機でコラボアイテムであるマウンテン・デューを購入して、一口。
適度な甘みと酸味。そしてピリピリと広がる微炭酸が口の中で広がって、炭酸飲料を飲んでいるのだと感じさせてくれた。
初めて飲んだけど、意外と美味しいなこれ。今度リアルで探して買ってみようかな。
自販機の隣のベンチに座ってちびちびと口にする。こんなゆっくりとした時間、いつぶりだろう。少なくとも最近はバトルと廃墟チャレンジ、それからナツキとイチャイチャと、一人の時間でこんなに時間を無駄にしているのなんて久々だ。
それだけ10月からのGBN生活が濃厚だったのだろう。もう5ヶ月ぐらいだろうか。長かったようで、短かった気がする。
「いや、実際長いか」
マウンテン・デューをまた一口飲んで、天を仰ぐ。
少し汚れた自販機と、他とは隔絶されたような遠くから聞こえるガンプラの機動音や光のコントレイル。
おもむろに缶を置いて、デジカメを取り出し、パシャリと撮ってみる。
あ、なんかいいかもしれない。膝の上においたデジカメを眺めながら、また缶を一口。
手元の缶を見て、ベンチに置いた飲みかけの缶もいいかもしれないと思い、自販機と一緒にパシャリと、角度をつけて撮ってみる。
なんだろう、この寂しい、という感情を抱いたような写真は。それはまるで……。
「自分の心写し、みたいだね」
「っ!」
不意に話しかけられて急速に意識を振り切ったわたしは、後ろの男性のような声の相手に振り向いた。
髪全体を夜の帳のような藍色に染め上げ、星を輝かせるように前髪を金色のメッシュで染め上げたような男が元ネタは分からないけど、ライダースーツのようなものを着て声をかけてきた。
手元には高級そうな一眼レフカメラ。この人、どこかで見たことあるような……。
とは言え、若そうに見えるもののその実少しおじさんの匂いがする青年に嫌な予感しかなかったので、悪態の1つをついておくことにする。
「女子高生に話しかけるのは事案じゃないですか?」
「ははは、これは手痛いですね。ハルちゃん、でよかったかい?」
「……わたしは、あなたをご存じないんだけど」
「これは失礼。俺はこういうものです」
ダイバーネーム:グレイ。ご丁寧に名刺を渡してきた彼の名前はわたしも知っていた。
フリーのカメラマンで、GBN内で戦場カメラマンのようなロールプレイをしている、とかいう人だったはずだ。
でもどうしてこんなところに。ここって結構人気な居場所なんだけど。
「ここの自販機のマウンテン・デューが飲みたくなって。たまに飲みたくなるんですよ」
コインを入れて、ガコンと飛び出してくる黒いボディのマウンテン・デュー缶を手に、グレイさんは隣のベンチに座ることとなった。
カメラマン、か。実際にプロのカメラマンを見るのは初めてだ。
本当にいつもカメラを持っているとは思ってなかったけれど。
「あの、わたし名刺とかは持ってなくて」
「いいですよ、俺が知っているから。ガンスタグラムでの写真、いつも拝見させていただいてます」
「そ、そんな。わたしはただの趣味ですから」
そう、趣味なんだ。プロじゃなくて、ただの趣味人。だからつい褒められても受け入れることができずに、ちょっとだけ卑下してしまった。
相手は大人だからか、少し口元を微笑ませて。
「最初はみんなそんなものですよ」
と、わたしを励ますように言葉にしてくれた。
「俺だって初めて撮った時の写真は残してますけど、酷いものですよ。ピンぼけしていったいどんな物を撮ったかよく分からなくて」
「あ、分かります。わたしも最初に撮ったのはインスタントカメラだっただけど、ぶれてて」
「あれは意外とキレイに撮るのは難しいですから。でも味があるのも確かです」
懐かしいな。あれはピクニックに言った後だったかな。
お父さんが現像してきた写真を見て、4人で撮ってる写真を見て、息を呑んだっけ。
写真でなら、思い出を残すことができる。今にしてみれば、そう思わせるには十分な経験をしているわけで。
「ハルさんは風景画のセンスがあります。技術はまだまだですが」
「まぁ独学ですから」
グレイさんは、でも。と口にしたあと、一言わたしに告げてくれた。
「技術は磨ける。君はまだ若いから、進路に困ったら学校ぐらいは紹介してあげられます。推薦は出せませんけど」
進路。進路かぁ。結局、わたしはどうすればいいんだろうな。
お父さんのお金が大学に行く分だけ残っているって話だけど、お母さんのあの状態を見たら、それを生活費に当てた方がいいんじゃないか、とか思ったりしたり。
でも就職だって今から探さなくちゃいけないし、そもそも道先すらまだ決めてない。
もうすぐ高3だってのに、まだ悩んでて。できることなら、ナツキと一緒に進学したいけれど、うーん……。
「さて、俺はそろそろ行くよ。ガンスタグラムの写真、楽しみにしてますね」
グレイさんとガンスタグラムでの相互フォロワーになったあと、彼はマウンテン・デューの缶をゴミ箱に入れてから、その場を去っていった。
誕生日に意外なサプライズだったな。進路、かぁ……。
「わたし、どうすればいいんだろ」
すっかりぬるくなってしまったマウンテン・デューをまた一口。
もう残りも少なかったのか、一気に口の中に入れてごくんと、飲み干した。
あるのは漠然と過ぎ去っていく時間と、ふんわりとした将来への不安。
せめて、ナツキと一緒だったら。そう思ってしまうのは、今日彼女と何一つ会話してないからだろう。
会いたいな。会いたいよ、ナツキ……。
そうだ。今から連絡を入れて会えばいいんじゃないだろうか。だってログインはしてるんでしょう?
思い立ったが吉日。ガンスタグラムのDM欄から「いま会える?」というメッセージを送ろうとして、やめた。
ナツキなら確かに言えば会ってくれることは間違いない。それが彼女とわたしの関係だし、それを引き裂くものなんてあっちゃいけない。
けど……。
「ナツキにも、予定があるよね」
いつも任意とはいえ、強引に家に連れてきたり一緒に帰ったり。
今思えば全然ナツキのことを考えてない行動ばかりで、自分自身で呆れてしまった。
何やってるんだろう、わたし。将来のことへの漠然とした不安を拭うために、ナツキっていう体のいい場所を求めようとする。それがナツキを縛り付けることだと、今更になって気付いてしまったんだ。
ナツキだってやりたいこと、したいことがたくさんあるだろうに。あぁホント、ナツキに会いたいけど、会いたくない。
相反する感情論を捨ててしまいたくて、それでも居残ってしまう2つに、頭を抱える。
その時だった。ぴろりん、とガンスタグラムのメッセージ欄に1つ赤い丸がついたのは。
誰だろう。そう思って開いてみると、思わずニヤけてしまう。
でもすぐに表情は陰りを見せる。相手はわたしの愛しい人からの連絡だった。
『ハルへ。今からフォースネストに来れる?』
◇
口では急だなぁ、と言いながらも、心の中ではかなり嬉しいのがわたしだ。
まるで想っていたことがテレパシーのようにビビビッと伝わる感覚というべきだろうか。想い合っている、というのはこういうことなわけで。
「えへへ。なんかいいな、そういうの」
胸の奥の方で何かがキューッとときめくような感じ。
わたしはこういうのを最近「幸せ」と呼ぶようにしている。幸せは歩いてこないというが、今日みたいに時たまメッセージが飛んでくることがある。
いいよ、と返事を返してすぐさまフォースネストの方へと歩き始めた。
意外にも結構近い位置していたここは、ナツキがどんな愛の言葉を囁いてきてもいいよう、準備している内にすぐに到着してしまった。まったく、まだ心の準備ができてないんだけどな。まぁいいや。
だが妙なことに店内は何故だか暗く、閉鎖されているように遮光カーテンが吊るされていた。
おかしい。さっきいた時はあんな飾りなかったのに。
窓際の隙間から覗き込んでみるけど、暗くて見えない、ということだけしかわからない。
なんだろう、猛烈に入りたくなくなってきた。
ナツキにホイホイ誘われてはみたものの、内容は聞いていなかったわたし。だからこのカーテンの向こう側で何が行われているか、それを一切知らない。
こ、こわっ! なに、何が起こってるの?!
なんかのドッキリだろうか。G-Tuberともなると、ドッキリの1つや2つ起こってもおかしくはないけど、それにしたってわたしの誕生日にやる人なんて……。
もしかして、サプライズ誕生日会とか? いやまさか。ナツキならやりかねないけれど、こんな手の凝ったやり方はしない……。とは言い切れない。
何せ『あの』ナツキだ。陽キャといえばドッキリみたいなところも、わたしの中ではなきにしもアラブなので、こういった企画を率先してやりそうなのがわたしの恋人。
どうしよう、本当に別の意味で行きたくなくなってきた。
でもここで引き下がったら、何か言われるのはわたしだし、うーん……。
そんな事を路地裏の真ん中でやっていると、買い物袋を持ったセツがこちらに歩いてきた。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「え? いや。いやぁ?」
わたしはこの光景を生まれておおよそ半年足らずの赤ん坊に見せるわけにはいかないと考えてとりあえず誤魔化した。
なんか嫌じゃん。フォースネストの真ん前でわちゃわちゃしてるの見られたら。
当然それを疑問に思うセツ。だからこういう質問が飛んでくることは想定していた。
「入らないの?」
「あー、うん。入る」
怪しいとは言っても、ここは春夏秋冬のフォースネストだ。そんなそんな、何か手の凝んだドッキリを仕掛けるわけがない。
だってこのセツが人畜無害で、嘘をついてなさそうな顔でキョトンとしてるんだよ? 嘘ついてたら、セツはわたしの知ってるセツじゃなくなっていて、実はヴェイガンに洗脳されているかもしれないじゃん。ヴェイガンがそんな洗脳技術を持っているかは、AGE見てないわたしにとっては知らないのだけど。
それはともかく、このまま突っぱねても意味はない。だから勢いよくドアを開けることにした。
カランカラン、という心地いい鐘の音と、それに対して誰もいないような真っ暗な空間。そして背中からドンッ! という衝撃とともに部屋の中に突き出されて、そして……。
「ハル、ハッピーバースデー、おめでとー!」
鳴り響くのは発砲音。いや、わたしの知ってる発砲音はもっとお腹に響く音だ。
明るくなった部屋で舞い散る紙吹雪と、三角錐の特徴的な形が目に入って、それを理解することができた。
あまりにも唖然としている。いやまさか、本当にサプライズ誕生日会だったとか……。
『おめでとー!』
『ハルちゃんおめ!』
『ドッキリ大成功じゃん』
「ごめん、ハル。実はこれサプライズドッキリ誕生日配信だったんだわ」
「…………はぁあああああ?!!!!」
ここ最近で最もシャウトした驚き方だった。
◇
「わたし、セツのこと信じられなくなりそう」
「なんでー?!」
カウンター席に座ってうずくまるわたしを見て、みんなが同情のコメントを流してくれた。
そりゃそうだ。あんなに純粋無垢で、何も考えてなさそうな顔しておきながら、実際は嘘をついてわたしに近づいてきたのだから。
わたしがああなると想定していたナツキの手によって派遣されたセツだったが、嘘の上手さにその場の全員が凍りついた結果となったのは言うまでもない。
「宇宙人狼でインポスターになっちゃいけないタイプの嘘の付き方してたのは草」
「なんかセツが嘘つき呼ばわりされてるみたいでなんかやだー!」
「そうだよ! セッちゃん嘘つきじゃないもん! 謝ってモミジちゃん!」
「うわ、出たよモンペ」
『今日もちのちゃんは可愛いなぁ(白目』
『モンペ呼ばわりは草』
『いずれお前の母親になるかもしれない女だぞ』
『ちのモミセツてぇてぇ』
ちなみにちのやタイルさん、それから久々にロイジーさんとエメラさんなど、それまで関わってきた都合がついた人全員が来ていた。なんというか、すごく豪華だ。
「ね、びっくりしたでしょ?」
「でも予想はできてたし」
「うっそだー」
その声色はどことなく浮ついていて、表情も笑顔だからナツキもわたしと通じ合っているんじゃないかと考えてくれているんじゃないだろうか。だとしたら、とても嬉しいわけで。
丸椅子の上で足を体育座りするのも疲れたし、カウンター机に突っ伏して向こう側のナツキを見上げる。
向こうから見たら、腕を組んだわたしが上目遣いしてくるわけで。狙ってやったわけじゃないけど、たまたまそういう事になってナツキをときめかせてしまったらしい。
「なにそれ。かわいい」
「いや、なんか心地よくって」
みんながわたしのために祝ってくれる。そんな些細なことが嬉しくて。
だって、2年前からずっと一人ぼっちだったんだよ。暗くて、寒くて、寂しくて。
みんなかまってくれない、なんてメンヘラなこと言おうとしても相手は誰もいなくて。
そんなわたしに差し込んで光がナツキだ。
ナツキがいなかったら、きっと死んでしまっていたかもしれない。
そこまでは行かなくても、よくないことをしたり。
ナツキはわたしの生命線であり、命の恩人。
「手、出して」
「こう?」
手のひらを出してきたナツキの手を取ってひっくり返す。
綺麗な手。ちゃんと手入れしてるんだろうな、わたしと違って。見惚れるばかりだったけど、わたしのしたいことはそうじゃない。
手の甲に向けて、わたしのおでこをピタリとくっつける。ありがとう、そんな念を込めて。
「なんかキスみたい」
「かもね」
手の甲へのキスは信頼を誓うという意味があるらしい。
ならその意味は正しい。ナツキの抱えている何かを、わたしはいつか触れることになるだろう。
その時、わたしが何を思うかはわからない。その時になってみないと理解できない。
だけど、彼女の闇は絶対わたしが受け止めてみせる。わたしを包み込んでくれた愛しい人と同じように、そっと抱きしめる。
「約束だよ」
「ん? うん」
だからこれは決意表明。
わたしがこの先、ずっと一緒にいるっていう覚悟を決める、その証明書。
「好きだよ、ナツキ」
「……うん。私も」
だからその時になったら教えて。
わたしも、胸の内の不安をまた口に出せると思うから。
ちなみにこの光景の一部始終はG-Tube上に配信されていて、ナツハルてぇてぇだの、初々しいだの散々な言われようだったのは、言うまでもない。
祈りであり、誓い
◇グレイ
出典元:ガンダムビルドダイバーズ:Finder(ミストラル0様作)
元戦場カメラマン、現風景写真家。
GBN内を自前のガンプラで駆けて、写真家活動をしている。
その手の界隈では有名人であり、ハルもこの後思い出していた。
戦場カメラマン時代、お世話になった相手がたまたま大学の教師で、
学校に関するコネクションもある(という独自設定)