身を焦がすは冷たき風の圧力。されど心に感じるは暖かな手のぬくもり。
毛頭離すつもりはないナツキの手をギュッと握りしめながら、わたしたちは現在空のお散歩、というには風圧が強すぎる空の上から落下してきている。
元々GBNにリアルの死の概念はない。
あるのは、電子としての死と転生。死んでもまた蘇ることができる。
タイガさんの教え通り行くとすれば、死を乗り越えた先に強さが待っているという。
ならばこのもう落ちていくしかない先にも強さ、もしくは希望があるのかもしれない。
それこそ、ミッションクリアだとか。
地上約4000メートルから飛び降りたスカイダイビングはパラシュートを開くまでのフリーフォールはだいたい40~50秒近くしかなく、意外とあっという間の出来事である。
ちなみに今はだいたい飛び降りてから30秒近くが経過していた。
思い立ったようにわたしはナツキに当たり前であり、答え次第ではほぼ手遅れな内容を口にした。
「ナツキ! スカイダイビングの経験は?!」
「あるわけないじゃん!!」
どうやら詰みらしい。
いっちばん最初に聞いておくべきだった。このスカイダイビングは落下するだけしても、死にはしないがそれはそれとして顔面から着地したらフィードバックによって何分の1かの痛みがやってくるはずだ。
だから事前に備えていたパラシュートを開かなくてはならない。
そして、そのタイミングはだいたい高度1000メートル付近。つまり今だ。
「ナツキ! 行くよ!」
「分かった。いっせーのーで、で!」
どうやら一緒がいいらしい。手をつないでいても、パラシュートの最中は離さなくてはならない。
ナツキ、さっきからちょっと様子がおかしいけど大丈夫だろうか。
いや、大丈夫だと信じて、わたしは約束の掛け声を大きな声で言い放つ。
「せーの!」
「いっせーのーでじゃなーい!!」
パラシュートを展開すれば、今までこの身一つで受けていた風圧が背中へ引っ張られるように急激に収まる。
見上げてみると、そこにはオレンジと青色のストライプカラーが表示されたパラシュートがわたしが縦に2人並んだぐらいの大きさで展開されている。
ちらりとナツキの方を見てみれば、桜色と青色のパラシュートが展開されていて、彼女もなんとか時速200キロの呪縛から取り除かれたみたいだった。
「いっせーのーで、って言ったじゃん!」
「いや、知らんって」
「もう。ハルのバカ」
バカとは何だバカとは。それが恋人に向かっていうセリフかと。
まぁ、言われて悪い気持ちはしない愛のあるバカ、だからわたしは軽く許してしまうのだけど。
ちなみにパラシュート展開後の空中遊泳は約5分ほど。
これを機にさっきの怖そうな様子の理由を聞くのもやぶさかではないが、情緒というのもある。せっかく気持ちよくスカイダイブしたのにいきなり嫌な質問をされたら参ってしまう。だから聞かない。
「ハル、楽しかった?」
「う? うん。ナツキは?」
「ん。楽しかったような、怖かったような。複雑な感じ」
遠目で見る彼女の顔もまた、少し困り顔のようにへにょりと眉を曲げている気がして。やっぱり怖かったんだ。
その恐怖の正体がなんなのか。それは分かりかねるものの、寄り添うことはできる。だからわたしも一言彼女に言ってやろうと思う。
「わたしのおかげだね」
楽しかったことが。きっとナツキ1人だったら怖いままだっただろう。
だけど、わたしがいたから楽しいものになった。勝手にそう解釈することにした。
「ん。ありがと」
ナツキはそれから、言葉を口にすることなく、地上へと降り立って、第一関門クリア、という運びになった。
◇
「ナツキ」
「ん?」
「おままごとにクリアの概念とかあるの?」
「赤ちゃんが寝付いたらクリア、みたいな?」
あるわけなかろうて。というか、目の前にあるのはおもちゃの料理セットとか洗濯セットとか、そういうものだけで赤ちゃんなんてどこにも見えない。
ということで第2戦目は「おままごと」である。
いきなり家の中に出現したと思えば、おままごとでママになりきれ、とシステムに言われてそのまま放置。
試しに1回ママらしいことをやってみたものの、あっているわけもなく、ただただ無意味な時間だけが過ぎていってしまった。
「ハル、やるとなったら全力だよ!」
「えぇ……」
「クリアしたくないの?」
「だって。えぇ、ママって何すれば良いのさ」
まずそこからだ。ママ、母親とはやることがいっぱいある。家事全般に掃除に家族サービス。今はないけど子供の世話、などなど。1日でやることがたくさんあって、昔お母さんが困っていたことがあった。
あの時は平和だったものの、やることを全て終えた母が行き着いた先はソファーに座ってボケーッとすること。人はすべてやることをやったら、燃え尽きる生き物みたいだ。
ってそれは置いておいて。ママらしいこと。家族らしいこと、か……。
「じゃあ私が帰ってくるお父さん役やるから。妻、お願い」
「どっちも妻だから婦婦ってことにならない?」
「……それでいっか」
それでいいんだ。まぁ、システムが許してくれるのなら、それで良いのだと思うけれど。
ナツキはそのまま少し離れたところまで移動していって、ナツキぐらいの大きさの四角い出入り口のようなものを想定して、空間を切り取る。
「ここ玄関ね」
「あー、うん」
こだわるなぁ。そんなことしなくたって、わたしはちゃんと付き合ってあげるのに。
口でドアノブを回す音ともにドアを開ける。見ればクタクタな見た目をしているナツキの姿、もとい嫁の姿がそこにいた。
「ただいまー」
「……おかえり」
「ハルー、今日は――」
こだわるなら。わたしだって精一杯妻の表現をしてやるとしよう。
覚悟を決めろハル。ここにはわたしと、ナツキとしかいないんだ。
タッタッタッとナツキに駆け寄ってから、エプロンを解くような仕草をして、一言。
「お、お風呂にする? それとも、ご飯?」
「え……?」
「それとも…………。わたし、みたいな……」
瞬間、走る沈黙。
口をあんぐり開け、そのキラキラしていた瞳がまんまるに形取る。まるでお月さまみたいな琥珀色の瞳をしているな、なんて思いながらも、背中に走るのは冷や汗のツーっと冷たい汗の感覚と悪寒のような稲妻。
妻と稲妻をかけたわけではないが、走る電撃に思わずわたしまで気まずい顔を向ける。
あー、やばい。これスベった。受験シーズンに言っちゃいけないセリフナンバーワンのやべぇ言葉だ。
ナツキなら喜んでくれるだろう、と思ったのが運の尽き。
流石に同性にこんな事を言われても――。
「好き!」
凶悪なタックルかのような予測不能回避不可能の一撃を受け取ったわたしは、ナツキが上になるように仰向けで倒れ込む。
まるで今からわたしを襲わんとするような、そんな、そんな危ない目つきをしていた。
「い、いいんだよね、ハル?」
「ナツキ? あの。これ、GBNでおままごと!」
「で、でもハルが食べていって」
「それは演技! 演技だから!!」
【Phase-2 Clear】
嘘でしょ。今のでフェーズ2クリアって本気?!
「……ちぇー」
「なにがちぇー、なのさ! 下手したらガーフレ呼ばれてるし!」
「ま、行こ? フェーズ3!」
手を引かれて為すがままされるがまま、ナツキに誘導されて立ち上がる。
完全に今誤魔化された。あの鋭い目つきで、メスを見るような眼光で私を見てたくせに。なんか、言わなきゃよかった……。
「あとハル!」
「ん?」
「今度、ね?」
「やっぱりナツキのすけべ」
◇
3回戦目。そのときわたしはバットを持っていた。
向かい合うのはベースボールガンダム。勢いよく天高く振り上げた足と拗じられた上半身から繰り出されるのは、バッティングセンターのような90キロぐらいの球速のボールだ。
射出される球をめがけて、わたしは腰に力を入れ、左足で地面を踏み抜き、大きく振りかぶったバットを振り抜く!
「ストライク!」
ネットに当たったボールは勢いを失い、ポンポンとバウンドしながら、地面を転がり壁際に吸い寄せられるように停止した。
もう一度言おう。3戦目はバッティングセンターのピッチャー返しであることを。
「ヘッタクソ!」
「うるさいなぁ。わたしは運動そこまで上手じゃないんだよッ!」
振りかぶったバットの先は空中を切り、またもやボールがネットに引っかかる。
これでもう10回目だ。某ベアーの某さんなら即ゲームをやめて、木の棒を地面に叩きつけている頃だろう。
そもそも木の棒なんかで球を打とうだなんて思ってる方がおかしいんだ。もっとテニスのラケットみたいにネットを張ってくれればいくらか当てやすいものを。
目線の先ではナツキがカキーンと良い鉄の音を鳴らして、投げてきたボールをホームランのネットへと叩きつけた。
ナツキ、あんなに運動できたんだ。
「どうやったの、それ」
「勘でどうにかならない?」
ならないから困ってるんでしょうが。
心の中のナツキに激しくツッコミを入れた辺りで、もう1回腰を据えてボールをバットで打ち返そうとするものの、今度はカスンとバットの下部分に当たって、地面にボールが跳ね返る。あー、駄目だこれ。
「ナツキ、任せた」
「えぇ……」
わたしはもうダメだ。当たってもカス当たりだけだし。これならパワプロやってた方が百億倍ヒットを打てる気がする。
「ハル、そんなこと言わないでやろうよ!」
「だって当たんないし」
「これ、多分自分との戦いってやつだよ」
「……どういうこと?」
ナツキがいうには、これまでの試練みたいなやつはほぼ自分自身のトラウマや過去を彷彿とさせるものが多いらしいということだ。
確かに、おままごとと言えば、家族。家族といえば亡くした過去のあるわたし、みたいな計算式がある。
とすればナツキにも何か、スカイダイビングの時にあったと想定されるけど、それはわたしが分かるわけもなく。
であるならこのバッティングセンターはどういう意味があるのか。
「バットに球を当てるって行為は、ボールをよく見ないと分からないの。装甲の隙間を狙う私はいつもよく見て戦ってるんだ。ハルもそうしてるはずだよ」
「……そっか。狙いをよく見る」
わたしは今までバットをタイミングよく振っていただけ。
そりゃ当たらないし、ナツキみたいな芸当はできない。だけどここはGBN。フィードバックされたとしても、その身体能力は実際の身体よりも動くようにできている。
リアルじゃ運動音痴なわたしだけど、今なら、行ける気がする。
バットを両手で握って、次の打球を待つ。
よく見るんだ。たかが90キロの速度。今までわたしはトランザムで幾度となく高速の戦いを強いられてきた。だから、冷静に見れば見えるんだ。
投げられたボール。近づく球。わたしは見ている。集中して、どこに打てばいいか頭の中で処理を進めていく。
(ここだっ!)
振り抜いたバットの中心部。芯に当たるところにボールは勢いよくめり込み、バットを振る遠心力と一緒にボールが反対方向へと飛んでいく。
飛んでいった先はピッチャーの頭。ガシャンと勢いよくボールが命中したベースボールガンダムは、たかがヘッドカメラをやられただけと言わんばかりに、弾を投げ続けていた。
【Phase-3 Clear】
「よっし!」
「やったね、ハル!」
ここがバッティングセンターでなければ抱きついていたところだが、今はネットで隔絶された場所。だからナツキはわたしの方へ振り向いて、グッドサインを出す。
わたしも親指だけを外側に出して、他の指を内側に丸めグッドサインを出した。
そしてエリアは第4フェーズへ。数少ない攻略情報通りなら、5フェーズ目にバトル、となるらしいけど、そうはならないのがこのミラーミッションらしい。
第4フェーズ目のエリアに飛ばされたわたしたちを待ち構えていたのは、桜色と空色が黒く塗りつぶされ、まるで闇堕ちしてしまったかのような姿をしたガンダムファイルムとガンダムアストレイ オーバースカイであった。
俺がお前で!
お前が俺で!
マイティ!マイティブラザーズ!XX!