それはまるで鏡写しだ。その見た目も、その性能も。その癖も。
わたしと同じで、よく突撃するクセがありながらも、要所要所で考えているのかビット攻撃による波状攻撃。
相手にしてみれば分かることだけど、すごく面倒くさい。
「なんでハルこんな面倒な戦い方してるの!」
「だってそれがわたしの戦い方なの!」
ビットによる攻撃をビームの相殺やシールドビット、パワービットによる防御で防いでいるものの、そう甘くないのがわたしとナツキの戦闘経験によるAIだ。以前戦ったレイドボスの紛い物なんかより遥かに高性能だ。
その隙間を縫うようにして、偽ナツキのオーバースカイは低空を飛行しながら、その刀をわたしの懐に滑り込もうとしている。
ソードガンのソードモードで咄嗟に防いでみせるけれど、わたしはナツキほどの技術を持ち合わせていない。
やってきたガーベラストレートの斜角が鍔迫り合いの最中に地面へと下がっていく。
まずい。そう思ってスラスターを点火して、機体全体を強引に横にそらす。
わたしが元いた場所には黒い稲妻が、ガーベラストレートの一閃が通り過ぎていた。
第4フェーズ。それは己自身との戦い。
バトルをする、ということは掲示板の事前情報でも得ていたことだったが、その内容までは知る由がなかった。
今までの戦闘データを元にした、自分そっくりな相手。故に己自身との戦い。
この過去の自分を振り切って勝利を得たものこそ、最終フェーズである第5フェーズへと足を進めることができるんだけど。
これがなかなかどうして。自分というものの癖がわかってしまうのだ。
例えばすぐに突撃するクセや、ビット攻撃に頼って防御面を疎かにしてしまう点。
元々ある程度役割を決めて使用しているビットだが、同じ自分の対面だとしたらその対策も容易である。
ビームサーベル形態のビームビットはパワービットを切り裂き、ライフルモードのわたしのビットに破壊される。泥沼の戦いだ。こんなのビットの総数が削れていくだけ。
その戦い方はわたしの理解の範疇にあった。ビットを削ってでも切り札である右腕を通すこと。それがわたしのプランニング。
残りのチャージビットは5基。パワービットはちょうど4基。ビームビットもそのぐらいだ。これを打開するすべ。それがあるとすれば……。
「ナツキ、フォーカードゲートを起動する!」
「了解!」
ビームビットとチャージビットを捨札にして、わたしたちは四角形にくくられたパワービットが作るフォーカードゲートを目指す。
その間も襲ってくる黒ファイルムと黒オーバースカイをソードガンで牽制する。
パワービット以外は全基消滅。それぐらいは読んでたよ。でもフォーカードゲートにはたどり着いた。
ナツキと一緒にゲートの中をくぐると、ストライクフリーダムの翼を参考にして作られたファイル・バインダーから吹き出る光が桜色に輝く。
「ハル!」
「うん!」
ナツキも同じく光の翼がより一層青く光る。これならトランザム相当の戦い方ができるはずだ。
危機感を覚えたのか、向こうもトランザムを起動して迎え撃つ。
かたや残像を出しながら。もう片方は桜色のコントレイルを描きながら、ジグザグにわたしたちの方へと接近してくる。
桜色は桜色と、青色は青色とぶつかりあい混じり合って、4本の閃光が空へと上っていく。
やっぱり互角だ。フォーカードゲートによる強化とトランザムによる出力強化は同じ。だから奥の手であるトランザム・コネクティブを切るとしたらここしかない。
でも1分間で始末できなければ、獲物として狩られるのはわたしたち。臆病がわたしを包み込む。どうすれば……。
「ハル、やろう」
「ナツキ?」
「私たちなら、私が信じるハルと一緒なら絶対倒せる!」
「……分かった。後悔しても、遅いからね」
「分かってる!」
今まで、切り時はあっても切ることに躊躇があった。
何故か。それはデメリットによるバックファイアがわたしだけでなく、ナツキにも入ってしまうからだ。
わたしのせいで負けてしまった、なんて思われたら心が耐えきれないと思うから。
でもナツキは、わたしを信頼してくれているナツキはそんなこと言わない。
また頑張ろうねって、ふやけた笑顔でそういうんだ。
このミッション、1人だったらクリアできなかったかもしれないけど、2人でなら。わたしとナツキなら、クリアできる!
特殊スロットから『FINAL MODE 01』を起動。より濃い桜色と空色に彩られた2機が翼を広げた。
「「トランザム・コネクティブ!」」
瞬間。互角だった出力はわたしたちが上回る。
瞬く間にまずは左足を切断。一旦距離を取ってソードガンによる牽制攻撃。だがその攻撃は6倍の出力からもはやビームライフルとは呼べないほどの威力へと変わる。かすめただけで装甲を溶かす高出力ビームは明らかに黒ファイルムの耐久値を減らす。
負けじと向こうもビームサーベルで応戦してくるが、そんなの読んでる。
クナイのように投げたソードガンが右肩に突き刺さり、ややノックバック。そのスキを狙ってワイヤーブレイドを射出。右腕を掴んだワイヤー掴んで、こちらに引き寄せる。
その先にあるのはロングビームサーベル。一撃必殺の居合い。間合いは、すでにわたしのラインにいる。
――一閃。
腰部分から肩部分まで真っ直ぐに斬られた一筋の光は、機体を真っ二つに両断するには十分な出力だった。
爆発するのは桜色の花びら。GN粒子の光はどこまでも色鮮やかに咲き誇り、散っていく。まるで満開になった花が散華するように。
「ふぅ……」
思わず一息つく。ナツキの方も四肢を切断したあとでコックピット部分を串刺しにしていたので、じきに第4フェーズ終了のアナウンスが表示されることだろう。
ワイヤーブレイドを回収しながら、トランザム状態を解除し、無事終わったと言わんばかりにオーバースカイと顔を向き合わせる。
「やっぱ、ナツキがいなきゃダメだ」
「どうしたの、いきなり」
「いつもナツキに助けられてばっかだから」
「そんなことないよ。私だって、ハルに助けられてばっか」
そうだろうか。わたしとしては、ナツキに寄りかかってしまう形でいっつもお世話になってる気がするのに。変なことをいうナツキだ。
「あ、第5フェーズ始まるみたいだよ」
「ホントだ。……ナツキ」
「ん?」
自分を見つめ直す。それがこのミラーミッションの正体。
ならバトルを最後に持ってこなかった第5フェーズはどういうものになるのか。
わたしの予想通りなら、きっと過去に関する出来事の再現。それこそがわたしの今の根幹を成す最後のリライズ。
だから最後にクリアしても、そうでなくても伝えたかった。
「大好きだよ」
「……うん、私も!」
ただ手を重ね合わせるだけ。抱きしめたりなんかしない。
肌と肌が触れ合うのは、このミッションをクリアしてからだ。
全然足りないけれど、今はこれでナツキ成分を補給できた。よし、頑張ろう、ナツキ。
身体がデータの海に溶けていき、意識は一旦眠りにつくように真っ暗に染まっていく。
でもわたしには分かってる。ナツキはいつでもわたしの側にいるって。
だから、1人になっても頑張るよ。
◇
ピピピ。ピピピ。目覚ましの音がする。
眠いという気配はない。ただ闇から目が覚めたような、そんな自然さ。
「お姉ちゃん、起きてよ! 朝ごはん!」
自然さの中に、違和感がポツンと水の中に落ちていく。
違和感は波紋となってわたしの意識を正しく理解させる。理解させてしまう。
わたしが知る限り、わたしをお姉ちゃんと呼ぶのはたった2人。
そしてこの声はセツのものじゃない。だってリアルの彼女はこんなにも大きくないのだから。
第5フェーズ。わたしの試練はどうやら……。
「遅かったじゃないか、ハル。ほら朝ごはんだ」
「もう急かさないでよ、タクミさん」
「いいじゃないか。ほら、サクラも食べるぞ!」
過去と向き合うこと。それは失ったはずのものともう一度時を過ごすことに当たるらしい。
思わず目頭が熱くなる。ダメだ、泣いちゃいけない。また会えたって言いたい。でもこれは幻で。
「なに泣いているんだ? さてはハナコのごはんがそんなに嬉しかったか?」
「なに言ってるのよ、タクミさんってば」
涙を袖で拭って、前を向く。見据えるのは自分の過去。幸せだった頃の記憶。
「うん、今座るから」
違和感のある4人での食事と、3人の笑顔。
最近はずっとナツキと一緒にご飯を食べてたから、こんな大勢で食べるなんて久々だったんだ。
胸の奥はポカポカと暖かくて。柔らかに差す日差しは凍っていた心を溶かすようで。
また、涙が出てきそうになる。今更願ったって意味がないのに。
「美味しい?」
うん、とっても。
しばらく味わってなかったお母さんの卵焼きはほんのり甘く砂糖が入っている。
昔はそれに憧れて一緒に作ることが楽しくて仕方がなかった。
「お姉ちゃん、今度ピクニック行くでしょ? それでおやつ買いに行かない?」
一緒に行こう。
おやつと言っても駄菓子屋さんはこの辺りにないからコンビニで買うことになる。
昔は憧れだった。100円以下で買えるおやつに。探してもこの辺りにないって知って絶望しちゃったっけ。
目を閉じれば幸せだった頃の思い出ばかりが走馬灯のように過ぎ去っていく。
お母さんの目の下にはクマがなくて、くたびれた様子もない。
お父さんは背中が丸まっていて、決してサクラをかばって背骨を折ったりなんかしていない。
サクラの手足は五体満足で、血まみれなんかじゃない。何もおかしくないただの幸せな家族の姿。
「撮るぞー!」
ピクニックは本当に楽しかった。
サクラと一緒におやつを食べ合ったり、お父さんにいたずらしたり。
そうだ。こんなにも青く広がる空を見上げながら、緑色の芝生で大の字になって、優しい春の風を感じ昼寝したこともいい思い出だ。
恐らく買ったであろう一眼レフカメラを手に持って、あぁでもないこうでもないと試作を重ねて撮った1枚は、お父さん史上最高傑作の写真だった。
――こんなとき、ナツキがいたら。
そう思うぐらいの幸せはそう長くは続かない。
わたしは知っていた。この数週間後に、あの事故が発生するって。
「あっれ~? おかしいなぁ。卵が足りない」
「ハナコはおっちょこちょいだなぁ」
あぁ、この時が来てしまった。決断の時が。
わたしは知っている。この後お父さんとサクラが一緒に卵を買いに行くのを。
この会話が、わたしたちの最後の会話だったことを。
「サラダ油そういえば足りないのよ。だから買ってきて、ダーリン」
「後でお金もらうからな」
「はいはい」
お父さんを急かすサクラが、手を引っ張る。
少しよろけながらも仕方ない娘だなと、頭をなでた後わたしの方へと声をかける。
「じゃあ行ってくるよ、ハル。すぐ帰ってくるからな」
「いってきます、お姉ちゃん!」
運命の分岐点はいつもここだった。
いつもここで手放してしまって、そしてわたしとお母さんは光を失った。
今なら手を伸ばせば間に合う。今だったら声をかけて事故をやり直すことだってできる。
目の前の出来事が幻だっていうのは分かっている。
目の前の光景が全て夢の出来事であることは分かっている。
目の前の人物がすでにこの世にいないことは分かっている。
ここでわたしが声をかければ、何かくだらないことを言えば2人は助かる。
でも、それでいいの? 過去は変えられない。だから2人に声をかけても、現実でお父さんと妹が蘇ることなんてありえない。
それに何より。幸せなままの世界じゃ、ナツキと出会うことはない。
何か運命がずれてしまえば、歯車が狂えば話すこともなかったわたしたちだ。幸せなわたしだったら、恐らくどこかでグループを作っていて、その枠の中で暮らしてナツキとは一切話さなかったと思う。恋人になんて絶対になってない。
これは選択だ。過去を取るか、未来を見据えるか。
試しているんだ、このわたしを。どういう結末を見たいのか、今が本当に正しいと理解しているかを。
わたしは。
わたしは…………ッ!
「うん、いってらっしゃい」
震えた声で鼻が詰まっていつもどおりの声なんて出てない。
それでも、いつもどおり幸せなまま言わなきゃいけなかった。
――幸せでいっぱいの過去とは、決別しなくてはならない。
わたしの決断は、今の人生を取ること。
IFの未来にナツキはいない。2人で頑張ろうって、わたしは約束したから。
「これでよかったの?」
いいわけない。いいわけないよ。お母さんの残酷な言葉が突き刺さる。
このお母さんも先の未来を知っている。もう二度と、愛しいあの人に触れることすら叶わない日々を知っている。
だけど……。
「うん。だって、ナツキと一緒がいいから」
涙でぼやける景色は、徐々に輪郭を失っていく。
光の中に消えていくお父さんとサクラは、もう二度と会うことはない。
お母さんの健康的で朗らかな笑顔を、もう見ることはない。
でも、何を犠牲にしたってそれは過去なんだ。今じゃない。
わたしは決めたんだ。ナツキと一緒に、一緒に過ごすって。ナツキの隣が良いって。
ナツキじゃなきゃ嫌なんだ。それくらい、彼女はわたしの中で大きな存在になっていたんだ。
ナツキのおかげで寄りかかれる木を見つけられた。
わたしの一人ぼっちの苦しみを隠してくれる優しくて、卑怯で、愛しい木。それがシライシ・ナツキっていう女の子なんだ。
【MISSION SUCCESS!】
涙を流しながら、無機質なクリアボイスがわたしの耳に入ってきた。
ありがとう、ナツキ。ナツキと一緒なら、もう大丈夫だよ。
ありがとう。そして、さようなら
裏設定ですが、
この時作っていた料理がオムライスだったため、
ハルはオムライスが嫌いです