ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ   作:二葉ベス

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第74話:決勝と落ちる空と、私の過去

 後悔先に立たず。

 後ろにはいくらでも立ってくれるのに、前にだけは立ってくれない後悔ちゃんは度胸なしなのだろうか。

 守ってくれると思っているのだろうか。私としてはいいからどっかに行ってくれと思っているぐらいには嫌いなのに。

 

「ここは……」

 

 ハルからの愛を一身に受けた後、目の前が真っ暗になり目を覚ませば、私が見覚えのよくある最低で最悪で。もう二度と目にしたくない景色が広がっていた。

 GPD地方大会決勝戦。

 それはGBNが流行を始めてから行われた最後のGPDの世界大会の場。

 私はその決勝戦まで駒を進めていたが、正直コンディションは最悪だった。

 それまで応援してくれる仲間がいた。だけど私以外のチームメンバーはすでに敗退。格上となる相手の実力に、自信を砕かれたのだ。

 励まそうにも、こっちはこっちでガンプラが壊れてしまうことを恐れて、愛機だったデスティニーフレームの修繕が十全にできていない状況。

 それに何より、大会ともなれば人々の目線がストレスに繋がる。

 慣れていても少しずつ蓄積されていたストレスは、徐々に私の精神状態を脅かしていった。

 

『赤コーナー! 蒼翼のサムライと謳われる女の子はまだ中学生! アストレイ デスティニーフレームを携えた少女の名は、シライシ・ナツキ選手!』

 

 言われたとおりに私の愛機を握りしめてシミュレーターの前まで歩いていく。

 そこに私の意思はなく、ただのゲームイベントのように、そこへ行けと言っているようで。

 おとなしく歩いて、シミュレーターの前にガンプラを置く。

 何度だっていう。ここに私の意思はない。だけど、この先の展開と勝敗を誰よりも理解していた。

 

『青コーナー! 堕ちた堕天使の異名を持つこちらも中学生の女の子! ガンダムパラザイルを携えし少女の名は、ホシモリ・エンリ選手!』

 

 私と同じような青みがある黒髪を、頭の上の方でまとめ上げたツインテールを振りながら彼女もまたシミュレーターの前に立つ。

 ホシモリ・エンリ。事あるごとに私と激突して、『蒼翼のサムライ』のライバルとしてその手の界隈では有名だった女の子の名前だ。

 でも最近は界隈内でめっきり見かけることもなくなった。

 GBNに復帰することもなかったのだろう。だから彼女のその後は知らない。

 

 ――だけど。

 

「今日こそわたしはあんたに勝って、優勝の座をもらう!」

 

 できるよ、あなたなら。

 だって不調の私と壊れかけのデスティニーフレームだもん。勝てない道理がない。

 負けた過去は、変えられないってハルから教えてもらったから。

 

 決勝戦が始まり、すぐさま高高度での決闘となった。

 かたや青い翼を広げて残像を駆使しながら空色のコントレイルを放つサムライ。

 かたやその色を黒と藍色、そして白色に染め上げたガンダムアシュタロンの改造機体。その大きなバックパックにはシザーアームが4本装備されていて、まるで骨の羽根がハサミのように私へ掴みかかる。

 もちろん嫌がるのが私だ。一本一本シザーアームを切り落としていけば勝利につながる。そう信じていた。

 エンリも、ただでは黙っていない。私の最大の長所とも言える空中戦は意外な形で幕を下ろそうとしていた。

 

「上を取ろうとしても、GPDの空には高度限界が存在している」

 

 淡々と、過去の出来事を思い返す。

 エンリの作戦。それはわざと高高度での戦闘を仕掛け、常に上を取ろうとする私の戦術を高度限界、という形で上空に押し止め、回避エリアを狭めることだ。

 GPDの空には限界がある。それはGBNには存在しない概念。

 あくまでもリアルで戦っている性質上、必ずエリアアウトの危機と隣合わせで戦わなければいけない。

 エリアアウトさせれば簡単に勝利が取れるという『押し出し』戦術が流行ったのもこれがあったりする。

 エンリはその押し出し戦術を私に強いていたのだ。私はそれにまんまと乗せられた。

 

「そんなんじゃないでしょ、ナツキ! あんたの全力ってやつは!!」

 

 そんなに熱くならないでよ。勝負は、もうすでに決まっているんだから。

 スラスターが悲鳴を上げ始める。光の翼にも限界が存在する。ミラージュコロイドの生成が間に合わず、一瞬だけ残像が展開されないタイミング。それをエンリが逃すわけがなかった。

 上空へ逃げようとしても、エリア限界が近く、飛ぶことを躊躇した瞬間。

 掴んだのは背部のシザーアーム。掴まれたのはデスティニーフレームの青い翼。

 出力の限界を迎えつつも、それでも逃れようとフルブーストをかけるが、シザーアームからは逃れられなかった。

 今度は2本目のシザーアームが翼の根本を掴み、万力のような力を持って、ギリギリと音を立てながら結合部分を捻り潰そうとする。

 

 ――やめて。

 

 この結果は見えている。分かっているから、その悪夢をまた見なければいけないことに、耐え難い屈辱を感じていた。

 

 ――やめてよ。

 

 ピシリと、プラスチックの破片が宙から舞い落ちる。

 仲間たちの声が徐々に沈んでいくのを感じる。希望が、絶望に。歓喜が、怨嗟に。

 私たちの絆と呼べていたものが、音を立てて崩れ落ちていくのが見えた。

 

 ――やめて、ください!

 

 青き翼は、デスティニーフレームの翼は空中を舞って、重力に引かれて落ちていく。

 折れた。翼も、心も。何もかもが。

 

「飛べなくなった鳥に、空を駆ける手段はない」

 

 もう1枚の翼もたやすく折られて、スラスターを失った私は落ちる。落ちる。落ちていく。

 手を伸ばしても、エンリのパラザイルが助けてくれることはない。

 手を伸ばしても、仲間たちが救ってくれることはない。

 手を伸ばしても、もう一度1人で空を飛べることはない。

 あとは、自由落下したデスティニーフレームが地面に叩きつけられるのを見るだけだった。

 青い翼の2本は地面に突き刺さり、再び飛ぶことはない。

 地面に叩きつけられた本体は、腕部も、脚部も、胴体も衝撃に耐えかねて破損した。

 

 それで、私の地区大会決勝戦は終わったんだ。

 

「なんで……」

 

 この後、チームは解散した。

 理由なんて単純で、頑張っても頑張っても頑張っても! 見上げれば見上げるほどに上はいっぱいいて、下を見たら私たちの足を取らんとする眩きファイターがいっぱいいる。

 あるメイジンは言った。ガンプラに限界はないと。

 あるメイジンは言った。頑張るという言葉を自分への慰めにするなと。

 

 それは、限界がないと信じ込むことができる強者の無責任な言葉で、凡人はいくら足掻いても限界という言葉に縛られる。

 成長できなければ、疲れたから頑張ったんだと、自分にご褒美を与えることで慰めることしかできない。

 心は摩耗し、精神をすり減らしてまで続ける遊びに、いったいどんな価値があるだろうか。

 

 だからトーナメントは嫌いだった。

 だからポイント制のバトルは嫌いだった。

 だからタッグフォースバーサスへの参加を断った。

 せっかくハルと一緒に肩を並べて戦える機会があるのに。

 

「なんでこれを見せたの?! 私が何をしたっていうの!! 悪趣味にもほどがある!!!」

 

 おおよそGBNが再現できる最悪で最低の光景だった。

 誰も幸せにならない。

 仲間たちは絶望に打ちひしがれて、もう二度と立ち上がることはできない。

 エンリは失望に飲み込まれて、ライバルである私が全力で戦わなかったことを憎んでいる。

 そして私は、1人で空を飛べなくなった。誰かと一緒じゃないと、助けてくれる人がいないと不安で不安で身を焼かれてしまう体になっていた。

 ハルに出会ってからそれは軽減できていたと思っていた。

 1人で飛ぶこともできたし、実際に1人で行動することもできた。

 だけどそれはハルに心配をかけさせたくなかったから。誰かに依存することで、心配という二文字で私とハルの心を縛り付けて、壊れてしまいそうな自分を支えていたから。

 でも、それももう、私には……。

 

「どうすればよかったと思う?」

「……エンリ」

 

 エンリはそんなこと言ってない。

 彼女はギリッと私を見て、私を憎んでいた。本気で戦わなかった私を。

 だからこれはGBNからの、ミラーミッションからの出題。

 

「過去は変えられない。ならどうすればよかったと思う?」

「私は……」

 

 シミュレーターの上で、ボロボロになったデスティニーフレームを見下ろしながら、愛機を私と照らし合わせていた。

 この大会からずっと、無力な自分が嫌いだった。

 何も変えられず、何も成し遂げることはできず。平々凡々な私ができたのは、デスティニーフレームをタッパーにしまい込んで、事実から目を背けて棚の奥に隠すことだった。

 私は、それでいいと思ってた。ハルに出会うまでは。

 

 たった1つ思い残すことがあったとしたら、自由に翼を広げて無限の空を飛び続けることができたらと、そう思って私のアストレイにフリーダムの翼を身につけたブルースカイを仕上げた。

 でも、いざログインしたら分かってしまったんだ。チームメイトの絶望を、エンリの怒りを思い出して、私は1人では飛べないと。

 だからクラスのみんなに声をかけて、また1人で挫折するだけかと、絶望しかけたところに当たりを引いた。ハル、という当たりに。

 

 ハルに嫌われないように、献身的に彼女の世話を焼いた。

 もう二度と、あんな思いはしたくなかったから。無力で平々凡々な私には戻りたくなかったから。

 だから、私はハルに救われた。彼女の少しやる気はなくても、同じく空にちょっとでも憧れを宿した楽しそうな顔に、私は救われたんだ。

 その時から、もう私はハルのことが好きだったのかもしれない。

 ハルと一緒じゃないと嫌だったかもしれない。

 

 なんだ、もう答えは決まってるじゃない。

 過去は変えられない。でも今から未来は変えることはできる。

 ハルと一緒に進む未来を、私はこの手で選ぶ。

 

「それが、私の答え」

 

 スーッと、背景が白く濁っていくのが見える。

 どうやら第5フェーズとやらもクリアしたらしい。よかった。失敗したらハルに顔向けできなかったし。

 

「ナツキ」

「エンリちゃん……」

「今度は、本気で戦ってよ?」

「エンリちゃんとこっちで会えたらね」

 

 それは自己満足の約束。エンリが本当にGBNにいるかなんて保証はない。

 だけど、もし会えたら。その時は謝ろう。

 そして決闘を申し込む。それが私なりのお詫び。本気の私からの挑戦状。

 

【MISSION SUCCESS!】

 

 目を閉じて、しばらくしたらエントランスロビーの雑踏が耳に入ってくる。

 目を開ければ、ハルが泣きそうな顔で私を見ていて、愛しい顔が私を見ていて……。

 

「ハル」

「ぐすっ……なに?」

「話したいことがあるの」

 

 私はハルを利用してきた。せめてその謝罪がしたくて。

 そして全ての真実を明かすべく、手を取ってふたりっきりになれる場所へと歩き始めていた。

 フォースネスト。春夏秋冬の喫茶店という当たり障りもない場所へと、私は手を繋いで向かうことにした。




平々凡々を嫌う、ただの少女の覚悟


情報アップデート
◇ナツキ / シライシ・ナツキ
彼女はGPDで行われた世界大会の地方大会決勝で決定的な敗北している。
本人のコンディション、ガンプラの状態など、
様々な原因はあったとは言え、完膚無きまでにやられたのはこれが初めてである。

敗北を皮切りにガンプラを引退していたが、
GBNを知り、再び空を飛べると思ったが、過去のトラウマからそれはできず。
ハルという運命の相手を見つけ、同じく空に憧れを抱いていた彼女の笑顔を見て、
空を飛べるようになっていた。
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